声劇×ボカロ_vol.46 『 彼の彼女 』
Last Message for You
【テーマ】
僕の中の君 君の中の僕
【登場人物】
木嶋 和樹(26) -Kazuki Kijima-
多忙な日々を送っている青年。
結婚を考えた彼女と、半年前に別れる。
大窪 果乃(24) -Kano Okubo-
和樹の大学時代の後輩で元彼女。
彼との別れにしっかりと見切りをつけている。
【キーワード】
・きっかけ
・後悔と前進
・綺麗な思い出
・本当の気持ち
【展開】
・多忙な日々の中で、果乃と別れた理由をふと思い出した和樹。そこにかかってくる電話。
・半年前の二人。彼氏のできた果乃。独りの和樹。
・綺麗な思い出にしたいと思っていた和樹。でも心に居続ける果乃の存在。
・前に進んだ果乃。後悔している和樹。届かなくても、伝えたい言葉。
《注意(記号表記:説明)》
「」 → 会話(口に出して話す言葉)
M → モノローグ(心情・気持ちの語り)
N → ナレーション(登場人物による状況説明)
※ただし「」との区別をつけるため、MおよびNは、:(コロン)でセリフを表記する。
【本編】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
和樹 N:その日は絶好のデート日和だった。
雲一つない晴天、時折吹く心地いい風。
きっと天気も、僕らを後押ししてくれているのだと、勝手に思っていた。
果乃 「……ねぇ」
和樹 「ん?」
果乃 「あのね、私、他に気になる人ができた」
和樹 「……そっか」
果乃 「和樹のことは好きだよ。でもこんな気持ちのまま付き合っていくのは…」
和樹 「……果乃が誰か他の人を好きになってるのは知ってた」
果乃 「…そう、なんだ」
和樹 「うん…」
和樹 N:他に聞きたいことはいくらでもあったはずなのに、それ以上僕は何も言わなかった。
引き止めることもできた。どれだけみっともなくなっても。
でもしなかった。できなかった。
勇気を出して、今の本当の気持ちを伝えてきた彼女の意見を尊重すべきだと思った。
果乃 「だから…さ――」
和樹 「…あーもう、しょうがないなぁ」
果乃 「え?」
和樹 「ほら、ちゃんと言うんでしょ?そのために今日来たんでしょ?」
果乃 「そ、そうだけど…」
和樹 「果乃!目を逸らさない!ほら、僕との関係をどうしたいの?……まだヒントいる?」
果乃 「…っ、いい。大丈夫」
和樹 「じゃあ、はい。せーのっ」
果乃 「好きな人ができたから、和樹、私と別れてください」
* * * * *
和樹 N:最近仕事が忙しく、すっかり忘れてしまっていたあの日の出来事。
むしろもう思い出す必要なんてなかったのかもしれない。
ましてや、夢で見るなんて――。
それもこれも、昨日の電話が原因だった。
+ + + +
果乃 「もしもし?和樹?」
和樹 「あー、果乃?久しぶり」
果乃 「久しぶり。元気してた?」
和樹 N:電話の主は、半年前に別れた彼女。いや、元彼女。
お互いに嫌いで別れたわけじゃなかったこともあって、友達…というか知り合い?みたいな
関係になっていた。
それでもこの日まで、電話なんてただの一度もしてなかったんだけど。
果乃 「あ、そういえばね」
和樹 「うん、なに?」
果乃 「彼氏ができたのよ」
和樹 「え、マジ?おめでとう!」
果乃 「うん、ありがとう!」
和樹 N:本当に嬉しそうに、そして幸せそうに彼女は話す。
僕は平気なフリをして、おめでとうと言う。
驚いたことがバレないように、自然を装(よそお)うけど、なんだか素直に喜べなかった。
果乃 「あ、ごめん。なんか話しすぎちゃった?」
和樹 「いいよいいよ。でも用件って結局なんだったの?」
果乃 「え?いや特に。ただ元気してるかなーって」
和樹 「あ、そ。うん」
果乃 「ダメだった?ダメならもう…」
和樹 「いや、いいんだけどさ。そんなしょっちゅう話すわけじゃないし」
果乃 「だよね!じゃあまた、えっと……(笑いながら)半年後くらい?」
和樹 N:半年後。そのフレーズに、僕は“半年前”の言葉を思い出す。
果乃 『 お互いに幸せになればいいね 』
和樹 N:あの時は、きっと僕も彼女も、なんだかんだで戻るんじゃないかっていう気持ちが、
少なからずあったと思う。
それでも笑って手を離した僕らの、後悔のような見えない想いが、今、僕の目の前を
流れ去っていった。
果乃 「じゃ、またね!」
和樹 N:どこか期待していた自分がいた。
別れてから一度も話してはいなかったけど、もし連絡が来たなら、それは元鞘に収まるという
意味だと、勝手に思っていた。
とても甘かった日々の続きを信じていた。でもそれには“さよなら”を告げなくてはならない。
彼女は立ち止まらず、振り返らず、前を向き、しっかりと僕らの関係の終わりを見つけていた。
期待していた自分。
信じていた自分。
ずっと好きでいてほしかった想い。
それらは泡となって消えゆく――。
* * * * *
果乃 N:今日は付き合ってから初めて迎える彼の誕生日。
めいっぱいオシャレして、なんて言わないけど、少しでも可愛いって思ってもらいたいから、
いつもより気合を入れたのはホント。
待ち合わせはいつもの場所。駅前の少し大きな木の前。
和樹 「果乃、こっちこっち」
果乃 N:彼はいつも私より早く来ている。もちろんこの日も。
せめて今日くらいは、って早めに家を出たのに、それでもまだ遅いの?
和樹 「なに、その顔」
果乃 「べっつにー」
和樹 「(笑って)なんもない子は、そんなふくれっ面なんてしないよ」
果乃 「もー、うるさいっ。ほら、行こ?」
和樹 「はいはい」
果乃 N:同じ大学の先輩だった彼とは、私が卒業してから付き合い始めた。
憧れでもあった人が、急に身近な存在になったことに、最初は戸惑いがあったけど、
そんなものすぐに解消された。
和樹 「はー、遊んだ遊んだ」
果乃 「ねぇ…」
和樹 「ん?」
果乃 「これ…」
和樹 「え、なに?プレゼント?なんで?」
果乃 「……(呟いて)なんでって」
和樹 「あ…。あー、そっか!今日…」
果乃 「た、誕生日おめでとうっ」
+ + + +
和樹 N:洗濯機の音が響く。空は雲一つない快晴で、空気も心地いい。
…はずなのに、一人で立っているこの状況が嫌で、いっそこのまま過去も洗い流せればいいのに、
と思ってしまう。
そう思うほど、過去に囚われている、前に踏み出せない自分。
彼女を引きずり続けていることに気づいてしまった自分がいる。
洗濯機の音が僕を誘(いざな)う。考えたくもないことへと。
僕の知らない誰かの影が、大好きな彼女の傍にいる。
果乃 『彼氏ができたのよ』
和樹 N:想像したくもないけれど、彼女の言葉に嘘はなかった。
+ + + +
和樹 「……もう帰る?」
果乃 「んーん。今日で最後なんだもん。もうちょっと。私のワガママだけど」
和樹 「いや、いいよ。じゃあ、どっか行く?」
果乃 「んー、二人っきりにならないところ?」
和樹 「えー、襲ったりしないよ」
果乃 「(笑って)知ってる。そういうことできないもんねー」
和樹 「……(呟いて)してほしいんだ」
果乃 「なーに?」
和樹 「なんでもない」
果乃 N:なぜか不貞腐れた感じの彼。
こんなやり取りも今日で最後。
自分で選んだこと、決めたこととはいえ、やっぱり寂しい。
和樹 N:大事な彼女の最後のワガママ。聞かないわけにはいかない。
……とはいえ、明日からは大学の先輩後輩だけど、基本他人なわけで。
お互い仕事をしている身じゃ、他人の方が当てはまるかもしれない。
果乃 「ねぇ、公園に行こっか」
和樹 「え、いいけど…」
和樹 N:街中の、それも昼間の公園なら、確かに二人っきりにはならないだろう。
それに公園は、僕たちが普段からよく足を運んでいる場所だった。
少し高い木で影ができたベンチに、二人並んで座る。
そこは広場のある公園で、離れたところで子どもたちが元気に走り回っていた。
果乃 「はぁ~、気持ちいい」
和樹 「そうだね」
果乃 「ごめんね、ワガママだったよね?」
和樹 「いいって言ってるじゃん。それともなに?さっきのなかったことにする?」
和樹 N:僕は少し意地悪を言ってみる。
果乃 「……さっきのね、嘘なんだ」
和樹 「なにが?」
果乃 「好きな人ができたっていうの。本当はもっと別の理由なの」
和樹 「うん」
果乃 「気づいてた?」
和樹 「いや。でもあぁ言わないと別れられないって思ったんでしょ?」
果乃 「あ~あ。全部筒抜けかぁ。さすが自慢の彼氏さんですね」
和樹 「どうも」
果乃 「……ホントはね」
和樹 N:聞けば、彼女には本気でやりたいことが見つかったということだった。
それをするからには、僕との時間はまったくといっていいほど取れなくなる。
だから嘘をついてまで、別れようとしたんだ、って。
果乃 「嘘ついてごめんね。和樹といたら、やっぱり本当のことを伝えなきゃって思ったんだ」
和樹 「そこまで考えてくれてたんなら、僕もちゃんと背中を押さないとね」
果乃 「うん、ありがとう」
和樹 N:彼女を好きという気持ちは、確かに僕の心にあった。
でもここまで聞いて、女々しくしがみつくことはできない。
これは彼女自身のためでもあるんだから。
果乃 「(泣きだして)ぐすっ。ねぇ、和樹…」
和樹 「んー?」
果乃 「いつかまた、恋人に戻りたいね」
和樹 「そうだね。期待しないで待ってるよ」
果乃 「もー。そこは“期待して待ってる”って言ってよね」
和樹 「あはははは」
和樹 N:そうして別れた彼女との最後の日。
翌日から連絡はぱったりと途絶えた。
彼女も目標に向かってがんばっているんだと、自分に言い聞かせて、僕も仕事に打ち込んだ。
そうして半年が経った。
僕はあの日の約束を、まだ覚えている――。
* * * * *
和樹 N:今日僕は、あの日彼女と最後に過ごした公園に足を運んだ。
あの日のことは、今も鮮明に覚えている。
色褪せることのない記憶は、綺麗な思い出のまま僕の中に眠り続けていた。
一緒に並んで歩いた遊歩道。
そこで僕は、僕の心は彼女を求めた。
まるで古い墓を暴くように、幸せだった日々を掘り起こそうとしている。
きっとそこには、二人を繋ぎとめるための“何か”があると信じて。
でもそんなものあるわけない。
未練タラタラで、あの日引き止めなかった自分がすごく憎い。本当にバカだったと思う。
まだちゃんと伝えていないことだってあるのに…。
空はあの日と同じ、雲一つない晴天。
違うのは、僕の隣に彼女がいないこと。
甘すぎた日々と、思い出の中の彼女に、僕はもう一度伝えたい。
手遅れだけど、僕の、本当の気持ちを――。
≪ タイトルコール ≫ ※英語・日本語から1つを選ぶ
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和樹 「 Last Message for You 」
( ラスト メッセージ フォー ユー )
【日本語 ver.】
和樹 「 君に伝えるメッセージ 」
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果乃 『かーずき。ほら、起きて?』
和樹 「ありがとう。ずっと好きでいさせてくれて」
果乃 『(笑いながら)ちょっ。やめてよ、もぉ』
和樹 「ずっと好きでいて欲しかった」
果乃 『(楽しそうに)今日はどこ行こっか?』
和樹 「終わりを見つけた君へ」
果乃 『(焦って)ねぇ、こっち向いてよぉ』
和樹 「最後にもう一度だけ」
果乃 『(照れて)ありがとう。私も好き、でした』
和樹 「愛してる」
果乃 『和樹!』
和樹 「(呟いて)………ばいばい」
fin...