声劇×ボカロ_vol.25 『 林檎売りの泡沫少女 』
To meet with you in the World
【テーマ】
囚われし者の運命
【登場人物】
久住 唯(14) -Yui Kuzumi- ※「唯」一の「クズ」と「見」られし存在
死の呪いをかけられた少女。
孤独に負けじとパイを焼き、人々に受け入れられようと努める。
相川 透(15) -Toru Aikawa- ※「共(相)」に「透」明になりし存在
唯の落としたパイを拾い、口にする。
死の世界での、唯のただ一人の理解者。
【キーワード】
・呪われし世界
・「生」と「死」
・意味ある呪縛
・「今」の大切さ
【展開】
・とある街でお菓子を売る唯。誰も見向きもしない。
・蔑んだ目で見られる唯。「生きている」唯と「死んでいる」世界。
・唯のパイを手に取る透。共に蔑まれながらも、大切な時間を過ごす二人。
・呪われていたのは「世界」の方だった。その呪縛から放たれた二人は…。
※前半は透のナレーションで展開される。
《注意(記号表記:説明)》
「」 → 会話(口に出して話す言葉)
M → モノローグ(心情・気持ちの語り)
N → ナレーション(登場人物による状況説明)
※ただし「」との区別をつけるため、MおよびNは、:(コロン)でセリフを表記する。
【本編】
唯 「うわぁ、美味しそう!うまく焼けてる!」
唯 N:街外れにある赤い実のお菓子屋さん。私はそこで毎日お菓子を作っている。
今日こそ、手にとってもらえるように。美味しいって言ってもらえるように。
想いを甘いお菓子に込めて。
でも…。
唯 「美味しいパイですよー。いかがですかー?」
透 N:そうして彼女は、毎日そこに立っていた。
笑顔で、気さくに街行く人に声をかける。
でも誰も見向きもしない。それどころか…。
唯 「いかがですかー?今日は自信作なんです!あの、よかったら…」
透 N:手を伸ばしても、誰も受け取らない。その声は届かない。
唯 「赤い実のパイですよー。いかがですかー?」
男性 「そんなもの、売れるわけがないだろう」
女性 「あなた自分が何をやっているか、わかってるの?」
唯 「え?」
透 N:彼女に声をかける二人。
めげない彼女にイラついたのか、眉間に皺を寄せて話しかけている。
男性 「ここにいられても邪魔だ。もう帰ってくれ」
唯 「あの…っ」
透 N:彼女の声が消えていく。その存在さえも。
そう、まるで透明になったかのように。
≪ タイトルコール ≫
唯 「 To meet with you in the Wprld 」
* * * * *
透 N:遠い遠い昔。
そこに住む人たちは、皆永遠の命であった。
ただ一つ、禁忌とされたこと。それは『 赤い実 』を口にした者は、死の呪いがかかるということ。
『 永遠の命 』と『 死ぬ運命(さだめ) 』。
どちらを選ぶかなど、人々は天秤にすらかけなかった。
永遠に生きることと引き換えに、ある物を失っているなど、人々は気づくことなく、
街はまた“今日”を迎える。
唯 「どうして…?こんなに美味しいのに…」
唯 N:どうしたら手にしてもらえるか。興味を引けるか。
私は毎日そんなことを考えていた。
自分が美味しいと思う物を、他の人にも伝えたい。
ただそれだけなのに…。どうして…?
唯 「…私、みんなと何も変わらないよ?……同じだよ…?」
透 N:その場に立ち尽くす彼女。
道行く人らは、哀れみや蔑みの目を向けて知らぬ振りをしていた。
それは彼女が呪われているから。
生まれながらにして死の呪いがかけられており、彼女の両親もまた、呪いで死んでいたから。
それだけの、たったそれだけの理由で、人々は彼女を邪険に扱っていた。
* * * * *
唯 「よーし、今度こそ!」
透 N:いつかわかってもらえる、と諦めない彼女は、いつもと同じ時計塔の見える市場へ。
唯 「美味しいパイはいかがですかー?焼き立てですよー」
透 N:にっこり笑顔をつくって、彼女は今日も手を伸ばす。
その手はきっと、お菓子を手にしてほしいんじゃない。
笑顔を絶やさない彼女だって、やっぱり独りは…。
唯 N:もうすぐお昼時。さすがにこの時間だったら、みんなお腹を空かせてるはず。
私は何度も何度も声をかける。
食べたら絶対美味しいから。美味しくて笑顔になっちゃうから。
そしたら今度はもっと美味しいの作ってくるよ!
いろいろ考えていた。たった一つでも受け取ってもらえたら、って。
透 N:僕はずっと気になっていた。彼女はどうしてあんなにも頑張るんだろう、って。
諦めたらいいのに。もうお菓子なんて作らなきゃいいのに。
たくさんの想いが体中を巡る。
でも僕は周りの目を気にして、彼女に声をかけられないままだった。
そう、この時までは…。
唯 「お菓子いかがです……あっ」
透 N:ふと誰かが彼女の背中を押す。
彼女が手にしていた籠は落ち、小さな袋に入ったパイが散らばった。
それでも人々は足を止めず、気に掛ける様子もない。
唯 「ごめんなさい。すぐに拾いますね!まったく私ったら、ほんとドジで…」
透 N:そう言った彼女の目の前で、平気な顔でお菓子を踏んでいく人達。
ぐちゃぐちゃになったそれを、惨めに拾い集める彼女。
僕はもう我慢できなかった。周りの目なんて、もう…。
唯 「(泣くのを我慢しながら)……っ」
唯 N:泣いちゃいけないって思ったけど、さすがにこれは…。
落ちたパイを拾っていると、突然目の前にもう一つ手が伸びてきた。
その手の主は、ボロボロになった袋からパイを取り出して、口に運ぶ。
透 「おいしいね」
唯 N:それが誰かなんてどうでもよかった。ただ一言。
ただ一言、その言葉が欲しかった。
透 「大丈夫?」
唯 N:彼は手を差し出す。彼の目には、私がしっかりと映っている。
初めて感じる気持ち。真っ暗だった世界に、光が輪郭を形作る。
私は独りじゃない。ちゃんと私もこの世界にいるんだって、ようやく思えた。
嬉しくて、泣いちゃいそうで、心から伝えたいものがどんどん溢れてきて。
それもこれも、貴方のおかげ。
透 「ほら、今日はもう帰ろう。送っていくよ」
唯 「…あ、うん」
透 N:赤い実を口にした僕。これで僕は呪われてしまった。でもこれでいい。
あそこで彼女を見捨ててしまったら、僕は僕じゃいられなくなる気がしたんだ。
そうして人々は言う。少女に呪われた者が現れた、と。
* * * * *
唯 N:この世界はおかしい。死んでいる。
そう思ったのはいつだったろう。
私が一人ぼっちだから? 赤い実を食べてるから? お母さんたちの子どもだから?
それでも私は、今、ここで、生きている。
だから独りでも、一生懸命に生きようと思ってきた。
そんな私に、彼は手を差し伸べてくれた。
透 N:呪いをかけられた僕らは、この死んだ世界で生きていた。
『 永遠の命 』なんかより『 共に歩む物語 』を選んだ。
ケンカして、笑いあって、一緒に歳をとっていって。ただそれだけのこと。
そんな当たり前なことを忘れていた僕。彼女がそれを思い出させてくれた。
透 「ありがとう」
唯 「ん?どうしたの、急に」
透 「……あ、いや。いつも、美味しいお菓子をありがとう、ってね」
唯 「ふふ。いえいえ、こちらこそ」
透 「そういえばさ、これ最初に食べたときに思ったんだけど」
唯 「ん?」
透 「りんご、だよね。普通の」
唯 「そうだよ?赤い実、でしょ」
透 「いや、うん。まぁ、間違ってはいないんだけど」
唯 「?」
透 N:不思議そうな顔で見てくる彼女。
ま、いっか。
街では僕らを哀れむ声で溢れていた。
赤い実を食べて呪われた者、と。
永遠に生きられずに死ぬんだ、と。
なんて可哀想な話だこと、と。
僕らもそんなことはわかっていた。
それでも僕らは笑う。
むしろ僕は、この呪いに感謝しなきゃいけないぐらい。
唯 「どうして?」
透 N:独りじゃないから。僕も、そして君も。
二度と君を独りにはしない。そう思い、願い、僕は君の手を取る。
唯 「独りだとすごく嫌だったのに、貴方と一緒だととっても素敵な呪いね」
透 「呪いなのに?素敵?」
唯 「うん。たとえ明日死んだとしても、貴方がいる『今』が大切だってわかるから」
透 「…そっか」
唯 「こうして手を繋いでいると、それも確かなものだって実感できるし」
透 N:もともと笑顔が印象的な子だった。
でも一緒に過ごしていくにつれ、君はホントに幸せそうに笑う。
僕はそれがとても嬉しかった。
どこかで後悔してたのかもしれない。『 永遠の命 』という楔(くさび)に。
* * * * *
唯 N:この世界は呪われている。
街の人は、何か大切なものを失くしているような気がする。
それが何なのか、私にはわからない。
独りぼっちだった私。世界に囚われていた私。
でも彼のおかげで、私は呪縛から解き放たれる。
その鐘が鳴り響く。
透 「あれ、ここは…?」
唯 「……どこ?」
透 N:僕らは鐘が鳴るのを、街で聞いていた。
でも今、その街はどこにもない。
あるのは、たくさんの墓標。
少し先に、明かりが見える。それはちょうど、彼女の家があった辺りで…。
唯 「……夢、だったの?」
透 「いや、そんなこと…っ」
透 N:遠くで鐘の音が聞こえる。
その余韻が僕らを包み込んだ。
きっと『 永遠の世界 』からはみ出した僕らは、あの街から、あの世界から弾き出されたんだ。
そう思い、彼女を見ると…。
唯 「ね、帰ろう?」
透 N:慌てる様子もなく、笑顔で手を引いてきた。
そうだ。僕は君が傍にいてくれれば、なんだっていい。
あの世界を離れた僕らは狂ってるかな?
他には誰もいないのに、僕は問いかけてみた。
唯 N:大切な人の隣で、いつか私は笑うように眠るのかな?
今だからそう思えるようになった。
そんなことは叶わないと思っていた。
誰かと一緒に年を取っていって、笑って、怒って、泣いて。
そんなこと…。
透 N:でも今は僕がいる。
唯 N:私の傍には貴方がいる。
透 N:僕らは幸せに、新たな世界で生きてゆく。
≪ タイトルコール ≫
透 「 To meet with you in the World 」
(トゥー ミート ウィズ ユー イン ザ ワールド)
唯 「あら、こんなところで寝たら、風邪をひきますよ」
透 「(目を覚まして)…ん?ああ」
唯 「ふふ。ずっと一緒ですよ。まだまだこれからもずっと」
透 「ああ。もちろんだとも」
唯 N:私は心から思った。
幸せだな、って。
fin...