声劇×ボカロ_vol.20 『 涙の跡 』
someone whom one can rely on
【テーマ】
心の拠り所
【登場人物】
辻 麻由美(22) -Mayumi Tsuji-
圭吾の好みに近づけるように、自分を磨いてきた。
おとなしめな性格だが、気持ちが素直に表情にあらわれる。
藤島 圭吾(27) -Keigo Fujishima-
麻由美の彼氏。人当りのいい青年。
麻由美に別れを告げる。
【キーワード】
・電話
・認めたくない気持ち
・隣にいた存在感
・今の貴方 私の想い
【展開】
・幸せな毎日。圭吾の隣にいることが当たり前だった日々。
・いつでも圭吾との未来を考えていた麻由美。
・突然の別れ。本当に好きだったから、別れてからも圭吾を想う麻由美。
・繋がらない電話。認めたくない現実と突き放された安堵感。
《注意(記号表記:説明)》
「」 → 会話(口に出して話す言葉)
M → モノローグ(心情・気持ちの語り)
N → ナレーション(登場人物による状況説明)
※ただし「」との区別をつけるため、MおよびNは、:(コロン)でセリフを表記する。
【本編】
麻由美 N:今夜は風がとても気持ちいい。
なんとなく散歩がしたくなって、外に出る。
歩いていった先に人影。その見えたはずの影は、すうっと消えてゆく。
幻――。
いつもその場所で待ち合わせていた。ポケットに入れていた携帯が震える。
画面に映るのは、なんでもない、どこかのサイトからの情報メール。
私はそのまま無意識に電話の履歴を見ていた。
発信履歴に残る、彼の名前。彼の番号。
+ + + +
圭吾 「もしもーし」
麻由美「あ、起きてた?」
圭吾 「おー。どしたー?」
+ + + +
麻由美「もしもし、圭吾?朝だよー!」
圭吾 「(寝ぼけて)…ん、あと……5分…」
麻由美「はいはーい、起きてくださーい」
圭吾 「(寝息)……」
麻由美「圭吾!(いたずら心全開で)お・き・て?」
+ + + +
麻由美 N:彼は私の電話には、いつもすぐに出てくれた。
それが嬉しくて、でも無理して出てるんじゃないかなって心配もしたりして。
それなのに最近は、あまり出てくれなくなった。
どうして?何かあったの?
彼の身の上を心配すると同時に“もしかして”という考えが頭を過(よ)ぎる。
でも“そんなはずない”と、私は自分で自分の背中を押して、もう一度電話をかけてみた。
圭吾 「……もしもし?」
麻由美 N:長いコール音の後、もう切ろうかと諦めかけた時、懐かしい声が聞こえた。
圭吾 「もしもし?」
麻由美「あ…、えっと。圭…吾?」
圭吾 「そうだけど?」
麻由美 N:なんだろう。どこか今までの彼と違う気がした。
うまく言えないけど、私に無関心になったような感じで…。
そう思うと、涙が出てきた。考えていたことが現実になるんじゃないかって。
怖くなって、怖くて怖くて、でも彼の声が聞きたくて。私は彼の名前を呼ぶ。
麻由美「……圭吾…」
圭吾 「ん?」
麻由美「(涙を堪えながら)…けい、ご」
圭吾 「なに?」
麻由美「(声を掠れさせて)…けい…ご」
麻由美 N:名前を呼び、彼の返事を聞くたびに、私の予感がゆっくりと近づいてくる。
久しぶりだから、泣いたりなんてしたくなかったのに、涙が止まらない。
彼を呼ぶ声も掠れ、うまく言葉にできないでいた。
そして…。
圭吾 「麻由美、もう別れよう」
麻由美「……へ?」
麻由美 N:突然告げられた言葉。
予感が現実となり、うまく整理できない私に、彼は続けて言った。
圭吾 「嫌いになったわけじゃないんだけど、好きかどうかって言われたら、そうでもなくなってさ」
麻由美「(ショックを隠せずに)…そ、っか。でも、さ。それでも私は…っ!」
圭吾 「うん。お前ならそう言ってくると思ってた。でもやっぱり、ちゃんとしときたいなって」
麻由美「……もう私を好きになることはない…の?」
圭吾 「それは、うん。ごめん」
麻由美 N:意外にもあっさりと、彼はそう答えた。
私たちはお互いに一目惚れだった。
だからってわけじゃないけど、簡単に終わったりしないと思ってた。
もちろん付き合ってすぐ、というわけじゃない。
1年、ううん。もうすぐ2年。
私たちは恋人同士だった。でも…。
圭吾 「…じゃ」
麻由美 N:引き止めることもできないまま、私は電話を切られた。
私はただ呆然(ぼうぜん)と、その場に立ち尽くしていた。
* * * * *
圭吾 「あの、よかったら今からお茶しませんか!?」
麻由美「え、あっ。はい」
圭吾 「よっしゃ!(焦って)あ、やべっ」
圭吾 N:一目惚れ。そんなことあるはずないと思っていた。
でもしょうがない。本当に直感で『 いいな 』って思ったんだから。
あの日、思い切って彼女に声をかけてから1ヶ月。
俺たちは付き合うことになった。
麻由美「あのね、今だから言えるんだけど」
圭吾 「ん?」
麻由美「私もね、一目惚れだったんだよ」
圭吾 「(驚き照れて)なっ…」
麻由美「驚いた?」
圭吾 「あ、当たり前だろ!じゃあお前、俺が必死に口説こうとしてるの、笑ってたのかよ」
麻由美「そんなことないよ。だって連絡が来るたびに、嬉しくてそれどころじゃなかったもん」
圭吾 「(照れて)あ…、えっと。そっ、か」
麻由美「そ。(笑って)ふふ…」
麻由美 N:そう、一目惚れ。
だから私は彼が好きな女の子になれるように頑張った。
そうしたら振り向いてくれると思ったから。
ずっと空いていた私の隣。想いが通じて、彼が来てくれた。
彼となら未来を歩いていける。
追いかけたり、待ってたりしないで、一緒に歩いていける。
本気でそう思った。
でもお互い社会人だったから、直接会うことよりも電話の方が多くて。
それが少し残念だったけど。
『 会いたい 』という気持ちに鍵をかけて、今夜もまた私は彼に電話をかける。
圭吾 「もしもし?」
* * * * *
麻由美 N:彼と―― 圭吾と別れて3ヶ月が過ぎた。
とある夜、私はふと一人で外に出かけたくなった。
いつも隣にいた彼。一緒に笑ったり怒ったり、私の生活の一部だった彼。
改めて彼のいない寂しさに涙が零(こぼ)れる。
頬を伝った涙の跡が、夜風に拭かれて乾いていく。
私の中の彼への想いも、乾いていくんじゃないかと、なくなっていくんじゃないかと
怖くなった。
ちゃんと踏ん切りをつけないといけないのはわかってる。
きっと彼も、私の幸せを望んでる。でも…。
麻由美「(苦笑いして)でもね、やっぱりまだ、好きだよ。圭吾…」
麻由美 N:『 私のどこがいけないの? 』って訊(き)いてみた。君の一番になりたかったから。
『 好きだよ 』ってもっと伝えたかった。君がいてくれれば、それでよかったから。
『 ごめんね 』って言葉、届かないで。こんなに辛い気持ち、知られたくないから。
でもね。
『 ありがとう 』って言いたかった。私に幸せな時間をくれた君ならきっと…。
≪ タイトルコール ≫
圭吾 「おっと、着信。はいはーい、ちょっと待ってねー」
麻由美 N:長いコール音。お願い、出ないで。
圭吾 「……もしもし?」
麻由美 N:私のこと忘れていて。
圭吾 「なんだよ、どーした?」
麻由美 N:優しくしなくていいから。
圭吾 「おーい、聞こえてる?」
麻由美 N:街で偶然彼とすれ違う。
一瞬目が合うも、ただそれだけ。
圭吾 「もしもーし。沙紀ちゃーん」
麻由美 N:君はもう他の人の傍にいるんだよね。
それでもこの想いは無理に消さないし、たくさんの思い出も、なかったことにしないから。
……でも、うん。ありがとう。
さっき声をかけられていたら、私はきっと耐えられなかった。だから…。
振り返り、彼の後姿を私は笑顔で見送った。
圭吾 「 someone whom one can rely on 」
(サムワン フーム ワン キャン リライ オン)
麻由美 「ばいばいっ」
fin...