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声劇×ボカロ_vol.19  『 ACUTE 』

 

 

End of Crooked Love      ( ※直訳:歪んだ愛の結末 )

 

 

【テーマ】

 

愛情のカタチ

 

 

【登場人物】

 

 橘 慧祐(24) -Keisuke Tachibana-

社会人2年目の青年。社交的な方。

栞那に縛られがちで、ストレスがたまっている。

 

 

 響 栞那(22) -Kanna Hibiki- 

慧祐の幼なじみで、付き合って3年になる。

普段は明るいが、慧祐のことになると目の色を変える。

 

 

 椿 瑠奈(24) -Runa Tsubaki-

慧祐の同僚で、栞那の隣人。

慧祐とは、名前に同じ花の名前がついてたことから意気投合する。

 

 

 

【キーワード】

 

・裏切り

・近づきすぎた関係

・悪魔の声

・愛情の矛先

 

 

【展開】

 

・些細なことでケンカをしてしまう慧祐と栞那。

 昔を思い出す栞那と同僚に相談する慧祐。

・密かに慧祐を想っていた瑠奈。傷心の慧祐の心に割り込む。

・女の影を感じる栞那。仲のいいご近所のお姉さん(瑠奈)に相談する。

・浮気現場に遭遇する栞那。その相手を知り、表現できない感情が湧きあがる。

 そして…。

 

※キーアイテム / ナイフ(研ぎ澄まされた何か、物体そのもの)

 

 

 

《注意(記号表記:説明)》

 

「」 → 会話(口に出して話す言葉)

 M  → モノローグ(心情・気持ちの語り)

 N  → ナレーション(登場人物による状況説明)

 

※ただし「」との区別をつけるため、MおよびNは、:(コロン)でセリフを表記する。

 

 

 

 

【本編】

 

 

慧祐 「だから、なんでお前はいつもそう…!」

 

 

栞那 「うっさい!慧祐のバカ!!」

 

 

 

慧祐 N:好き放題怒鳴り散らして、あいつは出ていった。

     何があったかって?知らねーよ…。ったく、なんなんだよ、ホントに。

 

     こういったケンカは最近少なくない。

     ほとんど俺には身に覚えのないことで、あいつが急に怒り出して、それで…。

 

 

 

慧祐 「…あ、あいつひょっとして、先輩と一緒にいたところ見て…」

 

 

 

慧祐 N:昨日、会社の先輩と仕事終わりに飲みに行った。女の先輩だったから、

     こうなることはある程度予想はついていたが、お世話になってるし、

     普段あいつのこともあって、付き合いの悪い後輩って見られてて、それもなんか嫌で…。

 

 

 

慧祐 「で、そんなバッドタイミングを見られたってわけか」

 

 

 

慧祐 N:電話してみる。案の定、出ない。

     はぁ~あ、もう!めんどくせえな、ホント。

 

     そんなあいつ――栞那とは、付き合って3年経った。

     幼なじみだったから、その辺の面倒くさいところもわかってたつもりだけど…。

 

     でもな、栞那。

     俺だって社会人になったんだし、付き合いとかそういうのもあるんだから、そろそろ。

 

 

 

 

 + + + +

 

 

 

栞那 「わかってるよ!だってあんまりうるさくしてたら、慧ちゃん、どっか行っちゃうでしょ?」

 

 

 

 + + + +

 

 

 

慧祐 N:俺の就職が決まった頃、確かあいつはそんなことを言っていた。

     でも実際のところ…。

 

     正直、俺は束縛してくるあいつに、ストレスを感じ始めていた。

 

 

 

瑠奈 「それで私を呼び出したってわけね」

 

 

慧祐 「悪いな、瑠奈」

 

 

瑠奈 「別にいいけどね。君は数少ない同期だし」

 

 

慧祐 「ホント、またこんなとこ見られたらって思うとさ」

 

 

瑠奈 「じゃあなんで呼び出したのよ」

 

 

慧祐 「女の気持ちは、同じ女に聞いた方がいいだろ」

 

 

瑠奈 「かもしれないけどさぁ。ま、今日は飲もう。ね?」

 

 

慧祐 「おー」

 

 

 

慧祐 N:このときはまだ軽い気持ちだった。

     同僚の瑠奈は、見た目よりもずっとさっぱりした性格で、付き合いやすい。

     栞那に縛られていた俺にとって、一番ホッとできる存在でもあった。

 

 

 

慧祐 「ところで、今日はなんでそんなに極(き)めてきてんだよ」

 

 

瑠奈 「あー、これ?私だって女ですからね。オシャレぐらいしますよ」

 

 

慧祐 「へー」

 

 

瑠奈 「な、なによ?」

 

 

慧祐 「いや。普段すげーさっぱりした性格だから、意外だなって。ほら、なんつーの…」

 

 

瑠奈 「(ドキドキしながら)…え?な、なに…?」

 

 

慧祐 「馬子にも衣しょ…(殴られて)ってぇ!!」

 

 

瑠奈 「あんた、さいってー」

 

 

慧祐 「あはは…。でも似合ってると思うよ」

 

 

瑠奈 「はいはい」

 

 

慧祐 「いや、マジで」

 

 

瑠奈 「あんたさっきけなしてきたでしょうが」

 

 

慧祐 「まぁ、そうなんだけど。たださ、俺んなかで違和感あったから、少し意地悪してみた」

 

 

瑠奈 「は?」

 

 

慧祐 「そういうドレスコードっていうの?着ても着なくても、お前はお前じゃん?

    別に中身まで飾らなくていいでしょ。少なくとも、俺は素のお前に会いたいと思って

    呼んだんだし」

 

 

瑠奈 「…っ!?……あんた、それ自分で言ってて恥ずかしくないの?」

 

 

慧祐 「え?なにが?」

 

 

瑠奈 「もう、いいわよ。飲みましょ」

 

 

 

慧祐 N:グラスをチンっと当ててきた彼女。

     グラスの中身を飲んで向けてきたその顔は、俺が知るいつもの彼女だった。

 

     でも俺はホントに鈍感だったと思う。

     彼女がこの日着飾ってきたのには、ちゃんとした理由があったのだ。

 

     彼女の想いの矛先は、確実に狙いを定めていた。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

栞那 N:また彼とケンカした。最近多い気がする。

     原因は自分にもあるんだってわかってるのに…。

 

     でもね、慧ちゃん。

     慧ちゃんは誰にも渡さないよ?私のだもん。

 

     そんなことをぐるぐると考えていると、いつの間にか日が沈んでいた。

     電気をつけ、窓から隣を見てみる。

 

 

 

栞那 「まだ帰ってきてないんだぁ」

 

 

 

栞那 N:この部屋に越してきたときから、仲良くしてもらってるお隣さん。

     一人っ子だった私にとって、お姉ちゃんのような存在の人。

 

     帰ってきてたら、話聞いてほしかったんだけどな。

 

     やっぱり一人っ子だとこういう時寂しい、と思った。

     そんなとき思い出すのは、いつもあの日のこと――。

 

 

     昔、まだ小さかった頃、お父さんもお母さんも仕事でいなくて

     家に一人だったことがあった。

     一人で心細くて泣きそうになっていると、お隣の慧ちゃんがやってきて、

     一緒にいてくれた。それがホントに嬉しかった。

 

     それから慧ちゃんはずっと私のお兄ちゃんのような存在で…。

     でもいつの頃からか、そんなお兄ちゃんを独り占めしたいって思うようになって。

 

     だから思い切って――。

 

 

 

 + + + +

 

 

 

栞那 「あのね、慧ちゃん」

 

 

慧祐 「んー?」

 

 

栞那 「好きだよ?」

 

 

慧祐 「……お、おう」

 

 

栞那 「私の彼氏になって?」

 

 

 

 + + + +

 

 

 

栞那 N:今思い返すと、すごく恥ずかしい。私の告白。

     でも慧ちゃんは笑ってokしてくれて、あれから3年経った。

     私の気持ちはあの頃と変わらない。

     何度だって伝えたい。大好きって…。

 

 

     だから……うん。誰にも渡さない。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

瑠奈 「……(呟いて)ホント、鈍感なんだから」

 

 

慧祐 「ん?なんか言った?」

 

 

瑠奈 「べっつにー」

 

 

 

瑠奈 N:せっかく綺麗にしてきたのに。電話が来て、誘われて、舞い上がった私がバカみたい。

     彼女がいることも、わかってたはずなのに…。

 

     それでもちょっとぐらい期待したっていいでしょ?

 

     私、君のこと好きなんだよ?

 

 

 

慧祐 「おい、どうしたんだよ!ちょ、瑠奈!飲みすぎなんじゃ…」

 

 

瑠奈 「え~?そんなころないお~」

 

 

慧祐 「(ぼそっと)いや、舌まわってねーし」

 

 

瑠奈 「なーに!?」

 

 

慧祐 「…(ため息)はぁ」

 

 

 

瑠奈 N:ヤケ酒。他の人から見たら、よりにもよって本人の前で、なんて言うだろうけど、

     それぐらい私はどうでもよくなっていた。

 

     だってさ、どんなに想っても、望み…ないんだよ?

     それならいっそ…。

 

 

 

慧祐 「これお前、ちゃんと帰れるのか?」

 

 

瑠奈 「だ~いじょ~ぶ~」

 

 

慧祐 「……無理だな、絶対」

 

 

 

瑠奈 N:そこからの記憶がない。

     最後に見た彼の顔は、すごく困った感じだった。

 

 

     どれぐらい眠っていたのだろう。

     目を覚ました私は、ベッドで横になっていた。

 

 

慧祐 「起きたか?」

 

 

瑠奈 「…え、あれ…?」

 

 

 

瑠奈 N:状況が呑み込めない。ここ、どこ…?

 

 

 

慧祐 「あのさ、仕方なかったんだよ。タクシー乗せようとすると、なぜかお前は帰らないって

    駄々こねるし。抱きついたまま離れないしさ」

 

 

瑠奈 「へ?」

 

 

慧祐 「そのまま放っとくわけにもいかないし、な」

 

 

瑠奈 「え、じゃあ、もしかしてここって…」

 

 

慧祐 「…お察しの通りです」

 

 

 

瑠奈 N:記憶が飛ぶ前に、私に悪魔が囁いた。

 

     『それならいっそ…』

 

     最近彼女とうまくいってないという彼。私の好きな人。

     いま私の持てる武器と現状を少し利用すれば…。

 

 

 

瑠奈 「ねぇ」

 

 

 

瑠奈 N;悪魔は囁き続ける。まるで私の心に突き刺さり、その方向へ導くかのように。

 

 

 

瑠奈 「なんだか寂しいの。今夜は、ううん。今夜だけでいいから、離さないで…」

 

 

慧祐 「いや、それは…っ」

 

 

瑠奈 「…ダメ?」

 

 

 

瑠奈 N:できる限り彼を誘惑して、不意討ちのキス。そうして彼の本能を呼び覚ます。

     突然降り出した雨が、悪魔の声を助長する。

 

     そこから先は、私の思惑通り。

     私は彼を求め、彼は私を求める。激しく、燃え上がるように。

     背中を押した悪魔に感謝しつつ、私はこの日、彼と関係を持った。

 

     ただ…。

     想いがある分、彼が手を放すその瞬間、私に残ったのは罪悪感と虚無感だった。

 

     ぽっかりと空いた穴を、もっと埋めてほしい。彼でいっぱいにしてほしい。

     それまで考えてもいなかったことが頭を過(よ)ぎる。また悪魔が囁く。

 

 

 

慧祐 「その、まーアレだ。昨夜(ゆうべ)のことはお互いなかったことに」

 

 

瑠奈 「もちろん。私もどうかしてたし」

 

 

慧祐 「……。じゃあ帰るか」

 

 

 

瑠奈 N:ホントは伝えたい。どうかしてたんじゃないって。

     でもやっぱり…。

 

 

     『奪えばいい…』   ※負の感情をあらわにして

 

 

     さすがに今回はスルー。それだけは絶対にしちゃいけない。

     そう自分に言い聞かせる。

 

 

 

瑠奈 「それじゃ」

 

 

慧祐 「おー。気をつけて帰れよ」

 

 

 

瑠奈 N:胸がキュッとなる。彼の姿が見えなくなるまで、目で追う私。

 

     やっぱり期待しちゃダメだよね?……慧祐。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

栞那 「ごめんね、慧ちゃん。私また勘違いだったみたい」

 

 

慧祐 「ん?あー、俺も少し強く言いすぎた。悪い」

 

 

 

栞那 N:なんだろう。いつもと同じようで、どこか違う。

     慧ちゃんは、私を見てるようで、違う人を見てるような気がする。

 

     気のせい、だよね。

 

 

 

慧祐 「ん?どうした?」

 

 

栞那 「…あ、ううん。なんでもない」

 

 

慧祐 「ホントに大丈夫か?顔色悪いぞ」

 

 

栞那 「大丈夫。ねぇ、慧ちゃん。ぎゅってして?」

 

 

慧祐 「はぁ?まぁ、いいけど。おいで?」

 

 

 

栞那 N:抱(いだ)いた疑念を払拭させようと、私はしがみつく。

     彼の腕の中は、やっぱり落ち着く。

     でも一度芽生えた疑念は、簡単には消えなくて、思ってることも口にできなくて…。

 

     私だけを見てほしい、なんてワガママかな?

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

慧祐 N:あの日、瑠奈と関係をもってしまった。

     彼女以外の女性の存在に気づきつつも、今まで知らないフリをしていた。

     そうすることが、恋人がいる者の常識だと…。

 

     でも本能には抗えない。…なんて言うと、それはただの言い訳。

     ただ一度快楽に溺れてしまうと、またあの快感を味わいたくなる。

 

     僕は葛藤しつつも、自分の中の悪い心が強くなってきている気がした。

 

 

 

瑠奈 「…で、今度はなに?」

 

 

慧祐 「いや、まぁ。一応、報告ってことで」

 

 

瑠奈 「あ、仲直りしたんだ?」

 

 

慧祐 「そう……なんだけどさ。お前はまた、なんでこう…」

 

 

瑠奈 「…なに?急に目を逸らしたりして」

 

 

慧祐 「(呆れ気味に)なんでまたそんな格好してんだよ」

 

 

 

慧祐 N:仕事帰りではあるから、一見普通のOL。

     ただ仕事からの開放感からなのか、胸元が大きく開いている。

 

     勘弁してくれ、マジで。

 

 

 

慧祐 「…なぁ」

 

 

瑠奈 「んー?」

 

 

 

慧祐 N:グラスを片手に彼女は振り向く。

     そんな彼女に、僕はとんでもないことを言った。

 

     理性と本能がせめぎ合い、その結果――。

 

 

 

慧祐 「あの日言ったこと、なかったことにできる?」

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

瑠奈 N:私は彼の言う“あの日”がいつを指しているのか、すぐにわかった。

     というか、正直、あの日の続きを私も期待していた。

     胸元を大きく開けていたのも、わざと。これ以上の誘惑なんて私には無理。

 

 

 

慧祐 「…なんだよ、その顔」

 

 

瑠奈 「べっつにー。なんで?」

 

 

慧祐 「俺から誘うとか、意外だって思ってるだろ?」

 

 

瑠奈 「でも私はその誘いに乗ったんだよ……んむっ」

 

 

 

瑠奈 N:部屋に入ってすぐ、話の途中で口をふさがれた。

     そこから先は……。うん。ご想像通り。

 

     以前と違って、彼が私を求めてくるキス。

     そこに少しでも想いを感じてしまった私は、全身の力が一気に抜け、あとはもう、そのまま…。

 

 

 

慧祐 「ごちそうさまでした」

 

 

瑠奈 「あはは、なに言ってんの」

 

 

慧祐 「今度こそこれで終わりにしないとなぁ」

 

 

瑠奈 「…できるの?」

 

 

慧祐 「……たぶん」

 

 

瑠奈 「へー。じゃあ今後そっちから誘ってきたとしても、私は無視すればいいのね」

 

 

慧祐 「そう、だな」

 

 

 

慧祐 N:でもその決断は甘かった。

     思い出せば思い出すほど、瑠奈との相性はよかったし、また声を聞きたくなる。欲しくなる。

 

     ダメだとわかっていても止(や)められない。

     事が済んでから抱(いだ)くのは、いつも同じこと。後悔。不安。そして、快楽…。

 

 

 

瑠奈 「それで、今日はどうするの?行く?」

 

 

慧祐 「え、行かないの?」

 

 

 

慧祐 N:後悔も不安もだんだん薄れていき、最後に残ったのは快楽だけ。

     彼女を求める。繰り返す。溺れていく。

     その度に心は錆(さ)びていき、そこで廻っている歯車は少しずつ音を軋(きし)ませていく。

 

     もう、どうなったっていい。

     彼女が――瑠奈が欲しい。

 

 

     そしてまた今夜も、僕らは互いを激しく求め合う…。

 

 

 

 

栞那 「…慧祐、ここにいるの?」

 

 

 

 

 + + + +

 

 

 

瑠奈 「あら、栞那ちゃん。どうしたの?」

 

 

栞那 「あの、瑠奈さん。相談に乗ってほしいんですけど…」

 

 

瑠奈 「また彼氏とケンカしたの?」

 

 

栞那 「あー、はい…」

 

 

 

栞那 N:ケンカをしたのは本当だけど、今日はそれだけじゃなかった。

 

     最近、慧祐が何かと理由をつけて会うことを拒否している。

     何もないと信じたい気持ちはあった。

     でも誰かの影が見え隠れしている。

     私の前から彼がいなくなってしまうのではないかと、不安で不安で仕方なかった。

 

 

 

瑠奈 「へー。彼氏が浮気ねー」

 

 

栞那 「直接見たわけじゃないし、証拠とかもないんですけど。瑠奈さんなら気持ちわかりますよね?」

 

 

瑠奈 「そりゃ自分がされたら、その相手殺したいほど憎むでしょうね」

 

 

栞那 「……私なんて、冷静でいる自信なんてありませんよ」

 

 

瑠奈 「まぁ、浮気現場を見ちゃったら、誰だって冷静じゃいられないでしょ」

 

 

 

 + + + +

 

 

 

栞那 N:それはつい最近のことだった。だから彼女のセリフはしっかりと覚えている。

 

     扉を開けた先にいたのは慧祐と――。

 

 

 

 + + + +

 

 

 

瑠奈 N:彼氏のことを何度か相談に来ていたお隣の女の子。

     その中で出る“ケイスケ”という名の彼。

     その名前を聞いて、一瞬ドキッとするも、よくある名前だと自分に言い聞かせた。

 

     まさかそんなわけない。

     私の好きな人が、自分にこんな身近な人と付き合ってるなんて、そんな偶然…。

 

 

 

 + + + +

 

 

 

栞那 N:慧祐の姿は確認できた。誰かに覆いかぶさっている。

     でもその下にいる人に、私は言葉を失った。

 

     振り向いた二人。

     場違いなのは私だというように、驚きとともに冷ややかな目を向けてくる。

 

     『その現場を見たら、誰だって冷静じゃいられない』

 

     私の心で悪魔が目覚めた。

 

 

 

 + + + +

 

 

 

慧祐 N:最近、栞那とよくケンカしている。原因は…。

     おそらく、というか間違いなく自分にあるだろう。

 

     それでももう戻れない。あの頃のようには。

     すっかり錆びついてしまったこの心の麻痺を癒すのは、快楽だけ。

 

 

     飽きることなく彼女を求めてきた。

     それが慣れた作業だとしても、お互いの気持ちを確かめ合ったつもりになっていた。

     “愛”だとか“恋”ってそういうものだと、自分に言って誤魔化していた。

 

 

 

 + + + +

 

 

 

栞那 「…けい…すけ…?」

 

 

慧祐 「か、栞那…」

 

 

栞那 「………瑠奈、さん…?」

 

 

慧祐 「え…?」

 

 

 

慧祐 N:瑠奈は栞那から目を逸らして、黙り込んでいた。

 

     なぜ栞那がここにいるのか。なぜ栞那が瑠奈を知っているのか。疑問は尽きない。

     だがその疑問は、解決されることはないだろう。

 

     栞那の蔑むような、人を見下すような目が、そう語っていた。

 

 

 

栞那 「……さない」

 

 

慧祐 「え?」

 

 

栞那 「許サナイ」

 

 

 

慧祐 N:俯いて、そう口にした栞那の顔は、今までに見たことのないもの。

     そこにいたのは、僕の知らない彼女。向けられた視線が、強く心を抉(えぐ)る。

 

     仮面が、引き剥がされた…。

     僕のも。そして彼女のも。

 

 

 

瑠奈 N:まさか自分が当事者になるなんて。

     そこに私の知る優しい彼女は、どこにもいない。

 

     きっとこれは、ただでは済まない。

 

 

 

栞那 「…許さない…けど、もう彼に近づかないっていうなら見逃してあげる」

 

 

瑠奈 「え?」

 

 

栞那 「あと家の近くで私に会っても、話しかけないでください」

 

 

瑠奈 「……はい」

 

 

 

慧祐 N:二人のそんなやり取りを、ただ見ていることしかできなかった。

     首の皮一枚繋がった、そんな安堵感。

 

     この温情を、栞那をもう絶対に裏切っちゃいけない。

     自分の非を認め、もっと誠実に向き合おう。それが義務だと言い聞かせる。

 

 

 

 

 

     だけど――。

 

 

 

 

 

     一度覚えた蜜の味。それは麻薬のように彼女を欲し、彼女もまた求める。

     禁じられた遊び。それが僕たちを、さらなる快楽へと導く。

 

 

 

瑠奈 「もうあの頃のようには戻れないの?」

 

 

栞那 「それを壊したのは、アナタでしょう?」

 

 

瑠奈 「そ、そうだけど…」

 

 

 

慧祐 N:いつもの場所。隣には瑠奈。

     そんな彼女が、顔を強張(こわば)らせて誰かと話している。

 

     一息ついて、突然かかってきた電話。

     でも僕は瑠奈と繋がった余韻が強く残っていて、その通話の内容も相手も、特に気にせず、

     通話相手にバレないように、彼女を押し倒す。

 

     拒否することも、余計なことも口にできないその状況を、僕は楽しんでいた。

     流れに身を任せるしかない彼女。我慢しているその顔が、さらに僕を奮い立たせる。

 

 

 

瑠奈 「あっ」

 

 

 

慧祐 N:漏れてしまった声。ヤバいという表情と赤面するその姿に、僕は煽(あお)られ、耳に届いた

     はずの、通話相手の声を簡単に受け流していた。

 

 

 

栞那 「約束、してたのにね」

 

 

瑠奈 「え…、あ…」

 

 

栞那 「瑠奈…あなただけは…」

 

 

 

瑠奈 N:いつの間にか“そこ”にいた彼女。手には携帯を持ち、誰かと通話している状態。

     その相手は―― 私。

 

 

 

栞那 「ソウ、コンナ事ハアッテハナラナインダ…」

 

 

 

瑠奈 N:何かを呟いた彼女の表情で、私は反射的に彼を押し退(の)けた。

     それはきっと動物の直感的なもの。身の危険を感じるアレ。

 

     私に突き飛ばされた彼は、冷めた目で彼女を見ていた。

     あの誓いはどこへ――。

     ただ目の前の欲求に目が眩んでいるだけの彼に、彼女は勢いよく抱きつく。

 

 

 

栞那 「ねぇ、どうして!私じゃ、私じゃダメなの!?」

 

 

 

瑠奈 N:冷ややかだった目と、凄みのある声はどこへやら。

     甘えた感じで可愛い女の子を“演じて”いるのが目に見えてわかる。

 

 

 

慧祐 「悪かったよ。今度こそちゃんと改心するか……ら…」

 

 

 

瑠奈 N:その場しのぎの言葉に聞こえたのかもしれない。

     でもそれを聞くよりも先に、彼女はそうしようと決めていたのかもしれない。

 

     勢いよく抱きついたときに聞こえた鈍い音。

     今思えば、それはこの音だったのだ。

 

 

 

慧祐 「…かん…な」

 

 

 

瑠奈 N:彼の体はだらりと力が抜け、抱きついてきた彼女に持たれかかる。

     ふとその下を見ると、ポタポタと赤い雫が滴っていた。

 

     予想もしていなかった“非現実”に、自分の目を疑ってしまう。

     でもそれは確かに、彼の身体を、私の心を貫いていた。

 

 

 

栞那 「ふふ…」

 

 

 

瑠奈 N:返り血を浴びた彼女が、こちらを向いた。

     振り向くと同時に、彼は床に倒れ込む。

 

     次はきっと私の番。そう思っていた。

 

 

 

瑠奈 「…い、いや…。こない…で…」

 

 

栞那 「大丈夫。あなたと彼は一緒に逝かせない」

 

 

瑠奈 「そ、それじゃ…っ。た…」

 

 

 

瑠奈 N:助けてくれるの?

     そう聞く前に彼女は…。

 

 

 

栞那 「アナタノスベテヲ奪ッテアゲル…」

 

 

 

瑠奈 N:そう言って手にしていたナイフを、彼女は自分の喉元に付きつける。

 

 

 

栞那 「彼モ、思イ出モ、何モカモ奪ッテアゲル…」

 

 

 

瑠奈 N:そう言うと、私の目の前でその鋭い刃を…。

 

 

 

     そこからはよく覚えていない。

     目を閉じて浮かぶのは、彼女の冷たい視線と横たわる彼の姿。

 

     私は病院のベッドで目を覚ました。

 

 

 

瑠奈 「……生きて…る…?」

 

 

 

瑠奈 N:記憶はない。あの日のあの部分だけが、すっぽりと抜けている。

     彼と一緒にいて、幸せで。でも罪悪感もあって。

     その報いを受けるのは、私の方だったはずなのに…。

 

     なのに、こんな…。

 

 

     一人残された私。

     彼も、彼女もあの後どうなったのかわからない。

     でも今、私がこうして無事でいる。それが彼らの結末を静かに伝える。

 

 

     彼女の望み通り、私はすべてを失った。彼も、思い出も、何もかも。

     きっと仕事もクビになっているだろう。

 

     彼と同じ場所で過ごした時間。

     彼女と女子トーク全開だった楽しい一時(ひととき)。

     それらはすべて泡となって消えゆく。

 

 

 

 + + + +

 

 

 

慧祐 「おい、瑠奈!聞いてんのか?」

 

 

栞那 「ちょっと瑠奈さん、聞いてくださいよー」

 

 

瑠奈 「はいはい、順番に聞くよー」

 

 

 

 + + + +

 

 

 

瑠奈 N:いつかこんな日が来ると思っていた。それが、私の理想だった。ただそれだけのこと。

 

     どれだけ思い出を振り返っても、最後にはあの日のことが蘇る。

     私にとって大事な人を、同時に二人も失ったあの日。

 

     燃え上がりすぎた炎は、私も、周りの人もすべてを焼き尽くし、その現実をつきつける。

 

 

     今はただ休もう。すべてを忘れて。

     たくさんの過ちも後悔も、いつかきっと前に進むために必要なもの。

 

     そう信じて――。

 

 

 

 

 

 

≪ タイトルコール ≫

 

 

 

???「あ、コレ落としましたよ」

 

 

 

瑠奈 N:夢をみた。

 

 

 

???「それじゃ、私はこれで」

 

 

 

瑠奈 N:街を歩いていて、私は彼女とぶつかり、何か落としてしまったらしい。

     その“何か”を確認せずに、私はお礼を言って…。

 

 

 

???「言ったでしょ?すべてを奪うって…」

 

 

 

瑠奈 N:去り際に彼女が言い放つ。その“何か”は、真っ赤なあの――。

 

     刹那(せつな)、背筋が凍るような気配を感じた。

     振り返ると、手元にあったはずの“それ”は、さっきの彼女の喉元に…。

 

 

 

栞那 「何度デモ奪ッテアゲル…」

 

 

 

瑠奈 N:記憶に残る彼女が、私の目の前でまた――。

     私の視界が真っ赤に染まっていく。

 

     そうして私は、目を覚ます。

 

 

     彼女はいつも笑っていた。

 

 

 

栞那 「絶対ニ許シマセンカラ」

 

 

 

 

 

慧祐 「 End of Crooked Love 」

    (エンド オブ クロケッド ラヴ)

 

 

 

 

fin...

 

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