声劇×ボカロ_vol.19 『 ACUTE 』
End of Crooked Love ( ※直訳:歪んだ愛の結末 )
【テーマ】
愛情のカタチ
【登場人物】
橘 慧祐(24) -Keisuke Tachibana-
社会人2年目の青年。社交的な方。
栞那に縛られがちで、ストレスがたまっている。
響 栞那(22) -Kanna Hibiki-
慧祐の幼なじみで、付き合って3年になる。
普段は明るいが、慧祐のことになると目の色を変える。
椿 瑠奈(24) -Runa Tsubaki-
慧祐の同僚で、栞那の隣人。
慧祐とは、名前に同じ花の名前がついてたことから意気投合する。
【キーワード】
・裏切り
・近づきすぎた関係
・悪魔の声
・愛情の矛先
【展開】
・些細なことでケンカをしてしまう慧祐と栞那。
昔を思い出す栞那と同僚に相談する慧祐。
・密かに慧祐を想っていた瑠奈。傷心の慧祐の心に割り込む。
・女の影を感じる栞那。仲のいいご近所のお姉さん(瑠奈)に相談する。
・浮気現場に遭遇する栞那。その相手を知り、表現できない感情が湧きあがる。
そして…。
※キーアイテム / ナイフ(研ぎ澄まされた何か、物体そのもの)
《注意(記号表記:説明)》
「」 → 会話(口に出して話す言葉)
M → モノローグ(心情・気持ちの語り)
N → ナレーション(登場人物による状況説明)
※ただし「」との区別をつけるため、MおよびNは、:(コロン)でセリフを表記する。
【本編】
慧祐 「だから、なんでお前はいつもそう…!」
栞那 「うっさい!慧祐のバカ!!」
慧祐 N:好き放題怒鳴り散らして、あいつは出ていった。
何があったかって?知らねーよ…。ったく、なんなんだよ、ホントに。
こういったケンカは最近少なくない。
ほとんど俺には身に覚えのないことで、あいつが急に怒り出して、それで…。
慧祐 「…あ、あいつひょっとして、先輩と一緒にいたところ見て…」
慧祐 N:昨日、会社の先輩と仕事終わりに飲みに行った。女の先輩だったから、
こうなることはある程度予想はついていたが、お世話になってるし、
普段あいつのこともあって、付き合いの悪い後輩って見られてて、それもなんか嫌で…。
慧祐 「で、そんなバッドタイミングを見られたってわけか」
慧祐 N:電話してみる。案の定、出ない。
はぁ~あ、もう!めんどくせえな、ホント。
そんなあいつ――栞那とは、付き合って3年経った。
幼なじみだったから、その辺の面倒くさいところもわかってたつもりだけど…。
でもな、栞那。
俺だって社会人になったんだし、付き合いとかそういうのもあるんだから、そろそろ。
+ + + +
栞那 「わかってるよ!だってあんまりうるさくしてたら、慧ちゃん、どっか行っちゃうでしょ?」
+ + + +
慧祐 N:俺の就職が決まった頃、確かあいつはそんなことを言っていた。
でも実際のところ…。
正直、俺は束縛してくるあいつに、ストレスを感じ始めていた。
瑠奈 「それで私を呼び出したってわけね」
慧祐 「悪いな、瑠奈」
瑠奈 「別にいいけどね。君は数少ない同期だし」
慧祐 「ホント、またこんなとこ見られたらって思うとさ」
瑠奈 「じゃあなんで呼び出したのよ」
慧祐 「女の気持ちは、同じ女に聞いた方がいいだろ」
瑠奈 「かもしれないけどさぁ。ま、今日は飲もう。ね?」
慧祐 「おー」
慧祐 N:このときはまだ軽い気持ちだった。
同僚の瑠奈は、見た目よりもずっとさっぱりした性格で、付き合いやすい。
栞那に縛られていた俺にとって、一番ホッとできる存在でもあった。
慧祐 「ところで、今日はなんでそんなに極(き)めてきてんだよ」
瑠奈 「あー、これ?私だって女ですからね。オシャレぐらいしますよ」
慧祐 「へー」
瑠奈 「な、なによ?」
慧祐 「いや。普段すげーさっぱりした性格だから、意外だなって。ほら、なんつーの…」
瑠奈 「(ドキドキしながら)…え?な、なに…?」
慧祐 「馬子にも衣しょ…(殴られて)ってぇ!!」
瑠奈 「あんた、さいってー」
慧祐 「あはは…。でも似合ってると思うよ」
瑠奈 「はいはい」
慧祐 「いや、マジで」
瑠奈 「あんたさっきけなしてきたでしょうが」
慧祐 「まぁ、そうなんだけど。たださ、俺んなかで違和感あったから、少し意地悪してみた」
瑠奈 「は?」
慧祐 「そういうドレスコードっていうの?着ても着なくても、お前はお前じゃん?
別に中身まで飾らなくていいでしょ。少なくとも、俺は素のお前に会いたいと思って
呼んだんだし」
瑠奈 「…っ!?……あんた、それ自分で言ってて恥ずかしくないの?」
慧祐 「え?なにが?」
瑠奈 「もう、いいわよ。飲みましょ」
慧祐 N:グラスをチンっと当ててきた彼女。
グラスの中身を飲んで向けてきたその顔は、俺が知るいつもの彼女だった。
でも俺はホントに鈍感だったと思う。
彼女がこの日着飾ってきたのには、ちゃんとした理由があったのだ。
彼女の想いの矛先は、確実に狙いを定めていた。
* * * * *
栞那 N:また彼とケンカした。最近多い気がする。
原因は自分にもあるんだってわかってるのに…。
でもね、慧ちゃん。
慧ちゃんは誰にも渡さないよ?私のだもん。
そんなことをぐるぐると考えていると、いつの間にか日が沈んでいた。
電気をつけ、窓から隣を見てみる。
栞那 「まだ帰ってきてないんだぁ」
栞那 N:この部屋に越してきたときから、仲良くしてもらってるお隣さん。
一人っ子だった私にとって、お姉ちゃんのような存在の人。
帰ってきてたら、話聞いてほしかったんだけどな。
やっぱり一人っ子だとこういう時寂しい、と思った。
そんなとき思い出すのは、いつもあの日のこと――。
昔、まだ小さかった頃、お父さんもお母さんも仕事でいなくて
家に一人だったことがあった。
一人で心細くて泣きそうになっていると、お隣の慧ちゃんがやってきて、
一緒にいてくれた。それがホントに嬉しかった。
それから慧ちゃんはずっと私のお兄ちゃんのような存在で…。
でもいつの頃からか、そんなお兄ちゃんを独り占めしたいって思うようになって。
だから思い切って――。
+ + + +
栞那 「あのね、慧ちゃん」
慧祐 「んー?」
栞那 「好きだよ?」
慧祐 「……お、おう」
栞那 「私の彼氏になって?」
+ + + +
栞那 N:今思い返すと、すごく恥ずかしい。私の告白。
でも慧ちゃんは笑ってokしてくれて、あれから3年経った。
私の気持ちはあの頃と変わらない。
何度だって伝えたい。大好きって…。
だから……うん。誰にも渡さない。
* * * * *
瑠奈 「……(呟いて)ホント、鈍感なんだから」
慧祐 「ん?なんか言った?」
瑠奈 「べっつにー」
瑠奈 N:せっかく綺麗にしてきたのに。電話が来て、誘われて、舞い上がった私がバカみたい。
彼女がいることも、わかってたはずなのに…。
それでもちょっとぐらい期待したっていいでしょ?
私、君のこと好きなんだよ?
慧祐 「おい、どうしたんだよ!ちょ、瑠奈!飲みすぎなんじゃ…」
瑠奈 「え~?そんなころないお~」
慧祐 「(ぼそっと)いや、舌まわってねーし」
瑠奈 「なーに!?」
慧祐 「…(ため息)はぁ」
瑠奈 N:ヤケ酒。他の人から見たら、よりにもよって本人の前で、なんて言うだろうけど、
それぐらい私はどうでもよくなっていた。
だってさ、どんなに想っても、望み…ないんだよ?
それならいっそ…。
慧祐 「これお前、ちゃんと帰れるのか?」
瑠奈 「だ~いじょ~ぶ~」
慧祐 「……無理だな、絶対」
瑠奈 N:そこからの記憶がない。
最後に見た彼の顔は、すごく困った感じだった。
どれぐらい眠っていたのだろう。
目を覚ました私は、ベッドで横になっていた。
慧祐 「起きたか?」
瑠奈 「…え、あれ…?」
瑠奈 N:状況が呑み込めない。ここ、どこ…?
慧祐 「あのさ、仕方なかったんだよ。タクシー乗せようとすると、なぜかお前は帰らないって
駄々こねるし。抱きついたまま離れないしさ」
瑠奈 「へ?」
慧祐 「そのまま放っとくわけにもいかないし、な」
瑠奈 「え、じゃあ、もしかしてここって…」
慧祐 「…お察しの通りです」
瑠奈 N:記憶が飛ぶ前に、私に悪魔が囁いた。
『それならいっそ…』
最近彼女とうまくいってないという彼。私の好きな人。
いま私の持てる武器と現状を少し利用すれば…。
瑠奈 「ねぇ」
瑠奈 N;悪魔は囁き続ける。まるで私の心に突き刺さり、その方向へ導くかのように。
瑠奈 「なんだか寂しいの。今夜は、ううん。今夜だけでいいから、離さないで…」
慧祐 「いや、それは…っ」
瑠奈 「…ダメ?」
瑠奈 N:できる限り彼を誘惑して、不意討ちのキス。そうして彼の本能を呼び覚ます。
突然降り出した雨が、悪魔の声を助長する。
そこから先は、私の思惑通り。
私は彼を求め、彼は私を求める。激しく、燃え上がるように。
背中を押した悪魔に感謝しつつ、私はこの日、彼と関係を持った。
ただ…。
想いがある分、彼が手を放すその瞬間、私に残ったのは罪悪感と虚無感だった。
ぽっかりと空いた穴を、もっと埋めてほしい。彼でいっぱいにしてほしい。
それまで考えてもいなかったことが頭を過(よ)ぎる。また悪魔が囁く。
慧祐 「その、まーアレだ。昨夜(ゆうべ)のことはお互いなかったことに」
瑠奈 「もちろん。私もどうかしてたし」
慧祐 「……。じゃあ帰るか」
瑠奈 N:ホントは伝えたい。どうかしてたんじゃないって。
でもやっぱり…。
『奪えばいい…』 ※負の感情をあらわにして
さすがに今回はスルー。それだけは絶対にしちゃいけない。
そう自分に言い聞かせる。
瑠奈 「それじゃ」
慧祐 「おー。気をつけて帰れよ」
瑠奈 N:胸がキュッとなる。彼の姿が見えなくなるまで、目で追う私。
やっぱり期待しちゃダメだよね?……慧祐。
* * * * *
栞那 「ごめんね、慧ちゃん。私また勘違いだったみたい」
慧祐 「ん?あー、俺も少し強く言いすぎた。悪い」
栞那 N:なんだろう。いつもと同じようで、どこか違う。
慧ちゃんは、私を見てるようで、違う人を見てるような気がする。
気のせい、だよね。
慧祐 「ん?どうした?」
栞那 「…あ、ううん。なんでもない」
慧祐 「ホントに大丈夫か?顔色悪いぞ」
栞那 「大丈夫。ねぇ、慧ちゃん。ぎゅってして?」
慧祐 「はぁ?まぁ、いいけど。おいで?」
栞那 N:抱(いだ)いた疑念を払拭させようと、私はしがみつく。
彼の腕の中は、やっぱり落ち着く。
でも一度芽生えた疑念は、簡単には消えなくて、思ってることも口にできなくて…。
私だけを見てほしい、なんてワガママかな?
* * * * *
慧祐 N:あの日、瑠奈と関係をもってしまった。
彼女以外の女性の存在に気づきつつも、今まで知らないフリをしていた。
そうすることが、恋人がいる者の常識だと…。
でも本能には抗えない。…なんて言うと、それはただの言い訳。
ただ一度快楽に溺れてしまうと、またあの快感を味わいたくなる。
僕は葛藤しつつも、自分の中の悪い心が強くなってきている気がした。
瑠奈 「…で、今度はなに?」
慧祐 「いや、まぁ。一応、報告ってことで」
瑠奈 「あ、仲直りしたんだ?」
慧祐 「そう……なんだけどさ。お前はまた、なんでこう…」
瑠奈 「…なに?急に目を逸らしたりして」
慧祐 「(呆れ気味に)なんでまたそんな格好してんだよ」
慧祐 N:仕事帰りではあるから、一見普通のOL。
ただ仕事からの開放感からなのか、胸元が大きく開いている。
勘弁してくれ、マジで。
慧祐 「…なぁ」
瑠奈 「んー?」
慧祐 N:グラスを片手に彼女は振り向く。
そんな彼女に、僕はとんでもないことを言った。
理性と本能がせめぎ合い、その結果――。
慧祐 「あの日言ったこと、なかったことにできる?」
* * * * *
瑠奈 N:私は彼の言う“あの日”がいつを指しているのか、すぐにわかった。
というか、正直、あの日の続きを私も期待していた。
胸元を大きく開けていたのも、わざと。これ以上の誘惑なんて私には無理。
慧祐 「…なんだよ、その顔」
瑠奈 「べっつにー。なんで?」
慧祐 「俺から誘うとか、意外だって思ってるだろ?」
瑠奈 「でも私はその誘いに乗ったんだよ……んむっ」
瑠奈 N:部屋に入ってすぐ、話の途中で口をふさがれた。
そこから先は……。うん。ご想像通り。
以前と違って、彼が私を求めてくるキス。
そこに少しでも想いを感じてしまった私は、全身の力が一気に抜け、あとはもう、そのまま…。
慧祐 「ごちそうさまでした」
瑠奈 「あはは、なに言ってんの」
慧祐 「今度こそこれで終わりにしないとなぁ」
瑠奈 「…できるの?」
慧祐 「……たぶん」
瑠奈 「へー。じゃあ今後そっちから誘ってきたとしても、私は無視すればいいのね」
慧祐 「そう、だな」
慧祐 N:でもその決断は甘かった。
思い出せば思い出すほど、瑠奈との相性はよかったし、また声を聞きたくなる。欲しくなる。
ダメだとわかっていても止(や)められない。
事が済んでから抱(いだ)くのは、いつも同じこと。後悔。不安。そして、快楽…。
瑠奈 「それで、今日はどうするの?行く?」
慧祐 「え、行かないの?」
慧祐 N:後悔も不安もだんだん薄れていき、最後に残ったのは快楽だけ。
彼女を求める。繰り返す。溺れていく。
その度に心は錆(さ)びていき、そこで廻っている歯車は少しずつ音を軋(きし)ませていく。
もう、どうなったっていい。
彼女が――瑠奈が欲しい。
そしてまた今夜も、僕らは互いを激しく求め合う…。
栞那 「…慧祐、ここにいるの?」
+ + + +
瑠奈 「あら、栞那ちゃん。どうしたの?」
栞那 「あの、瑠奈さん。相談に乗ってほしいんですけど…」
瑠奈 「また彼氏とケンカしたの?」
栞那 「あー、はい…」
栞那 N:ケンカをしたのは本当だけど、今日はそれだけじゃなかった。
最近、慧祐が何かと理由をつけて会うことを拒否している。
何もないと信じたい気持ちはあった。
でも誰かの影が見え隠れしている。
私の前から彼がいなくなってしまうのではないかと、不安で不安で仕方なかった。
瑠奈 「へー。彼氏が浮気ねー」
栞那 「直接見たわけじゃないし、証拠とかもないんですけど。瑠奈さんなら気持ちわかりますよね?」
瑠奈 「そりゃ自分がされたら、その相手殺したいほど憎むでしょうね」
栞那 「……私なんて、冷静でいる自信なんてありませんよ」
瑠奈 「まぁ、浮気現場を見ちゃったら、誰だって冷静じゃいられないでしょ」
+ + + +
栞那 N:それはつい最近のことだった。だから彼女のセリフはしっかりと覚えている。
扉を開けた先にいたのは慧祐と――。
+ + + +
瑠奈 N:彼氏のことを何度か相談に来ていたお隣の女の子。
その中で出る“ケイスケ”という名の彼。
その名前を聞いて、一瞬ドキッとするも、よくある名前だと自分に言い聞かせた。
まさかそんなわけない。
私の好きな人が、自分にこんな身近な人と付き合ってるなんて、そんな偶然…。
+ + + +
栞那 N:慧祐の姿は確認できた。誰かに覆いかぶさっている。
でもその下にいる人に、私は言葉を失った。
振り向いた二人。
場違いなのは私だというように、驚きとともに冷ややかな目を向けてくる。
『その現場を見たら、誰だって冷静じゃいられない』
私の心で悪魔が目覚めた。
+ + + +
慧祐 N:最近、栞那とよくケンカしている。原因は…。
おそらく、というか間違いなく自分にあるだろう。
それでももう戻れない。あの頃のようには。
すっかり錆びついてしまったこの心の麻痺を癒すのは、快楽だけ。
飽きることなく彼女を求めてきた。
それが慣れた作業だとしても、お互いの気持ちを確かめ合ったつもりになっていた。
“愛”だとか“恋”ってそういうものだと、自分に言って誤魔化していた。
+ + + +
栞那 「…けい…すけ…?」
慧祐 「か、栞那…」
栞那 「………瑠奈、さん…?」
慧祐 「え…?」
慧祐 N:瑠奈は栞那から目を逸らして、黙り込んでいた。
なぜ栞那がここにいるのか。なぜ栞那が瑠奈を知っているのか。疑問は尽きない。
だがその疑問は、解決されることはないだろう。
栞那の蔑むような、人を見下すような目が、そう語っていた。
栞那 「……さない」
慧祐 「え?」
栞那 「許サナイ」
慧祐 N:俯いて、そう口にした栞那の顔は、今までに見たことのないもの。
そこにいたのは、僕の知らない彼女。向けられた視線が、強く心を抉(えぐ)る。
仮面が、引き剥がされた…。
僕のも。そして彼女のも。
瑠奈 N:まさか自分が当事者になるなんて。
そこに私の知る優しい彼女は、どこにもいない。
きっとこれは、ただでは済まない。
栞那 「…許さない…けど、もう彼に近づかないっていうなら見逃してあげる」
瑠奈 「え?」
栞那 「あと家の近くで私に会っても、話しかけないでください」
瑠奈 「……はい」
慧祐 N:二人のそんなやり取りを、ただ見ていることしかできなかった。
首の皮一枚繋がった、そんな安堵感。
この温情を、栞那をもう絶対に裏切っちゃいけない。
自分の非を認め、もっと誠実に向き合おう。それが義務だと言い聞かせる。
だけど――。
一度覚えた蜜の味。それは麻薬のように彼女を欲し、彼女もまた求める。
禁じられた遊び。それが僕たちを、さらなる快楽へと導く。
瑠奈 「もうあの頃のようには戻れないの?」
栞那 「それを壊したのは、アナタでしょう?」
瑠奈 「そ、そうだけど…」
慧祐 N:いつもの場所。隣には瑠奈。
そんな彼女が、顔を強張(こわば)らせて誰かと話している。
一息ついて、突然かかってきた電話。
でも僕は瑠奈と繋がった余韻が強く残っていて、その通話の内容も相手も、特に気にせず、
通話相手にバレないように、彼女を押し倒す。
拒否することも、余計なことも口にできないその状況を、僕は楽しんでいた。
流れに身を任せるしかない彼女。我慢しているその顔が、さらに僕を奮い立たせる。
瑠奈 「あっ」
慧祐 N:漏れてしまった声。ヤバいという表情と赤面するその姿に、僕は煽(あお)られ、耳に届いた
はずの、通話相手の声を簡単に受け流していた。
栞那 「約束、してたのにね」
瑠奈 「え…、あ…」
栞那 「瑠奈…あなただけは…」
瑠奈 N:いつの間にか“そこ”にいた彼女。手には携帯を持ち、誰かと通話している状態。
その相手は―― 私。
栞那 「ソウ、コンナ事ハアッテハナラナインダ…」
瑠奈 N:何かを呟いた彼女の表情で、私は反射的に彼を押し退(の)けた。
それはきっと動物の直感的なもの。身の危険を感じるアレ。
私に突き飛ばされた彼は、冷めた目で彼女を見ていた。
あの誓いはどこへ――。
ただ目の前の欲求に目が眩んでいるだけの彼に、彼女は勢いよく抱きつく。
栞那 「ねぇ、どうして!私じゃ、私じゃダメなの!?」
瑠奈 N:冷ややかだった目と、凄みのある声はどこへやら。
甘えた感じで可愛い女の子を“演じて”いるのが目に見えてわかる。
慧祐 「悪かったよ。今度こそちゃんと改心するか……ら…」
瑠奈 N:その場しのぎの言葉に聞こえたのかもしれない。
でもそれを聞くよりも先に、彼女はそうしようと決めていたのかもしれない。
勢いよく抱きついたときに聞こえた鈍い音。
今思えば、それはこの音だったのだ。
慧祐 「…かん…な」
瑠奈 N:彼の体はだらりと力が抜け、抱きついてきた彼女に持たれかかる。
ふとその下を見ると、ポタポタと赤い雫が滴っていた。
予想もしていなかった“非現実”に、自分の目を疑ってしまう。
でもそれは確かに、彼の身体を、私の心を貫いていた。
栞那 「ふふ…」
瑠奈 N:返り血を浴びた彼女が、こちらを向いた。
振り向くと同時に、彼は床に倒れ込む。
次はきっと私の番。そう思っていた。
瑠奈 「…い、いや…。こない…で…」
栞那 「大丈夫。あなたと彼は一緒に逝かせない」
瑠奈 「そ、それじゃ…っ。た…」
瑠奈 N:助けてくれるの?
そう聞く前に彼女は…。
栞那 「アナタノスベテヲ奪ッテアゲル…」
瑠奈 N:そう言って手にしていたナイフを、彼女は自分の喉元に付きつける。
栞那 「彼モ、思イ出モ、何モカモ奪ッテアゲル…」
瑠奈 N:そう言うと、私の目の前でその鋭い刃を…。
そこからはよく覚えていない。
目を閉じて浮かぶのは、彼女の冷たい視線と横たわる彼の姿。
私は病院のベッドで目を覚ました。
瑠奈 「……生きて…る…?」
瑠奈 N:記憶はない。あの日のあの部分だけが、すっぽりと抜けている。
彼と一緒にいて、幸せで。でも罪悪感もあって。
その報いを受けるのは、私の方だったはずなのに…。
なのに、こんな…。
一人残された私。
彼も、彼女もあの後どうなったのかわからない。
でも今、私がこうして無事でいる。それが彼らの結末を静かに伝える。
彼女の望み通り、私はすべてを失った。彼も、思い出も、何もかも。
きっと仕事もクビになっているだろう。
彼と同じ場所で過ごした時間。
彼女と女子トーク全開だった楽しい一時(ひととき)。
それらはすべて泡となって消えゆく。
+ + + +
慧祐 「おい、瑠奈!聞いてんのか?」
栞那 「ちょっと瑠奈さん、聞いてくださいよー」
瑠奈 「はいはい、順番に聞くよー」
+ + + +
瑠奈 N:いつかこんな日が来ると思っていた。それが、私の理想だった。ただそれだけのこと。
どれだけ思い出を振り返っても、最後にはあの日のことが蘇る。
私にとって大事な人を、同時に二人も失ったあの日。
燃え上がりすぎた炎は、私も、周りの人もすべてを焼き尽くし、その現実をつきつける。
今はただ休もう。すべてを忘れて。
たくさんの過ちも後悔も、いつかきっと前に進むために必要なもの。
そう信じて――。
≪ タイトルコール ≫
???「あ、コレ落としましたよ」
瑠奈 N:夢をみた。
???「それじゃ、私はこれで」
瑠奈 N:街を歩いていて、私は彼女とぶつかり、何か落としてしまったらしい。
その“何か”を確認せずに、私はお礼を言って…。
???「言ったでしょ?すべてを奪うって…」
瑠奈 N:去り際に彼女が言い放つ。その“何か”は、真っ赤なあの――。
刹那(せつな)、背筋が凍るような気配を感じた。
振り返ると、手元にあったはずの“それ”は、さっきの彼女の喉元に…。
栞那 「何度デモ奪ッテアゲル…」
瑠奈 N:記憶に残る彼女が、私の目の前でまた――。
私の視界が真っ赤に染まっていく。
そうして私は、目を覚ます。
彼女はいつも笑っていた。
栞那 「絶対ニ許シマセンカラ」
慧祐 「 End of Crooked Love 」
(エンド オブ クロケッド ラヴ)
fin...