声劇×ボカロ_vol.14 『 永遠花火 』
earnest Heart,from Me to You ※ 一途な心 僕から君へ
【テーマ】
目に見えるものがすべてじゃない
【登場人物】
熊谷 紘輝(21) -Hiroki Kumagai-
盲目の男性。通院先の看護士の香織に恋をする。
母親に反対されても、諦められないほど一途。
東雲 香織(23) -Kaori Shinonome-
明るく、優しい雰囲気をもつ女性。
周りからも好印象を受けることが多い。
【キーワード】
・恋心
・聞こえなくていい告白
・花火大会
・たとえ見えなくても
【展開】
・検査に病院を訪れる紘輝。香織との久しぶりの再会。
・帰り際、途中まで香織が連れ添うことになり、電車の音に紛れて想いを伝える紘輝。
・思い切って香織を花火大会に誘う紘輝。花火の音に紛れて、また想いを伝える。
・想いが届き、キスをする二人。一途に想う心を、永遠の彩りに誓う。
《注意(記号表記:説明)》
「」 → 会話(口に出して話す言葉)
M → モノローグ(心情・気持ちの語り)
N → ナレーション(登場人物による状況説明)
※ただし「」との区別をつけるため、MおよびNは、:(コロン)でセリフを表記する。
【本編】
紘輝 N:今日は久しぶりの検査の日。ゆっくりと、でも確実に足を前へ運ぶ。
僕は生まれつき目が見えなかった。
日常の生活でそんなに苦労はしていなかったが、それでもこうして時々、検査をしていた。
目が見えないから、という理由だけで、母が毎回付き添う。
その気持ちが嬉しいようで、申し訳なくも感じていた。
香織 「紘輝くん!久しぶりだね!」
紘輝 「あ、どうも」
香織 「あ、お母さん。ここからは私が付き添いますね」
紘輝 N:明るい声で僕を迎えてくれたのは、この病院で働く看護士の香織さん。
看護士だから当然なんだろうけど、それでも彼女の気遣いには、安心して身を任せられた。
香織 「元気だった?」
紘輝 「あ、はい。香織…さんは?」
香織 「私?元気だよー。あ、いけない。先生待たせちゃってるんだった。行こ?」
紘輝 N:と言っても、走るわけじゃなく、彼女が手をひいて、ほんの少し急ぎ足。
いつだって明るくて、優しく接してくれて…。
そんな彼女に恋をするのに、時間はかからなかった。
でも僕は盲目で、彼女は看護士。
お互いの状況も立場もわかってる。それでも、一度芽生えた想いに嘘はつけない。
簡単に諦められない。
* * * * *
母 「あの子のこと、まさか好きだったりしないわよね?」
紘輝 「だったらどうすんの?」
母 「反対するに決まってるでしょう!」
紘輝 N:その言葉に、その後の反対するちゃんとした理由も耳に入ってこなかった。
僕が誰かを好きになることに、母は喜んでくれると思っていたから。
彼女が看護士だったからなのか、それとも彼女の未来の苦労を考えてそう言ったのか、
後から考えれば考えるほど、思いつめてしまった。
それでも僕は…。
紘輝 「…っ、なんでだよ、ちくしょう…っ」
紘輝 N:許されない恋。断ち切れない想い。
その二つに縛られ、僕はよく屋上に行って、一人で泣いていた。
たまに遠くで聞こえる打ち上げ花火の音が、僕の心にのしかかり、また切なくなった。
* * * * *
香織 「あ、紘輝くん!お母さんがね、急用できちゃって帰らないといけなくなっちゃったんだって!」
紘輝 「え?…あー、はい。わかりました」
香織 「大丈夫?一人で帰れる?」
紘輝 「(笑って)そんなに子供じゃないですよ」
香織 「そうだけど、でも…。あ、じゃあ私が近くまで一緒に行ってあげるよ!」
紘輝 「……え?」
香織 「ね、そうしよ!もうちょっとで仕事終わるし。少し待っててー」
紘輝 「いや、あの…。香織さん?」
香織 「いい?ここ動かないでね?」
紘輝 N:目には見えないけど、きっと彼女の顔は真剣だったろう。
どこか恥ずかしい反面、嬉しい気持ちもあった。
好きな人と一緒に帰れる。まさかそんなことが現実になるなんて。
香織 「紘輝くん、電車来るって。もう少し下がって」
紘輝 N:構内のアナウンスでそれはわかっていた。
でもこういうときに思う。目の見えない僕は、やっぱり助けが必要なのだと。
電車が近づいてくる。音でわかる。
目の前を通り過ぎていき、風を肌で感じる。
紘輝 「好きです」
紘輝 N:電車の音に紛れて、僕はそう口にした。
彼女の答えが欲しかったんじゃない。僕が彼女に言いたかっただけ。
これでいい。彼女には聞こえなくていいんだ。
代わりに僕は、ある決意をした。
* * * * *
紘輝 N:今夜、近くで花火大会がある。僕は思い切って、彼女を誘ってみることにした。
片想い中だから、声が震えて、きっとうまく話せない。
だから僕は点字ライターを使った。
香織 「ん?…(微笑む)」
紘輝 N:彼女から返事はない。その代わり、カタカタと音がした。
それは僕に合わせて彼女が文字をタイプする音。
“何時に会う?”
辿(たど)った指。その返事。僕は信じられなかった。
何度読み返しても、それは変わらない。
それどころか、驚いて反応しない僕に、彼女は“どうする?”とまたタイプする。
冗談でも嘘でもなかった。
紘輝 「…えっと……」
香織 「じゃあ、6時に待ち合わせね?」
紘輝 「…あ、うん。はい…」
* * * * *
香織 N:いきなりでびっくりした。
でもそれ以上に、彼が誘ってくれたことが嬉しくて…。
不謹慎だけど、彼に私の姿が見えなくてよかった。
だってすごく顔が熱かったから。きっとわかりやすいくらい真っ赤にしてたと思うから。
香織 「お待たせ、紘輝くん」
紘輝 「あ、香織さん?」
香織 N:彼の傍に行き、肩をたたく。
緊張してることを悟られないよう、明るく無邪気な感じで話しかけてみた。
紘輝 「じゃ、じゃあ行きましょう」
香織 「うん。って、大丈夫だよ。無理してリードしようとしなくても」
紘輝 「…あ、いや。別にそんな…」
香織 N:手さぐりで私の手をとって、前を行こうとする彼を、私は引き止めた。
私の言ったことに動揺したのか、見透かされて恥ずかしくなったのか、
彼は顔を真っ赤にしていた。
あ、きっと私もさっきはこんな顔をしてたんだろうなって思うと、クスリと笑みがこぼれた。
紘輝 「な、なんですか、もー」
香織 「ふふ、なんでもないよー」
香織 N:そうして胸を高鳴らせて、私たちは花火会場へ。
心配しなくていいよ。たとえ君に私が見えなくても、私は傍にいます。
繋いだ手から伝わる彼の鼓動が、私を安心させるから。
紘輝 N:僕にあなたは見えなくても、僕は誰よりもあなたを見つめてる。
口にはしなくても、彼女の手をぎゅっと握った手が、それを物語る。
そして打ち上がる花火――。
決意が鈍らないよう、背中を押してくれている気さえする。
そんな花火が打ち上がる時、僕は…。
紘輝 「好きです」
香織 「……?」
紘輝 「あなたが好きです」
香織 「…なーに?」
紘輝 N:花火の音にかき消されて、声が届かない。
でも今日はちゃんと伝えなきゃ。僕の気持ちを。
花火が打ち上がるたびに、僕は何度も何度も大声で叫び続ける。
紘輝 「好きです!」
香織 「……っ」
紘輝 「あなたが好きです!」
香織 「…ひろ…きく…っ」
紘輝 「好きです!!」
香織 「(涙ぐんで)…ひっく、ひっ、ぐすっ」
香織 N:本当は最初から聞こえていた。でも自信がなかった。
私なんかでいいのかなって。だから…。
だから何度も大声で“好き”と言ってくる彼の純粋な想いに、私は涙を流す。
溢れる。止まらない。
紘輝 「……香織…さん…?」
香織 N:泣いているところは見えなくても、きっと声でバレている。
だから私は、次の花火が打ち上がったと同時に彼に抱きついた。
見られていなくても、その顔は隠したくて。何より、彼の想いに応えたくて。
紘輝 「…え、あ…あの…っ」
香織 「(囁いて)私も好きだよ、紘輝くん」
* * * * *
紘輝 N:しばらくして、僕は母に彼女のことを紹介した。
以前強く反対されていたから、内心ビクビクだった。また反対されるんじゃないかって。
でも母は何も言わず、ただただ泣いていた。
時折聞こえる「よかったね」という声に、母が心から喜んでくれていることがわかった。
反対したのも、僕のことを想ってのことなんだと、そのときようやく理解した。
今なら素直になれる。
母さん、今まで心配かけてごめんね。たくさん大変な思いさせたよね。
でもね、僕にも大切な人、できたよ。
母さんが僕にそうしてきたように、今度は僕が彼女を支えていく。
* * * * *
紘輝 「…い、今…なんて…」
香織 「……好き」
香織 N:彼は私の頬に手を当ててきた。伝う涙が彼の手に触れる。
でも彼の探し物は涙じゃない。
紘輝 「香織さん…」
香織 「(微笑んで)……ん」
紘輝 N:僕は両手で彼女の唇を探す。彼女もそれに気づいたようだった。
ずっと触れたかった。両想いを夢みていた。でも、でもね。
こんなカッコ悪いキスでも、いいですか?
香織 「関係ないよ」
紘輝 「え?」
香織 「カッコ悪いとか、思ってるんでしょ?」
紘輝 N:やっぱり彼女には敵わない。彼女の言葉で、僕は気が楽になった。
そして――。
まるで二つの線香花火が一つに交わるように、僕たちは唇を重ねた。
+ + + +
香織 「あのね、本当は駅で君が言ったこと、聞こえてたよ」
紘輝 「え、そうなの!?」
香織 「でも君の顔を見て、そのとき返事することじゃないかなって」
紘輝 「あれ?じゃあ、花火大会に誘ったときは…」
香織 「私もね、あのときの返事をするつもりで行ったんだよ」
紘輝 「(笑って)なんだ…。はは…っ」
紘輝 N:時の許す限り、あなたの傍にいたい。ずっとあなたに恋していたい。
香織 N:どんな日もずっと手を繋いでいたい。それでも時々不安になる。
私でいいんだよね?って。
紘輝 N:あなたは本当に僕でもいいの?
僕らは似た者同士。
香織 N:君が顔や手や髪に触れてくるから、目に見えることがすべてじゃないって信じられる。
だって私も。
紘輝 N:僕も。心で繋がってる。心で見つめ合ってる。それが僕たちにはわかる。
だからきっと…。
香織 N:十年先も。その先もずっと、私たちを照らす。
紘輝 N:これから二人で紡(つむ)ぐ思い出の花火が、様々な色で僕たちを照らす。
香織 N:理由なんていらない。ただ一緒にいたい。
紘輝 N:それがお互いを一途に想う心の証。永遠に咲き続ける花火。
何度でも伝えるよ。「大好きだよ」って。
《 タイトルコール 》
香織 「 earnest Heart,from Me to You 」
( アーネスト ハート フロム ミー トゥー ユー )
紘輝 「今度はウチの庭で花火しよう」
香織 「いいけど、それってお泊り?」
紘輝 「え、えぇ!?あ、えと…。その…」
香織 「焦っちゃって、かーわいっ」
紘輝 「う、うるさいよ、もー!」
香織 「 お わ り 」
fin...