声劇×ボカロ＿vol.12 『 HEAVEN 』
Always with You
【テーマ】
さよならを伝えるために
【登場人物】
桐山 和也（24） －Kazuya Kiriyama－
彼女の失明を機に、結婚を決意する。
いつか必ず光を取り戻すことを信じて。
川原 みずき（24） －Mizuki Kawahara－
突然目が見えなくなり、不安に駆られる日々を送る。
和也とは高校からの付き合い。
【キーワード】
・みずきの失明
・手術当日の悲劇
・涙
・得るために失ったもの
【展開】
・目の手術を控えたみずき。和也の声を聞き、勇気をもらう。
・みずきが失明する前と、その後を思い出す和也。
・自分が失明する前と、その後の不安と安心を思い出すみずき。
・いつも傍にいる。そう彼女に誓った意味。
《注意（記号表記：説明）》
「」 → 会話（口に出して話す言葉）
Ｍ → モノローグ（心情・気持ちの語り）
Ｎ → ナレーション（登場人物による状況説明）
※ただし「」との区別をつけるため、ＭおよびＮは、：（コロン）でセリフを表記する。
【本編】
和也 Ｎ：それは本当に突然のことだった。
デートをしていたとき、彼女の目は光を失った。
みずき「…え、なに…？」
和也 「ん？どうした？」
みずき「…なに、これ…。和也がだんだんボヤけて…き…」
和也 「…みずき？」
みずき「…あれ？か…ずや。……どこ？」
和也 Ｎ：手さぐりで僕の存在を確かめようとする彼女。
最初は悪ふざけだと思った。でも、そうじゃないことはすぐにわかった。
目は開いているのに、彼女の震えと不安そうな顔。
彼女の目に、僕はもう映らない。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
和也 「まだ手術は怖いか？」
みずき「そりゃもう！目を切ったりするんだよ？…でも…」
和也 「ん？」
みずき「治療が終わったら、和也の顔も見えるようになるんでしょう？」
和也 「（照れを隠すように）…そうだな」
みずき「ふふっ。…じゃあ、そろそろ行くね」
和也 「ああ、行ってらっしゃい。またあとで」
和也 Ｎ：彼女のいる病院へ向かう途中、彼女からの電話。
時間的にちょうど手術前だったから、不安だったんだろう。
僕はいつもと変わらない雰囲気で彼女と話し、彼女もそれに安心しているようだった。
通話を切り、青になった交差点を渡っていく。
彼女の目が光を取り戻した時に、最初に見てほしい言葉を、僕はメールした。
和也 「ははっ、あいつどんな顔するかな」
和也 Ｎ：その顔を想像してすぐに、僕の目の前に大きな黒いものが現れ…。
思えば、彼女と出会ってからあっという間だった気がする。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
みずき「ねぇ、和也は私のことどう思ってるの？」
和也 「は、はぁ！？なんだよ、いきなり！」
みずき「いいから！」
和也 「（観念したように）…っ、好き…だよ」
みずき「へー」
和也 「そ、そっちはどうなんだよ！」
みずき「私？私はずっと好きだったよ？」
和也 Ｎ：何事もないように、さらっと彼女はそう言った。
彼女らしいと言えば彼女らしい。が、その前に照れてしまった自分はいったい…。
みずき「（照れ気味に）じゃあさ、一緒に帰ろう？」
和也 「お、おう」
和也 Ｎ：好きの気持ちを伝えるよりも、どうして今の方が恥ずかしそうなのか。
そう思いながらも、今までとはどこか違った感覚になる。
それは想いが届いた者同士、繋いだ手から伝わる彼女の体温。鼓動。
僕も、そしてきっと彼女も、それに安心していた。
みずき「ねぇねぇ、ピアノひいて！」
和也 「いや、あの。全然ひけないけど」
みずき「いいから！はい、せーのっ」
＋ ＋ ＋ ＋
和也 「ったく、先生にバレたらどうすんだ」
みずき「（小声で）しーっ。大丈夫」
和也 「（ため息）はぁ」
＋ ＋ ＋ ＋
みずき「高校生活も今日で終わりかー」
和也 「…僕とも今日で終わり？」
みずき「そんなわけないでしょ！ってか、そんなこと言わないで！」
和也 「ごめん。うん、これからもよろしく」
みずき「（笑顔で）はーい」
＋ ＋ ＋ ＋
和也 Ｎ：みずきと付き合い始めて、いろんなことを知った。
僕が思っていた以上に、彼女は僕のことを好きだったこと。
まさか授業中に手を繋いできて、後で周りに何か言われまいかヒヤヒヤしたこと。
わりと無茶ぶりをしてくること。
どれもこれも楽しかった。
それと同時に、きっとこれから先もずっと一緒なんだと思った。
ケンカをしても、年をとっていっても、僕の傍には彼女がいて、彼女の傍には僕がいる。
それは僕らにとって、ごく自然なことのように思えた。
毎日が幸せで、彼女さえいれば他には何もいらない。そう思う日々が何年も続いた。
そんな時の出来事だった。
みずき「ごめんね。……ごめん…」
和也 「なんでみずきが謝るんだよ。病気なんだ、しょうがないだろ」
みずき「でも、でもね…っ。もう、和也のこと見えないんだよ？やだよ、そんなの…」
和也 「…みずき」
みずき「ねぇ、いいんだよ。無理しなくても。めんどくさいなら、そう…」
和也 「へ？なに言ってんの。声はちゃんと聞こえるでしょ？」
みずき「…うん」
和也 「それにこうして触れたら、体温も伝わる」
みずき「…うん…！」
和也 「大丈夫。僕はここにいるよ。それでもまだ不安なら…、ほら」
和也 Ｎ：気丈に振る舞っていても、震えの止まらない彼女の手を強く握る。
ちゃんと傍にいるんだよって伝えたかった。
そして僕はポケットに入れていた“ある物”を取り出し、彼女の指にそっとはめる。
みずき「…え、これって」
和也 「うん。指輪。ずっと渡しそびれてたんだ。みずき、これからも僕といてください」
みずき「（こみ上げる涙を抑えながら）…うん…っ、うん…！」
和也 「がんばろうな」
みずき「…うん。がんばる。絶対に治す…っ」
和也 Ｎ：お互いの薬指に光るそれは、不安に包まれた心に、一瞬で希望の灯（ひ）をともした。
和也 「じゃあ、また明日来るな」
みずき「うん。ねぇ、和也。ありがと…。私、ちゃんと治すからね…っ！」
和也 「おう！」
和也 Ｎ：面会時間の終わりが近づき、僕は名残惜しそうに、彼女の手を放す。
ずっと傍にいてやりたい。一人になって不安に駆られるであろう彼女の傍で、
僕はちゃんとここにいるんだって伝えてやりたい。
でもそんな気持ちとは裏腹に、正直、僕もいっぱいいっぱいだった。
病院を後にし、空を見上げる。
頭に過（よ）ぎるのは、彼女とのたくさんの思い出。
Ｅメールの履歴に残る、思い出の足跡。
一つ一つを言葉にして読んでいくと、嫌でも気づかされる。
もしかしたら、あの頃の彼女はもう…。
僕は、僕の知っている彼女に、サヨナラを告げた。
そう決意することが、僕が彼女との未来（あした）を選んだことなのだと、
自分に言い聞かせるためにも。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
みずき Ｎ：大丈夫。やっぱり怖いけど、勇気もらったし。
和也が傍にいてくれる。それだけで十分。
泣いて泣いて、涙が枯れるまで泣いた日々も、きっとあと少し。
彼を瞳に映して、彼がくれた想いも、この指輪の返事も、もう一度ちゃんと伝えよう。
私も、ずっと前から思っていた。彼と――和也と一緒にいたい、って。
看護士「それでは眼帯を外してみてください」
みずき「…はい」
みずき Ｎ：手術は成功したと言っていた。でも結局見えるようになってなければ、なんの意味もない。
私はおそるおそる眼帯を外す。
その瞬間、眩しい光が目に入ってくる。
光で真っ白に覆われた世界から、私の視界に入ってきたもの。それは…。
看護士「どうですか？」
みずき「…見える。見えます！あっ、あそこ！小鳥が飛んでいきました！」
看護士「大丈夫そうですね。ただ術後ですので、安静にはしていてください」
みずき「はい、ありがとうございます！」
みずき Ｎ：視界を外の景色から、自分の指へ。そこに光る彼からもらった大切なもの。
えへへ、これでやっと和也の顔が見れる。
このことを早く彼に知らせたくて、病室を出ようとしたところを、母に止められる。
その母の口から出たのは、信じたくない言葉。受け入れがたい現実。
みずき「…和也が……じ…こ…？」
みずき Ｎ：母の話を聞くと、私がちょうど手術中のときに、事故に遭ったらしい。
それはきっと、あの電話の直後。
近くには、彼の携帯と青いバラの花が落ちていたみたいで…。
集中治療室に運ばれたという彼のもとへ、私は急ぐ。
そこには彼のご両親がいて、私もなんとか中へ入りたいとお願いしたけど、断られた。
中に入っていく二人の顔は暗く、すでに彼の状態を聞かされているのだとすぐにわかった。
みずき「青いバラの花言葉って、確か…“奇跡”。和也、起きたよ、奇跡。でも、でも…っ」
みずき Ｎ：でもその奇跡を起こす代償が、あなたの命だなんて…。そんなの…っ。
ふと指輪を外してみると、内側には文字が刻まれていた。
みずき「…オールウェイズ、ウィズ…ユー…？」
和也 「いつも君の傍にいるよ」
みずき Ｎ：彼の声が聞こえた気がした。いつも傍に…。
でもね、和也。私、あなたがいない世界なんて、いる意味ないよ…。
私を置いてかないで。一人にしないで…。
ねぇ、和也…っ。
その場にいられなくなった私は、階段を駆け上がり屋上へ。
屋上からの景色は、すごく綺麗でいて、どこか儚く見えた。
空高く輝く太陽と対照的に、遠くに見える靄(もや)が、彼の命の灯(ひ)を小さくしていくようで。
あなたがいなくなっちゃうなら、私は…。
屋上の手すりに足をかけ、いっそ飛び降りてしまおうと思った。
和也 「ダメだよ、みずき」
みずき Ｎ：背中に感じたのは確かな温もり。私のよく知る匂い。
和也 「そっちには行っちゃダメだ」
みずき「…っ！？か、和也…？」
和也 「まだだよ。サヨナラはまだ早い」
みずき「もう、ホントに心配したんだからね！」
和也 「そっちじゃないよ。ほら、こっちにおいで」
みずき Ｎ：彼の呼びかけに応えるように、私は手すりから遠ざかる。
すぐそこに彼がいるのに、手を伸ばしても届かない。
優しく笑顔を向ける彼は、空に溶け込むように、ゆっくりと消えていく。
みずき「待って！行かないで！和也ぁ！」
みずき Ｎ：そう叫んだと同時に風が吹き、舞い散る青い花びら。
これって、ひょっとして…。
淡い期待を胸に、急いで治療室に戻る。
ベンチに座り、一度外した指輪を、また指にはめて、祈った。
でもその祈りは、想いは儚く散った。
治療のランプが消え、出てきた彼の両親。彼のお母さんは出てきてすぐ、その場に泣き崩れた。
それを見て過（よ）ぎる、つい先ほどの出来事と、彼の心が眠りにつく音。
二度と揺れることのない鼓動の波が、記憶の中の彼の笑顔と重なって見えた。
みずき「……かず…や…？」
みずき Ｎ：突然のことすぎて、私はうまく整理ができないでいた。
わんわん泣いていいはずなのに、不思議と声をあげて泣くことができない。
彼はもう、いないのに…。
あの笑顔を見ることも、温かい手を感じることも、もうできないのに…。
病院の中庭のベンチで、私は彼との思い出を振り返ろうと、自分の携帯を開く。
手術して、それから彼の事故がわかって、それまでずっと電源を切っていた。
電源を入れて、すぐに届いた一通のメール。
みずき「…和也、から…？えっと、あい…して…」
和也 「愛してる」
みずき「（泣いて）……もう、ずるいよ。ちゃんと目の前で言ってよ…」
和也 「ごめんな」
みずき Ｎ：そう彼が言った気がした。
さっきまで全然泣けなかったのに、私の目からは止めどなく涙が溢れてくる。
彼と過ごした日々が、アルバムのように、携帯の中に詰まっている。
それを声に出して読んでいくうちに気づく理（ことわり）。
私たちの願いを叶えるために、誰かが損をする。
そんな世界には、私は――私たちは縛られない。負けない。
和也 「みずき？」
みずき「（涙を堪えて）大丈夫だよ。私は大丈夫。だから和也も天国で…」
みずき Ｎ：しばらく経ってから、あの日の奇跡を起こしてくれた神様にお礼がしたくて、私は空に向けて
青いバラを放り投げた。
大切な人を失っても前を向けたのは、彼の想いを無下にするわけにはいかなかったから。
忘れることなんてできない。忘れちゃいけない。
だって彼が私に伝えてくれたのは…。
《 タイトルコール 》
和也 「 Always with You 」
みずき「さよならなんて言わないよ？」
和也 「うん、ずっと傍で見守ってる」
みずき「愛してる」
和也 「愛してる」
みずき「私がおばあちゃんになっても、そっちで待っててね？」
和也 「ははっ、当たり前じゃん」
みずき Ｎ：もうどこにもいないと思っていた彼は、確かにここにいる。私の心の中に。
たくさんの思い出と指輪に刻まれた言葉が、今の彼のすべて。
“いつも傍にいる”という彼の誓いを胸に、私はまた今日を迎える。
Fin...