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声劇×ボカロ_vol.19-R  『 ACUTE 』


End of Crooked Love      ( ※直訳:歪んだ愛の結末 )

 


【テーマ】

愛情のカタチ

 


【登場人物】

 橘 祐美(24) -Yumi Tachibana-
社会人2年目の女性。社交的な方。
那智に縛られがちで、ストレスがたまっている。

 


 響 那智(22) -Nachi Hibiki- 
祐美の幼なじみで、付き合って3年になる。
普段は明るいが、祐美のことになると目の色を変える。

 


 椿 琉生(24) -Rui Tsubaki-
祐美の同僚で、那智の隣人。
祐美とは、名前に同じ花の名前がついてたことから意気投合する。

 

 

【キーワード】

・裏切り
・近づきすぎた関係
・悪魔の声
・愛情の矛先

 


【展開】

・些細なことでケンカをしてしまう祐美と那智。
 昔を思い出す那智と同僚に相談する祐美。
・密かに祐美を想っていた琉生。傷心の祐美の心に割り込む。
・男の影を感じる那智。仲のいいご近所のお兄さん(琉生)に相談する。
・浮気現場に遭遇する那智。その相手を知り、表現できない感情が湧きあがる。
 そして…。

※キーアイテム / ナイフ(研ぎ澄まされた何か、物体そのもの)

 

 

 

《注意(記号表記:説明)》

「」 → 会話(口に出して話す言葉)
 M  → モノローグ(心情・気持ちの語り)
 N  → ナレーション(登場人物による状況説明)

※ただし「」との区別をつけるため、MおよびNは、:(コロン)でセリフを表記する。

 

 


【本編】

 


祐美 「だから、どうしていつもそう…!」

 


那智 「うるさい。ほっとけ、バカ祐美」

 

 

祐美 N:私を睨み付けて、彼は出ていった。
     何があったかって?知らないよ…。もう、なんなの、ホント。

 

     こういったケンカは最近少なくない。
     ほとんど私には身に覚えのないことで、彼が急に怒り出して、それで…。

 

 

祐美 「…あ、ひょっとして、先輩と一緒にいたところ見て…」

 

 

祐美 N:昨日、会社の先輩と仕事終わりに飲みに行った。男の先輩だったから、
     こうなることはある程度予想はついていたが、お世話になってるし、
     普段彼とのこともあって、付き合いの悪い後輩って見られてて、それもなんか嫌で…。

 

 

祐美 「なるほど。そんなバッドタイミングを見られたってことね」

 

 

祐美 N:電話してみる。案の定、出ない。
     はぁ~あ、もう!めんどくさいな、ホント。

 

     そんな彼――那智とは、付き合って3年経った。
     幼なじみだったから、その辺の面倒くさいところもわかってたつもりだけど…。

 

     でもね、那智。
     私だって社会人になったんだし、付き合いとかそういうのもあるんだから、そろそろ。


 + + + +

 

 

那智 「わかってるよ!だってあんまりうるさくしてたら、祐美ちゃん、どっか行っちゃうでしょ?」

 

 

 + + + +

祐美 N:私の就職が決まった頃、確か彼はそんなことを言っていた。
     でも実際のところは…。

 

     正直、私は束縛してくる彼に、ストレスを感じ始めていた。

琉生 「それで俺を呼び出したってわけか」

 


祐美 「ごめんね、琉生」

 


琉生 「別にいいけどな。お前は数少ない同期だし」

 


祐美 「ホント、またこんなとこ見られたらって思うとさ」

 


琉生 「じゃあなんで呼び出したんだよ」


祐美 「男の気持ちは、同じ男に聞いた方がいいかなって」

 


琉生 「かもしれないけどな。ま、今日は飲もうぜ?」

 


祐美 「おー」

 

 

祐美 N:このときはまだ軽い気持ちだった。
     同僚の琉生は、見た目よりもずっとさっぱりした性格で、付き合いやすい。
     那智に縛られていた私にとって、一番ホッとできる存在でもあった。

 

 

祐美 「ところで、今日はなんでそんなにカッコいいの?」

 


琉生 「は?別にカッコよくねーだろ。ただのスーツ姿だぞ」

 


祐美 「ふーん」

 


琉生 「な、なんだよ?」

 


祐美 「ううん。普段カジュアルなイメージだったから、意外だなって。ほら、なんていうの…」

 


琉生 「なんだよ?」

 


祐美 「馬子にも衣しょ…(殴られて)ったい!!」

 


琉生 「お前、ないわー」

 


祐美 「あはは…。でも似合ってると思うよ」

 


琉生 「はいはい」

 


祐美 「嘘じゃないよ?」

 


琉生 「お前さっき何て言ったよ」

 


祐美 「まぁ、そうなんだけど。ただね、私のなかで違和感あったから、少し意地悪してみた」

 


琉生 「は?」

 


祐美 「そういうドレスコードっていうの?正装?着ても着なくても、あんたはあんたじゃん?
    別に中身まで飾らなくていいでしょ。少なくとも、私は素のあんたに会いたいと思って
    呼んだんだし」

 


琉生 「…っ!?……お前、それ自分で言ってて恥ずかしくねーの?」

 


祐美 「え?なにが?」

 


琉生 「もう、いいわ。飲もうぜ」

祐美 N:グラスをチンっと当ててきた彼。
     グラスの中身を飲んで向けてきたその顔は、私が知るいつもの彼だった。

 

     でも私はホントに鈍感だったと思う。
     彼がこの日着飾ってきたのには、ちゃんとした理由があったのだから。

 

     彼の想いの矛先は、確実に狙いを定めていた。

 

 


* * * * *

 

 


那智 N:また彼女とケンカした。最近多い気がする。
     原因は自分にもあるんだってわかってるのに…。

 

     でもね、祐美ちゃん。
     祐美ちゃんは誰にも渡さないよ?俺のだもん。

 

     そんなことをぐるぐると考えていると、いつの間にか日が沈んでいた。
     電気をつけ、窓から隣を見てみる。

 

 

那智 「まだ帰ってきてないのかぁ」

 

 

那智 N:この部屋に越してきたときから、仲良くしてもらってるお隣さん。
     一人っ子だった僕にとって、お兄ちゃんのような存在の人。

 

     帰ってきてたら、話聞いてほしかったんだけどな。話、というか愚痴?

 

     やっぱり一人っ子だとこういう時寂しい、と思った。
     そんなとき思い出すのは、いつもあの日のこと――。

 


     昔、まだ小さかった頃、父さんも母さんも仕事でいなくて
     家に一人だったことがあった。
     一人で心細くて泣きそうになっていると、隣に住む祐美ちゃんがやってきて、
     一緒にいてくれた。それがホントに嬉しかった。

 

     それから祐美ちゃんはずっと僕のお姉ちゃんのような存在で…。
     でもいつの頃からか、そんなお姉ちゃんを独り占めしたいって思うようになって。

 

     だから思い切って――。

 

 

 + + + +

 

 

那智 「あのね、祐美ちゃん」

 


祐美 「んー?」

 


那智 「好きだよ?」

 


祐美 「……う、うん」

 


那智 「僕の、彼女になって?」

 

 

 + + + +

 

 

那智 N:今思い返すと、すごく恥ずかしい。僕の告白。
     でも祐美ちゃんは笑ってokしてくれて、あれから3年経った。
     僕の気持ちはあの頃と変わらない。
     何度だって伝えたい。大好きって…。

 


     だから……うん。誰にも渡さない。

 

 

 


* * * * *

 

 


琉生 「……(呟いて)ホント、鈍感だな」

 


祐美 「ん?なんか言った?」


琉生 「べっつにー」

 

琉生 N:せっかく極めてきたのに。電話が来て、誘われて、舞い上がった俺がアホらしい。
     彼氏がいることも、わかってたはずなのに…。

 

     それでもちょっとぐらい期待しちゃダメなのか?

 

     俺、お前のこと好きなんだぞ?

 

 

祐美 「ねぇ、どうしたの!ちょ、琉生!飲みすぎなんじゃ…」

 


琉生 「え~?んなことね~よ」

 


祐美 「(ぼそっと)絶対酔ってる…」

 


琉生 「なに!?」

 


祐美 「…(ため息)はぁ」

 

 

琉生 N:ヤケ酒。他の人から見たら、よりにもよって本人の前で、なんて言うだろうけど、
     それぐらい俺はどうでもよくなっていた。

 

     だってさ、どんなに想っても、望み…ないってことだろ?
     それならいっそ…。

 

 

祐美 「ねぇ、あんた、ちゃんと帰れるの?」

 


琉生 「だいじょーぶ、だいじょーぶ」

 


祐美 「……無理ね、絶対」

 

 

琉生 N:そこからの記憶がない。
     最後に見た彼女の顔は、すごく困った感じだった。

 


     どれぐらい眠っていたのだろう。
     目を覚ました俺は、ベッドで横になっていた。

 

 


祐美 「起きた?」

 


琉生 「…え、あれ…?」

 

 

琉生 N:状況が呑み込めない。ここ、どこだ…?

 

 

祐美 「あのね、仕方なかったのよ。タクシー乗せようとすると、なぜかあんたは帰らないって
    駄々こねるし。抱きついたまま離れないし」

 


琉生 「へ?」

 


祐美 「そのまま放っとくわけにもいかないし、ね」

 


琉生 「え、じゃあ、もしかしてここって…」


祐美 「…あんな時間に空いてるとこなんて、こういうとこしかなかったのよ」

琉生 N:記憶が飛ぶ前に、俺に悪魔が囁いた。

 

     『それならいっそ…』

 

     最近彼氏とうまくいってないという彼女。俺の好きな人。
     いまこの状況をうまく利用すれば…。

 

 

琉生 「なぁ」

 

 

琉生 N;悪魔は囁き続ける。まるで俺の心に突き刺さり、そう仕向けるかのように。

 

 

琉生 「俺じゃダメか?今夜だけでも…」

 


祐美 「な、なにバカなこと言ってんの」

 


琉生 「…ダメ?」

 

 

琉生 N:ありえないと笑う彼女を押し倒す。そしてキス。強く、でも丁寧に。
     そうして彼女の本能を、ゆっくりと呼び覚ます。

 

     突然降り出した雨が、悪魔の声を助長する。

 

     それからほどなくして、彼女は俺を受け入れた。
     彼女から俺を求めるように、彼女が欲しがるように、俺は焦らし、攻める。
     そして一つになったこの時だけは、彼女の瞳(め)には俺だけが映っていた。

 

     背中を押した悪魔に感謝する。

 

     ただ…。
     想いがある分、彼女が手を放すその瞬間、俺に残ったのは罪悪感と虚無感だった。

 

     ぽっかりと空いた穴を、もっと埋めてほしい。彼女を独り占めしたい。
     それまで考えてもいなかったことが頭を過(よ)ぎる。また悪魔が囁く。

 

 

祐美 「えっとね、昨夜(ゆうべ)のことはお互いなかったことにしよ?」


琉生 「ああ。悪かったな」

 


祐美 「……ん。じゃあ帰ろ」

 

 

琉生 N:ホントは伝えたい。酔った勢いじゃないって。
     でもやっぱり…。

 


     『奪えばいい…』   ※負の感情をあらわにして

 


     さすがに今回はスルー。それだけは絶対にしちゃいけない。
     そう自分に言い聞かせる。

琉生 「じゃあな」

 


祐美 「うん。気をつけてね」

 

 

琉生 N:胸に痛みが走る。彼女の姿が見えなくなるまで、目で追ってしまう俺。

 

     なぁ、期待しちゃダメだよな?……祐美。

 

 


* * * * *

 

 


那智 「ごめんね、祐美ちゃん。僕また勘違いだったみたい」

 


祐美 「あー、うん。私も少し強く言いすぎたよ。ごめんね」

 

 

那智 N:なんだろう。いつもと同じようで、どこか違う。
     祐美ちゃんは、僕を見てるようで、違う人を見てるような気がする。

 

     気のせい、だよね。

 

 

祐美 「ん?どうしたの?」

 


那智 「…あ、ううん。なんでもない」

 


祐美 「ホントに大丈夫?顔色悪いよ」

 


那智 「大丈夫だよ。ねぇ、祐美ちゃん。ぎゅってしていい?」

 


祐美 「え?まぁ、いいけど。はい!」

 

 

那智 N:抱(いだ)いた疑念を払拭させようと、僕は抱きしめる。
     彼女が傍にいると、やっぱり落ち着く。
     でも一度芽生えた疑念は、簡単には消えなくて、思ってることも口にできなくて…。

     僕だけを見てほしい、なんてワガママかな?

 

 


* * * * *

 

 


祐美 N:あの日、琉生と関係をもってしまった。
     彼氏以外の男性の存在に気づきつつも、今まで知らないフリをしていた。
     そうすることが、恋人がいる者の常識だと…。

 

     でも本能には抗えない。…なんて言うと、それはただの言い訳。
     ただ一度快楽に溺れてしまうと、またあの快感を味わいたくなる。

 

     私は葛藤しつつも、自分の中の悪い心が強くなってきている気がした。

 

 

琉生 「…で、今度はなに?」

 


祐美 「えっと、まぁ。一応、報告ってことで」


琉生 「あ、仲直りした?」

 


祐美 「そう……なんだけどさ。あんたはまた、なんでそう…」

 


琉生 「…なんだよ?急に目を逸らしたりして」

 


祐美 「(呆れ気味に)なんで今日はまたそんな格好してんのよ」

 

 

祐美 N:仕事帰りではあるから、一見普通の会社員。
     ただ仕事からの開放感からなのか、ネクタイを外し、すごくラフな感じになっている。

 

     でもボタンまで外す必要ないんじゃない?
     逆に気になるんですけど。

 

 

祐美 「…ねぇ」

 


琉生 「んー?」

 

 

祐美 N:グラスを片手に彼は振り向く。
     そんな彼に、私はとんでもないことを言った。

 

     理性と本能がせめぎ合い、その結果――。

 

 

祐美 「あの日言ったこと、なかったことにできる?」

 

 


* * * * *

 

 


琉生 N:俺は彼女の言う“あの日”がいつを指しているのか、すぐにわかった。
     というか、正直、あの日の続きを俺も期待していた。

 

 

祐美 「…なに、その顔」

 


琉生 「別に。なんで?」

 


祐美 「私から誘うとか、意外だって思ってるんでしょ?」

 


琉生 「でも俺はそれを望んでたって言ったら……んむっ」

 

 

琉生 N:部屋に入ってすぐ、話の途中で口をふさがれた。

 

 

祐美 「それが嘘でも、悪い気はしないのが不思議」

 

 

琉生 N:そこから先は……。うん。ご想像通り。

 

     以前と違って、最初から彼女が俺を求めてくるキス。
     俺は迷わず彼女を押し倒し、あの日よりも激しく彼女を攻める。
     あとはもう、そのまま…。

 

 

祐美 「あー、癖になりそう…」

 


琉生 「なに言ってんだよ」

 


祐美 「でも今度こそこれで終わりにしないとだよねー」

 


琉生 「…できんのかよ?」

 


祐美 「……たぶん」

 


琉生 「へー。じゃあ今後そっちから誘ってきたとしても、俺は無視すればいいんだな?」

 


祐美 「そう、だね」

 

 

祐美 N:でもその決断は甘かった。
     思い出せば思い出すほど、琉生との相性はよかったし、また傍で声を聞きたくなる。欲しくなる。

 

     ダメだとわかっていても止(や)められない。
     事が済んでから抱(いだ)くのは、いつも同じこと。後悔。不安。そして、快楽…。

 

 

琉生 「で、今日はどうすんだよ?行く?」

 


祐美 「え、行かないの?」

 

 

祐美 N:後悔も不安もだんだん薄れていき、最後に残ったのは快楽だけ。
     彼を求める。繰り返す。溺れていく。
     その度に心は錆(さ)びていき、そこで廻っている歯車は少しずつ音を軋(きし)ませていく。

 

     もう、どうなったっていい。
     彼が――琉生が欲しい。

 


     そしてまた今夜も、私たちは互いを激しく求め合う…。


那智 「…祐美ちゃん、いる?」

 

 


 + + + +

 

 

琉生 「おう、那智。どうした?」

 


那智 「あの、琉生さん。相談に乗ってほしいんですけど…」

 


琉生 「(笑いながら)また彼女とケンカでもしたのか?」

 


那智 「あー、はい…」

 

 

那智 N:ケンカをしたのは本当だけど、今日はそれだけじゃなかった。

 

     最近、祐美ちゃんが何かと理由をつけて会うことを拒否している。
     何もないと信じたい気持ちはあった。
     でも誰かの影が見え隠れしている。
     僕の前から彼女がいなくなってしまうのではないかと、不安で不安で仕方なかった。

 

 

琉生 「へー。彼女が浮気ねー」

 


那智 「直接見たわけじゃないし、証拠とかもないんですけど。琉生さんならどうしますか?」

 


琉生 「自分がされたら、ってことか?まぁ、勢いでその相手殺すかもしれないよな」

 


那智 「……僕なんて、冷静でいる自信なんてありませんよ」

 


琉生 「まぁ、浮気現場を見ちゃったら、誰だって冷静じゃいられないんじゃね?」

 

 

 + + + +

那智 N:それはつい最近のことだった。だから彼のセリフはしっかりと覚えている。

     扉を開けた先にいたのは祐美ちゃんと――。

 

 

 + + + +

 

琉生 N:彼女のことを何度か相談に来ていた隣の子。
     その中で出る“ユミ”という名の彼女。
     その名前を聞いて、一瞬ドキッとするも、よくある名前だと自分に言い聞かせた。

 

     まさかそんなわけない。
     俺の好きなやつが、自分にこんな身近な人と付き合ってるなんて、そんな偶然…。

 

 

 + + + +

 

 

那智 N:祐美ちゃんの姿は確認できた。誰かが覆いかぶさっている。
     でも彼女に触れている人に、僕は言葉を失った。

 

     振り向いた二人。
     場違いなのは僕だというように、驚きとともに冷ややかな目を向けてくる。

 

     『その現場を見たら、誰だって冷静じゃいられない』

 

     僕の心で悪魔が目覚めた。

 

 

 + + + +

 

 

祐美 N:最近、那智とよくケンカしている。原因は…。
     おそらく、というか間違いなく自分にあるだろう。

 

     それでももう戻れない。あの頃のようには。
     すっかり錆びついてしまったこの心の麻痺を癒すのは、快楽だけ。

 


     飽きることなく彼を求めてきた。
     それが慣れた作業だとしても、お互いの気持ちを確かめ合ったつもりになっていた。
     “愛”だとか“恋”ってそういうものだと、自分に言って誤魔化していた。

 

 

 + + + +

 

 

那智 「…ゆみ…ちゃん…?」

 


祐美 「な、那智…」

 


那智 「………琉生、さん…?」

 


祐美 「え…?」

 

 

祐美 N:琉生は那智から目を逸らして、黙り込んでいた。

 

     なぜ那智がここにいるのか。なぜ那智が琉生を知っているのか。疑問は尽きない。
     だがその疑問は、解決されることはないだろう。

 

     那智の蔑むような、人を見下すような目が、そう語っていた。

 

 

那智 「……さない」

 


祐美 「え?」

 


那智 「許サナイ」

 

 

祐美 N:俯いて、そう口にした那智の顔は、今までに見たことのないもの。
     そこにいたのは、私の知らない彼。向けられた視線が、強く心を抉(えぐ)る。

 

     仮面が、引き剥がされた…。
     私のも。そして彼のも。

 

 

琉生 N:まさか自分が当事者になるなんて。
     そこに俺の知る人当りのいい彼は、どこにもいない。

 

     きっとこれは、ただでは済まない。

那智 「…許さない…けど、もう彼女に近づかないっていうなら見逃してやる」

 


琉生 「え?」

 


那智 「あと家の近くで僕に会っても、話しかけないでください」

 


琉生 「……はい」

 

 

祐美 N:二人のそんなやり取りを、ただ見ていることしかできなかった。
     首の皮一枚繋がった、そんな安堵感。

 

     この温情を、那智をもう絶対に裏切っちゃいけない。
     自分の非を認め、もっと誠実に向き合おう。それが義務だと言い聞かせる。

 

 

 

     だけど――。

 

 

 

     一度覚えた蜜の味。それは麻薬のように彼を欲し、彼もまた求める。
     禁じられた遊び。それが私たちを、さらなる快楽へと導く。

 

 

琉生 「もうあの頃のようには戻れないのか?」

 


那智 「それを壊したのは、あんただろ?」

 


琉生 「あ、あぁ…」

 

 

祐美 N:いつもの場所。隣には琉生。
     そんな彼が、顔を強張(こわば)らせて誰かと話している。

 

     一息ついて、突然かかってきた電話。
     でも私は琉生と繋がった余韻が強く残っていて、その通話の内容も相手も、特に気にせず、
     通話相手にバレないように、彼を押し倒す。

 

     拒否することも、余計なことも口にできないその状況を、私は楽しんでいた。
     流れに身を任せるしかない彼。我慢しているその顔が、さらに私を奮い立たせる。

 

 

琉生 「うっ」

 

 

祐美 N:漏れてしまった声。ヤバいという表情と赤面するその姿に、私は煽(あお)られ、耳に届いた
     はずの、通話相手の声を簡単に受け流していた。

 

 

那智 「約束、してたのにね」

 


琉生 「え…、あ…」

 


那智 「琉生…あんただけは…」

 

琉生 N:いつの間にか“そこ”にいた彼。手には携帯を持ち、誰かと通話している状態。
     その相手は―― 俺。

 

 

那智 「ソウ、コンナ事ハアッテハナラナインダ…」

 

 

琉生 N:何かを呟いた彼の表情で、俺は反射的に彼女を押し退(の)けた。
     それはきっと動物の直感的なもの。身の危険を感じるアレ。

 

     俺に突き飛ばされた彼女は、冷めた目で彼を見ていた。
     あの誓いはどこへ――。
     ただ目の前の欲求に目が眩んでいるだけの彼女に、彼は勢いよく抱きつく。

 

 

那智 「なんで!僕じゃダメなの!?」

 

 

琉生 N:冷ややかだった目と、凄みのある声はどこへやら。
     甘えた感じで、いい彼氏を“演じて”いるのが目に見えてわかる。

 

 

祐美 「ごめんね。今度こそちゃんと改心するか……ら…」

 

 

琉生 N:その場しのぎの言葉に聞こえたのかもしれない。
     でもそれを聞くよりも先に、彼はそうしようと決めていたのかもしれない。

     勢いよく彼女に抱きつく彼。聞こえた鈍い音。
     今思えば、それはこの音だったのだ。

祐美 「……な、ち…っ」

 

 

琉生 N:彼女の体はだらりと力が抜け、抱きついてきた彼に持たれかかる。
     ふとその下を見ると、ポタポタと赤い雫が滴っていた。

 

     予想もしていなかった“非現実”に、自分の目を疑ってしまう。
     でもそれは確かに、彼女の身体を、俺の心を貫いていた。

 

 

那智 「はは…」

 

 

琉生 N:返り血を浴びた彼が、こちらを向いた。
     振り向くと同時に、彼女は床に倒れ込む。

 

     次はきっと俺の番。そう思っていた。

 

 

琉生 「…ま、待て…。来る…な…っ」

 


那智 「大丈夫。あんたと彼女は一緒に逝かせない」

 


琉生 「そ、それじゃ…っ。た…」

 

 

琉生 N:助けてくれるのか?
     そう聞く前に彼は…。

 

 

那智 「アンタノスベテヲ奪ッテヤルヨ…」

 

 

琉生 N:そう言って手にしていたナイフを、彼は自分の喉元に付きつける。

 

 

那智 「彼女モ、思イ出モ、何モカモ奪ッテヤル…」

 

 

琉生 N:そう言うと、俺の目の前でその鋭い刃を…。

 

 

     そこからはよく覚えていない。
     目を閉じて浮かぶのは、彼の冷たい視線と横たわる彼女の姿。

     俺は病院のベッドで目を覚ました。

 

 

琉生 「……生きて…る…?」

 

 

琉生 N:記憶がない。あの日のあの部分だけが、すっぽりと抜けている。
     彼女と一緒にいて、幸せで。でも罪悪感もあって。
     その報いを受けるのは、俺の方だったはずなのに…。

 

     なのに、こんな…。

 


     一人残された俺。
     彼女も、彼もあの後どうなったのかわからない。
     でも今、俺がこうして無事でいる。それが彼らの結末を静かに伝える。

 


     彼の望み通り、俺はすべてを失った。彼女も、思い出も、何もかも。
     きっと仕事もクビになっているだろう。

 

     彼女と同じ場所で過ごした時間。
     彼とバカ全開だった楽しい一時(ひととき)。
     それらはすべて泡となって消えゆく。

 

 

 + + + +

 

 

祐美 「ねぇ、琉生!聞いてるの?」

 


那智 「ちょっと琉生さん、聞いてくださいよー」

 


琉生 「はいはい、順番に聞くよー」

 

 

 + + + +

 

 

琉生 N:いつかこんな日が来ると思っていた。それが、俺の理想だった。ただそれだけのこと。

 

     どれだけ思い出を振り返っても、最後にはあの日のことが蘇る。
     俺にとって大事な人を、同時に二人も失ったあの日。

 

     燃え上がりすぎた炎は、俺も、周りの人もすべてを焼き尽くし、その現実をつきつける。

 


     今はただ休もう。すべてを忘れて。
     たくさんの過ちも後悔も、いつかきっと前に進むために必要なもの。

 

     そう信じて――。

 

 


≪ タイトルコール ≫

 

???「あ、コレ落としましたよ」

琉生 N:夢をみた。

 

 

???「それじゃ、僕はこれで」

 

 

琉生 N:街を歩いていて、俺は彼とぶつかり、何か落としてしまったらしい。
     その“何か”を確認せずに、俺はお礼を言って…。

 

 

???「(微笑んで)ふっ、言ったでしょ?(囁いて)スベテヲ奪ウッテ…」   ※前後で突然の変化をつける

 

 

琉生 N:去り際に彼が言い放つ。その“何か”は、真っ赤なあの――。

 

     刹那(せつな)、背筋が凍るような気配を感じた。
     振り返ると、手元にあったはずの“それ”は、さっきの彼の喉元に…。

 

 

那智 「何度デモ奪ッテヤル…」

 

 

琉生 N:記憶に残る彼が、俺の目の前でまた――。
     視界が真っ赤に染まっていく。

 

     そうして俺は、目を覚ます。


     彼はいつも笑っていた。

那智 「絶対ニ許サナイカラ」

 

 

祐美 「 End of Crooked Love  ~ Reverce edition ~ 歪んだ愛の結末は」
    (エンド オブ クロケッド ラヴ    リバース エディション)


fin...

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