声劇×ボカロ_vol.71 『 つないだ手 』
かけがえのない君だから
【テーマ】
かけがえのない存在
【登場人物】
今西 哲平(27) -Teppei Imanishi-
気持ちを素直に言葉にできない。
そのため彼女の雪乃とは些細なケンカが多い。
菊池 雪乃(25) -Yukino Kikuchi-
気が強く、思ったことを口にするタイプ。
ケンカを繰り返しても哲平の傍に居続ける。
【キーワード】
・些細なケンカ
・初めての涙
・当たり前と思っていたこと
・僕の宝物
【展開】
・久しぶりのデート。些細なことから言い合いになって、ケンカしてしまう二人。
・それまで哲平の前では一度も涙を見せなかった雪乃。改めて彼女の存在の大きさを感じる哲平。
・恋人だから一緒にいて当たり前と思っていた哲平。これから先も二人で歩いていくために…。
・繋いだ手を離さないよう、どんなに辛くても雪乃を支えていきたいと自分に誓う哲平。
《注意(記号表記:説明)》
「」 → 会話(口に出して話す言葉)
M → モノローグ(心情・気持ちの語り)
N → ナレーション(登場人物による状況説明)
※ただし「」との区別をつけるため、MおよびNは、:(コロン)でセリフを表記する。
また本編は“N(ナレーション)”を中心に展開される。
【本編】
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哲平 N:大切な人ができた時、誰しもが思うだろう。
このままずっと一緒にいたい、一緒にいれる。俺たちなら大丈夫だ、って。
ケンカをしても仲直りをして、また同じ時間を過ごして。
いくつになっても、それはできると思ってた時期が俺にもあった。
でもそんなもの、学生までの話。
お互いが働き始めれば、時間を合わせることも困難になり、次第に距離ができていく。
ケンカなんて、もってのほかだった。
雪乃 「もう、はっきりしてよ!」
哲平 N:もう付き合って2年になる彼女との、久しぶりのデート。
彼女とは遠距離の人らみたいに、なかなか会えないという距離でもない。
でもお互いちょうど仕事が忙しい時期で、無理して会いに来ても困るという話になり、
その代わりしっかり予定を立てようと、そう落ち着いたのだった。
雪乃 「遅れてきたかと思えば、何するか考えてないって!」
哲平 「それは悪いと思ってるけど、昨日急な残業でくたくただったんだよ」
雪乃 「だったら来る前に正直に言えばいいじゃない!そりゃあ、会えるだけでもいいかなって
思ったりしたけど、じゃあ次はいつ会えるの!?」
哲平 「だったら来週……は無理だな。来月?また予定立てれば…」
雪乃 「そうやってどんどん連絡も減ってきたのに!?」
哲平 「だからそれもゴメンって」
雪乃 「……もういい、帰る!」
哲平 N:そう言ってスタスタと歩いて行く彼女。
それをただ呆然と見ていることしかできない自分。
俺だって頑張ってる。俺だってちゃんと君との未来を考えてる。
どうしてわかってくれないんだ。……なんて、不満ばかりまた漏らすのか?……違うだろ。
そんなものは言い訳。わかってる。
大事だから、顔を合わせるだけで幸せだと思うから、ほんの一瞬でも離れたくないから。
だからこんな些細なことで終わりになるなんて、考えられなかった。考えたくもなかった。
哲平 「雪乃!悪かったって。機嫌直してく…」
雪乃 「ぐすっ」
哲平 「え…?」
哲平 N:今まで彼女が泣いたところは見たことがなかった。
ケンカをしても、連絡が取れない日が続いても、泣けると謳う映画を見ても。
それなのに、振り向いた彼女の目には涙が溜まっていて、目が合った瞬間にそれは頬を伝った。
泣いているせいか、引き止めて掴んだ細い手は、小さく震えていた。
雪乃「ぐすっ」
哲平 「雪……乃…?」
雪乃 「……なに?」
哲平 「あ、いや…」
哲平 N:自分から声をかけたはずなのに、言葉が出てこない。
彼女が初めて見せた涙が、まるで時を止めたような気がした。動けない。
動けないのに、どうしてだろう。胸が、苦しい。
雪乃 「哲平…?」
哲平 「……はっ、ぐうぅ、うっ、ううっ」
雪乃 「ねぇ、どうしたの?」
哲平 N:ついさっきケンカしたばかりなのに、優しい言葉をかけてくれる。
その声に、必死に堪えていた涙が、堰を切ったように溢れ出た。
傍にいてくれることが当たり前だと、彼女だからと安心していた部分があった。
ケンカをしても、連絡が取れなくても、彼女は涙なんて見せない強い人だとさえ思っていた。
そんなわけないのに…。
どんなに辛くても、どんなに寂しい想いをしても、ずっと俺を支えてくれていたんだ。
俺の前では涙を見せずに、笑って。
雪乃 「もう、泣きたいのはこっちなんだけど」
哲平 N:彼女の涙の意味を知った俺は、ただ泣くことしかできなかった。
そんな俺を、彼女は泣きながら笑って、手を握ってくれた。
その熱はあの頃と何も変わらない。
大事な人。ずっと一緒にいたい。隣で笑っててほしい。
あの時の気持ちは、今も変わらず…。
* * * * *
雪乃 N:最近よく昔のことを思い出すようになった。
付き合い始めの頃は、忙しくても合間を見つけては、互いに連絡を取り合っていた。
朝まで通話するなんてことはなかったけど、ほんの短い時間でも声を聞くようにしていた。
会う時は、なるべく長く一緒にいられるように、さよならも名残惜しくて。
いつからだろう。無性に寂しくなるようになったのは。
二人でいることが当たり前になって、慣れ過ぎてしまって、彼のことを考えているはずが、言い訳
がましく言葉を連ねて。
哲平 「ふぅ。ただいま」
雪乃 「おかえり。お疲れ様」
哲平 「ん。……ふわ~あ」
雪乃 「眠い?もう寝る?」
哲平 「……あ、いや。シャワー、浴び……ないと…」
雪乃 「行っといでよ。私待ってるから」
哲平 「ん。じゃあ、お言葉に甘えて」
雪乃 N:久しぶりの通話も、彼の仕事が忙しい時はいつもこんな感じ。
彼の中で、私の存在が支えになってるのは感じる。でもすぐ隣にいるわけじゃないから、ちゃんと
ご飯を食べているのか、洗濯は?掃除は?ってなる。
お互い一人暮らしだから、それなりに一人でできるけど、やっぱり心配なのは変わらない。
雪乃 「でね、来週のデートなんだけど」
哲平 「うぅん…。んん…。すー、すー…」
雪乃 「哲平?」
哲平 「……すー、すー」
雪乃 「寝ちゃったか。しょうがないか、疲れてるもんね。……おやすみなさい」
雪乃 N:そうして私は静かに電話を切る。
全然話し足りない。だけど寝てるところを起こすのも、違うと思う。
思うのに、やっぱり何かが足りなくて、そんな気持ちでいるのは私だけなんじゃないかって考えちゃ
って、よくないことばかりが頭を過ぎっていく。
自分以外の人の気持ちなんて、伝えてもらわなければわからない。
それは友達でも恋人でも、夫婦でも同じ。
安心感を与えているという自信はあっても、一時的なものでいいなら、初めから困ったりしない。
私は彼と、哲平とこの先も一緒にいたいのだから。
哲平 「悪い、昨日寝ちゃってた」
雪乃 N:翌朝そう連絡が来れば。
雪乃 「大丈夫だよ。お風呂上がりだったけど、風邪とかひいてない?」
雪乃 N:なんて返す。
もう少し素直になれば、きっと彼も気持ちを伝えてくれるだろう。
でも、強がるわけじゃないけど、彼が気づくまでこのままでいようと思った。
いて当たり前よりも、いてくれなきゃ困る。
そう彼が自分で気づくまで、私は彼を陰ながら支えていこうと決めた。
哲平 「今日も終わったら連絡するよ。いってきます」
雪乃 「うん。いってらっしゃい!」
* * * * *
雪乃 「はー。風が冷たくなったねー」
哲平 「ここんとこ急に寒くなったもんなー」
雪乃 「ね。私、あんまり寒いの強くないんだけど」
哲平 「そうだったな。そろそろこたつ引っ張り出すか?」
雪乃 「あはは。かもしんない」
哲平 N:そんなことを話しながら、手を繋ぐ。俺たちの距離はぐっと近くなる。
季節は変わっても、彼女は変わらず傍にいてくれた。
二人して泣いたあの日以来、俺は彼女の存在をとても大きく感じるようになった。
いて当たり前なんかじゃない。かけがえのない宝物だってことを。
雪乃 「冷たっ。……雪?」
哲平 「はは、ホントだ。これって今年初めて?」
雪乃 「だったりするのかな?」
哲平 「どうりで寒いわけだ」
雪乃 「でもちゃんとあったかいよ」
哲平 「ん?……はは、そうだな」
雪乃 「へへ」
哲平 N:ポケットの中の手から、しっかりと熱を感じる。
温もりが伝える安心感と、互いを想う優しい気持ち。それは溢れそうで、寒さなんてどこへやら。
手を繋いでいられることが嬉しいのか、彼女はずっと笑顔だった。
雪乃 「ねぇ、哲平。どこ行こうか?」
哲平 「寒いの苦手じゃなかったの?」
雪乃 「そうだけど、ちょっと歩きたい気分」
哲平 「そっか」
哲平 N:どんなに年をとっても、こうして二人で歩いていたい。
何度も名前を呼んでは嬉しそうにする彼女と、これからも一緒にいたい。
その声はきっと、何年先、何十年先も忘れはしないだろう。
彼女の存在の大きさを知って初めての、この雪の季節と共に…。
≪ タイトルコール ≫
哲平 「かけがえのない君だから」
+ + + +
雪乃 「見て!雪!」
哲平 「はしゃぎすぎ。外は寒いぞ」
雪乃 「だけど少しだけ!ね?」
哲平 N:彼女は寒がりのくせに、雪は好きなようだった。
この季節、そんなに珍しいものでもないのに。
それでも楽しそうに見せる彼女の笑顔もまた、俺にとっての宝物。
雪乃 「今度は積もるかなぁ」
哲平 「さぁ、どうだろ。積もったら何する?」
雪乃 「えっとね…」
哲平 N:年甲斐もなく、そんな話をする俺たち。
街にはたくさんの愛の歌が響き、真っ白な雪が彼女を笑顔にする。
それだけで俺は幸せな気持ちになれる。
これまで気づかないところで、たくさん彼女に支えてもらっていた。
素直に口に出して言うことはないけど、彼女がずっと俺にそうしてきたように、どんなに辛くても、
彼女を支えて行きたいと思う。
繋いだこの手が、永遠に続くように――。
fin...