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声劇×ボカロ_vol.70  『 ReAct 』

 


いつか、その時まで

 


【テーマ】

連鎖の遮断

 


【登場人物】

 

 響 栞那(22) -Kanna Hibiki-
ある事件が元で病院で目覚める。
自分のしたことを見つめ直していく。

 


 楠 凌也(20) -Ryoya Kusunoki-
病院の屋上にいた栞那に心を奪われる。
自分の言葉や気持ちで、少しでも笑ってほしいと願う。

 


 柳 真央(20)-Mao Yanagi-
凌也とは兄弟のように育ち、いつしか恋心が芽生える。
突然現れた女(栞那)に嫉妬心を抱いていく。

【キーワード】

・新しい出会い
・繰り返す世界
・彼の気持ち、彼女の気持ち
・それぞれの決断

 


【展開】

 

・病院で目覚めた栞那。冷静になって、自分のしたことを見つめ直す。
・夕方の屋上。振り返った栞那に心を奪われた凌也。
・栞那の為に何かしてやりたいと思う凌也。その様子を見て次第に憎悪が芽生える真央。
・自分と同じことをしてはならない。繰り返してはならない。そうして下した栞那の決断。

 

 


《注意(記号表記:説明)》

 

「」 → 会話(口に出して話す言葉)
 M  → モノローグ(心情・気持ちの語り)
 N  → ナレーション(登場人物による状況説明)

 

※ただし「」との区別をつけるため、MおよびNは、:(コロン)でセリフを表記する。
 また“N”の中に心情(M)を含ませることもあり。
 なお本編はN(ナレーション)を中心に展開される。

 

 


【本編】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 


栞那 N:最初に見たのは、青白い何か。
     それが天井だと気づいたのは、視線を落として周りを見渡した時だった。
     冷たく映す月明かりが、等間隔で刻む音が、空間を支配していた。

 


     首に感じる違和感。巻かれた包帯。私はいったい――。

 

 


* * * * *

 

 


凌也 「あ、栞那さん。おはよう」

 


栞那 「……凌…也くん?何してるの?」

 


凌也 「今日は花を持ってきたんです。今、花瓶に移しますね」

 


栞那 「そうじゃなくて。どうしてここにいるの?」

 


凌也 「どうしてって、いつものついでですよ。じいちゃんのお見舞いの」

 


栞那 「……そう」

 


凌也 「よっし、おっけ。どうです、栞那さん」

栞那 N:そう言った彼は満面の笑みをこちらに向けていた。
     何もおかしくなんてないのに、つられて笑いそうになってしまう。
     綻(ほころ)びかけた心を繋ぎ留めたのは、過去に犯した罪の記憶。

 


     私はあの日のことを、今も覚えている――。

 


 + + + +


栞那 「ねぇ、どうして!私じゃ、私じゃダメなの!?」

栞那 N:突きつけられた現実に、気持ちを抑えられず取った行動。

栞那 「アナタノスベテヲ奪ッテアゲル…」

栞那 N:無機質な言葉。
     想いを失ったそれは、私の背中を後押しし、見えない何かが音を立てて崩れて行く。
     怯える彼女の目の前で、彼の血が染みついたナイフで、私は自分の喉元を――。


 + + + +


凌也 N:ふと足が向いた屋上。途中の階段は、夕陽と影が程よいコントラストで色付いていた。

 

     夕暮れの世界。夜がそこまで来ている。
     限られた時間に映るのは、儚くも美しい、最後の光。

 


     そして僕は、君に出会った――。

栞那 「どうして、生きてるんだろう…」

凌也 N:屋上には、金網に手をかけた一人の女性。
     夕陽と重なった後ろ姿はとても綺麗で、まるでそこだけ時間が止まっているかのようだった。

凌也 「あの…っ!」

凌也 N:声をかけてすぐ、後悔した。
     彼女と僕はまったくの他人。同じように急に声をかけられたら、どう思うだろう?と。
     それも少し上ずった声で。

 

     でもそんな心配はいらなかった。

栞那 「……?」


凌也 「あ…。いや…」

凌也 N:ただ声がしたから振り返った。そんな顔をしていた。

 

     真っ白なワンピースに憂(うれ)いを帯びた瞳。首に巻かれた包帯。
     そしてここは病院。もしかしたら、と一つの仮説が頭をよぎる。

栞那 「……なに?」

 


凌也 「えっと…。あ、あぁ!夕陽っ!綺麗ですよね!ここ僕のお気に入りなんです!」

 


栞那 「…そう」

 


凌也 「…っ。あ、あなたも夕陽を見に?」

 


栞那 「………別に。高い所ならどこでもよかったの」

凌也 N:その言葉で、僕の中の点と点が、線で繋がる。
     でもここじゃ、それは絶対に許されない行為。

 

     彼女にとって、今の僕はきっと邪魔者だろう。
     だけど彼女にどんな理由があれ、僕がそうはさせない。

栞那 「君はもう行って」

 


凌也 「どうしてですか?僕はここに夕陽を見に来たんですよ」

 


栞那 「なら私には構わないで」

 


凌也 「嫌だって言ったら?」

 


栞那 「どうして…?もう、行かせて…」

凌也 N:予感は当たっていた。
     彼女の目はどこか遠くを見ていて、心だけをどこかに置いてきたようだった。
     離れ離れになった心と体を、彼女は一つにしようとしている。
     記憶の中の、辿るべきだったもう一つの未来へ。

栞那 「放っといて…」

 


凌也 「行かないで」

 


栞那 「……え?」

凌也 N:ちゃんと聞こえるように、はっきりと僕は言った。

 

     ここが病院だからとか、見過ごせないからとか、そんなセリフは言い訳。
     最初に彼女を目にした時から、僕は心を奪われていたんだ。
     それが彼女を引き止めた、一番の理由。

 

     きっと、今の彼女にも一番必要な言葉だと思って。

栞那 「…もう、何…言って…」

 


凌也 「行かないで」

 


栞那 「私のこと、何も知らない、くせ…に…」

 


凌也 「行かないで」

 


栞那 「だから、なん…で…っ」

凌也 N:目を逸らさずに、僕は言い続けた。
     今この場において、迷惑なんて後回し。
     自分の気持ちに、正直に。

栞那 N:あの日、あの場所に置いてきたはずの心。
     生き永らえてしまったことで、迷子になっていた私の心。

 

     彼の言葉が、たった5文字のその言葉が、決意を鈍らせた。
     私は生きてちゃいけないんだ。そう思っていたのに…。

凌也 「もうすぐ陽(ひ)も沈みます。冷えてくるし、戻りましょう。部屋まで送りますよ」

栞那 N:私はこくんと頷いて、彼と共に屋上を後にした。

 

 


* * * * *


栞那 N:眠れなかった。
     そもそもさっきまで、眠ることなんて考えていなかった。
     私の時間は、もう止まったと思っていたから。

 


     枕元の机に置かれた四角い箱。中にはたくさんの思い出が詰まっていた。
     良いことも悪いことも、すべては“あの人”を愛していたから。

 

     今でもそうかと、自分に問いかける。
     すれ違って、許せなくて、でも手放したくなくて、結果すべてを壊した。
     壊せばそれも消えると思っていたのに…。

 

     愛しさは確かに、ここに残っていた。

凌也 「栞那さん。……栞那さん?どうしたんですか、ぼーっとして」

 


栞那 「ん?……んーん、なんでもない」

 


凌也 「……今日はあったかいですね」

栞那 N:あの日、私は知ってしまった。
     彼の温かさに、彼の中の光に。
     自分の犯した罪と、ちゃんと向き合う必要があると。

 

     “あの人”が一番だと今でも思っているのに、彼の優しさに安らぎを覚えつつもある自分。
     振り向いて視線を交わしたあの瞬間さえ、罪の上塗りとなるなら、こんな優しい人には
     何も話せない。何も話したくない。

凌也 「ねぇ、栞那さん」

 


栞那 「ごめん、ちょっと一人にして」

 


凌也 「でも…。………はい」

栞那 N:聞かないで。

凌也 「僕、中庭にいるんで、気が向いたら来てください」

栞那 N:何も聞かないで。

凌也 「日の光を浴びて過ごすのもいいですよ」

栞那 N:このまま全てを忘れても、いいのかもしれない。
     でも結局同じことの繰り返しになりそうで、その場所はいつだってモノクロの世界。
     そして飽きもせず、自分に傷を増やしていくのだろう。

 

凌也 「おーい、栞那さーん」

栞那 N:声が聞こえる。
     窓から外を見ると、こちらに手を振る彼がいた。
     私に気付いた彼は、大げさに手を振っていて、少し恥ずかしい。
     でも今は、そんな彼に救われていたこともまた、事実だった。

凌也 「あ、やっべ。じいちゃん!」

栞那 N:何かを思い出したかのように、視界から突然消えた彼。
     ほんの数分のことなのに、彼の動きに笑みがこぼれる。

 


     認めたくなかった。信じたくなかった。
     彼との出会いが、ここまで私の心を変化させてくれるなんて。

 

     もういっそ縋(すが)りつきたい気持ちの一方で、いつか来るサヨナラを知る私は、
     それ以上踏み込むまいと、行き場のない世界を彷徨っていた。

 

 


* * * * *


真央 「あんた最近、どこ行ってんの?」

 


凌也 「えー、なんだよ急に」

 


真央 「おじいちゃんのお見舞いって言うのに、行ってもいないことあるんだもん」

 


凌也 「あー、それは…。ね?」

真央 N:何かやましいことでもあるのか、結局その場はうまく誤魔化された。
     でも彼は知らない。私が知っていることを。

 


     ここは私と彼が出会った場所。
     私も以前、この病院に入院していた。

凌也 「そろそろ帰るか」

 


真央 「うん」

真央 N:私は何度かそれを目にしていた。
     彼が一人の女性に笑いかけている、その瞬間を。

 

     かつて私と過ごしていた時間も、少しずつ彼女のために使うようになった彼。
     それは次第に、私の中に形容しがたい感情を生むこととなった。

凌也 「それで今日は…」

真央 N:私は彼の恋人。
     だから彼女との時間も一時的なものと理解しているつもりだ。
     それでも今日も、きっとまた明日も、その時間を積み上げていくのだろう。

 

     ただ所詮、それは砂のお城も同然。
     いつか壊れる日が、そうでなくともいつか壊す日はやってくる。
     たとえ結末がどうなろうとも、彼を手放す気は更々ないのだから。

凌也 「なぁ、聞いてる?ひょっとして、また体調が」

 


真央 「う、ううん。平気だよ。少し考え事してただけだから」

 


凌也 「なら…いいけど。きついならきついってちゃんと言えよ」

 


真央 「うん、ありがと」

真央 N:長い入院生活の中で、彼の存在は私が生きる理由にもなっていた。
     そんな彼に特別な感情を抱くのはごく自然なことで、想いが通じた時は本当に嬉しかったのを、
     今も憶えている。

凌也 「そうだ真央。明日買い物付き合ってよ」

 


真央 「それってデート!?」

 


凌也 「あ、あぁ。まぁ、そうなる…かな」

 


真央 「じゃあ駅前で待ち合わせね!」

 


凌也 「なんだよ、急に元気になったな。りょーかい」

真央 N:彼がおじいさんのお見舞いに行くようになってから、デートというデートはしていなかった。
     優しい彼に我儘なんて言えず、どんな場所でも彼の傍にいられればそれで…。そう思っていたから。
     だからとても嬉しかった。

 


     でも…。


     その目的を知ったのは、数日後。
     またお見舞いに行っていると連絡が来た時、私は目撃してしまった。

 

     あの女に、見覚えのある包みを渡しているところを。

栞那 「どうしたの、凌也くん」

 


凌也 「栞那さん、これ…」

 


栞那 「なに?」

 


凌也 「栞那さん、まだしばらく入院続くっていうし、殺風景な部屋にどうかなって」

 


栞那 「ぬいぐるみ…?」

 


凌也 「女の人にプレゼントなんてしたことないから、悩んだんだけど…。よかったら」

 


栞那 「気にしなくていいのに」

 


凌也 「誰もお見舞いに来てないみたいだし、これがあれば少しは元気づけられるかなって」

 


栞那 「生意気。あと意外だったかな。こんなことするなんて」

 


凌也 「そ、そうかな…」

 


栞那 「………でも、ありがとう」

真央 N:あまり表情を露(あらわ)にしたところを見たことがない彼女が、小さく笑っていた。

 

     ここで偶然を装ってでも、二人の前に現れるべきだったのかもしれない。
     あからさまでも、彼は私のものだと牽制すべきだったのかもしれない。

 

     でもできなかった。
     数日前楽しかったあのデートで、彼の頭の中に彼女がいたことが許せなかった。
     それを嬉しそうに受け取る彼女も。

凌也 「今日なんか機嫌悪い?」

 


真央 「別に。そんなことないよ」

 


凌也 「あのさ」

 


真央 「さ、帰ろう」

 


凌也 「あ…。うん」

真央 N:何を言おうとしたのだろう。
     気になるも、なんでだろう。聞きたくなかった。

 

     月明かりが、今も昔も同じように私たちを照らしている。
     その"当たり前"が、今の私たちの"当たり前"がいつか変わってしまうなら、そうなる前に…。

 

 


* * * * *


凌也 N:人は何をもって、それを浮気と呼ぶのだろう。
     たとえ恋人がいても、違う誰かを好きになることだってあるし、結局はその時の関係をゼロにしない
     ままでいるから、そう取られてしまうのかもしれない。
     どこに気持ちが向いているか、たったそれだけのことが、僕たち人間にはとても難しい。

 

 


 + + + +


凌也 「栞那さん、いますか?」

 


栞那 「凌也くん」

 


凌也 「栞那さん。ずっと病院の中じゃ気も晴れないでしょ?俺、許可もらってきたんで、これから少し散歩
    に行きませんか?といっても、もう暗くなっちゃったから敷地内なんですけどね」

 


栞那 「ん?んー。ううん、いいよ」

 


凌也 「絶景、とまではいかなくても、街を見下ろせる場所があるんですよ。行きましょう」

 


栞那 「ここでいいよ。君と一緒にいるところを見て、嫌な気持ちになる人だっているだろうし」

 


凌也 「いませんよ、そんなやつ。先生も治療のためには必要かも、なんて言ってましたし」

 


栞那 「……はぁ。ホントかなぁ」

 


凌也 「決まりですね!」

栞那 N:嬉しそうな彼を見たら、断れなくなってしまった。

 

     彼と出会うまでは、ただそこにいて、時間が過ぎていくだけだった。
     時間があれば顔を出しに来るようになった彼を追い返すこともできず、私は自然の成り行きに身を
     任せて過ごしていた。

 

     そんな彼に、私は少しずつ癒されていった。
     罪の記憶が、それ以上踏み込ませまいと歯止めを利かせつつ。

真央 「凌也…?」

栞那 N:彼が言う絶景ポイントは、中庭の近くの林を抜けた先にあるという。
     そうして中庭に出てすぐに、後ろから彼を呼ぶ声がした。

 

     振り返ると一人の女の子。私はその子を知っている。

凌也 「真央?」

 


真央 「どこか行くの?もうすぐ暗くなるのに」

 


凌也 「ちょっとね。すぐ戻るから、真央は待ってて」

 


真央 「………なんで」

 


凌也 「え?」

 


真央 「なんで私じゃないの?」

 

栞那 N:彼は気づいているだろうか。彼女の拳が強く握られていることを。
     平静を装い、必死に表情に出さないようにしていることを。

凌也 「なんだよ、急に」

 


真央 「……どこ行くの?ひょっとして、あそこ?」

 


凌也 「うん、まぁ」

 


真央 「……なんで」

 


凌也 「え?」

 


真央 「なんでそいつなの?」

 


凌也 「……真央?」

栞那 N:かつての自分と重なる。忘れてかけてたその気持ち。
     大事な人を奪われ、描いていた未来図に血が滲む。
     すべては儚い幻想だったのかと、苛立ちを覚える、あの感じ。

 

     目の前の彼女もきっと、あの時の私と同じ感情を抱いている。
     そう目が訴えていた。

 

真央 「……なんで……なんで」

 


栞那 「戻ろう、凌也くん」

 


凌也 「え、でも…」

 


栞那 「気持ちだけ受け取っておくね。ありがとう、凌也くん」

 


真央 「凌也くん凌也くんって、気安く呼ばないで!凌也は私の、私の…っ」

栞那 N:あの時、私はどうすれば微笑んだのだろう。
     自分の過去を思い出すも、こんな状況、笑うことなんてできない。
     でも感情に任せて刃を向ければ、その結末は明らか。
     彼女は今、私と同じルートを辿ろうとしている。

 

凌也 「落ち着け、真央」

 


真央 「……ねぇ、凌也は私のこと好きだよね?ね?」

 


凌也 「そ、それは…」

栞那 N:彼の反応も、また同じ。
     私がここで彼に救われたことは確かだけど、だからといって彼女に私と同じ過ちを犯してほしくない。
     繰り返してほしくないから、彼女から離れかけている彼の心を、私は…。

 

真央 「許サナイ…」

 


栞那 「何を勘違いしてるか知らないけど、私は彼に興味ないわ」

 


凌也 「え?」

 


真央 「そんな言葉に騙されるわけ!」

 


栞那 「本当のことよ。だから早くその物騒なものを捨てて。ここは病院なのよ」

 


凌也 「はっ、お前何持って…!」

 


真央 「べ、別にこれは…。おじいちゃんに、りんごを…」

栞那 N:きっとりんごを剥いてあげてたんだろう。そんな時、中庭に私たちの姿を見つけ、ナイフを手にした
     ままここに来たのかもしれない。

 

     初めから使うつもりで持っていた私とは違う。彼女の歪みかけた愛情は、まだ戻せる。
     色のない世界にいるのは、私だけで十分。繰り返すことなんてない。

凌也 「ったく、泣くなよ」

 


 

真央 「だって、私……私…」

 


凌也 「栞那さん。僕、こいつを部屋に送っていきますね」

 


栞那 「うん、そうしてあげて」

 


凌也 「さよなら、栞那さん」

栞那 N:いつもなら"またね"と言う彼が、"さよなら"と言った。
     それは私への気持ちに区切りをつけた彼の決断。

 

     彼女がいる身で、他の人を好きになって、その彼女を泣かせて。
     だけど本当に大事なものが何なのか、自分を想ってくれる人が誰なのか、これで気づいたことだろう。

 


     そう願いたい。


 + + + +

 


凌也 「行かないで」

栞那 N:あの時の私は、彼のその一言に救われた。
     心をあの場所に置いたまま、抜け殻だった私を、彼が救ってくれた。
     一瞬でも、全てを忘れることができた。

 

凌也 「行かないで」

栞那 N:木霊して聞こえる彼の声が、私を色付いた世界に引き戻してくれる。
     だけどそれも直に聞こえなくなるだろう。
     そうして私はまた、色のない世界へ。
     そこで"あの人"のことを思い出し、変わらぬ想いを馳せてゆく。

 

凌也 「ほら、泣かないで」

栞那 N:泣き止まない彼女に、彼が声をかけていた。
     その様子にホッとする一方、届かないとわかっていながら、彼女に届いてほしいと口にする。

栞那 「あなたは繰り返してはダメだよ」


 + + + +

 

 


栞那 「ねぇ、どうして!私じゃ、私じゃダメなの!?」

栞那 N:誰かに取られるくらいならと、私は彼を手にかけた。そして…。

栞那 「アナタノスベテヲ奪ッテアゲル…」

 

栞那 N:血の気の引いた表情に、無機質な言葉。
     共に逝くのは自分だと、彼は私のものだと、証明したかった。

 

     でも私は共に逝くことを許されず、こうして生きている。想う相手はもういない。
     その気持ちにもいつか終わりが来ると知っている私は、今はただ色のない世界で、行き場もなく
     彷徨っている。

≪ タイトルコール ≫


凌也 「 いつか、その時まで 」

 

 + + + +

栞那 N:時折聞こえる笑い声。あんなによく会っていたのに、もうすでに懐かしい。
     世界は相変わらずモノクロで、私の気持ちもあの頃のまま。
     それでも私なりに変わろうと、今日は外出許可をもらって、海を見に来ている。

 

     カバンにしまっていた思い出の写真が落ち、それを慌てて拾い上げた先に見えたのは――。

fin...

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