top of page

声劇×ボカロ_vol.56  『 カヌレ 』

 


Departure

 


【テーマ】

君と出会えたこと

 


【登場人物】

 

 水沢 耕介(24) -Kousuke Mizusawa-
成人前に病に倒れたが、無事に退院することができた。
病気を理由に大学は辞めており、快復した今は働いている。

 


 須野 優梨愛(29) -Yuria Suno-
退院した耕介が無茶をしないか、たびたび気になっている。
耕介との関係は変わらず、30歳を目前にして結婚がちらつくことも。

【キーワード】

 

・あれから6年後
・ただ「好き」というその響き
・出会えた事が誇り
・共に居られる事の奇跡
・これからもずっと…

 


【展開】

 

・病に伏せていた耕介は、そんなことも忘れてしまうくらい元気に快復していた。
・今も昔も変わらない日々。「好き」という響きが、まだ彼女(彼)を求めているのがわかる二人。
・あの日のことを思い出す二人。伝わるのは互いの鼓動、温度、そして…。
・この先の未来を、ずっと傍で笑っていてほしくて。

 

 


《注意(記号表記:説明)》

 

「」 → 会話(口に出して話す言葉)
 M  → モノローグ(心情・気持ちの語り)
 N  → ナレーション(登場人物による状況説明)


※ただし「」との区別をつけるため、MおよびNは、:(コロン)でセリフを表記する。
 また本編は“N(ナレーション)”を中心に展開される。

 

 


【本編】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 


優梨愛「ちょっとコウちゃん!!そんなに走っちゃ…」

 


耕介 「大丈夫だって!もうすっかり良くなったの、ユリ姉も知ってるでしょ?」

 


優梨愛「だけど…!あっ!!」

優梨愛 N:彼に手を引かれ走っていた私は、足が絡み転んでしまった。

優梨愛「いたた…」

 


耕介 「大丈夫、ユリ姉?」

 


優梨愛「もぉ、はしゃぎすぎ。子供じゃないんだから」

 


耕介 「そうかな?今日楽しみにしてたんだよ。許して?」

優梨愛 N:可愛い顔しても無駄って言いたかった。
      だけどその笑顔が見れるようになったってだけで、私は涙が出そうになる。

 

      6年前、彼は病に倒れ、一人闘病することを決めた。
      当時付き合っていた私に黙って、一方的に別れを告げてまで。

耕介 「ほら、行こう」

優梨愛 N:突然の別れは、幸せだった日々を、彼がいたことの奇跡を、彼への想いを知るには十分だった。
      理由を知りたい。その一心で彼を見つけ出し、病気のことを知った。
      知った私が取る行動なんて決まってる。
      私は彼と生きたいと、そう強く願った。

耕介 「最近やっと仕事が楽しくなってきてさ。まぁ、大変は大変なんだけどね」

 


優梨愛「無理だけはしないでよ。治ったって言っても、何があるかわからないんだから」

 


耕介 「わかってるよ。そうやっていつも心配してくれるの、ユリ姉だけだしね」

 


優梨愛「おばさんもおじさんも心配してるよ。うるさく言わないだけで」

 


耕介 「……うん、そうだね。あっと、今日どこ行くんだっけ?」

 


優梨愛「え?あー、うん。えっとね…」

優梨愛 N:療養のために大学を中退し、元気になってからは私の親戚のおじさんの紹介で働いている彼。
      働くようになってからは、今までよりも会う回数が減っていたから、今日のデートは実は私も
      楽しみにしていた。

 

      昔を思い出したのは、きっと繋いだ手から、彼の鼓動と温度を感じたからかもしれない。

 

 


* * * * *

 

 


耕介 N:実らない恋だと思っていた。
     それなのに彼女は、僕の気持ちを受け止め、おまけに僕の身勝手な行動にも付いてきた。
     こんな人他にはいない。この人しかいない。
     長い闘病生活の中で、彼女への愛しさが途切れることはなかった。

 

優梨愛「なぁに?」

 


耕介 「あ、いや…」

 


優梨愛「はい、ジュース。さっきから私のこと見てたじゃない」

 


耕介 「あはは…。うん」

 


優梨愛「どうかした?」

 


耕介 「いや…。ふとあの日のことを思い出してさ」

 


優梨愛「あの日?」

 


耕介 「ユリ姉が僕のところに突撃してきた日」

 


優梨愛「あー!……ふふ、うん」

 


耕介 「……もう6年も経つんだね」

 


優梨愛「ね。早いなぁ」

耕介 N:もちろん闘病中は苦しいことばかりだった。
     でも独りじゃなかったから。つらい時、諦めたくなる時、いつも彼女が傍にいてくれた。
     普通なら見放されたっておかしくないのに。
     僕の中にいてくれた。僕が生きる理由になってくれた。

 

     退院した今も、それは――。

耕介 「入院生活が長かったから、たまに思い出すんだよね。その前はどうだったかなって」

 


優梨愛「どうって、コウちゃんが病気のことを私に黙ってて、勝手に別れようって言ってきたこととか?」

 


耕介 「ちょ、それは…!………その節はすみませんでした」

 


優梨愛「ごめんごめん。もう怒ってないよ」

 


耕介 「でも、まぁ…あの時は」

 


優梨愛「それが最善だと思ったんでしょ?私のためにも」

 


耕介 「信じてなかったわけじゃないし、できるなら傍にいてほしいと思った。でも僕はそれを選べなかった」

 


優梨愛「うん」

 


耕介 「なのに追いかけてくるんだもん。びっくりしたよ」

 


優梨愛「私の想いを甘くみすぎだよね。私だってずっと好きだったんだから」

 


耕介 「……それは今も?」

 


優梨愛「聞きたい?」

耕介 N:少し意地悪したくなって発した言葉も、覗きこんできた彼女の顔が失敗を告げる。

耕介 「あ、いや、いい。こんなとこで言わなくて」

 


優梨愛「(囁いて)ずっと好きだよ、コウちゃん」

 


耕介 「ーーーっ!!!だから、言うなって…っ」

 


優梨愛「ごめんね、聞こえなかった」

耕介 N:彼女の笑顔はとても幸せそうだった。

 

     僕と彼女はいわゆる幼なじみだけど、それでも君と出会えたことを誇りに思う。
     出会って、恋をして、突き放して。
     会いたくて、泣いて、怒って、笑って。

 

     楽しいこともつらいことも、いつだって君が傍にいてくれた。
     ケンカもしたし、口をきかない時もあった。
     それでも今もこうして共に居られることは、僕にとって奇跡といえるものだった。


* * * * *

 

 


優梨愛 N:久しぶりに口にした気がした、「好き」という言葉。
      彼が入院していたこともあって、その言葉で励ますのは違う気がしたし、口にしなくても態度で
      伝わると思っていた。
      好きでもなきゃ、何年も待ってたりしないから。

優梨愛「好き…」

 

優梨愛 N:誰もいない部屋で呟いてみる。
      その音の響きが連れてくるのは、やっぱり彼。

 

      携帯を取り出して、共に過ごした時間を思い出す。
      今までの彼とのやり取りを見て、私は一人、幸せな気持ちになっていた。

 


 + + + +

 


耕介 N:次はいつ会えるだろう。部屋に戻った僕は、そんなことを考えていた。
     学生だった頃と違って、昔ほど会えない今、突然の告白に照れてしまった今日の自分を振り返る。

 

耕介 「はぁ~あ」

耕介 N:最初に彼女に想いを告げたあの日。
     面と向かって、少し余裕さえあった頃の自分はどこへやら。
     恥ずかしいわけじゃない。でも僕にとっての彼女は、簡単に口にできるほどの存在じゃない。
     それが自分でわかっていたからこそ、言いあぐねてしまったのかもしれない。

 


     だから僕は決心をした。
     今日の彼女への返事として、ずっと胸にしまっていたことを伝えよう、と。

 

 


* * * * *


優梨愛「お待たせ、コウちゃん!」

 


耕介 「ユリ姉。ごめんね、急に呼び出したりして」

 


優梨愛「いいけど、どうしたの?いつもなら休みまで我慢だーって言ってるのに」

 


耕介 「それ、ユリ姉でしょ」

 


優梨愛「コウちゃんも言ってるよ。あれ?気づいてない?」

 


耕介 「そ、そうだっけ?」

 


優梨愛「そうだよ、もぉ。あ、どこかお店行く?ご飯まだでしょ?」

 


耕介 「……行く、けど。少し歩こうよ」

 


優梨愛「え、うん」

優梨愛 N:いつもと様子がおかしいことにはすぐに気づいた。
      手を繋ぐと、彼の熱を感じる。
      どこまで行くのだろうと、私は彼の顔を覗き見るも、彼は気づかない。

 

      あれ、ちょっと待って。この道って…。

耕介 「ここに来るのも久しぶりだな」

 


優梨愛「まだあったんだね、懐かしい」

 


耕介 「小さい頃はよくこの木に登ってユリ姉に怒られてたよね」

 


優梨愛「覚えてる覚えてる。だってコウちゃん、登るのはいいけど、結局下りられなくて半ベソだったもん」

 


耕介 「……そこは忘れていいよ」

 


優梨愛「どうして?私にとっては大切な思い出の一つだから、忘れるなんてこと絶対にないよ」

 


耕介 「……それと」

 


優梨愛「うん」

優梨愛 N:進学を機に彼がこっちに戻ってきて、なるべく一緒にいたいと思っていたあの頃。
      この木の前で、私は彼の想いを知った。

耕介 「ここ、もうないと思った。切られてるんじゃないかって」

 


優梨愛「おっきな木だもんね。小さい頃からずっとあるわけだし」

 


耕介 「でもいつかは切られちゃうかもしれないんだよな」

 


優梨愛「そうなったら、寂しくなるね」

 


耕介 「(呟いて)間に合ってよかった」

 


優梨愛「何か言った?」

 


耕介 「ううん。ねぇ、ユリ姉。もうやめよう?」

 


優梨愛「………え?」

 


耕介 「やっぱりこのままじゃ変わらない気がするんだ」

 


優梨愛「ちょ…、なに急に…」

優梨愛 N:過ぎったのはあの日。一方的に別れ話を切り出された、あの――。

耕介 「僕にはもう、ユリ姉じゃないんだ」

 


優梨愛「ねぇ、なんで…?ちゃんと、言ってよ…」

優梨愛 N:突然すぎて頭が回らない。同じような切り出しに、悲しみと不安が一気に押し寄せていた。
      どうしていいかわからなくて、声が、震える。

耕介 「ユリ姉…」

 


優梨愛「な…んで、こ…こで…っ。そん…なこと…」

 


耕介 「ここしかないと思ったから」

 


優梨愛「ぐすっ、ぐすっ。ひどいよ、コウ…ちゃん…」

 


耕介 「もう昔みたいに、お姉ちゃんのままじゃダメなんだ」

 


優梨愛「……へ?」

耕介 N:緊張してうまく言葉にできなかった。
     彼女が泣いてるところを見ると、きっと別れ話と勘違いしてるんじゃないかと思う。
     そんなわけないのに…。

 

     泣いてる彼女の手を取り、僕は静かに抱きしめた。

優梨愛「……コウ、ちゃん…?」

耕介 N:抱きしめて、彼女の鼓動を、温度を感じて幸せな気持ちになる。
     どれだけの言葉を吐いても、伝えきれない何かが此処にはあって、これまでの日々が未来への
     道を作る。

優梨愛 N:それだけだった。たったそれだけのことで、私と彼の間は埋め尽くされたような気がした。
      二つの音が聞こえる。私よりもずっと速く走る彼の鼓動(おと)。

 

      これは別れ話なんかじゃない。そう思っていいんだよね?

耕介 「なんか、勘違いさせちゃったよね。緊張してうまく言葉が」

 


優梨愛「うん」

 


耕介 「どうでもいいって思うかもしれない。でも僕の中では小さい頃からお姉ちゃんだったから…」

 


優梨愛「うん」

 


耕介 「でも好きになって、一緒に居られて嬉しくて、だから…」

 


優梨愛「うん」

 


耕介 「もうお姉ちゃんじゃないって。ちゃんと考えようって」

 


優梨愛「うん」

耕介 N:僕はゆっくりと彼女を放す。手は繋いだまま、まっすぐに彼女を見て。

耕介 「優梨愛、結婚しよう。ずっと傍にいてほしい」

 


優梨愛「………っ!!」

 


耕介 「ずっと僕の傍で笑っててほしい」

 


優梨愛「ぐすっ、ぐすっ」

 


耕介 「……ゆ、優梨愛?」

 


優梨愛「ぐすっ、ぐすっ。……もう、バカ!!ばかぁ…」

 


耕介 「ごめん」

 


優梨愛「いつもそうやって、私をびっくりさせて…」

 


耕介 「ごめん」

 


優梨愛「私…だって、ずっと……一緒にいたいって、ずっと…ずっと…」

 


耕介 「うん」

 


優梨愛「でも…、そう思ってるのも、私だけなんじゃないか…って…」

 


耕介 「うん」

 


優梨愛「……ばか。もー、ホントにばかぁ…」

耕介 N:僕を愛せるのは一人だけ。
     君を愛せるのも一人だけ。
     わかっていても、不安でどうしようもなくて、幸せの数と同じくらい、涙がこぼれる。
     でもそれでいいんだとわかった。
     嬉しい気持ちも、不安な気持ちも、全てが僕と君の宝物。
     この手を離さない限り、ずっとずっと続く奇跡の物語。

優梨愛 N:私を愛せるのは一人だけ。
      あなたを愛せるのも一人だけ。
      それがはっきりした今、迷うことなんてない。
      笑った日も、泣いた日も、全てが私とあなたの軌跡。
      この手を繋いでいる限り、ずっとずっと続く確かな未来。

 

耕介 「えっと、返事は…?」

 


優梨愛「…ぐすっ。ふふ、聞きたい?」

≪ タイトルコール ≫    ※英語・日本語から1つを選ぶ

 


【英語ver.】

耕介 「 Departure 」
   ( デパーチャー )

【日本語ver.】

 

耕介 「君と出会えたこと」

 + + + +

優梨愛「でもよかった。私、また別れ話かと」

耕介 N:泣きはらした顔で、君はそう言った。
     そして先ほどのプロポーズを思い出したのか、目を合わせると、恥ずかしそうに下を向く。
     その姿にようやく実感が湧いてきて、涙がこぼれそうになった。

耕介 「そんなわけないよ」

 


優梨愛「わからないじゃん。前科あるんだし」

 


耕介 「そ、そうだね」

 


優梨愛「コウちゃん」

 

耕介 N:これから始まる二人の未来。

優梨愛 N:歳を取って、人生を終えるその日まで。

耕介 N:いつまでも君を守りたい。それがきっと僕のすべて。

優梨愛 N:繋いだ手は、心は、ずっと傍に。

耕介 N:重なる鼓動は、二人だけの誓いの証。

優梨愛「……帰ろっか」

耕介 N:「ありがとう」と、そう言いたそうな顔をしていた。

 

     でもそれはまだ早い。
     これから先、楽しいこともつらいことも、そこには必ず僕と君がいる。
     だからいつかやってくるその日まで、今はそっと胸の奥にしまっておいてくれ。

 


     最期のその日まで――。

fin...

bottom of page