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声劇×ボカロ_MDV-M
第2章 ミーティア
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第6.5話 《 灯火 》
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【登場人物】
ジェイク 19歳
"オーバード"に所属し、帝国に兵士として潜入していた。
シンガ侵攻時に、わざと滑落して離脱を試みる。
ヨーキ 20歳
帝国民として情報を集めていた"オーバード"の一人。
ジェイクに言われ、先にアルシスに向かう。
メリス 22歳
アルシスに滞在している"オーバード"のメンバー。
咄嗟の判断力と機器の扱いを買われ、アルシスに派遣される。
ノール・アンバーテイン 20歳
帝国特殊部隊"マッドギア"の副長。
部下には見せないが、ギルスと別れての任務がもどかしい。
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| ヴェントーザレザール(Ventosa Lezard) |
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|トライアド遺跡に棲む足に吸盤を持つ肉食のトカゲ。 |
|尾の先端の発光は、餌をおびき出すため。遺跡内の暗さもあって、本体は壁と同化して見える。 |
|遺跡内で迷った者を捕食しているため、存在はあまり知られていない。 |
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【本編】
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その日、私はいつものように定時連絡を入れると、珍しく急いで部屋を出た。昨日、私が来る頃に出来たての
パンを用意してくれると、酒場で知り合ったお姉さんが言ってくれた。それが楽しみだったのだ。でも結局、
私がそれを口にすることはなかった。
ジリリリリ!!
普段まったく連絡なんてないとはいえ、リーダーから連絡が来た日以来、部屋の外からでもわかるような大き
な音にわざと設定してあった。鳴れば近所迷惑にもなるし、私はすぐさま飛びつくと考えたからだ。
そしてそれはその通りとなった。外に出る直前にそれは鳴り、あまりの音に部屋に戻ってスイッチを切った。
「ふぅ…。こんなにうるさかったかな?」
「………るか。おい……ス」
音を切ったということは、受信したということ。つまり微かに聞こえるのは、ヘッドフォンから漏れる仲間の
声。一安心してる場合じゃない。
「はい、こちらアルシス」
「メリスか!?よかった、繋がった!」
「その声はヨーキ?ジェイクも一緒?」
「いや、あいつは別ルートだ。それよりもすぐに本部に知らせろ!帝国がシンガに侵攻を始めた!おそらく
本隊はもう国境を越えるぞ!」
「え、侵攻って…。なによ、それ!どういうこと!?」
「俺だって知るか!!いいから早くリーダーに伝えろ!俺の場所からは本部まで届かないんだ!!」
「わ、わかった。10分後に折り返して」
帝国の不穏な噂。軍事大国と言われるジーグ帝国だからこそ、その噂がある程度予測はできた。でもヨーキの
切迫した声と事実が、きっとこの身を震わせる原因。わかっているつもりになっていた。と同時に、そうそう
起こるものではないと高をくくっていた。
「こちらカデンツ。名前と所在地を」
「アルシスのメリスです!至急リーダーに取り次いでください!!」
「落ち着け、メリス。リーダーはこの時間、ゼルたちと巡回に」
「じゃあ呼び戻してください!!緊急なんです!!帝国が……王国が……」
「落ち着け。……あ、まだいらしたんですか?どうぞ、メリスからです」
「ふぇ…?」
「俺だ。どうした、メリス?」
「り、りぃだあぁ」
こんなことは初めてで、でも緊急事態で、早く早くと思ってよくわからなくなり、私は半泣きだった。
でもその声を聞いて、妙に落ち着いたのは、やっぱり私がこの人を信頼してるからなんだと思う。
それから私は、ヨーキから聞いた話をそのまま伝えた。といっても、一刻を争うからと情報としては端的なも
のだったわけだけど。
「わかった。こちらからシンガにも打診しよう。あれもそう易々と落ちる国ではない。それよりもお前にはや
ってもらいたいことがある」
「は、はい」
「ヨーキと合流してジェイクを迎えに行け。あいつにはお前たちとは別の頼み事をしてある。もしもあいつが
それを掴んでるとすれば、命の危険もある」
「わ、わかりました!」
「こちらからも何機か出す。が、少し胸騒ぎがしてな。それを確かめたらすぐに向かわせる」
援軍を寄越してくれる。一人じゃないとわかっただけで、私は幾らか落ち着くことができた。
通信が切れると、すぐにまたベルが鳴る。10分。時間通りだ。
「わかった。ジェイクはアルシスの南、三国の境界付近にいるはずだ。少し無茶をして隊を離脱するようだっ
たから、気にはなってたんだ」
「それじゃ、急がないと」
「ああ。ちょうど今、ここからパヴァーヌ湖が見える。その南端で落ち合おう」
「了解。私は本部にそれ伝えてから向かうね」
本部にもう一度繋ぎ、なるべく早く来てほしい旨を伝えると、私は大きめのカバンを一つ背負い、家を出た。
* * * * *
本隊の進行に合わせて滞空するのは、機体の燃料には優しくない。かといって、空を放棄することもできない。
それならばと、私は残る2機と交代で、本隊が進む先で地上に下り、待機することにした。大きな部隊だが、
今はまだ1機いれば十分だからだ。
「これで少しはもつといいのですが」
「いざとなれば補給もあります。しかしそれも無限ではない。先行してる隊長たちは、補給なしのギリギリな
状況すら楽しんでそうですが」
「はは、あり得ますね」
「あなたも本当はあちらへ行きたかったのでは?」
「それは、まぁ。でも副長は隊長に本隊を任されたんですから、自分らは副長と共にいますよ。勝手に行ったら
行ったで、隊長に殺されそうですし」
「あの人は………やりかねませんね」
本隊が大きく見えるようになってきた。ゆっくりとした進軍だが、その歩は確実にシンガを目指している。
そしてそろそろ交代の時間だ。
「次は俺ですね。副長も今のうちに休んでてください。では」
勢いをつけるかのように、一瞬膝を曲げた機体は土煙を上げて空に昇っていった。交代の機体が直上に来れば、
私も移動になる。その頃には本隊は目と鼻の先だろう。
先ほど光の帯が空へ消えていくのが見えた。きっと私たちはそこへ向かっているのだろう。行商人から手に入れ
たという地図を見て、私は今すぐ飛び出したい気持ちを抑えていた。
* * * * *
「はぁ、はぁ、はぁ…」
自分でも驚くくらいうまく滑り落ちたと思った。落ちた先が積もった木の葉の上で、うまい具合にクッション
になってくれたのも好都合だった。それなのに、俺は何故、足を引きずっている?
クッションになったとはいえ、打ち所が悪かった。……違う。
着地、というか受け身に失敗していた。……違う。
走り出した森の中で挫いた。……違う。
部隊を離脱してからのことを思い返すが、この傷は、この痛みはそういうものじゃない。
初めからマークされていた。それも同じ釜の飯を食ったやつらから。演技をしたつもりが、逆に演技をされて
いたのだ。崖の上で彼らがとった行動も、易々と見逃したことも、すべて計画の内だったんだろう。
「捜せ!まだそう遠くへは行っていないはずだ!」
「ちっ。はえーんだよ、ちくしょー」
いったいどこで漏れたのか、思い出すには月日が経ちすぎている。それに彼らは俺の正体までは聞かされちゃ
いないだろう。"裏切り者"。その言葉だけで、追手を差し向けるには十分だからだ。
だがそうとわかっていて、今このタイミングまで俺を野放しにしていたのが疑問だった。
今じゃなきゃいけない理由…。
「……まさか!」
「いたぞ!撃て!!」
「くっ」
追手は3人……、いや4人か。初めに一発、足に銃弾をかすめて以来、撃たれはするものの当たってはいない。
共に訓練してきた元仲間だ。そいつらの顔を見れば、銃の腕なんかもわかる。それが一度も当たらないのは、
妙な話だ。
人に限らず、生き物ってのは追われれば逃げる。だがこの場合、俺が逃げるのは向かう先でもある。弾を当て
られる距離で当てて来ないのは、つまりはそういうこと。仲間と合流したところを一掃しようとしてるのだ。
「はぁ、はぁ…。ここでおとなしく殺された方が……いや。あれをリーダーに伝えるまでは…っ」
俺が兵士として潜入していたのには訳があった。市民として潜伏するヨーキとは別に、リーダーから皇帝の系譜
を調べるよう頼まれていた。懐である城に容易に入れる兵ならば、時間はかかっても、その秘密にたどり着ける
かもしれない、と。
そして俺はリーダーの期待通り、皇帝一族の秘密を知ることができた。それを突き止めたのは最近の話だ。
ひょっとすると、その時点で怪しまれていたのかもしれない。気づいていながら、気づいて……。
「……俺がそれに気づいたから、協定を破った…?」
そんなことあるはずがない。すべては偶然が重なっただけのこと。普通ならそう考えるだろう。だがすでに秘密
を知った俺からすれば、それは必然とも言える。やつは待っていたんだ。己の望む道に必要なピースを。
「俺がここで死のうが、生き残ろうが、やつの掌の上だってか?そんなことさせるかよ。俺たちが、リーダーが
絶対なんとかしてくれる。……ぐっ。あいつら、こっち向かってんのか?せめて追手のことだけでも…っ」
俺は懐に隠し持っていた爆薬を、後ろに放り投げた。彼らは反射的に銃を構えるが、誰も撃とうとはしない。
一人を除いて。
そいつは真面目なやつだった。教えたことは反復してモノにする。俺が教えたことも、余すことなく覚えた。
『飛び出した獲物は迷わず撃て』と。
追手の中にそいつの顔があったことが、賭けに出る要因となった。
通信機は持っていない。しかし大きな爆発が起これば、あいつらも気づくはずだ。それにこの距離での爆発は、
向こうもただでは済まない。その隙に少しでもアルシスへ。
* * * * *
「なんだ!?爆発!?」
「ヨーキ、あっちの森の方!煙が上がってる!」
「ジェイクは通信機を持っていない。とすれば、あれはジェイクが起こした可能性がある!」
「自分の居場所を私たちに伝えるため…?」
「それだけならいいがな。もしかすると、追手がいるのかもしれない。でなきゃ、焚き火でもして狼煙を上げ
る方法だってあったはずだ」
「急ごう!」
「ああ!」
俺たちが煙が上がっていた付近に着いた頃には、もう日が沈みかけていた。俺の予想通り、ジェイクに追手が
ついてるとして、やつらはまだ周囲にいるのだろうか。ここは森の中だ。フォルテ大森林ほどとはいかずとも、
夜行性の獣は多い。ヘタに身を隠せば、逆に危険となることも知っているはずだ。日没でおとなしく引き下が
ってくれるといいのだが。
「くっそ、どこにいやがる」
「ヨーキ、これ以上は私たちも…」
「わかってる!わかってるが、ここまで来て見つからないとなると、あるいは」
「変なこと言わないで!」
「……悪い」
余裕がないのは確かだった。迫りくる日没。見つからない同朋。潜んでいるかもしれない追手。さらにはこれ
までずっと気を張り続けていた疲労が、俺たちを襲っていた。
「ねぇ、ジェイクはきっとアルシスに向かってたよね?」
「だろうな。俺もジェイクも休暇を取って、アルシスへ抜ける道をいくつか調べていたわけで……。そうか!」
「うん。あの爆発に気づいた時は、私たちはミウジック山脈沿いにいて、そこから直進してきた」
「ああ。確かにここら辺からだと、アルシスはもっと向こうだ」
「……行くよね?」
「当たり前だろ」
これからの時間、俺たちの身が危ういのは間違いない。それでも行くのは、今一人でいるジェイクの方が危険
だからだ。傷でも負っていようものなら、なおのこと。
リーダーは迎えを寄越すと言ってたらしいが、どのみち日が昇るまでは仲間も俺たちを見つけることはできな
いだろう。だから完全に日が落ちるまでが勝負だ。
「いた!ヨーキ、あそこ!」
「お前が行け!もし追手が来てるなら、ここも危ない!」
メリスの先導で、アルシスへ向けて一直線に向かっていた。俺たちの狙い通り、ジェイクはその途中で見つか
ったが、茂みに隠れるようにして倒れ込んでいた。俺は追手の可能性を捨てず、周囲に気を配りながら徐々に
ジェイクに近づいていった。
「どうだ?」
「右足を撃たれてる。それと左腕も。腕の方は貫通してる…」
「とりあえず止血だ。血はまだ固まってないんだろう?」
「う、うん…。でもこのままじゃ…」
「夜が明けるまでの辛抱だ。こいつだってわかってるはず。きっと頑張ってくれる」
とは言ったものの、状況は厳しかった。ジェイクはなんとか一人で止血を試みたようだが、倒れていたところ
を見ると、途中で力尽きたようにも見えた。辛うじて呼吸はしているが、それも朝までもつかどうか…。
「……おい、メリス。何をやってる?」
「持ってきたこれなら、きっとカデンツにも届くはず。そうじゃなくても、向かってる人にくらい…っ」
「やけにでかいカバンだと思ったら、そんなもの持ってきてたのか」
「何もできないまま仲間を看取るだけなんて、私はできない!」
「……朝まで待てないなら、見つけてもらうしかないか。頼む、届いてくれ!」
* * * * *
私はここに残ることを決めた。ティングのように俊敏でもなければ、ファルのように羽ばたくこともできない。
一度は他の者と同様に外に出てはみたのだが、結局はここに戻ってきてしまった。
またあの子に会うために、私たちはその一部を身に宿し、長い間生きてきた。それは私たちを作った彼の願い
でもあったし、この星のためでもあった。今ではそれを知る者も、あの子のことを知る者も少ない。
『お待ちしておりました』
生物とは違う足音、気配。またこの場所に獲物が迷い込んだのかと、初めは思った。しかしその中の一つに、
妙に懐かしいものを感じた。これまではその上から、側面から忍び寄り我が贄としていたが、その者を前にし
て、私はようやく肩の荷が下りたような感覚に陥った。
ずっと、ずっと待っていた。あの頃と変わらぬ姿で現れ、懐かしさで瞼が熱くなる。すべての記憶は戻ってい
ないようだったが、それも直に思い出すだろう。ティングがきっかけを与え、導くのは私。残りはあとの者に
託す。それが彼との約束であり、我々の誓い。あの子の生まれた意味を、存在する理由を、共にいる人間たち
は理解してくれるだろうか。
その日はもう近い。だが今のあの子は迷ってしまうかもしれない。それでもなすべきことは、なさねばならぬ
のだ。人の手によって作られた私たちのように。
『私はここで。この先は一本道です。"崩壊を望む者"があなた様の道を阻んでくるでしょう。どうか、お気を
つけて。お会いできて、嬉しゅうございました』
何も答えないのは、共にいる人間たちに知られたくないのか、まだ半信半疑なのか。それでも目が合った一瞬
とその笑みで、音にならないその言葉で、私はようやく報われた気がした。
私たちの中で一番幼かったティングは、あの日々に鍵をかけた。彼はそうすることで、生き続けることを第一
とし、そして旅立った。役目を果たした。だから私もそろそろ参ろう。
願わくば、もう一度名を呼んでほしかった。
満面の笑みで"ヴェント"、と…。
M-6.5 "灯火"