top of page
Re ; birth code 

声劇×ボカロ_MDV-M

第1章  Break my fate
――――――――――――――――――――

第4.5話 《 満ち欠けの日 》
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

【登場人物】

 

 ジェイク     19歳
どこの国にも属さない地下組織"オーバード"の一員。
ジーグ帝国の兵として潜入中だったが、離脱を試みる。


 ヨーキ      21歳
ジェイクと共に帝国に潜入していた"オーバード"の構成員。
担当は街の方だったため、ジェイクの巡回時にやり取りをしていた。


 メリス      23歳
帝国に一番近い共和国領、アルシスにいる"オーバード"の女性。
緊急時の伝令役として待機中で、時々バカンス。


 ノール・アンバーテイン   20歳
帝国の特殊空戦部隊"マッドギア"の副長。
本隊第二陣の支援のため、他2名と共に森側の上空に展開中。

 


 スティンガーウルフ
サソリの尾を持った巨大な狼で、実在しないと思われていた怪物。
麻痺毒を出す尾だけでなく、爪や牙も脅威。

 -------------------------------------------- 
| SSG-AX01、SSG-MG01 (エスエスジー エーエックス ゼロワン) (エスエスジー エムジー ゼロワン)           |
|                                            |
|ジーグ帝国スカイシェル、アルアクロス(マッドギア)所属1番機(隊長機)。          |
|シェルはヒューマノイド開発の派生で作られた戦闘兵器で、これらは空戦に特化している。   |
|基本的に人が操縦するよう設計されたものだが、ヒューマノイド用も開発済みとの噂がある。  |
|                                            |
 -------------------------------------------- 

【本編】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 


まずいことになった。このことを一刻も早くあの人に伝えないと。
それが最初に思ったことだった。
帝国に一人の兵として潜入して以降、来る日も来る日も訓練ばかりだったせいか、少しは昔よりマシになった
ように思う。でも俺は"オーバード"の人間で、街の方を担当しているヨーキとの連絡も欠かしたことはない。
潜入している間、それが一度もバレなかったことは奇跡といっていい。

 

「おいおい、兄ちゃん。そんなに慌ててどこ行くんだい?」
「ヤバい!見つかっ……って、あんたか。びっくりさせんなよ」

 

俺はいつものように隊舎を抜け出し、事前にヨーキと交わしていた待ち合わせ場所へ向かっていた。
が、その途中で声をかけられたもんだから、巡回中の兵に見つかったと思ったのだ。

 

「……あんた、酔ってんのか?」
「いやぁ、今夜は最高だったぜ。なんかめでたいことがあったとやらで、城から俺たちにも酒が振る舞われた
 んだ。二度と飲めないぜ、あんな上物」
「めでたいこと?そうか、城の連中はそう捉えるんだな」
「なんだよ、何かあったのか?」
「実は……」

 

俺はヨーキに、ウチの隊長から聞いた話をそのまま伝えた。

 

「なに!?それは本当か!!」
「しーっ、しーっ!大声を出すな!」
「くっそ、いい気分で酔ってたってのに、冷めちまったじゃねえか。で、どうする?」
「あんたには今夜中にでもアルシスに向かってもらいたい。緊急事態だ。メリスに通信を飛ばすべきだろうが、
 軍とは周波数が違うからすぐに足がつく。せめて国境を越えてからじゃないと」
「国境か…。なら向かうのは北側だな」
「ああ。まずはシンガって話だし、向こうならアルシスも近いからな」
「問題は検問所か。行商人を装っていくのもありだが、そうなると馬車がいる。急いでる以上、森へ入って
 人目につかなくなったら一気に行きたい」

さっきまで酔っていたとは思えないほど、的確な意見をぶつけてくるヨーキ。
彼と話しながら、ずっと周りを警戒していたが、今もまだ酒を酌み交わしているのだろう。陽気な声がいたる
ところから聞こえていた。

 

「これを」
「ん?これは?」        
ならずのすず
「リーダーから預かったものだ。不鳴鈴というらしい。俺も詳しくは知らないが、森で困ったら鳴らせと。
 まぁ、こうやって普通に鳴らしても、カラカラとしか聞こえないんだが」
「森で鳴らしたら綺麗な音が出るとか?」
「そんな限定的なものなのか?一応不用意に鳴らないように、箱にしまわれているが」
「鳴らせってことは、箱から出してってことだよな?」
「そうだろうよ。リーダーのことは信じてるが、万が一ということもあるからな。残念ながら一度も試した
 ことはない。他の隊員に気づかれる可能性もあったしな」
「使わないに越したことはないってことかもな」

 

鈴がしまわれた小箱をヨーキは受け取る。怪訝そうな顔をして。
戦が始まる前夜だ。街がそれを知らずとも、あまり長居するわけにもいかない。

 

「それはそうと、お前はどうするんだ?」
「俺は明日、隊から離脱する」
「できるのか?」
「……きつい訓練ばかりだったからか、逃げ出す者がいないよう、遠出の時は点呼を取ることになってる。
 本当は今すぐにでもあんたと行きたいが、怪しまれて追手がかかっても面倒だ」
「まぁ、そうだな」
「だから山越えの際、事故に見せかけて離脱を図る。足を滑らせて落ちたとかにすれば、それを証明する
 やつらは目の前にわんさかいるしな」
「ケガも覚悟の上ってわけか」
「そういうことだ」

 

話は済んだ。俺はもう隊舎に戻らないといけない。それを聞いたヨーキは、馬を調達してすぐに発つと言って
くれた。
不安はある。だがたとえ自分の離脱が失敗に終わったとしても、ヨーキがいる。他力本願みたいだが、今は
信じるしかない。ヨーキが無事に国境を越えてくれることを。

* * * * *

「メリスちゃーん。電話だよー」
「はーい。今行きまーす」

 

初めはなんでこんなところに。そう思っていた。
アルシスは帝国との国境に近いパヴァーヌ湖の畔にある小さな町。自然が豊かで、清々しいくらいに何もない。
都会育ちだった私にとって、退屈な毎日になるだろうと思っていた。
でも町の人たちはみんな優しいし、他所から来た私を歓迎してくれた。滞在中には首都の方でも記事にされた
とかで、人気スポットとして観光客が増えたみたい。

 

「はーい、メリスでーす」
「やぁ、お嬢さん。ちゃんと仕事やってるかい?」
「リ、リーダー!?や、やってますよ!!」
「へぇ。電話口じゃ随分と楽しそうな声がしてたけど」
「あ、あはは。何言ってるんですか、もう」

定時連絡は朝と夜の二回。もちろん欠かさずやっている。でもそれ以外は好きにしていいだろうと、最近サボり
気味だったのも事実。だってまさか向こうから連絡が来るなんて思わないじゃない。

 

「何かあれば一番にお前のとこに飛んでくるはずだ。王国にも帝国にも近いアルシスならな」
「わ、わかってますとも!」
「頼むぞ。お前の判断力を買って、そこに置いてるんだからな」
「……それを最初に言ってくれなきゃ」
「あれ?なんか言った?」
「いいえ!なんでもありません!」

 

この人を怒らすと怖いことは知っている。それでも一つの組織をまとめ上げるだけの力と信用があるから、志を
共にする人たちが集まってくる。私もその一人。その判断が正しかったのか、それは今でもわからない。だけど
このまま平凡に時を過ごしていいものかと考えていた頃、出会ったのがこの人だった。何よりちゃんと私のこと
を見て、重要な拠点を任せてくれている。そこは素直に嬉しい。

 

「帝国側に不穏な噂がある。ジェイクとヨーキが国境を越えてくるはずだ。彼らのためにも、なるべく通信機
 の前にいるんだ。いいな?」
「はい!」

 

そうして電話は切れた。とは言うものの、四六時中部屋にいるなんてできない。私には無理。
通信なんてそうそう入らないとわかっているから、私はまた外へ飛び出す。

 

「おじさーん!今日は私、お昼から飲んじゃいたい気分!」

* * * * *

「我々は本隊第二陣に配備された!第一陣との間にLSがつくため、これらの山越えを援護することにもなる!
 轟音が響く中の進軍になるだろうが、しっかり連携を取れば問題ない!いつもの訓練を思い出せ!」

 

髭面の隊長がやけにキラキラしていた。それもそのはず。何度も言うが、毎日訓練の繰り返しで実戦なんて
皆無だった。そんな中ようやく訪れた好機。長年国に仕えてきた身ともなれば、嬉しさはひとしおだろう。
だが今日この隊を抜ける俺にとっては、どうでもいいこと。それよりもいい話を聞いた。
まず本隊の後方に配備されたこと。そして第一陣との間に、LSがつくってことだ。
LSってのは、Land Shell。つまり地上用二足歩行型の戦闘機械のことだ。機動力は空のSSに振られているから、
対するLSは火力重視になっているらしい。結果、二足歩行とはいえ鈍重なため、高低差のある場所を越えるに
は、少々苦戦するというのだ。
隊の前にそれらがいることで、混乱に乗じて演技をしても、怪しまれる可能性は低いといえるだろう。

 

「小隊長は点呼を忘れるなよ!……よし、行くぞ!!」

 

本隊の第一陣が帝都を発ったのは早朝のこと。次いでLS部隊。俺たちの第二陣が発つ頃には、すっかり日が高く
なっていた。それだけでも大規模な作戦だとわかる。
ふと思った。今頃あいつはどうしているだろう。どこまで進むことができただろう。
昨日は事態が緊急だったこともあり、最近掴んだ情報をヨーキに伝え損ねていたことを思い出した。だから
あいつだけでも、とはいかなくなった。何が何でもこの情報を持ち帰らなくてはいけない。そのためにも、離脱
するタイミングをしっかり見極めなくては。
俺は士気を上げようと周りに合わせて声を発すれど、だんだんと近づいてくるミウジック山脈を前に、一人身を
震わせていた。

* * * * *

「まぁ、そうだよな」

 

予想通りだった。昨晩、運よく足の速い馬を捕まえることができたまではよかったが、森の外れから北側の国境
付近の様子を探っていると、次々に兵がやってくるのが見えた。
協定を破ってまで戦争をしようとする国だ。世界中を敵にまわすとなれば、オブリガード側も警戒を強める
のは当然のこと。

 

「さて、どうしたものか…」

 

このまま待っていても、ただ兵が増えていく様を見るだけで終わりそうだ。そうなれば、完全に詰み。
俺にできることは限られている。
一人でも行商人のフリをするか。いやこの森を一人で抜けてきたってだけで怪しまれる。
ならば制止する兵を振り切って、無理やり突破するか。……これもダメだ。すぐに囲まれるに決まってる。
あとは…。

 

「そういえば…」

 

何かないかと方法を探っていた時、昨晩のことを思い出した。と同時に懐にしまっていた小箱を取り出す。
それはリーダーがジェイクに預けたというもの。中には鈴が一つ入っている。困った時に使え、と。
半信半疑で、俺は小箱から鈴を取り出し、鳴らしてみるも、カラカラと乾いた音がするだけ。

 

「……やっぱこれ、壊れてるんじゃないか?ったく、ジェイクのやつ」

俺たちが帝国に来てだいぶ経っている。その間にジェイクが誤って壊してしまった。さらにその壊してしまっ
たことを忘れたまま、俺に渡してきた。理由としてはそんなとこだろう。
頼みの綱も断たれ、いよいよ打つ手がない。いっそのこと何か騒動が起きれば、その隙に駆け抜けてやるのに。
そんなことを思っていると、急に背後から大きな影に覆われた。振り返ると、そこにいたのは…。

 

「はぁ、はぁ、はぁ。そこをどけ!!」

 

選択したのはプランB。強行突破。ただし俺はすでに追われている身。
振り返った先にいたのは、巨大な狼だった。あんなもの、見たことがない。俺は驚いて、反射的に馬に鞭を
入れた。するとあろうことか、その化物は追いかけてくるではないか。俺はもちろん、それには馬も驚いて、
必死に逃げる始末。止まればヤバいと馬もわかっているのか、ただひたすら一直線に走っていた。
その先はどこか。決まっている。兵たちが集まってきている国境だ。

 

「どけどけ!!」
「何者だ!止まれ!!」
「無理だ!!お前たちにはアレが見えないのか!?」
「小隊長!!!」
「な、なんだアレは…!?」

 

静かな森は一変した。突然の来訪者に、兵たちは恐怖し、中には逃げ出す者もいた。
だが多くはあまりの恐怖に、その場に立ち尽くしかなかったようだ。

 

「ぎゃああああああ!!!」
「やめろ…。く、来るな…っ!!」
「ひいいいいいいいいいっ!!!」
「早く逃げろ!!」
「落ち着け!一ヶ所に固まるんだ!!」
「うわああああああああっ!!」
「嫌だ嫌だ!死にたくない!」

 

あちこちからいろんな声が聞こえてきた。統率の取れてない軍隊ほど、惨めなものはない。それがよくわかる
状態だった。化物の方も、森を出ていきなり人間の集団がいたものだから、少し理性を失っているようにも見
えた。かと言って、擁護する気はまったくない。すでに何人かが犠牲になっていたからだ。
俺も逃げ惑う兵たちと一緒に……とはならなかった。予定とはだいぶ違ったが、混乱は起きたし、そのお蔭で
国境は難なく突破できた。あとはもうしばらく走って、どこかで馬を休ませるとしよう。俺も一息つきたい。

 

「しかしなんで急にあんなものが…。あ」

 

逃げることに必死で握ったままだった鈴。結局何の意味があったのか分からずじまいだが、リーダーからの
大事な預かりものだ。試しにもう一度だけ振り、カラカラと鳴ったのを確認して、小箱にしまった。

* * * * *

「あなたたち聞こえましたね。我々3名はこのまま本隊に合流します。以後、別命あるまで待機」

 

隊長と第一陣についてた6名とは、これより別行動となる。隊長と共に行けないのは残念だが、副長である私
を信頼してとのことであれば、それはそれで嬉しいものだ。
我が隊"マッドギア"の駆る機体は、空での任務が主だ。上空から状況がわかるのは、戦場において非常に重要
なこと。今も部下二人に待機と命じたが、引き続き警戒任務も同然だった。

 

「副長」
「どうしました?」
「先ほどから無線に妙な声が混じっていまして。何やら悲鳴のようなものも」
「場所は?」
「北側の詰所からのようですが、こちらから呼びかけても応答がなく」
「確かに妙ですね」

 

隣国オブリガードに続く、もう一つの検問所がその場所だ。昨日の陛下のお言葉を受けて、あちら側にも人員
を増やしたと聞いていたが。

 

「何か騒動が起こっているのかもしれません。ここからではわからないため、断定はできませんが」
「わかりました。私が様子を見て来ます。あなたたちは陛下のお傍に」
「はっ!」

 

歩けば半日かかる距離も、この機体と共になら10分といったところか。事態は急を要するかもしれないが、
進軍初日にいたずらに燃料を消費することは避けたかった。事が不確定なら尚更だ。
もし騒動が起こっているなら、何かそれを証明するようなものが見えるだろうと、私は高度を落とす。森の端と
山沿いの間の草地を辿るように北に進んで行くと、詰所のある場所に近づくにつれて、そこから逃げるように
走っていく兵たちの姿が確認できた。

「いったい何が…?」

 

その答えはすぐに判明した。
もう間もなく直上に到着するという時、機体に何かがぶつかった。下ばかり見ていたせいか、油断していたのも
あったが、それ以上に衝撃的だったのが、ぶつかったものの正体。視界の端に映ったのは、落ちて行く血まみれ
の兵だった。
そして眼下に広がっていたのは、凄惨な現実。記憶に新しいそれが、逃げ惑う兵たちを次々に襲っていた。

 

「あれはこの前の…!」

 

ヴィンセントとイゾラ、可愛い部下二人に傷を負わせ、その存在感を脳裏に焼き付けた怪物。空から見ると、
改めてその大きさがわかる。どれだけ人間が束になろうと、奴からしたらゴミくず同然。それほど私の目には
大きく映った。
先日と同じように、私が兵たちと同じ"人の身"ならば、やはり逃げるしかなかっただろう。だが今は臆すること
はない。私は空を飛び、固い殻に覆われた戦闘兵器に乗っているのだ。そして制するだけの力も持っている。
私は兵たちに当たらないように、彼らの隙間に銃弾を叩きこんだ。その音で私の存在に気づいた兵たちは、自然
と奴から距離を取った。

 

「そうです!これで!!」

 

奴の周りに兵はいない。それがわかった時点で、私は奴に銃弾の雨を降らせた。やつもこちらに気づいて躱して
いくも、後を追うように何度も何度もトリガーを引いた。
森に逃げ込まれる前に仕留めなければ。そう思っていたのに、奴はその場を離れようとしなかった。
それならばと、私は急降下する。案の定、奴は飛びかかってきたが、その爪が届く寸での所で私は躱し、巨体
な奴の体目掛けて、横殴りの雨を撃ち込んだ。やつは衝撃で吹き飛び、山肌に体をめり込ませる。
その場は騒然としていたが、歓喜の声はない。様子を窺うだけで、誰一人倒れた奴に近づこうとしなかった。

「何を呆けているのです!」

私は機体から降り、野次馬に成り下がった兵たちを掻き分けて、奴の前に立つ。
驚いたことに、奴はまだ生きていた。瀕死の状態であることに変わりはないが、さすが伝説とまで言われた
怪物だと思った。

 

「寄越しなさい!」

 

私は近くの兵から剣を奪い取り、奴の喉元に当てる。命乞いなんてない。そんなもの、人間という生き物だけ
で十分だ。そうして私は、力いっぱい突き刺した。

* * * * *

どこか懐かしさを感じる音。役目を果たした今、もう未練などないと思っていたのに。
それは少し前にも聞いたことのある音だった。どれだけ遠く離れていても、そこに向かうことが全てかのような
気がして、森中を駆け回ったのを覚えている。
今回もそうだ。音の出所を求め、たどり着いた先に出くわしたのが、一頭の馬と一人の人間だった。だが知らな
いやつらだ。今回も無駄足だったかと、森へ消えようとした時、またあの音が聞こえた。何度も、何度も。振り
返ると、馬と人間は姿を消しており、離れて行く蹄の音がそれと一緒に聞こえた。

 

『待て!!』

 

届かぬ声は唸り声となり、後を追う姿はまさに狩り。この先に人間が集まっているとわかっていても、足を止め
ることはできなかった。
そして気づけば囲まれていた。この姿を見て怯え立ち尽くす者、必死に逃げようとする者。多くの人間の感情が
狭い場所で渦巻いていた。
初めから争うつもりはないのに、武器を向けられてはそうも言ってられない。理性よりも、獣としての本能が
体を突き動かし、鬱陶しささえ感じる無力な集団に牙を剥いた。

 

『なんだ!?』

 

雲のない空から突然の雨。初めは一滴が烏合の衆との間に落ち、その後すぐに雨となって降り注いだ。
危険を感じなんとか躱すも、大地に穴を穿つほどの雨は、何度も降り注いだ。
これまで積み重ねてきた業が招いたのか、見たことのない異形なそのシルエットは、逆光の影響もあり悪魔の
ようだった。

 

『くっ…。俺は見届けることもできないのかっ!』

 

このままではいつか殺られる。役目を終えたら、命は絶たないまでも、その日まで平穏に過ごすつもりだった。
そしてあいつらと共に、この星の行く末を見届けようと誓った。
……あいつら?
ずっと独りだった。己に課せられた役目以外に、大切だと思えることなどなかったはずだ。
それが頭に過ぎり、一瞬動きを止めてしまう。すると空の悪魔は、急降下してこちらに向かってきた。好機。
今飛びかかれば、この爪で地面に叩き落すことができると思った。リーチはこちらに分がある。

 

『ぐあっ!!……がはっ!!』

 

爪が当たる直前でベクトルを変えた悪魔は、腕にある塊から雨を弾き出す。それをモロに喰らってしまい、
森とは逆の岩壁に吹き飛ばされてしまった。
体は……動かない。意識は……まだある。が、それも時間の問題。自分の体だ。自分がよくわかる。
遠のく意識の中、またあの音が聞こえた。痛みと死への恐怖で、なんとか繋いでいた糸が解かれていく。心が
安らぐ。一方で消える時間が加速する。

 

「まったく、アレを喰らってもまだ生きているとは」
「アンバーテイン副長、こいつは…?」
「最近、この辺りで立ってた噂の主です」
「ではあの伝説の…!」
「ええ。でももう虫の息。そこのあなた!それを寄越しなさい!」

 

ただ見ていただけの者から得物を奪い、一人の人間が近づいてきた。怯えた様子は微塵も感じられない。
息も絶え絶えなこの化物に、その喉元に得物を突きつけた。
抵抗する力は残っていない。覚悟を決め、目を閉じる。脳裏に浮かんだのは、忘れていた日の出来事。
ああ…。こんな状態になって、ようやく思い出した…。

 

「すぐ楽にしてやる」

 

アレは…。あの音は……。
ザシュッ。

 

「……死んだか。……各小隊長は被害を報告!帝都に伝令を出し、一部始終を伝えるように!それから逃げ出
 した兵たちも呼び戻すのです!」
「は、はい!ですがアンバーテイン副長、小隊長も何人か犠牲になったようで、統率が取れるかどうか…」
「そこをどうにかするのが、我が国の軍人です。生存者は至急治療、逝った者は丁重に葬る。ここまで言えば
 あとはわかるでしょう」
「しかし…」
「ならばあなたが隊長代理です。小隊長たちからの報告はあなたにさせればよいでしょう。私は本隊の護衛に
 戻らなければなりません。あとは任せましたよ」
「は、はっ!」


M-4.5 "満ち欠けの日"

bottom of page