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声劇×ボカロ_vol.38  『 glow 』

 


In return for glow

 

 

【テーマ】

 

僕の中の君

 

 


【登場人物】

 

 葉山 美穂(15) -Miho Hayama-
幼い頃からやんちゃだった女の子。
心を表情に出すことが多いが、素直に言葉にできない。

 


 宮野 柊二(17) -Shuji Miyano-
不思議な空気を纏った少年。
美穂以外と話すことはほとんどなく、無表情なことが多い。

 

 

 

【キーワード】

 

・兄妹のように育った二人
・芽生える恋心
・前進と停止と
・「さよなら」

 

 

【展開】

 

・幼い日の思い出。美穂の無邪気な笑顔に救われていた柊二。
・美穂の中で大きくなる柊二の存在。
・忘れていた記憶を思い出す美穂。
・柊二、夕陽を背に消えていく。

 

 

 


《注意(記号表記:説明)》

 

「」 → 会話(口に出して話す言葉)
 M  → モノローグ(心情・気持ちの語り)
 N  → ナレーション(登場人物による状況説明)

 

※ただし「」との区別をつけるため、MおよびNは、:(コロン)でセリフを表記する。
 また“N”の中に心情(M)を含ませることもあり。

 

 

 

 

【本編】

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 


柊二 N:小さい頃から、自分が生きている意味がわからなかった。

 

     なぜ?どうして?

 

     毎日疑問ばかりの日々を過ごしていた。
     そんなとき、無邪気に笑う彼女に出会った。

 

 

 

美穂(幼)「あー、どーしよー?……みほのふうせん…」

 


柊二(幼)「…取ってあげようか?」

 


美穂(幼)「ほんと、おにーちゃん!?」

 

 

 

柊二 N:木の上にひっかかった赤い風船。木登りは得意じゃなかったけど、それでも大丈夫だと思っていた。
     なんとなく、彼女の泣き顔を見たくなかったから。

 

     でも結局、僕が彼女を泣かせてしまった。

 

 

 

美穂(幼)「おにーちゃん!?」

 


柊二(幼)「…って」

 

 

 

柊二 N:風船まであと少しというところで、バランスを崩した僕は、勢いよく地面に落ちた。
     幸い、頭とかは打たなかったけど、目を開けると視界に入る、届かなかった大切なもの。
     手を伸ばそうとして、現れる…。

 

 

 

美穂(幼)「ふぇ…。(泣いて)おにーちゃん、おにーちゃん…えっぐ、うっぐ」

 

 

 

柊二 N:心配して僕を覗き込む彼女の目から、冷たい雨が溢れ出る。
     でもそれは冷たくても、どこか安心するような温かさを含んでいた。

 

 

 

美穂(幼)「(泣いて)ひっく、うっく、えぐ…」

 

 

 

柊二 N:泣き止まない彼女の目じりにそっと手を伸ばす。僕は笑ってみせた。
     すると彼女は、ほっとしたのか、涙で顔を濡らしながら、また無邪気に笑った。

 

     痛みも、僕がここにいる意味も、すべてを癒し、溶かしてくれるようなその笑顔を、僕は…。

 

 

 


* * * * *

 

 

 


美穂 N:あの日、初めて彼に会ってから、私たちは同じ時間を過ごすことが多くなった。

 

     そしていつの間にか私たちは大人になっていく。
     冗談だってすぐにわかるような「嘘」も、涙を堪えるための「強がり」も、届けたい「想い」も、
     すべて口にできるほどには、なったつもりでいた。

 

     近くにいすぎて気づかなかった、彼の存在の大きさを置き去りにして。

 

 

 

美穂 「ねぇ、覚えてる?あの日のこと」

 


柊二 「あの日?」

 


美穂 「うん。私が風船の手を離しちゃって…」

 


柊二 「あー、うん。覚えてるよ」

 


美穂 「あの時はさぁ、私わんわん泣いちゃって。ケガした柊二くんを、私がおぶって帰ったんだっけ」

 


柊二 「…そうだね」

 


美穂 「それから不思議とずっと一緒だったよねー」

 


柊二 「……うん」

 

 

 

美穂 N:ずっと一緒。その言葉で、私は何かが頭を過(よ)ぎる。
     何かとても、とても大事なことを忘れているような気がしたから。

 

 

 

柊二 「…どうしたの、急に」

 


美穂 「え、なにが?」

 


柊二 「そんな話」

 


美穂 「うーん、どうしてだろう」

 

 

 

美穂 N:自分でもよくわからない。
     ずっと私の傍にいてくれた彼と、ふと思い出話がしたくなっただけなのかもしれない。

 

 

 

柊二 「ひょっとして、何かあった?」

 


美穂 「へ?ううん。どうして?」

 


柊二 「いや…」

 

 

 

美穂 N:そう言って彼は黙り込む。

 

     実際のところ、最近あまり学校が楽しくない。
     別にいじめられてるとか、そういうわけじゃないんだけど、何かが足りない。そんな気がしていた。

 

     こういったことは今までにも何度かあった。
     私がふさぎ込んでいたりすると、彼は決まって現れる。
     私の精神安定剤のような彼に、いつの頃からか私は惹かれるようになっていった。

 

 

 

柊二 「……な」

 


美穂 「ん?」

 


柊二 「……ふぅ」

 

 


美穂 N:また、だ。

 

     眉間に皺を寄せて、遠くを見ている彼。
     声をかけたくとも、かけられない雰囲気。手を伸ばしても届かないんじゃないかという不安。

 

     そしてこんな時、いつも彼のポケットから現れるガラスの小ビン。
     彼はそれを夕陽に翳(かざ)す。
     小ビンにすっぽり収まったように見える真っ赤な夕陽を見て、彼は笑っていた。

 

 

 

美穂 「まだ持ってるんだね」

 


柊二 「……まぁね」

 

 

 

美穂 N:彼と話したい、もっと声を聞きたいのに、会話はいつも続かない。
     だから私はたまたま目に入った物に触れる。

 

 

 

美穂 「ねぇ、いつも絆創膏つけてるよね。そんなにケガすること多いの?」

 


柊二 「え、あ…。これは…。うん、そんなとこ」

 


美穂 「痛い?」

 


柊二 「…うん。いたいよ」

 

 

 

美穂 N:彼のこの言葉の本当の意味を、私が知ることはなかった。

 

 

 


* * * * *

 

 

 


柊二 N:ずっと傍で見守ってきた。
     彼女の存在が、自分を形作ってきた。
     そう断言できるほど、僕の中で彼女はとても大きなものだった。

 


     あの日から――。

 

 

 

柊二 「はい」

 


女の子「ありがとー、おにーちゃん!」

 

 

 

柊二 N:思わず持っていた風船を離してしまった女の子。
     ちょうど通りかかった僕が、その子の元へと風船を返す。
     笑顔でお礼を言ってきた女の子が、幼い頃の彼女とダブって見えた。
     懐かしくて、笑みがこぼれる。

 

 

 


 + + + +

 

 

 


美穂 「え、もう帰るの?」

 


柊二 「なんで?ダメ?」

 


美穂 「いいじゃん、もうちょっとお話しよ」

 


柊二 「……うん」

 

 

 

美穂 N:涙が出そうなくらい綺麗な夕陽。
     その光に当たる彼の後姿が、とても寂しそうで儚く見えて、私は彼を引き止める。
     背中から抱きつき、まるで彼の存在を確かめるように。

 

 

 

柊二 N:なんとなく。最初はそうだった。
     彼女が成長していくにつれ、いつか忘れていたことを思い出すんじゃないかと思っていた。
     僕にとってそれは――。

 


     僕にはもう、あまり時間は残されていない。

 

 

 

美穂 「どうかした?」

 

 

 

柊二 N:顔を覗き込んできた彼女。
     ふとポケットに手が触れたとき、僕はすべてを察した。

 

 

 

柊二 「…そうか。もう…」

 

 

 

柊二 N:ポケットにあったはずのそれは、もう僕の物じゃなくなっていた。

 


     あれは彼女の――。

 

 

 


* * * * *

 

 

 


美穂 「……どうして、これが?」

 

 

 

美穂 N:彼に抱きついて、私のポケットからころころと出てきた物。それは彼が持っていたはずの小ビン。
     手にすると、欠けていたピースがはまったかのように、私の記憶の奥底をノックする。

     あの日――。

 

 

 


 + + + +

 

 

 


美穂(幼)「あー、どーしよー?……みほのふうせん…」

 


柊二(幼)「…取ってあげようか?」

 


美穂(幼)「ほんと、おにーちゃん!?」

 

 

 


 + + + +

 

 

 


美穂 N:あの日、私は風船を木にひっかけてしまい、泣きそうになっていた。
     そこに現れた彼。その彼はあの時、どうなった?

 

 

 

柊二 「…ほ。…うした…?」

 

 

 

美穂 N:どうして?彼の声がはっきり聞こえない。

 

     だってあの時の彼は、今ここに…。

 


     刹那、私の中から消えていた記憶が蘇った。
     あの日、風船を取ろうとして木に登った彼は、バランスを崩して落ちた。
     そしてそのまま――。

 

     たくさんの花やお供え物の前で、呆然と立ち尽くす私。
     何度も夢に見ていた、彼が落ちるその瞬間。

 

 

 

柊二 「……美穂」

 

 

 

美穂 N:今度ははっきりと聞こえた。
     顔を上げると、そこにはいつもの彼。でも彼は本当はもう…。

 

     私の体は、彼の傷跡で溢れていた。だから前に進めなかった。
     彼を失うことが怖くて、一緒にいることが当たり前で。
     だけど、目の前の彼が幻なんだとわかった今、早く消えてほしいと願った。


     誰でもいいから消して。
     私が彼に抱いた想いも、すべて。

 

 

 

柊二 「美穂…」

 

 

 

美穂 N:私は小ビンを割ってしまおうと、腕を振り上げる。でも…。

 


     涙が止まらない。
     現実から目を逸らし続けていた自分の愚かさと、それでも傍にいて見守り続けてくれた彼の優しさ。

 

     幻だとわかっているのに、ねぇ、どうして?
     どうして今あなたは、こんなにも私をきつく抱きしめてるの…?

 

 

 

柊二 「……ごめん」

 

 

 

美穂 N:私に溶け込んだ彼の想いが伝わってくる。
     すべてをなかったことにしないでと、彼が言っている。

 

     私はどうしたらいいかわからず、ただ俯くしかできなかった。

 

 

 

柊二 「……」

 

 

 

美穂 N:彼は立ち上がり、私に背を向けて歩いて行く。
     振り返ると、さっきまで綺麗だと思っていた夕陽が、まるで飲み込まれそうな感じで。
     きっとこのまま彼を連れ去って行くんだと、溶かして夜になるだけなんだと、私は思った。

 

 

 

美穂 「…っ、待って!!」

 


柊二 「ありがとう」

 

 

 

美穂 N:いつの間にか彼の手に渡っていた小ビン。
     彼がその栓を開けると、彼はゆっくりと景色に溶け込んでいく。

 

 

 

美穂 「待って!行っちゃヤダ!行かないで!!」

 


柊二 「僕は君が作った幻。君が記憶を取り戻した今、僕の存在価値はなくなったんだ」

 


美穂 「そんなの…っ!だったら記憶なんて戻らなくてよかった!!」

 


柊二 「でもこれでようやく君は前に進めるんだ」

 


美穂 「私は…っ。私はあなたが…っ」

 

 

 

美穂 N:消してほしいと願った想い。
     彼が徐々に消えていくにつれ、私の中の彼が奪われていく。

 

 

 

柊二 「(呟いて)もっと一緒にいたかった」

 


美穂 「あなたが…っ。あなたが…」

 

 

 

柊二 N:彼女にはもう、僕の声は聞こえない。
     消えゆく気持ちを言葉にできず、涙を流し続ける彼女。
     最期はあの日のように笑っていてほしいのに、と思っていた矢先…。

 

 

 

美穂 「………さようなら」

 

 

 

柊二 N:泣きながらも笑顔を僕にくれた彼女。

 

     あぁ、これでやっと僕は――。

 


     消える直前、僕は思い出の赤い風船に小ビンをくくりつけた。
     もう二度と彼女の元を離れないように。

 

 

 

 


≪ タイトルコール ≫    ※英語・日本語から1つを選ぶ

【英語 ver.】


柊二 「 In return for glow 」
   ( イン  リターン フォー グロウ )

【日本語 ver.】

柊二 「 暖かさの代わりに 」

 + + + +

美穂 N:夕陽が見え隠れする雲間を見て、私は涙が溢れだす。
     理由なんて分からず、ただ何かとても大切なものを失った気がしていた。

 

 

 

柊二 「君からもらったのは…」

 

 

 

美穂 N:目の前に転がる小ビンと、その先に浮いている赤い風船。
     手に取ってわかる忘れていた気持ち。

 

 

 

柊二 「君からもらったのは、温かさ」

 

 

 

美穂 N:少しずつ彼が滲(にじ)むそれに、私はぎゅっとしがみついた。

 

 

 

美穂 「ありがとう」

 


柊二 「さよなら」

 

 

 

 


fin...


 

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