top of page

声劇×ボカロ_vol.42  『 Choose Me 』

 


Cannot Choose One

 


【テーマ】

 

素直な気持ちと偽りの言葉

 

 


【登場人物】

 

 山吹 柊哉(25) -Shuya Yamabuki-
果那と付き合って1年。
果那の友達の愛依に徐々に惹かれていく。

 


 坂本 果那(23) -Kana Sakamoto-
柊哉の彼女。独占欲が強い。
柊哉を一途に想うが、愛依と会わせたことを後悔している。

 


 園田 愛依(23) -Mei Sonoda-
果那とは高校からの付き合い。
果那の彼氏とわかりつつも、柊哉を好きになってしまう。

 

 

 

【キーワード】

 

・出会ってしまった二人
・染まる世界 壊れゆく世界
・そばにいたい想いの行方
・Choose Me...

 

 

【展開】

 

・引っ越しの相談のため、果那の元を訪れる愛依。
・果那に付き添ってきた柊哉。徐々に愛依が気になりだす。
・柊哉を好きになった愛依。柊哉を取られたくない果那。
・どちらかを選ばなきゃいけないことに、思い悩む柊哉。

 

 

 


《注意(記号表記:説明)》

 

「」 → 会話(口に出して話す言葉)
 M  → モノローグ(心情・気持ちの語り)
 N  → ナレーション(登場人物による状況説明)

 

※ただし「」との区別をつけるため、MおよびNは、:(コロン)でセリフを表記する。
 また“N”の中に心情(M)を含ませることもあり。

 

 

 

 

【本編】

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 


果那 「久しぶりだね、愛依。元気だった?」

 

 

 

愛依 N:私は引っ越しの相談をするため、高校のときの友達、果那の元を訪れていた。

 

 

 

愛依 「もちろん。果那は?最近どう?」

 


果那 「どうっていうか、ねぇ?」

 

 

 

愛依 N:彼女が視線を後ろに逸らす。そこにいたのは…。

 

 

 

柊哉 「なぁ、やっぱ俺来なくてよかったんじゃ…」

 

 

 

愛依 N:彼女の陰から現れたのは、男の人。
     しばらくやり取りを見て、私はすぐに二人の関係に気づいた。

 

 

 

果那 「ごめんね。相談に乗るって言ったけど、私もこの辺りあんまり詳しくなくて」

 


愛依 「…果那、ひょっとしてその人……」

 


果那 「そ。私の彼」

 


柊哉 「あ。どうも。山吹柊哉です。今日はよろしく」

 


愛依 「あ、はい。よろしく、お願いします…」

 


果那 「なにそんな緊張してんの、二人とも。久しぶりの再会なんだからさ」

 


愛依 「いや、私たちは」

 


柊哉 「初めてだから!緊張して当然だろ!」

 

 

 

愛依 N:妙に息のあった私と彼の反応を、おもしろそうに笑う果那。
     でも私はそれよりも、彼女の言葉にドキッとした。

 

     緊張――。

 

     彼の姿を見たとき、彼と目が合ったとき、言葉にできない感情が湧きあがった。
     初対面だし、そういう意味で緊張していたのは本当。
     でも思わず目を逸らしてしまうほど、私は彼をちゃんと見れないでいた。

 

     だって…。

 

 

 

柊哉 N:彼女を一目見たとき、なんともいえない感覚に襲われた。
     目を離せないというか、ただ純粋に彼女のことをもっと知りたいと思った。
     こんなことは初めてで、自分でもどうしたらいいかわからなくて…。

 

 

 

果那 「柊哉?どうしたの?」

 


柊哉 「…あ、いや。別に」

 


愛依 「……っ」

 

 

 

柊哉 N:果那の声で我に返る。
     果那と話している間、視線を向けると彼女は目を逸らしていた。

 

     そんなに印象悪かったかな?
     なんて余計な心配をしている自分がいて、俺は驚いた。

 

 

 

果那 「じゃあさ、ここで立ち話してもしょうがないし、適当に不動産屋あたってみよう」

 


愛依 「う、うん。そうだね」

 

 

 

柊哉 N:二人の後をついていく俺。
     久しぶりの再会で話が弾む二人だったが、俺が目を向けるのは、
     ついさっき会ったばかりの彼女の方だった。

 

     恋はしちゃいけない。たとえこの気持ちを無視したとしても。
     彼女は果那の友達で、俺には今果那がいる。

 

     だから…。でも…。あーっ、もう…っ!

 


     結局その日、俺は一日中彼女のことを考えていた。

 

 

 


* * * * *

 

 

 


愛依 「あ、柊哉さん。お久しぶりです」

 


柊哉 「うん、久しぶり。よかったね、いいとこ見つかって」

 


愛依 「はい。果那と柊哉さんのおかげですよ」

 


柊哉 「いや、俺は何もしてないよ。あんなこと言ってたけど、ほとんど果那がやってたし」

 


愛依 「そうですよね。わかんないって言いつつも、世話焼きなんですよ、果那は昔から」

 


果那 「ほら、何してんの二人とも。早く片付けちゃおう」

 

 

 

柊哉 N:無事に家も決まり、俺は彼女の引っ越しの手伝いをしに来ていた。

 

 

 

愛依 「あ、それはこっちで…。それは、ここで大丈夫」

 


果那 「はーい」

 


柊哉 「愛依ちゃん、これはー?」

 


愛依 「あ、えっと…。って大丈夫ですか!そんな重いの一人で持って!」

 


柊哉 「大丈夫、大丈夫。そのために来たようなもんだし」

 


愛依 「私も持ちますよ」

 


柊哉 「あー、ダメダメ!危ないから、来なくてい…」

 

 

 

柊哉 N:そう言ったのに、彼女は手を伸ばしてきた。
     彼女の手が、俺に触れる。

 

 

 

愛依 「……あ、すいません」

 

 

 

柊哉 N:触れてすぐ、手を引っ込める彼女。その瞬間、彼女はまた俯き、表情は見えない。

 

 

 

果那 「めーいー」

 


愛依 「あ、うん。いま行くー」

 

 

 

柊哉 N:何事もなかったかのように、果那に呼ばれて彼女は離れていった。

 

     ったく、何してんだ俺は…。

 

     まだ会って数えるほどなのに、会えば会うほどに彼女に惹かれていく自分がいる。
     彼女のことを知りたい。彼女に触れたい。彼女と…。

 

     俺の中で自制心が崩れていく音が聞こえた。

 

 

 


 + + + +

 

 

 


愛依 N:顔、見られなかったよね?

 

     友達の――果那の恋人ってことはわかってるのに、どうして?
     どうしてこんなに胸が苦しいの?

 

     会うたびに彼が私の心を埋めていく。
     世界が彼一色になるんじゃないかってぐらい、彼でいっぱいになる。

 

     でもこの想いは絶対に口にできない。
     だってそしたら彼女は…。

 

 

 

果那 「めーいー」

 

 

 

愛依 N:彼女が呼んでいる。会わせる顔なんてないのに…。

 

 

 

果那 「愛依、どこー?」

 


愛依 「(呟いて)……どうすればいいの…?」

 


果那 「どうかした?」

 


愛依 「あ、ううん。なんでもない」

 

 

 

愛依 N:具合悪いの?って聞かれたけど、できるだけ笑顔で、大したことないと装う。

 

     悪いのは身体じゃない。私の、心の問題だもの。

 

 

 


* * * * *

 

 

 


果那 N:愛依の引っ越しも終わり、今日は柊哉と久々のデート。
     映画見て、買い物して、ディナーして。

 

     その帰り道――。

 

 

 

果那 「楽しかったねー」

 


柊哉 「うん」

 


果那 「うん、って何よ。つまんなかった?」

 


柊哉 「いや、楽しかったよ」

 

 

 

果那 N:私が聞きたいのは、そんな定型文みたいな言葉じゃない。
     映画の内容とか、見て回ったお店のこととか、そういうの。

 

     笑って否定したけど、なにかあったのかな?
     あのね、すぐにわかったよ。それ、作り笑いだって。

 

 

 

柊哉 「…なぁ、果那」

 


果那 「なに?」

 


柊哉 「今日、泊まってく?」

 

 

 

果那 N:彼からそんなことを言われるなんて思ってなかったから、私は…。

 

 

 

果那 「え、いいの!?」

 

 

 

果那 N:なんて反応しちゃったけど、すぐにそれが“らしくない”とわかった。
     付き合って結構経ってるのに、なんでいきなり?
     疑問や不安が私をつきまとう。

 

 

 

柊哉 「なんか予定あるなら…」

 


果那 「ううん、大丈夫。じゃあ、行こ?」

 

 

 


* * * * *

 

 

 


果那 「お邪魔しまーすっ」

 

 


柊哉 N:俺は何をしている?

 

     最近あまり眠れなくて、果那と一緒なら身体も心も休まるんじゃないかと思った。
     実際、前にも似たようなことがあったとき、またがんばろうって思えたことがあったから。

 

 

 

果那 「柊哉、ご飯どうする?」

 


柊哉 「そうだなー。よし、たまには俺が作るか」

 


果那 「ホントに?やった!」

 

 


柊哉 N:自分でも随分らしくないことしてるなと思った。
     でもそうでもしなきゃ、なんだか落ち着かなかった。
     どうして、なんて本当はわかってるはずなのに…。
     彼女の存在を言い訳にして、俺は…。

 

 

 

果那 「ごちそうさまー。やっぱり私より料理うまいねー」

 


柊哉 「そうか?割と適当なんだけどな。でもそう言ってもらえると作ってよかったよ」

 


果那 「でもなんかそれも嫌なので、私もちゃんと美味しく作れるようにします」

 


柊哉 「(笑って)はは、よろしく」

 


果那 「あ、片づけは私やっとくねー」

 

 

 

柊哉 N:そういった彼女は、食器を持ってキッチンへ。
     やっぱりこういうのは落ち着く。今夜はゆっくり眠れそうだ、と思っていた矢先。

 

     携帯が、鳴った。

 

 

 

柊哉 「……え?…あっ」

 


果那 「どうかした?」

 


柊哉 「あ、あぁ。いや…。悪い、果那。ちょっと30分だけ出てきてもいいか?」

 


果那 「……え、あ…うん」

 

 

 

柊哉 N:携帯を開き、送られてきたメールを見ると、そこには…。

 

 

 

愛依 『いま一人で飲んでまーす。楽しんでますかー?』

 

 

 

柊哉 N:果那から聞いたのだろう。今日、ウチに彼女が泊まることを。
     嫉妬とかじゃなくて、ただの好奇心みたいなもので送ってきたんだろう、と推測もできた。
     できたのに、俺は…。

 

     言えるわけない。本当は、ずっと君からの連絡を待ってただなんて。

 

 

 


* * * * *

 

 

 


愛依 「え?どうしたんですか?」

 


柊哉 「(息を荒くして)どうしたって…。あー、いや。ほら、もうこんな時間だし、って思って」

 


愛依 「でも今日、果那が…」

 


柊哉 「あいつはウチで待ってる。大丈夫、ちゃんと言ってきた」

 

 

 

愛依 N:その言葉に私は安心した。と同時に少し残念な気持ちになった。
     ダメだ、って自分に言い聞かせて、連絡先を教えてもらってからも、絶対に連絡しないと
     決めてたのに…。なのに、どうして…。

 

 

 

柊哉 「結構飲んでるみたいだし、近くまで送っていくよ」

 


愛依 「大丈夫ですよ。私、こう見えてお酒強いんですから。それよりも」

 


柊哉 「バーカ。だからって今ここで『じゃあね』なんて言えるかっつーの」

 


愛依 「…(少し投げやりで)わかりましたー。じゃあお願いしまーす」

 


柊哉 「じゃあ行こう」

 

 

 

愛依 N:私からも彼女に連絡しておこうと携帯を開く。でも私は開いてすぐに、カバンの中にしまう。

 

     少しの間だけ、ちょっとだけだから。
     ごめんね、果那。この人との時間を少しだけ…。そしたら、もう…。

 

 

 

柊哉 「さ、着いたよ」

 


愛依 「ありがとう、ございます」

 


柊哉 「いいって。俺が勝手に気になっただけだから。じゃあ、おやすみ」

 


愛依 「……おやすみなさい」

 

 

 

愛依 N:来た道を戻る彼。交わした言葉なんて少なかったけど、それでもすごく幸せだった。
     彼の隣を歩いて、気まずくならないようにずっと喋りかけてくれた彼と一緒にいれたことが、私は…。

 

     うん、やっぱりそうなんだ。
     でもね、今日で諦めるよ。ごめんね、果那。
     私の勝手な片想いだから。

 


     その夜、私は小さな幸せを何度も思い返していた。

 

 

 


* * * * *

 

 

 


果那 「めーいー」

 


愛依 「どうしたの、果那。急に飲みに行こうなんて」

 

 


果那 N:お互い何かと忙しくて、せっかく近くにいるのにあまり会えないでいた私たち。
     そう、だから今夜は、女子会!

 

 

 

愛依 「女子会って言っても、二人だけじゃん」

 


果那 「そうだけど!いいの、今日はたくさん話すんだからぁ」

 


愛依 「はいはい、付き合いますとも」

 

 

 

果那 N:本当は彼のことを相談したかった。でも重い空気になるのが嫌で、私はなかなか言いだせずにいた。

 

 

 

愛依 「それで最近彼とはどうなの?」

 


果那 「あー、うん。仲良く、やってるよ…」

 


愛依 「いいなー。羨ましい」

 


果那 「愛依にもそのうちいい人見つかるって」

 


愛依 「そうだといいなー」

 

 

 

果那 N:せっかくの切り出すチャンスを私は棒に振ってしまった。
     私の顔が沈んで見えたみたいで、愛依は再び聞いてきた。

 

 

 

愛依 「……ねぇ、ホントは何かあったんじゃないの?」

 


果那 「え…?……あー、うん…」

 

 

 

愛依 N:どの口が言うんだろう。
     きっと果那を悩ませてるのは、私。
     彼の心に私が踏み込んでしまっていること。

 

     あの日、これが最後と誓ったはずなのに…。

 

     結局会いたい気持ちに嘘をつけず、私は何度か彼と二人で会っていた。
     想いが止まらない。止められない。
     でも彼女を傷つけたくない。

 

     好き。傍にいたい。
     嫌だ。傷つけたくない。

 

     二つの感情が、私を壊していく――。

 

 

 

果那 「ねぇ、愛依。聞いてる?」

 


愛依 「…あっ、うん。なに?」

 


果那 「だから柊哉がね、浮気してるんじゃないかって話」

 

 

 


* * * * *

 

 

 


柊哉 「もう逢うのはよそう」

 


愛依 「……そう、だよね…」

 


柊哉 「うん…」

 


愛依 「ホントに最後にする。だから…」

 

 

 


 + + + +

 

 

 


柊哉 N:だから、何だ?

 

     夢を見た。彼女に別れを切り出す夢。
     いや別れも何も、付き合ってはいないわけだから、意味が違う。

 

     彼女に言い出したくても言えない現実があって、俺はようやく言えたと思っていたのに。
     でもどうしてだろう?こんなにも胸がポッカリ空いた気分になるのは…。

 

 

 

柊哉 「(ため息)はぁ…。やばい、会いたい…」

 

 

 

柊哉 N:俺は履歴に残る彼女の名前を見て、またベッドに横になった。

 

 

 


* * * * *

 

 

 


果那 「だから柊哉がね、浮気してるんじゃないかって話」

 

 

 

愛依 N:その相手が私だということは、まだ気づいてないみたい。
     でもそれも時間の問題。私にはわかる。

 

     帰宅しても、果那と彼の顔が浮かぶ。

 

     その場しのぎというか、いい友達を演じた私。
     きっと大丈夫!信用しなきゃ!なんて都合のいいセリフを吐いた私。
     果那は「そうだよね」って笑ってたけど…。

 

     私は携帯を取って、電話をかける。
     彼に会って、もう最後にしようって言うために。

 

 

 

柊哉 『……もしもし?』

 


愛依 「あ、私です。柊哉さん、今から時間ありますか?」

 

 

 

柊哉 N:彼女から電話。声のトーンは高いけど、どこか無理してるようで。
     会いたいと言われ、俺は外に出る。
     出てすぐに、彼女に電話。

 

 

 

愛依 「……はい」

 


柊哉 「近くまで行くから。家で待ってて」

 


愛依 「えっ、でも…っ」

 


柊哉 「いいから」

 

 

 

愛依 N:確かに今日はもう時間も遅い。でも心配しすぎ。
     来てくれるという安心感が、私をまた引き戻す。
     せっかく決意したのに、心が、揺らぐ。

 

 

 

柊哉 「こんばんは」

 


愛依 「こ、こんばんは…」

 

 

 

愛依 N:こうして会うまでは揺らぐ心を抑えつけてた。
     でも会って、顔を見て、諦めるって決意が消えていく音がした。

 

 

 

柊哉 「…あのさ、俺も話あって」

 


愛依 「………はい」

 


柊哉 「…その、あの…さ…」

 

 


愛依 N:さよならを告げなくちゃいけない。
     私の存在が、あなたを苦しめる。
     わかってる。わかってるけど…。

 

     でも…。

 

     どうして…?

 

 

 

柊哉 「えっ、なんで泣い…」

 


愛依 「……好き、です。あの子のものでもいい。誰のものでもいい。愛して、ます…」

 


柊哉 「……っ、俺…は…っ」

 

 

 

愛依 N:返事なんていらない。今は、彼のすべてが欲しい。

 


     私は彼をベッドに押し倒し、ずっと触れたかった彼の唇に自分の唇を重ねた。
     今夜だけでも、彼の瞳(め)に私だけを映したかった。

 

 

 


* * * * *

 

 

 


柊哉 N:一度始まった関係は、その後もしばらく続いた。
     あの日、俺も彼女も最後のつもりでいたはずなのに、俺を見つめる彼女にいつも意識を奪われる。

 

 

 

果那 「もーっ、またボケッとして!柊哉!!」

 


柊哉 「あっ、おう。悪い」

 


果那 「なんか疲れてる?仕事忙しいの?」

 


柊哉 「ま、まぁそんなとこ」

 


果那 「ふーん」

 

 

 

果那 N:そうして彼はまた携帯を気にしていた。
     気づかないふりして、私は彼の気を引こうと笑う。

 


     でも本当はもう知ってる。

 

     あの日、愛依と飲んだ日、なんだか彼に会いたくなって、彼の家まで行った。
     ちょうど出かけるところで、声をかけようとしたら誰かに電話していた。

 

     まさか、って。

 

     信じたい気持ちがあったのに、私はそっと彼の後をつけた。

 

 

 

柊哉 「果那?」

 


果那 「ねぇ、柊哉。久しぶりにさ、愛依呼んで3人で飲まない?」

 


柊哉 「え?お前デート久しぶりだからって、あんなに楽しみにしてたじゃん」

 


果那 「そうだけど!ちょっと待ってね、愛依に聞いてみるから!」

 


柊哉 「お、おい!」

 

 

 

果那 N:やましいことがないなら、きっと来る。
     けれど私はもう知っている、二人の関係を。
     問い詰めるというより、確認したいだけ。もう一度。

 

 

 

愛依 「こ、こんばんは」

 


果那 「あ、愛依!ほら、こっち座って!」

 


愛依 「う、うん」

 


柊哉 「……迷わなかった?」

 


愛依 「あ、はい」

 


果那 「こうして3人で集まるのも久しぶりだねー」

 


柊哉 「ほんと、急にどうしたんだよ」

 


愛依 「そうだよ。今日デートって言ってたから、びっくりしたよ」

 


果那 「んー、なんとなく?」

 


柊哉 「(半笑いで)なんだ、それ」

 


果那 「はいはい、とりあえず乾杯しよ!愛依、何飲む?」

 


愛依 「えっと、じゃあ…」

 

 

 

果那 N:二人でいるのを見たのは、あの日一度きり。
     私があの日のことを知ってるなんて、二人は思いもよらないだろう。
     だから私はなるべく自然に、でも二人の様子を観察して…。

 

 

 

愛依 「あ、柊哉さん。お代わりいります?」

 


柊哉 「あー、じゃあもらおうかな」

 


愛依 「果那は?」

 


果那 「え?あっ、あー、うん。私も」

 


愛依 「おっけー。すいませーん!」

 

 

 

果那 N:どうしてあの日、愛依の家に行ったの?
     どうしてあの日、二人で会ってたの?

 

     ちゃんと聞けば済む話かもしれないのに、何故だかできなかった。

 

     気にしすぎかもしれない。
     でも二人のやり取りが、妙に自然すぎるような気がした。
     一度そんなことを思ってしまうと、なかなか疑いは消えなくて、行き場のない憎しみが生まれる。

 

 

 

愛依 「はい、柊哉さん」

 


柊哉 「ありがと」

 


果那 「ね、ねぇ!」

 

 

 

愛依 N:急に声を上げて立ち上がる果那。
     変に余所余所(よそよそ)しくならないようにしてたけど、ひょっとして…。

 

 

 

柊哉 「……どうした?」

 


果那 「…あっ、ううん。なんでもない」

 


愛依 「……果那」

 

 

 

愛依 N:あらかじめ事情を知っていたから、私は果那を気遣う………フリ。

 

     ちらっと見た彼の顔。彼氏だからってのもあるだろうけど、心配そうな顔してる。
     でもね。その顔は、どっちの顔?

 

 

 

果那 N:彼の彼女であることに安心していた。
     私は他の人みたいに、そんなことにはならないんだって思ってた。
     でも違った。

 

     結局、私は彼女だけど、彼も男の人。
     そして未来なんてわからない。
     目の当たりにした現実と向き合って、改めて思う。

 


     私は、あなたしかいらない、って。

 

 

 

愛依 N:ダメだとわかってるのに、もう止められない。

 

     ねぇ、私じゃダメなの?

 

 

 

果那 N:私を選んで。

 

 

 

愛依 N:私を選んで。

 


     果那を気遣うフリをしながら、私はそんなことを思っていた。

 

 

 


* * * * *

 

 

 


柊哉 N:こんなことになるはずじゃなかった。

 

     果那は大事だ。でもそれと同じくらい愛依も…。
     何をどうすれば救われるんだろう。
     一人で部屋にいても、二人に対する罪悪感が消えない。
     自分のしたことが悪だとわかっていても、答えが出せずにさまよい続けてる。
     時間が経てば経つほど、胸に突き刺さったナイフが傷を増やしていくようだった。

 

 

 

果那 「……柊哉?」

 


柊哉 「…果那?」

 


果那 「どうしたの?具合でも悪いの?」

 


柊哉 「いや、そういうんじゃないんだけど」

 


果那 「そう…」

 

 

 

柊哉 N:なんとなく、なんとなくだけど、彼女はもう気づいてるような気がした。
     彼女の顔を見て、そう思ったらまた苦しくなる。

 

     悪いのは全部俺なのに…。

 

 

 

果那 「連絡しても返ってこないから、鍵ももらってたし、来ちゃった」

 


柊哉 「(苦笑いして)ははっ、うん」

 


果那 「キッチン借りるね!ほら、カーテンも開けて!美味しいもの食べたら、元気出るって!」

 


柊哉 「ん、ありがと」

 

 

 

果那 N:彼の傍にいたくて来たはずなのに、やっぱり不安になる。
     だから私は私なりに、彼女の特権をフル活用。

 

 

 

果那 「……ねぇ、柊哉。キス、してもいい?」

 


柊哉 「そんなこといちいち聞くなよ」

 


果那 「だよね」

 

 

 

果那 N:そうして私は、彼とキスを交わす。
     でもこんなんじゃ足りない。

 

 

 

果那 「柊哉…。キスして?」

 

 

 

柊哉 N:果那の顔が目の前に。ついさっき重ねた唇も、すぐ近く。
     彼女に求められて嬉しくないわけがない。

 

     俺はそのまま彼女を押し倒した。

 


     それがまた傷を深めることになるとわかっていても。

 

 

 


* * * * *

 

 

 


果那 N:彼と身体を重ねて、安心した時もあった。
     彼の腕の中が大好きだった。温かくて、守られてるようで。

 

     でもあの子は?
     あの子も同じように抱いたの?

 

     不安はどんどん大きくなり、いっそ全て失えば楽になれるのかなって思った。
     彼女を紹介したこと。
     友達のフリしかできなくなったこと。
     この汚れた感情が消えないこと。

 

     裏切ったことは許さないし、許せない。

 

     それに何より、誰にも渡さない。

 

 

 

柊哉 「果那?」

 


果那 「(呟いて)……柊哉は、私の…」

 

 

 

柊哉 N:ふと携帯を開く。そこには一件の通知。

 

 

 

愛依 『今夜、会えませんか?』

 

 

 

柊哉 N:俺は静かに携帯を閉じた。

 

     “あの日出会わなきゃよかった”なんて思っても、もう遅い。
     時は確実に進んでる。どちらか選ばなきゃいけないその時が、近いうちにきっと来る。

 


     わかってる。わかってるのに、俺は…。

 

 

 


 + + + +

 

 

 


果那 「柊哉…」

 


愛依 「柊哉さん…」

 


果那 「大好きだよ」

 


愛依 「愛しています」

 

 

 

柊哉 N:二人の声がこだまする。

 

     ずっと傍にいたい。どちらかなんて選べない。
     二人の傍にいたい。それはいけないこと?

 

 

 

     なぁ、君はどう思う?

 

 

 

 


≪ タイトルコール ≫

 


柊哉 「 Cannot Choose One 」
   ( キャンノット チューズ ワン)

 

 

 

果那 「私を選んで?」

 


愛依 「私を選んで?」

 

 

 

柊哉 N:それでも俺の答えは…。

 

 

 

 


fin...


 

bottom of page