声劇×ボカロ_vol.69 『 Mermaid 』
君はいつだって僕の
【テーマ】
約束の果てに
【登場人物】
大岸 拓海(18)→(25) -Takumi Okishi-
久しぶりに地元に帰ってきた。
変わらぬ景色に、思い出を重ねる。
小浜 凪沙(18)→(25) -Nagisa Kohama-
高校時代の拓海の彼女。
病気を患い、連絡が途絶える。
【キーワード】
・人魚と呪い
・はんぶんこ
・小さな誓い
・いつか、そして必ず
【展開】
・久しぶりに帰省した拓海は、変わらぬ風景に思い出を重ねていた。
・突然の入院に戸惑う凪沙。置かれた状況を呪いと呼ぶも、それでも共にいたいと伝える拓海。
・限られた時間の中で、何度も誓い合う二人。お互いに離れ離れになることを、考えもしなかった。
・たどる記憶の中で、一番最後に思い出したこと。それは――。
《注意(記号表記:説明)》
「」 → 会話(口に出して話す言葉)
M → モノローグ(心情・気持ちの語り)
N → ナレーション(登場人物による状況説明)
※ただし「」との区別をつけるため、MおよびNは、:(コロン)でセリフを表記する。
また本編は“N(ナレーション)”を中心に展開される。
【本編】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
拓海 N:仕事のせいにしていた部分は確かにある。
忙しいを言い訳に、僕はしばらく実家に帰っていなかった。
本当は、帰ろうと思えばいつだって帰れたというのに。
拓海 「この景色も久しぶりだな」
拓海 N:昔よく寄り道していた砂浜。
水平線に沈んでいく夕陽が、あの頃を思い出させる。
あの頃の記憶。
僕の視線の先には、いつだってあの子がいた。
抱えた痛みも、つらいことも、すべてを忘れて海で泳ぐ姿はまるで――。
+ + + +
拓海 「ちょ、何してんの!?」
凪沙 「何って、泳いでるんだよー」
拓海 「それは見ればわかるけど…。いいの?」
凪沙 「んー?何がー?」
拓海 N:聞く耳を持たない。そんな感じだった。
僕らが帰りに海に寄るのは、日課みたいなもの。
海沿いの道は、お互いの通学路だったこともあり、いつしか彼女と同じ時間を過ごすことが当たり前
となっていた。
ほんの少し前までは。
拓海 「人魚みたいだ。……あ」
拓海 N:水しぶきと照らす夕陽で輝く彼女の姿があまりに綺麗で、見惚れてしまって漏れた言葉。
よほどはっきりと口にしてしまったのだろう。
彼女は泳ぐのをやめ、笑いながら振り向いた。
凪沙 「えー?私が人魚?……じゃあ、これは呪いかな」
拓海 N:呪いと口にした声は、その目は、とても寂しそうにしていた。
そこにいたのは、人魚でも何でもない、一人の女の子。
そして僕の好きな人。
凪沙 「……っ、ねぇ…」
拓海 「うん」
凪沙 「…っ。なんで私だけが違うの…?」
拓海 N:顔を伏せ、悔しさを拳に込める彼女を、僕はそっと抱き寄せた。
愛しさを感じてしまったのは不謹慎かもしれない。
彼女が置かれた状況を知ってしまった今となっては。
凪沙 「ぐすっ。ねぇ…」
拓海 「うん」
凪沙 「なん…で…っ」
拓海 N:つい最近まで、彼女は入院していた。今はいわゆる一時帰宅。
彼女にとっても突然のことだったようで、まだ整理がついていないのが見て取れる。
もし僕が同じ立場だったとしたら、なんて考えるまでもない。
凪沙 「ぐすっ、ぐすっ」
拓海 「落ち着いた?」
凪沙 「……っ、ん。ごめん、ありがとう」
拓海 「帰ろう」
凪沙 「…うん」
拓海 N:今彼女に必要なのは、どんなものでもいい。支えになるもの。
この一時帰宅の間も、そしてまた訪れる入院生活においても。
それが"僕"であるように、僕は僕のできることをするだけ。
凪沙 「ねぇ、明日も晴れるかな?」
拓海 「なんで?あ、ひょっとしてまた」
凪沙 「もちろん!拓海とここに来るの、好きだから」
拓海 「…そっか。わかった、いいよ」
拓海 N:本当は控えるように言われてる。だけど嬉しそうな彼女を見たら、叶えてあげたくもなる。
短い間の、彼女にとっての日常を感じられる、大切な時間の一つだと思うから。
凪沙 「ここでいいよ。送ってくれてありがとう」
拓海 「うん。じゃあ、また明日」
凪沙 「また明日!」
* * * * *
拓海 N:彼女の傍にずっといるつもりだった。それは嘘じゃない。
だけど高校を卒業する前、彼女は違う病院に移ることになる。
そこはここから遠い場所とだけ聞かされ、詳しい場所を聞き出そうにも、中途半端な答えが返って
くるだけだった。
拓海 「大人の事情、ってやつだったのかね」
拓海 N:歩道の手すりに背中を預け、僕は空を見上げる。
あれから彼女がどうなったのか、地元のやつらも知らないという。
そればかりか、だいたいが「あー、いたね。そんな子」という始末。
僕が好きだった、ここから見える景色が好きだったという彼女は、もうどこにもいない。
拓海 「……あー、そういえば」
+ + + +
凪沙 「はんぶんこ?」
拓海 「え、今の聞こえた?」
凪沙 「うん」
拓海 N:その言葉の意味がわからず、彼女はキョトンとした顔をこちらに向けてくる。
拓海 「えーっとね。あー、う~ん…」
凪沙 「はんぶんこって、何がはんぶんこ?」
拓海 「えっと……に、肉まん?」
凪沙 「こんな暑いのにどこで買うの?せめてアイスじゃない?」
拓海 「そ、そう!アイス!」
凪沙 「もう遅いよ。それにアイスはお母さんにダメって言われてるし…」
拓海 「そ、そっか。そう、だよね」
凪沙 「それで?」
拓海 「え?」
凪沙 「肉まんでもアイスでもなくて、何をはんぶんこって言ったの?」
拓海 「あ、見逃してはくれないんですね」
凪沙 「ん?うん」
拓海 N:困った僕が珍しいのか、彼女はまじまじと僕の顔を見てくる。
僕には諦める選択肢しかないようだ。
僕が最初に彼女の入院を知ったのは、教室での先生の話。
それからすぐに連絡を取って、可能な限り彼女を元気づけてきたけど、その中で、そして一時帰宅と
はいえ、またこうして彼女と同じ時間を過ごすようになって思ったことが、素直に口から漏れた。
拓海 「えっとね、うまく言えないんだけど」
凪沙 「うん」
拓海 「一人で頑張らなくてもいいと思うんだ」
凪沙 「…?」
拓海 「こっちに帰ってきてからもそうだけど、凪沙さ。僕に迷惑かけちゃいけないって思ってない?だから
前ほどメールしてこないし、我儘も言わなくなった。前は声聞きたいってなって、あれだけ電話もし
てたのにさ」
凪沙 「……」
拓海 「病気になったのは凪沙のせいじゃないし、だからといって、そのままにできるものでもない。僕には
関係ないことって思うかもしれないけど、関係なくないんだよ。体の痛みを僕が代わってあげること
はできない。でも悲しくて一人で泣くより、その悲しさも二人ではんぶんこできないかなって。心の
傷も、二人ではんぶんこしたら、少しでも笑って過ごせるんじゃないかなって」
凪沙 「……うん。うん…っ」
拓海 「だから"はんぶんこ"」
凪沙 「……うん…っ」
拓海 N:彼女は話の途中から、僕の服を掴んで離さなかった。
僕の声が一番近くに聞こえる距離で、だけどその顔は胸に埋めて。
ここまで言ったからには、僕にはもう一つ、彼女に伝えたいことがあった。
彼女の涙を洗い流すように、突然降り出したシャワーみたいな雨が、徐々にメロディとなって僕の
背中を押す。
拓海 「凪沙」
凪沙 「ん?」
拓海 「ゆっくりでいい。後ろ向いてたっていい。僕は凪沙の傍にいるから、だから…。だから一緒に歩いて
いってくれますか?」
凪沙 「…っ!………はい!」
拓海 N:背中を押すメロディだった雨が、祝福の音色に変わった気がした。
誰もいない、二人だけの海辺での誓い。
僕らなら大丈夫。そう強く思った。
* * * * *
拓海 N:まだ陽が高いうちに帰り着く予定だった。
でもここの景色が目に入ってから、懐かしさと後悔……っていうのかな。
あの時伝えたこと、あの時の言葉が間違っていたんじゃないかって思ったら、足が止まってしまった。
もうすっかり陽は傾き、記憶の中のそれと重なる。
+ + + +
拓海 「ねぇ、何してんの?もう帰るよ」
凪沙 「ちょっと待って。……あった!はい、これ」
拓海 「なに?ただの箱じゃん。っていうか、ゴミ?」
凪沙 「違いますぅ。これは玉手箱です。開けたら年を取ってしまいます」
拓海 「えぇ~?」
拓海 N:突然何を言いだすかと思えば…。
もちろんそれは玉手箱なんかじゃない。そんなことはわかってる。
彼女はもしこれが玉手箱なら、僕がどうするか。それが知りたいんだと思った。
拓海 「どうしよっかなぁ」
凪沙 「開けないって選択肢もあるよ」
拓海 「わかってるよ。……ん~。でも僕は」
拓海 N:でも僕は、しわくちゃな君とずっと手を繋いでいたい。一緒に生きていたい。
だから…。
凪沙 「あ」
拓海 「僕が今しわくちゃになっても、好きでいてくれる?」
凪沙 「ふふ。うん。でも近くにいたから、私もおばあちゃんになっちゃうね」
拓海 「じゃあ、一緒だ。二人一緒なら大丈夫」
凪沙 「うん」
拓海 N:一緒に笑って、一緒に泣いて。どんな時も二人一緒なら大丈夫。
不安な時は手を繋いで、互いの存在を確かめ合って。
だけど楽しい時や、嬉しい時は――。
拓海 「あ!」
凪沙 「流れ星!」
拓海 「見た?」
凪沙 「見た!」
拓海 N:僕らはなんだか嬉しくなって、笑顔で海から上がる。
上がった後も、時折夜空を駆ける星の欠片を見ては、また笑みをこぼす。
僕は思った。
悲しいことやつらいことは、はんぶんこ。
でもその代わり、嬉しいことや思い出は二倍にしたらいい。
半分にするにも、二倍にするにも、どっちかが欠けちゃいけないんだ。
凪沙 「なに考えてるの?」
拓海 「んー?いや、こうやって楽しいこととかは、二倍にしたいなって」
凪沙 「私も、同じこと思ってた」
拓海 「はは。なぁ~んだ」
拓海 N:しっかりと彼女の中には僕がいる。彼女が必要としてくれている。
それがわかっただけで、十分だった。
* * * * *
拓海 N:久しぶりの帰省ということもあって、親戚や諸々への挨拶に引っ張り出された僕だったが、それから
解放されて自然と足が向かったのは、やっぱりあの場所だった。
この景色を目にしてから、思い出を一つずつたどって気づいたことがある。
離れ離れになることはないと、ずっと一緒にいるのだと何度も誓いを立て、大丈夫だという妙な自信
に憑りつかれていたあの頃。何故か忘れてしまっていた、彼女との約束。
+ + + +
凪沙 「拓海」
拓海 「ん?」
凪沙 「もし、もしね。いつか離れ離れになる日が来て、お互いそれぞれの道を進んで、それでも足元が見え
なくて立ち止まる時があったとしたら、またこの海で会おうね」
拓海 「なん…で、そんな…こと…」
凪沙 「私、待ってるから」
拓海 「僕はどこにも行かない。ずっと凪沙の傍にいる」
凪沙 「うん、知ってる。でもね」
拓海 「そうだ!せっかく来てるんだから、もっと楽しい話をしよう!」
凪沙 「……うん。そうだね!」
+ + + +
拓海 N:彼女と会ったのは、その日が最後だった。
今ならわかる。彼女は僕の元を離れると知っていたのだと。
連絡も取れなくなって、本当にもう"さよなら"になると知っていたから、"いつか"を願ったのだと。
拓海 「……いつかって、いつだよ…」
拓海 N:急にそんな話をした彼女を抱きしめた時、彼女は少し震えていた。
あの時は、自分が何か彼女を不安にさせてしまったのだと思っていた。
抱きしめることで不安を半分にして、その上で楽しいことで上書きしてやろうと。
でもそうじゃなかった。
どんなに強がっても、あの頃の僕はまだ子供で、想いが強ければ、願えば、ずっと一緒にいられると、
ただそう思っていただけだった。
情けない。今まで忘れていたことも、今になって気づいたことも。
拓海 「またこの海で会おう、か」
拓海 N:待ってても彼女は忘れてるかもしれない。ひょっとしたら、もう結婚だってしてるかもしれない。
だけど最後に交わした約束を思い出した今、僕にできることは――。
≪ タイトルコール ≫
拓海 「君はいつだって僕の」
+ + + +
拓海 「何してんの?」
凪沙 「何って、泳いでるんだけど?」
拓海 「それはわかるけど。だからって服のままで」
凪沙 「えー、いいじゃん。ほら、拓海も来なよ!」
拓海 「ちょっ!うわ…っ!」
凪沙 「ねっ?気持ちいいでしょ?」
拓海 「…ったく、何も変わってないじゃん」
凪沙 「変わったよ。あの頃の私とは違う」
拓海 「……ううん。何も変わってない」
凪沙 「えー?だって私…っ」
拓海 N:僕はもう一度、人魚に出会った。
fin...