声劇×ボカロ_vol.73 『 真昼の月 』
この気持ち、秘めたまま
【テーマ】
この距離のもどかしさ
【登場人物】
糸井 咲(21) -Saki Itoi-
人見知りで内向的な女性。
隼翔と講義が被ることが多く、自然と友人になる。
間宮 隼翔(21) -Hayato Mamiya-
元々人見知りなため、初対面時は怖い印象を与えがち。
2学年下の子と付き合っている。
今西 哲平(21) -Teppei Imanishi-
高校からの隼翔の友人。
隼翔が彼女といない時は、大抵一緒にいる。
【キーワード】
・片想い
・独り占めしたいもどかしさ
・届きそうで届かない距離
・幸せの在り処
【展開】
・ずっと想ってきた彼が、彼女らしき人と歩いてるのを見かける。
・挨拶を交わすだけで、触れたい、独り占めしたいと思ってしまう。
・確実に時が過ぎていく中で、自分の気持ちに変わりはないと確認する。
・想いは気付かれなくていい。ただいつまでも見惚れていたいと思う。
《注意(記号表記:説明)》
「」 → 会話(口に出して話す言葉)
M → モノローグ(心情・気持ちの語り)
N → ナレーション(登場人物による状況説明)
※ただし「」との区別をつけるため、MおよびNは、:(コロン)でセリフを表記する。
また本編は“N(ナレーション)”を中心に展開される。
【本編】
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咲 N:大学4年の春、偶然街で彼を見かけて声をかけようとした。
だけどしなかった。
彼の隣には、私の知らない女の子がいたから。
咲 「綺麗だな…」
咲 N:思わずそう口から漏れていた。
二人は一見よそよそしいようで、どこか初々しさを感じてしまう。
ああ、そうか。
きっとあの子は君の…。
* * * * *
咲 N:あの日のことは、今でも覚えている。
他の人からすれば「え、そんなことで?」なんて言うかもしれないけど、誰も知り合いのいない場所
で、ほんとにほんとに不安しかなかった私は、優しくされることに弱くなっていたのかもしれない。
隼翔 「大丈夫ですか?」
咲 N:具合が悪そうに見えたのだろうか。その人は私にそう声をかけると、そっと人の少ない場所に連れて
いってくれた。
緊張と不安でぐるぐるしていた私は、何が起こったのかさえ理解できずにいて。
交わした言葉も特になく、ただ私が落ち着きを取り戻すまで傍にいてくれた。
隼翔 「もう平気?」
咲 「は、はい…」
隼翔 「じゃあ、俺行くね」
咲 N:ロクにお礼も言えないまま、私は彼の後姿だけを見つめていた。
その彼とはすぐに再会することになる。
それは時間より早めに着いた講義室で、何気なくドアの方を見ていた時。
姿を見つけて、なんだか嬉しくなったのを、今も覚えている。
今西 「なぁ、それでさー」
隼翔 「お前な。しつこいぞ」
咲 「あ、あのっ」
咲 N:彼が横を通りかかり、私は思い切って声をかけてみる。
あの日のお礼を言えなかったことが、ずっと気になっていたから。
今西 「いいじゃんかよ、一緒にバイトの面接行くくらい」
隼翔 「俺は俺で探すって言ってるだろ」
咲 N:思い切って。でもその声は、緊張してたのもあって、とても小さくて。
わかってたことだけど、やっぱり聞こえなかったみたい。
憶えてたのは自分だけ。そんな気がして、私は途端に悲しくなった。
でもそれから何度か顔を合わせるうちに、挨拶くらいは交わせるようになった。
だけど彼に対する想いが恋心と知るのは、まだもう少し先の話――。
* * * * *
隼翔 「それで?今度はなんだよ?」
咲 N:いつもの時間。いつもの教室。だけど違うのは、あれから2年が経ったということ。
私より後ろの方の席に座る彼は、今日も友達の話に耳を傾けている。
今西 「こっから俺たちも就活始まるじゃん?その前にさ、パーッと花見でもどうかなって」
隼翔 「それはいいけど、酒は持ってくるなよ。お前酔うと面倒なんだからな」
今西 「はいはい。じゃあ、隼翔はオッケーね」
咲 N:この2年で、私と彼の仲はというと…。
割と受ける講義が被っていたこともあり、友人といって差し支えないほどにはなったと思う。
入学式でのこともちゃんとお礼を言えたし、挨拶も会話も普通に交わす。
私が人見知りなこともあり、みんなでどこかに遊びに行く、なんてことはなかったけど。
隼翔 「糸井も来る?」
咲 「え…?」
隼翔 「お花見。な、今西?」
今西 「もちろん!糸井ちゃんも行こうよ!」
咲 「わた…しは…」
隼翔 「……日にち決まったら、一応連絡する」
咲 「う、うん…」
今西 「他には誰誘うかなー。なぁ、隼翔も」
隼翔 「お前に任せる。でもあまり初対面のやつばっか連れてくんなよ。糸井ほどじゃないけど、俺も借りて
きた猫みたいになるからな」
今西 「あー、確かに。りょーかい」
咲 N:今ではこうして自然に話せているけど、彼も私と同じで人見知りだという。
それもこの2年、ゆっくりと時間をかけて知ったこと。
彼と話せた日は、一日が幸せで満たされた気分になっている自分がいて、彼の姿を探す自分がいて。
つらいことも大変なことも、彼がそこにいるだけで、一瞬で吹き飛んでしまうようだった。
隼翔 「またね」
咲 N:その声に、静かに手で返す私。
途端に寂しくなることを、私以外、誰も知らない。
それが何を意味するかなんてことは、とっくに気づいていた。
私は、彼が――。
* * * * *
咲 N:その日、一瞬で過ぎていった午後に、私は戸惑っていた。
理由なんてわかりきっている。
今朝、彼と一緒にいたあの子の存在。あの子に見せる、私の知らない顔をする彼。
それが午後になっても、ずっとずっと胸にひっかかっていたから。
隼翔 「今、なんて言った?」
今西 「え?だから今年もやるぞって」
隼翔 「何を?」
今西 「お花見」
隼翔 「バカだろ、お前」
咲 N:就活の影響で、いつもの教室にはまばらに人がいる程度。だからか、二人の会話ははっきりと聞こえ
てきた。
今西 「別にいいじゃん。花見なんてこの時期しかできないんだし、息抜きも必要だし」
隼翔 「無事に内定もらってから言えよ」
今西 「わかってる、わかってるんだけどさぁ。試験だ面接だで、俺も結構キテんだよぉ」
隼翔 「……はぁ。花見済んだら、また頑張れよ」
今西 「よっしゃ。さすが隼翔。あ、香弥ちゃんも連れてきていいから」
隼翔 「……聞いてみる」
咲 N:私の知らない名前の子。
それはきっと、今朝偶然見かけたあの子のこと。
想いを寄せるだけで、それ以上何も行動しなかった自分。
そんな中突き付けられた現実に、後悔の波が押し寄せる。
今西 「でもさすがに、今回は人選ばないとなぁ」
咲 N:泣いてたわけじゃない。だけどどうしてか顔を見られたくなくて、私は俯いていた。
そんな時に聞こえてきた今西くんの声が、私の横を通り過ぎる。
そのまま俯いていればいいものを、彼の姿を目で追うことが、臆病な私の小さな幸せになっていた
から、だから…。
隼翔 「またね」
咲 N:私が顔を上げたタイミングで、そう彼は言ってきた。
その声も笑顔も、一年前と何も変わらないのに、なんだか意地悪に思えて…。
もう手を伸ばしても彼には届かない。
叶うならそっと、ほんの少しでいいから、触れてみたかった。
* * * * *
咲 N:私にもお花見の誘いはあった。
だけどこんな状態で、さらに例の彼女さんが来るとわかっていて、行けるはずがない。
私の望む距離にいる二人を、間近に見ることなんて、きっと耐えられない。
咲 「……いっそのこと、いなくなってしまえばいいのに…」
咲 N:それは胸の中にある気持ち。
彼の目も指も、声も何もかも、本当は私が独り占めしたかった。
だけど私があと一歩の勇気よりも、今の関係を壊したくない、気持ちを知られて距離を取られてしま
うかもしれない。それが怖くて、臆病になって、招いた結果。
咲 「消えろ、消えろ、消えろ……。消え……っろ…」
咲 N:消えるはずなんてない。いなくなってしまうことなんてない。
彼は確かに胸の中(ここ)にいる。
それは私がずっと彼に恋をしてきた証だから…。
+ + + +
咲 N:あれから二週間が過ぎた。
その間に予定通りお花見は行われたようで、間宮くんとの約束通り、今西くんは頑張ってるらしい。
桜は徐々に散っていき、春の終わりが近づく。
隼翔 「糸井?」
咲 「あっ。はや……間宮くん」
隼翔 「外で会うなんて珍しいな」
咲 「そうだね」
咲 N:思いのほか普通に話せていた。
それはお互いに人見知りで、でもお互いをある程度知っているから。きっとそう。
ただの友人、ってのもあったのかもしれない。
私たちは桜が風で舞う中を、並んで歩く。
隼翔 「……」
咲 「……」
咲 N:かと言って、何か会話があるわけでもなく、私たちはただ一緒に歩いているだけ。
こんな機会めったにないのだから、もっと話しかけたい、声を聞きたいって気持ちはあるのに…。
無言の空気と駆け巡る想いに圧し潰されそう。
私だって女の子。ならいっそのこと、彼と一線を越えるのもまた一つの…。
咲 「…なんて、バカみたい」
隼翔 「え?」
咲 N:彼に彼女がいるとわかっても、いけないことが頭に過ぎるのは、どう足掻いたって彼を好きだという
ことに変わりがない証拠。
胸の奥に潜む悪魔も、それを証明してくれている。
隼翔 「どうかした?」
咲 N:私が立ち止まると、彼も立ち止まる。
私がまた歩き出すと、彼もまた歩き出す。
彼が優しいことは知っている。だけどその優しさは、友達でしかない私には、とてもつらいこと。
隼翔 「大丈夫?」
咲 N:歩いては止まる私を心配してか、彼はそう言ってきた。
その言葉は、あの日と同じ。思えば、状況も似ている。
だけど…。
つらいと思ってしまったら、自然と涙がこぼれてきて、私は咄嗟に顔を隠した。
心配をかけちゃいけない、なんでもないんだって思わせないといけない。
咲 「あ、うん。ちょっと目にゴミが入っちゃって」
咲 N:そう口にするのが精一杯。言い訳もありきたりだし、返って心配させてしまうかもしれない。
私は目のゴミを取る素振りをするために、ポケットからハンカチを取り出す。
今日これだけ桜が舞っているのはどうしてか。
そこまでは考えが及ばなかった。
隼翔 「あ!」
咲 「あっ」
咲 N:ほぼ同時に声を上げた私たちの視線の先には、桜に溶け込むピンクのハンカチ。
ポケットから取り出した瞬間に吹いた突風で、ひらひらと舞い、地面に落ちる。
焦ってハンカチを追った私は、彼の位置まで気にしていなかった。
隼翔 「ほら」
咲 「ごめ…。え?」
咲 N:捉えた視界に映る二つの手。一つは私。もう一つは…。
隼翔 「え?」
咲 N:顔を上げたのは反射的だった。
時間にしたらどれくらいだっただろう。
ほんの一瞬、いや数秒。もっと長かったかもしれない。
すぐ傍に彼の顔が、その目が私を捉えていた。
隼翔 「あ、ごめん」
咲 N:これがドラマやアニメだったなら、彼は私を、私は彼を意識するきっかけになるだろう。
でもそんなことはありえない。ありえないから、祈ってしまう。
この気持ちは気付かれなくたっていい。
一瞬でも、彼の透き通った瞳の奥に私が映った。私だけが映った。
それだけで、私は幸せな気持ちになれたから。
隼翔 「俺こっちだから」
咲 「うん」
隼翔 「それじゃ」
咲 N:"またね"ではなくなったことが、彼との残された時間を表しているようだった。
出会いを彩る花が咲き、真っ白な未来を進み、別れに涙する。
これまでもこれからも、その繰り返しの中で私たちは生きて行く。
彼との出会いも、その中の一つだったのかもしれない。
だけど怖がることはない。同じ繰り返しの中でも、はっきり違うと言えることがある。
それは彼に恋をしたということ。今も熱を帯びる頬が、そのサイン。
咲 「……また、ね」
咲 N:誰にも言えない、私だけの秘密。
きっとこの先も、"また"を信じる限り、口にすることはないだろう。
ほんのわずかな、幸せだった時間。
それをいつまでも覚えていたくて、私は遠のいていく彼の後姿を目に焼きつける。
射し込む夕陽に包まれる彼から、目が離せない。
もし永遠なんてものがあるなら、私は彼をずっと眺めていたい。
彼にずっと、見惚れていたい。
そう思った。
≪ タイトルコール ≫
咲 「この気持ち、秘めたまま」
+ + + +
咲 「間宮くん」
隼翔 「ん?」
咲 「またね」
fin...