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声劇×ボカロ_vol.62  『 黒猫 』

 


願いの星が届けた奇跡

 


【テーマ】

生まれ変わってもまた

 


【登場人物】

 

 三井 妃奈(24) -Hina Mitsui-
入院中に死期を悟り、無理やり外出し亡くなる。
仔猫に生まれ変わり、真樹の元へ。

 


 一之瀬 真樹(27) -Masaki Ichinose-
妃奈の最後の我儘を聞き、自分が看取ることとなる。
妃奈の願い通りに、前に進もうとしている。

 


 黒い仔猫
妃奈が生まれ変わった姿。記憶は残ったまま。

 

 

【キーワード】

 

・仔猫
・永遠の別れ
・願いの星
・キミの影

 


【展開】

 

・帰り道を歩いていると、一匹の黒い仔猫が目に入った真樹。
・幸せだった時間を思い出す妃奈。最後の我儘を真樹に伝え、星を見に病院を抜け出す。
・戻る途中、限界の来た身体。真樹の隣で見た流れ星には、本当の気持ちを伝えていた。
・真樹に気づいて駆けだすも、真樹は気づかない。声の限り鳴いて、振り向いてほしくて。

 

 


《注意(記号表記:説明)》

 

「」 → 会話(口に出して話す言葉)
 M  → モノローグ(心情・気持ちの語り)
 N  → ナレーション(登場人物による状況説明)


※ただし「」との区別をつけるため、MおよびNは、:(コロン)でセリフを表記する。
 また本編は“N(ナレーション)”を中心に展開される。

 

 


【本編】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 


真樹 N:あれからどれくらい経っただろう。
     彼女との約束を果たすため、俺はがむしゃらに働いた。
     そうすることでしか、自分を保つことができなかったから…。

 

     ここもよく彼女と歩いた道。
     一緒に買い物して、手を繋いで、肉まんを半分ずつ食べたりして。
     どっちのが大きいだとか、つまらないことで言い合いしてた頃が懐かしい。

 

     懐かしい…。
     そう思えるようになったのは、最近になってようやくのことだった。

 

 

 猫 「みゃあ」

 

 

真樹 N:それがすぐに猫とわかる声。
     声のした方を見ると、黒い仔猫がこちらをじっと見ていた。
     猫は好きだけど、懐かれても困る。
     相手にしない方が、彼?彼女?のためにもいい。

 

 

 猫 「みゃあ」

 


真樹 「親でも探してるのか?迷子?」

 


 猫 「みゃあ」

 

 

真樹 N:何度も何度も鳴いている。
     それはまるで俺に向けられた鳴き声のようだった。

 

     でもダメなんだ。わかってくれ。

 


     そう思いつつ、俺は仔猫の前を素通りしていった。

 

 

 猫 「みゃあ。みゃあ」

 

 


* * * * *

 

 


妃奈 N:彼との時間は本当に幸せだった。
     いつだって私のことを考えてくれて、私との時間を大切にしてくれる彼が大好きで。
     だから…。だからこそ、最後まで一緒にいてくれなくていいのに、って思っていた。

 

 

真樹 「なんでそんなこと言うんだよ」

 


妃奈 「だって…」

 


真樹 「だって?」

 


妃奈 「だってこんな私といたって、あなたがつらいだけだし」

 


真樹 「ふーん」

 


妃奈 「ふーんって何!?私だってずっとずっと考えて、それで…」

 


真樹 「それで?」

 


妃奈 「それで……別れようって、そうした方がいいって…」

 


真樹 「それが妃奈の望み?本当に?」

 


妃奈 「………そんなわけ、ないじゃん…」

 


真樹 「なら別れるなんて言うなよ」

 


妃奈 「でも…。でも…!」

 


真樹 「ずっと一緒。そう言ったろ?」

 


妃奈 「……っ、うん」

 

 

妃奈 N:突然病気になって、入院することになって、しばらく退院できないと知って。
     治るってわかってたら、そんなこと口にしない。
     私は聞いてしまった。病気の進行は末期だって。
     もう助からないとわかったら、それをこの人にも背負わせるなんてできない。そう思ったのに…。

 

 

真樹 N:妃奈のお母さんとは面識があった。
     お母さんもつらいはずなのに、俺にもちゃんと事実を伝えてくれた。

 

     もちろんこのことを、妃奈は知らない。知らないままでいい。
     俺も妃奈と同じくらい、いやそれ以上に考えて決めたのだから。

 

     それでも最後まで一緒にいる、と。

 

 

妃奈 「寒くなってきたね」

 


真樹 「窓閉めるか?」

 


妃奈 「ううん、いい」

 


真樹 「じゃあ何かあったまるもん買ってきてやるよ。そうだな、肉まんとか?」

 


妃奈 「……ふふ、肉まん」

 


真樹 「なんだよ?」

 


妃奈 「ううん。今日は綺麗に半分にしてよね?」

 


真樹 「当然。一応途中先生に聞いてくるよ。食べても大丈夫かどうか」

 


妃奈 「うん、ありがと」

 

 

妃奈 N:そう言って彼は病室を出て行った。

 


     肉まんか…。

 

     寒い日にはいつも決まってコンビニに寄って、肉まんを一個だけ買ってたっけ。
     それを半分こにして食べてたけど、毎回どっちかが大きくなっちゃってたんだよね。。
     しかもそれがわかってて、小さい方を私に渡してくるもんだから、いつも言い合いになってさ。

 

     それだけのことなのに、その時間がとても大切だったんだと、今になってわかる。
     ケンカっていうほどじゃないから気にも留めなかったけど、何気ない日常が本当に幸せだった。

 

 

妃奈 「(呟いて)……もっと一緒にいたかったなぁ」

 

 

真樹 N:その妃奈の声は病院の喧騒の中でも、はっきりと聞こえた。

 

     わかっていたことなのに、全てを知った上で一緒にいることを選んだのに、俺は心臓を強く握られ
     たような感覚になっていた。

 


     妃奈の病室のすぐ傍で、俺は壁に背を預け、うなだれるしかできなかった。

 

 


* * * * *

 

 


妃奈 「ねぇ、星見に行かない?」

 


真樹 「なに言ってんだ。病人なんだからおとなしくしとけ」

 


妃奈 「空気が澄んでるから、綺麗だと思うんだよなぁ」

 


真樹 「はいはい。元気になったら、いくらでも付き合ってやるから」

 


妃奈 「ね!病院抜け出しちゃおうか!?」

 


真樹 「あのな、妃奈。お前さっきから俺の話ちゃんと聞いて…」

 

 

真樹 N:聞こえてないのかと思った。それかわざと聞き流してるのかと。
     振り向いた妃奈の顔は一瞬、冗談でも何でもなくて、とても真剣なものだった。

 

 

妃奈 「ちょっとだけ。ね?誰にも見つからないように帰ればいいでしょ?」

 

 

真樹 N:妃奈はここに来てから、外を眺めることが多くなっていた。
     俺が来ていてもそれは変わらない。
     声をかければ、笑顔を向けてくれるが、内心不安だったんじゃないだろうか。

 

 

妃奈 「ね、そうしよ!」

 

 

真樹 N:半ば強引に同意を求めてくる。
     普段あまり我儘を言わない彼女の、精一杯の我儘。

 

     不安で押し潰されそうなはずなのに、明るい笑顔を作って。

 

     きっと妃奈は自分でわかってるのかもしれない。
     もうそんなに時間がないのだと。

 

 

     だから…。

 

 

真樹 「……わかった」

 


妃奈 「やった!じゃあ今夜ね!」

 

 

真樹 N:いけないことなのはわかっていた。
     もし何かあったら、ひどい叱責を受けることも。
     それでも俺にはできなかった。
     妃奈の最後かもしれない我儘を無視するなんてことは。

 

     俺にできるのは、何も起きないでほしい。そう願うことだけだった。

 

 


 + + + +

 

 


妃奈 N:ねぇ、覚えてる?

 

     あなたの隣で同じ空を見上げて、星の数を数えたあの日。
     普段は何気ない日々の一つなのに、それだけでとても幸せだった。

 

 

真樹 「ごめんな」

 

 

妃奈 N:ねぇ、気づいてた?

 

     あなたの隣にいられることにとても安心して、私があくびをしてたこと。
     まるで仔猫になったみたいだったこと。

 

 

真樹 「ダメなんだ、わかってくれ」

 

 

妃奈 N:ねぇ、気づいて?

 

     あなたの声がする。あなたの匂いがする。
     気づかなくても構わないと誓ったのに、あなたの方に駆けだしている。

 


     今の私には鳴くことしかできないから、声の限りに鳴くよ。
     どうか振り向いて欲しい。また出会えたこの奇跡に。

 

 


* * * * *

 

 


真樹 「妃奈、そろそろ帰ろう」

 


妃奈 「うん。ありがとね、無茶なこと言ったのに」

 


真樹 「いいよ。それに来た甲斐あったしな」

 


妃奈 「あ、それって流れ星?」

 


真樹 「そうだけど、妃奈は少しはしゃぎすぎ」

 


妃奈 「だってだって、初めて見たんだもん!」

 

 

真樹 N:病気だってことを忘れるくらい、妃奈はずっと笑顔だった。
     体力もすっかりなくなって、よろめきながら歩く姿は見ていてつらかったけど、それでもしっかり
     前を向いていた。     
     だから妃奈が満足するまで、付き合ってあげようと思ったんだ。

 


     偶然見ることのできた流れ星に、奇跡を願って。

 

 

妃奈 N:つらい、苦しい。
     荒くなる呼吸も必死に誤魔化して、たどり着いた場所。
     彼といられるならどこでもいいと思っていたけど、そこで見ることのできた流れ星。

 

     きっと彼は私のことを願ったんだと思う。
     でも私は…。

 

     自分のことは自分が一番わかっている。
     もう時間がないとわかっていたからこそ、私は違うお願いをした。

 

 

真樹 N:妃奈が元気になりますように。

妃奈 N:生まれ変わってもまた、彼の傍にいられますように。

 

 

     どんな形であっても…。

 

 


 + + + +

 

 


真樹 N:あの日を境に、妃奈の体調は著しく悪化していった。
     病院を抜け出したことはバレて、御両親にもひどく責められた。
     それでも俺が彼女の傍にいることを許してくれたのは、それが娘の願いだと気づいていたからだろう。

 

 

妃奈 「あのね、お願いがあるの」

 


真樹 「なに?」

 


妃奈 「もし私が死んじゃっても、振り返らないで。私と一緒にいた時みたいに、前を向いていて」

 


真樹 「……なに、言ってんだよ…」

 


妃奈 「ね、約束して」

 


真樹 「そんな……そんなこと…」

 

 

真樹 N:そんなこと妃奈の口から聞きたくなかった。
     妃奈の病気がもう治らないところまで来ているとわかっていても、やっぱり信じられなかった。
     いなくなるなんて、信じたくなかった。

 

     俺がどう思おうと、日を追うごとに妃奈の身体はどんどん蝕まれていく。
     そして数日後――。

 

 

     息を引き取る間際、妃奈は俺に言った。

 

 

妃奈 「今までありがとう。幸せだったよ」

 

 

真樹 N:その言葉に、我慢していたものが一気に溢れ出て、俺は泣きじゃくった。
     目を閉じた妃奈に呼びかけても、もう声は返ってこない。笑顔も向けてくれない。

 

     振り向かないで。前を向いていて。
     そんなこと、今すぐにできるわけなかった。できる気も、しなかった。

 

 


* * * * *

 

 

 


妃奈 N:気がつくと私は、初めて見る高さで物を見ていた。
     歩いてみる。それも初めての動作。
     水たまりに映った姿は一匹の黒い仔猫で、それが私と気づくのにそう時間はかからなかった。

 

 

 猫 「みゃあ」

 

 

妃奈 N:声を出してみる。もちろん言葉は話せない。
     でも今いるこの場所は、どこか懐かしい感じがする。

 

     夕焼けが街を照らす頃、あの人はここを歩いていた。
     だからこのままここで待っていれば、あるいは…。

 

 

真樹 「はい。今日はこのまま直帰します。はい。お疲れ様でした」

 

 

妃奈 N:声がする。聞き覚えのある声。
     匂いが近づいてくる。それが大好きな匂いだとわかる。

 

 

 猫 「みゃあ」

 

 

妃奈 N:鳴いてみた。気づいてほしくて。
     彼は気づくも、ちらりとこちらに目をやっただけ。

 

 

 猫 「みゃあ」

 

 

妃奈 N:諦めずもう一度鳴いてみた。
     気づいているのに、振り向いてくれない。
     そのもどかしさで、胸が苦しくなる。

 


     ねぇ、このまま気づかないの?

 

 

真樹 「ごめんな」

 

 

妃奈 N:その声ははっきりと聞こえた。
     あなたに出逢うために生まれたのに、あの日の願いは届いたのに、肝心の彼には届かない。

 


     通りすぎないで、お願い。私はここにいるよ。

 

 

 猫 「みゃあ。みゃあ」

 

 

妃奈 N:鳴いて鳴いて、声を届け続けて、走って追いかけて。
     力尽きていいとさえ思った。彼が気づいてくれるなら、と。

 

     足もおぼつかない仔猫。
     絡んで転げて、泣きたいのに涙は出ない。鳴くことしかできない。

 

     せっかくまた彼の傍にいられると、そう思ったのに…。

 

 

 

≪ タイトルコール ≫

 


妃奈 「願いの星が届けた奇跡」

 

 

 + + + +

 

 

妃奈 N:徐々に伸びて行く影。
     それでも彼の影にすら届かない。

 

     諦めるしかない。
     そう思い始めた時、私の影が何か大きなものに飲み込まれたように見えた。

 

 

真樹 「おいおい、大丈夫か?」

 

 

妃奈 N:耳に響いたその声を、奇跡と感じずにはいられない。
     嬉しさと泣きたい気持ちを、私は精一杯の声に乗せた。

 

 

 猫 「みゃあ!」

 

 

 

fin...

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