声劇×ボカロ_vol.61 『 魔法の鏡 』 『 鏡の魔法 』
罪の記憶、幸せの時間
【テーマ】
逆さまが繋いだ時間
【登場人物】
リン・ダーナー(15) -Rin Derner-
元は王族の姫だったが、幼少期に病気で足が不自由になり、身分を伏せて隔離されることに。
後に戦争で跡継ぎを失った王が、城に迎え入れる。
自分の運命を変えたのは、鏡の向こうの魔法使いだと思っている。
レン・レッドニール(15) -Ren Rednir-
戦争で家族も仲間も失い、忌み嫌われた一族の生き残りとして疎まれる某国の王子。
魔法の鏡に映しだされた幸せそうな少女を妬み、互いの運命を入れ替える。
その後再び目にした少女の不幸に、己の罪の記憶が舞い戻り、心を痛める。
クロス・ミラージュ(23) -Cross Mirage-
魔法の鏡を持ってレンの前に現れた青年。詳しい素性は不明。
魔女の森の関係者とレンは推測している。
【キーワード】
・全てが反対の世界
・不幸と幸福
・運命の入れ替え
・罪の記憶
・君だけの魔法使い
【展開】
◆人が賑わう部屋の中心にいるレン。ようやく手にした幸福な時間。
◇天井裏の小さな部屋で一人、幸せを夢見るリン。孤独にも慣れたそんな頃…。
◆パーティーの場に現れたクロスはレンに問いかける。そしてレンはかつての自分を思い出す。
◇古ぼけた鏡に突然映った少年。少年はリンに魔法使いと名乗り、笑顔を見せる。
◆心が貧しかったレン。自分の不幸は鏡に映る少女のせいだと憤り、運命の天秤を入れ替えてしまう。
◇戸惑いながらも、鏡の向こうの魔法使いと手を合わせるリン。不意に涙が零れ落ちる。
◆憎かったはずの少女の笑顔に心が抉られるレン。罪の記憶から少女を救う方法を考え始める。
◇魔法使いはリンの願いを全て叶えた。しかし鏡越しでしか触れられない彼に、リンはいつしか恋をする。
◆鏡の向こうは全て逆の世界。レンはリンがくれたものを返しただけ。壊れた運命を元に…。
◇鏡から消える魔法使い。どんなに時が経っても、また必ず会えると信じて。
《注意(記号表記:説明)》
「」 → 会話(口に出して話す言葉)
M → モノローグ(心情・気持ちの語り)
N → ナレーション(登場人物による状況説明)
※ただし「」との区別をつけるため、MおよびNは、:(コロン)でセリフを表記する。
また本編は“N(ナレーション)”を中心に展開される。
【本編】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
レン 「皆様ようこそいらっしゃいました!ささやかですが、心ゆくまでお楽しみください!」
レン N:定期的に城の敷地内で行われているパーティー。
参加者は皆笑顔で、いい賑わいを見せている。
時折、僕に声をかける者、憧れのような眼差しを向ける者、はたまた求婚してくる者もいた。
さすがに求婚には驚いたものの、それを軽くあしらっても悪い印象を与えない程度の信頼は、
人々から得ていた。
雲一つない空。降り注ぐ陽の光もまた、僕らの心を明るくしていた。
クロス「やぁ、久しぶりだね」
レン N:そう声をかけられ振り返ると、そこには招かざる客の姿が。
人混みをものともせず、そいつは微笑みを浮かべて僕の元にやってきた。
僕は過去に一度だけ、確かにそいつに会っている。
レン 「お前は…っ」
クロス「元気そうで何よりだよ」
レン 「……何をしに来た?」
クロス「特に、何も。ただ君はわかっているのかな、と思ってね」
レン 「……?」
クロス「君の幸せは誰のおかげ?魔法の鏡に尋ねてごらん?」
レン N:そいつの手には“あの”鏡。見るのは二回目。
吸い込まれそうな光沢にも覚えがある。
初めて見たのは、そう――。
* * * * *
リン N:天井裏の小さな部屋。ここが今の私のお城。
誰も訪れることはなく、病気の私は外に出ることもできない。
それでも毎日、私はここで生きている。
いつか幸せになれることを夢見て…。
リン 「おはよう」
リン N:返事はない。当たり前だ。ここには私一人しかいないのだから。
今日もまた孤独な一日が始まる――と思っていた。
誰かが私を呼んでいる。
そんな気がして行き着いたのは、部屋の隅にある古ぼけた鏡。
鏡なのだから、映すのは自分の姿……かと思いきや、突然一人の少年が姿を現した。
リン 「え!?あ、あなたは…?」
レン 「僕?僕は魔法使い。君の願い事を叶えにきたんだ」
リン N:鏡の向こうの彼は、私にそっくりな笑顔でそう言った。
突然のことで頭が追いつかず、私は聞き返す。
リン 「ねがい、ごと…?私の…?」
レン 「そう。君の」
リン 「どうして?」
レン 「どうして?……そうだな。君が一生懸命頑張っているご褒美、かな」
リン N:魔法使いだという彼。
でもいきなりそんなことを言われたって、信じられるわけがない。
きっとこれは夢なんだと、まだ私は眠っていて、幸せになりたいと願っていたから、そんな
夢を見てしまったんだと思った。
レン 「(呟いて)そりゃ普通は信じないか」
リン 「え?」
レン 「ううん。……それじゃ君の話し相手になる。これならどうかな?」
リン 「へ?」
レン 「僕は魔法使いだ。君のことはなんでもわかる。こんなところで一人、寂しかったんじゃないかい?」
リン 「……そ、れは…」
リン N:不意を突かれて、私は戸惑ってしまった。
ずっと一人で、友達なんて呼べる人もいない。
だからこそ彼の言葉に、優しさに胸が苦しくなる。目頭が熱くなる。
リン 「……ありがとう」
レン 「え?」
リン N:普通の生活を送っていたら、きっと疑うことしかできなかった。
でも私はここに独りで、初めて友達と呼べるかもしれない人が、今目の前にいる。
きっかけなんてなんでもいい。それが鏡の向こうの存在でも。
彼が現れて気づいた、私の最初の願い――。
レン N:彼女の表情が次第に変わっていく。
どこか緊張して強張っていた身体も、落ち着きを取り戻しているようにさえ見える。
それだけに、本当はもう限界だったのだとわかる。
突き返されれば、また別の方法を探していた。
何度でも、何度でも、彼女が『夢』を『現実』にするための手助けを。
リン 「魔法使いさん、私の最初のお願い。私と……友達になってくれますか?」
レン N:世界は、運命は廻り始めた。
これから彼女の日常は変わって行くだろう。
準備はできた。あとは…。
リン 「あの…」
レン 「名前を呼んで。そうすれば、僕らは友達だ」
リン 「……っ、うん!」
レン 「僕の名前は――」
* * * * *
レン N:戦争で家族を失い、仲間を失い、さらには身に覚えのないレッテルを貼られ、僕は一人、閉ざされた
塔の真っ暗な部屋に身を隠していた。
耳を塞いでいなければ、人々の怒号や喚声が聞こえてくる。
この国の王だった父は、敵国を我が身の保身のために招き入れたとされ、逃亡の末に殺された。
もちろんそんな事実はない。すべては敵国に謀られたことだった。
その事実を人々に伝えようとしても、もはや彼らは聞く耳を持たない。
それどころか、敵国の者たちを悪政から救ったヒーローと称えてしまっている。
そうして逃げ延びた先が、この塔だったというわけだ。
灯台下暗し。城の敷地内にあるものの、この部屋への出入り口を知る者は、もういない。
レン 「……(深いため息)はぁ。少し、休むか…」
レン N:その日の夜、眠ってしまっていた僕は、風の音で目を覚ました。
人々の声は聞こえない。どうやら嵐が来たことで、僕の捜索はひとまず打ち切られたようだ。
とはいえ、安心はできない。
気が抜けて眠ってしまったにもかかわらず、命があったのは奇跡に近い。
僕は身体を起こし、いつでも剣を抜けるように壁にもたれかかって座る。
風の音に混じって聞こえるのは、僕の鼓動だけ……のはずだ。
ドクドクと脈打つ音に合わせて、コツコツと足音がするなんて、そんなこと…。
クロス「やぁ、王子」
レン N:そいつは突然現れた。
唯一の出入り口は塞いでいる。それは何度も確認した。
だからこそ、自分以外の誰かがいることが信じられなかった。
レン 「誰だ!?」
クロス「おやおや、いいのかい?そんなに大声をあげてしまっては、君がここにいると自分で教えている
ようなものだろう?」
レン 「くっ…」
クロス「しかし滑稽だね。不幸に愛された王子とは、よく言ったもんだ」
レン 「どういう意味だ?」
クロス「言葉のままだよ。君は不幸だ。それこそ生まれた時からずっと」
レン 「……そんなことは」
クロス「ないと、そう言い切れるのかい?ならば聞いてみるといい、ほら」
レン N:そいつは持っていた鏡を差し出してきた。
手鏡というには少し大きな、微かな光さえも反射する光沢を持った鏡を。
クロス「君なら一度は考えたことあるはずだ。君の不幸は誰のせいだい?この魔法の鏡に尋ねてごらん?」
レン 「……魔法の、鏡…?」
レン N:『魔法』という言葉に魅かれ、言われるがままそいつが出した鏡の前に立つ。
鏡は僕の心を感じ取ったのか、言葉を口にする前にそれを映し出した。
幸せそうな笑みを浮かべる一人の少女。
そいつが言うように、本当に自分の不幸は彼女のせいなのか。
鏡が見せるのは、ただの幻なのではないか。
戸惑う心は、一つの疑念を生み出す。
レン 「………でもこれが真実なら…?」
レン N:一度そう思ってしまうと、自分の置かれた状況も相まって、憎しみに心が染められていく。
今こうして苦しいのは彼女のせいで、幸せは全て彼女に奪われた?
クロス「どうかしたかい?そんなに怖い顔をして」
レン 「……もし」
クロス「ん?」
レン N:鏡の向こうは全て反対だという。
全てが反対ならば、運命の天秤を入れ替えれば、僕はきっと救われる。
この不幸の連続を断ち切ることができる。
黒く染められた心は、もう止まらない。
レン 「もし彼女と僕の運命を入れ替えることができるとしたら、それは……。あ、いや…」
クロス「それは?方法を聞きたいのかい?」
レン N:その言葉に僕は耳を塞ぐべきだったのかもしれない。
でもできなかった。
ずっと探し求めていた幸せな日々。
それが簡単に得られるなんて、夢のようだった。
ほんの少し、僅かな間だけ。
忘れていた『幸せ』を感じることができれば、また彼女に返してやればいい。だから…。
そうして訪れた幸せの日々は、この時の迷いを完全に消し去ってしまった――。
* * * * *
クロス「君の幸せは誰のおかげ?魔法の鏡に尋ねてごらん?」
レン N:突然の訪問者の言葉に、忘れていた記憶がよみがえる。
祝福に満たされていた心が陰りをみせる。
あの時と同じように、鏡は勝手にそれを映し出す。
そこにはかつて笑顔だった少女が、独り部屋で過ごしていた。
足が不自由なようで、外に出る様子もない。
それでも自分の不幸を悲しむことなく、彼女は笑っていた。
レン 「なん…で…」
レン N:不幸を誰かのせいにして、ずっと眉間にしわを寄せていた自分とは違う。
孤独でも笑い、どんな日々も受け入れて過ごしている。
いつか『夢』を『現実』にしたいという想いが、その目から伝わってくる。
心を抉る彼女の笑顔は、僕を諭すには十分すぎるものだった。
レン 「……これは、真…実…?」
レン N:鏡の向こうは全て反対だという。
全てが反対ならば、彼女が泣く度に僕は笑っていた?
孤独で寂しい夜も、僕は多くの人に支えられ、それを自分の徳だと思っていた?
そうじゃない。そうじゃないんだ。
憎しみに囚われ、彼女が本来たどるべきだった運命を、僕は捻じ曲げた。全て奪った。
僕の幸せが彼女を呪ってしまっている。
それなら…。
クロス「どうかしたかい?急に真剣な顔になって」
レン N:どうすれば彼女を、君を救えるのだろう。
決して交わることのない、反対の僕ら。
ならば僕にできることは…。
でも運命の天秤は、あの日僕が粉々に壊してしまっていた。
そんな状態でも、元に戻したりできるのだろうか。
クロス「できるよ」
レン 「本当か!?」
クロス「ただしそれは一度だけ。一度戻してしまったら、王子は今の生活には戻れない」
レン 「わかってる」
クロス「なるほど。たとえ自分はどうなってもいい。そんな顔だ」
レン 「……方法は?」
クロス「簡単な話だ。互いの世界には存在しない者の名を、互いの者が口にすればいい」
レン 「そうすれば元に戻るんだな?」
クロス「すぐに戻るわけじゃない。君が徐々に何かを失っていくことで、彼女が徐々に何かを取り戻す。
そうしてゆっくりと、歪んだ運命が本来あるべき道をたどり出す」
レン N:自分のことしか考えていなくて、手の届く幸福に目が眩んで。
憎くて仕方なかったはずなのに、こうして僕は今、こんなにも心が痛い。
捨てたはずの過去に残る『罪の記憶』は、僕が僕としてもう一度生きるための覚悟を生んだ。
リン 「あなたは…?」
レン N:君の世界にいない者。そんなことわざわざあいつに聞くまでもない。
リン 「私の最初のお願い。私と友達になってくれませんか?」
レン N:鏡の向こうは全て反対の世界。
君の運命が変わったことで、僕の運命が変わった。それはつまり…。
リン 「あの…」
レン 「名前を呼んで。そうすれば、僕らは友達だ。僕の名前はレン。レン・レッドニール」
リン 「レン……レッドニール…」
レン 「君は?」
リン 「私はリン。リン・ダーナー!」
レン 「リン・ダーナー…」
レン N:僕らの声に反応したのか、鏡が強く光り出す。
彼女の様子を見る限り、光っているのはこちら側だけのようだ。
部屋中を光が包んだ後、鏡の向こうの君はその手をかざしてきた。
触れることは叶わない。それでもと、僕も手を伸ばす。
リン 「……ふふ、あったかい」
* * * * *
リン N:私の初めての友達、レン。……レンくん。鏡に映る不思議な人。
すぐ近くにいるならと手を伸ばすも、私の手には固い壁のような感触があった。
でもそれは最初だけ。
私がかざした手に、彼が手を重ねてきた時、無機質な熱とは違う温かさを感じた。
レン 「あ……」
リン N:彼も私の温度を感じたのか、少し驚いたような顔で、少し照れくさそうに笑った。
声は最初から聞こえていたけど、今とさっきとじゃ全然違う。
たった一言でも、彼の優しい気持ちが伝わってくる。
その手も声も暖かくて、不意に涙がこぼれ落ちた。
レン 「どうし…」
リン 「……(被せて)ふふ、あったかい」
レン 「え?」
リン N:重ねるだけじゃなくて、繋ぐこともできる。
このままずっと繋いでいたいと思うほど、私は寂しかったんだとはっきりわかった。
ずっとずっと、こうやって誰かが現れるのを待っていたんだ、と。
レン 「あの…」
リン 「あ、ごめん!ずっと握ってると変だよね!?」
レン 「いや、それが君の願いなら、僕は別に…」
リン 「ホントになんでも叶えてくれるんだね。でももう十分。あれもこれもなんて贅沢言えないよ」
レン 「でもそういう話をするくらいはいいじゃないか。それとも話し相手に僕は役不足?」
リン 「そんなことない!!……あっ」
レン 「……ふふ、そう。ならよかった」
リン N:それからたくさんの話をした。
病気のことはもちろん、私の小さい頃の夢のこと。
私が諦めに近い笑いを見せつつ、お姫様になってお城に住むんだって言っても、彼はバカに
したりなんかしなかった。
たったそれだけのことなのに、私は自分でも気づかないうちに、どんどん彼に魅かれていった。
リン 「あっ、もうこんな時間!」
レン 「そうか、そっちは…」
リン 「なぁに?」
レン 「ううん、なんでもない。何かあるの?」
リン 「そういうわけじゃないんだけど、ずっと私と話してていいのかなって」
レン 「ん?」
リン 「その…、レンくんが」
レン 「あぁ。うん、そうだね。それじゃ、そろそろお開きにしようか」
リン 「うん。……ねぇ、また…会いに来てくれる?」
レン 「もちろん。君と僕は友達、でしょ?」
リン 「ふふ…。うん」
リン N:私が望んだことなのに、その『友達』という響きがなんだかくすぐったく感じた。
レン 「それじゃ、また明日」
リン 「うん、明日ね」
リン N:楽しい時間はあっという間に過ぎて行く。どこかでそう耳にしたことがあったけど、それは本当
だった。
またねと言葉を残すと、彼は鏡から消えてしまった。
不思議な体験をした。きっと彼はもう現れない。
そう思ったからこそ、また独りを感じて、一気に寂しさが押し寄せてきた。
それだけ楽しかったのだと。いつの間にか大切な存在になっていたのだと。
レン N:時計は8時を回っていた。いつもならそろそろ、誰かが顔を出しに来る時間。
城下では『寝坊助王子』なんて変なあだ名をつけられていたから、城の者もそれを見越してやって
来るようになったからだ。
眠気は思ったよりもない。
鏡の向こうの彼女と初めて話した緊張があったからなのか、長いこと話して疲れはあったものの、
これなら公務に支障はないだろう。………今のうちは。
そうこう思ってると、扉を叩く音がした。
レン 「いいぞ、入れ」
レン N:鏡の向こうは全て逆の世界。
わかってはいたけど、彼女が僕の対の存在であると、名前を聞いて確信した。
僕らは絶対に出会うことはない。あの鏡の前以外では。
不可能が可能となった今、僕がすべきことはただ一つ。
『君がくれたものを返す』
ただ、それだけ…。
* * * * *
レン 「おはよう」
リン 「え…。あれ…?……なんで?」
レン 「ん?何が?また明日って言ったでしょ?」
リン 「そうだけど…。え…?」
レン 「ひょっとして、もう来ないと思ってた?」
リン N:そう言って、彼は優しく微笑んだ。
まさにその通りで、私は動揺と嬉しさが混じり合い、うまく言葉が出て来なかった。
レン 「さぁ、今日はどんな話をしようか?」
リン N:次の日も、また次の日も、彼は鏡の向こうに現れた。
毎日顔を合わせているうちに、彼の存在が私の中で当たり前になっていく。
レン 「そういえば、病気の具合はどう?」
リン N:唐突にそう聞かれ、私は首を横に振る。
治っている感覚なんてなかったし、病気のせいで歩けないから、こうして杖でなんとか鏡の前に
立っている。
レン 「ん?」
リン N:何かを伝えようとしている?それをわざと口にしていない。そんな気がした。
話の流れから、なんとなく杖なしで立ちあがってみた。
すると立ち上がるだけじゃなく、自分の足で歩いている。これって、病気が…っ!
レン 「具合はどう?」
リン 「なんでなんで!?治ってる!私、歩けるよ!!」
レン 「そっか。よかったね」
リン N:私は鏡に駆け寄って、彼の手を繋ぐ。
目の前にいるのに、彼が私の元へ来ることも、私がこの向こうに行くこともできない。
こうして手を繋げるのは、ここだけ。手を引いても、鏡にぶつかってしまうから。
何度か彼が来る間に、長く続いた戦争も終わり、窓の外にも活気が戻ってきた。
それに負けないくらい、この部屋にも笑いが増えた。
彼と一緒に毎日笑って過ごす。
あぁ、これが幸せってことなんだなって思った。
+ + + +
レン 「くっ…」
レン N:あいつは徐々にと言っていた。
一度壊れた運命は、ゆっくりと正しい道をたどっているはずだ。
彼女の願いは、だいたい聞けた。
それを叶えるために、反対の僕は――。
外からは喚声が聞こえる。
城内も慌ただしく駆け回っている音がする。
僕も行かなくちゃいけない。伝えなくちゃいけない。
再び戦争が始まってしまったと、皆に伝えに…。
* * * * *
リン 「あ、その鏡も持っていきます。気をつけて運んでください」
リン N:お城からの使者がやってきたのは数日前。
両親の記憶がなかったから、私は孤児だと思っていた。でもそれは違ったらしい。
戦争が始まってすぐに生まれた私を、両親が匿っていた。
途中までは世話人もいたようだけど、病気を機に部屋の外で様子を窺うだけになったみたい。
私を匿った人は、私の父は、この国の王様だった。
幼い頃から抱いていた夢が現実となったのは、きっとあの人のおかげ。
リン 「最近、会いに来てくれないな…」
リン N:最初に彼は、自分を魔法使いだと言った。
だから顔を合わせる時は、いつも彼が向こうから私を呼んでくれて、それで…。
どうして私は魔法使いじゃないんだろう。
そんなことを思ったって、仕方がないとわかっているのに…。
夢に見た願いは全て叶った。ううん、叶えてもらった。
それなのにどうして今、何かが物足りないと感じているんだろう。
+ + + +
レン 「はぁ、はぁ、はぁ。……っ、はぁ、はぁ…」
レン N:始まってしまった戦争。
今度は以前と違い、ある程度の信用を得ているから、父と同じことにはならなかった。
それでも一番安全な城にいることはできなくて、自ら前線で指揮を執ることに。
でも敵は大国。敗戦続きで、負傷した兵も多く、国全体が疲弊して見えた。
だから皆で話し合って、早々に撤退し、街の守りを固め、籠城することに決めた。
城も開放し、人々が続々と避難してきている。
レン 「済まない。少し任せる」
レン N:そう言って自室に向かい、そのままベッドに突っ伏した。
寝てしまいそうになった時、視界にあの鏡が映る。
しばらく彼女に会っていない。きっと気にしているだろう。
僕は疲弊した体を無理やり起こして、何事もなかったかのように、鏡の前に立つ。
時計は10の数字を差していた。
レン 「リン、いる?」
リン 「レンくん!?」
レン 「ごめんね、最近会いに来れなくて。ちょっとバタバタしてて」
リン 「ううん、大丈夫だよ」
レン N:大丈夫という言葉に、少しホッとしている自分がいた。
こちら側が大変な分、あちら側は平穏なようだ。彼女の顔を見れば、それがわかる。
疲れた顔も、安心した顔も出さないように、今までと変わらない“レン”をつくる。
戦場で負ったこの傷も、バレちゃいけない…。
リン 「ねぇ、手を出して」
レン 「……こう?」
リン 「うん…。へへ、やっぱりあったかい」
レン N:互いに鏡の向こうには行けずとも、鏡が面しているところでは手を繋ぐことができる。
最初に会った時からずっとそうしてきた、僕らにとってはいつものこと。
リン N:夢は全て叶ったのに、何かが足りないと感じていた。
それは彼と手を繋いだことで、確信に変わる。安らぎが、ここにある。
他の誰でもない。これはあなたにしかできない“魔法”。
レン 「なにかあった?」
リン 「ううん、何もないよ。ただ…」
レン 「ただ?」
リン 「この手をずっと離さないでいて…」
レン 「え?」
リン N:思いがけず漏れた言葉。私は我に返って、すぐに手を離す。
自分で言ったことがとても恥ずかしくなり、赤くなったであろう顔も見られないように、
彼に背中を向ける。
レン 「………ごめん。今日は少ししかいられないんだ」
リン 「え?……あぁ、うん。そう…なんだ…」
レン 「また来るよ」
リン 「うん、約束ね」
レン 「約束…。うん。それじゃ」
リン N:最後少し寂しげに感じたのは気のせいなのかな。
でも彼は時間が空いても、ちゃんと会いに来てくれる。
それがわかっていたから、私は彼を笑顔で見送った。
レン 「痛っ…」
レン N:僕の声を合図に、魔法の鏡は普通の鏡に戻った。
彼女の姿が消えると同時に、僕はその場に膝をつく。
傷は思った以上に深かったらしく、痛みが今になって襲ってきた。
そろそろ魔法の時は終わりのようだ。
彼女の夢が現実になったことで、一度僕が壊した運命は正常に戻ったことだろう。
きっと次が、最後…。
レン 「……手を離さないで、か…」
レン N:絶対に出会うことのなかった僕ら。
その奇跡に、彼女の言葉に、僕はずっと救われていた。
* * * * *
リン N:最後に会ってからどれくらい経っただろう。
寂しくて眠れなくて、優しく名前を呼んでほしくて。
今すぐここに会いに来て欲しい。
そう思うと、胸がきゅうっと締め付けられる。
彼がいつ来てもいいように、目の届くところに鏡は置いてあるっていうのに…。
レン 「リン………。リン…」
リン N:誰かに呼ばれた気がして、私は目を覚ます。
寝ぼけつつも身体を起こすと、近くにある鏡が視界に入る。
鏡なのに、私の姿は映らない。
レン 「ごめん、寝てたんだね」
リン 「……あ。レン…くん…?」
レン 「久しぶりだね。元気にしてた?」
リン N:見間違いなんかじゃなかった。もちろん夢でもない。
鏡に映るのは紛れもなくレンくんで、私は駆け寄って彼の手を握る。
リン 「うん。元気…。元気だったよ!私ね、話したいことがたくさんあるの!あのね!」
レン 「リン、聞いて」
リン N:今までと違う彼の雰囲気。真剣な顔で、声のトーンも少し低い。
それが何を意味しているのか、私はなんとなく察したんだと思う。
彼の話を遮りたくて、私は矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
リン 「あのね!今私どこにいると思う?正解はお城!ほら、見て!あのお部屋とは全然違って、広くて」
レン 「リン」
リン 「それにね!素敵なドレスも、美味しいご飯だって」
レン 「リン…!」
リン 「私ね!いつかレンくんと会って一緒に」
レン 「聞いて」
リン N:私が何を言っても、彼は表情を変えなかった。
それでも真っ直ぐに私を見ている。
その圧力というか、気迫に私は押されて口を噤(つぐ)んだ。
レン N:全部知っていた。
彼女が話さなくても、魔法の鏡が全てを映していたから。
彼女の夢は現実になり、同時に僕の夢も覚めてゆく。
それが僕の選んだ道。
レン 「もう行かなくちゃ…」
リン 「……行かないで」
レン 「そろそろ魔法が解ける時間なんだ…」
リン 「……やだ」
レン 「だからその前に…」
リン 「ぐすっ」
レン 「お別れ言わなくちゃ…」
リン 「言わないで…」
レン 「リン、お願いだからわかって…」
リン N:一番考えたくなかった。
彼に惹かれていくたびに、彼がいない世界を想像できなくて。
それは不思議な出会いがもたらした、運命のいたずら。
私は彼が口にした現実を受け止められなくて、ただ涙を流すしかできなかった。
レン N:鏡の向こうは全て逆の世界。
そして僕らは、決して交わることのなかった逆さ合わせの運命(さだめ)。
罪の記憶がもたらした、奇跡の時間。
罪悪感に苛(さいな)まれなく済んだのは、間違いなく彼女のおかげ。
だから――。
君の笑顔も涙も、僕はずっと忘れない。
リン 「ぐすっ、ぐすっ…」
レン 「泣かないで」
リン 「行かない…で…」
レン 「リンと会えてよかった。だから」
リン 「……レン、くん…っ」
レン 「だからどうか君も、僕のことずっと忘れないで」
リン 「…っ、レンくん…!」
リン N:パリンと鏡が割れた……ような音がした。
でも目の前の鏡には傷一つ入っていない。
その代わり彼の姿はどこにもなく、鏡に映る自分の姿が全てを語っていた。
レン N:役目を果たした魔法の鏡。割れた破片が足元に散らばっている。
あいつになんて言おうか、なんて考えたのはほんの一瞬。
思い出すのは、彼女の笑顔。
どんなに苦しくても、寂しくても、精一杯毎日を生きていた。
僕と出会ったことで、最後は泣かせてしまったけど、僕は笑ってお別れができた。
彼女がたどるべきだった運命のために、彼女のために、どんなに辛くても頑張れた。
きっと僕も、心を奪われていたんだ。
リン N:魔法なんてなくても、ずっと傍にいたい。傍にいたかった。
頭に響いたあの音は、もう二度と彼に会えないと言っているのかもしれない。
それでも…。
それでも私はどんなに時が経っても、また会えると信じたい。
彼ならもう一度、ここに会いに来てくれる。そう思いたい。
レン 「……リン」
リン 「レンくん…」
レン N:僕は。
リン N:私は。
レン N:大切な人の名前を。
リン N:呟いて目を閉じた。
≪ タイトルコール ≫
レン 「罪の記憶」
リン 「幸せの時間」
+ + + +
リン N:ねぇ、私の願い事は、まだ全部叶っていないんだよ?
fin...