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声劇×ボカロ_vol.60  『 君から少したばこの匂いがした 』

 


If... ~もしもあの日に戻れるなら~

 


【テーマ】

再会と後悔と


【登場人物】

 

 尾野 太輝(20) -Taiki Ono-
莉絵と離れて初めて、自分の気持ちに気づく。
莉絵とは幼なじみ。地元の大学へ進学した。

 


 内田 莉絵(20) -Rie Uchida-
学生時代、太輝のことが好きだった。
太輝とは小学校からの付き合い。東京の大学へ進学。

【キーワード】

 

・同窓会
・垢抜けた彼女
・変わらないもの、変わったもの
・後悔

 

 


【展開】

 

・中学の同窓会で再会した二人。たった二年で垢抜けた感じの莉絵に戸惑う太輝。
・莉絵からたばこの匂いがして、自分の知らない莉絵だと感じる太輝。
・仲の良い幼なじみだったのに、離れて初めて自分の恋心に気づいた太輝。
・気持ちを伝えられないまま、莉絵にとっては昔の思い出となってしまったことに後悔する太輝。


《注意(記号表記:説明)》

「」 → 会話(口に出して話す言葉)
 M  → モノローグ(心情・気持ちの語り)
 N  → ナレーション(登場人物による状況説明)


※ただし「」との区別をつけるため、MおよびNは、:(コロン)でセリフを表記する。
 また本編は“N(ナレーション)”を中心に展開される。


【本編】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 


莉絵 「久しぶり」

太輝 N:そう言って彼女は、僕に笑いかけた。

 

     中学の同窓会。成人式で帰ってくる人らに合わせるからと、かつての委員長から連絡があった。
     そして今日がその日。
     あちらこちらで再会を喜ぶ声がしていた。

 

     それは僕も同じで――。

太輝 「あ、うん。久しぶり」

 


莉絵 「どうしたの?緊張でもしてる?」


太輝 「緊張?誰が?」

 


莉絵 「ん」

太輝 N:気づかないくらい小さく顎を突き出す彼女。
     一応、振り返ってみるが、後ろには誰もいない。

太輝 「ん?」

 


莉絵 「うん」

太輝 N:自分で自分を指差すと、彼女は微笑みながら頷いた。

太輝 「してた?」

 


莉絵 「うん、そう見える」

 


太輝 「たった2年だよ?それに時々連絡は取ってたわけだし」

 


莉絵 「だからだよ。なんでそんなに緊張してるんだろう、って」

 


太輝 「……それもそうか」

太輝 N:莉絵とは小中高と同じだった。
     高校を卒業して2年。
     これまでと比べたら全然短いのに、僕にとってとても長く感じた時間だった。

 

莉絵 「座りなよ。適当に始めてていいって。遅れてくる人たちもいるから」

 


太輝 「そう、なんだ」


莉絵 「何飲む?」

太輝 N:再会したら伝えたいことがたくさんあった。

 

     幼なじみで、それなりに仲がよくて、ずっと一緒だと思っていた。
     だからこそ東京への進学を決めた彼女を、あの時の僕は見送りに行けなかった。

 

     そうして離れて初めて知った、恋心。
     こんなにも君を好きになるなんて、思いもしなかった。

莉絵 「どうかした?」

太輝 N:彼女が動いた時、香水に混じってふわりとタバコの匂いがした。
     僕が知る限り、彼女の周りでタバコを吸う人はいない。
     それがわかっていたから、僕の中で一つの可能性が浮かび上がる。
     同時に伝えたいと思っていたことすべてが、意味を成さなくなると理解した。

 

莉絵 「ねぇ」

 


太輝 「あ、ううん。えっと…。とりあえずビールで」

 


莉絵 「ビールね。ちょっと待ってて」

太輝 N:彼女が席から離れると、当時仲の良かった友人たちから声をかけられた。
     僕と彼女のやり取りを見ていたのか、相変わらずだなとからかわれもしたが、あの時と今では
     僕らの間に見えない何かがあるような気がした。

 

     それは僕があの時、あの見送りの日、3番線に行かなかったことが原因のような気がして…。
     周りと一緒になってはしゃぎたいのに、今一つ気持ちが乗らなかった。

 

 


* * * * *

 

 


莉絵 「大学どこにするか決めた?」

 


太輝 「家から通えるとこって言ったら、あそこしかないでしょ。莉絵は違うの?」

 


莉絵 「私は東京に行くよ」

 


太輝 「……え?」

 


莉絵 「東京」

 


太輝 「とう、きょう…」

 


莉絵 「そ、東京」

太輝 N:幼なじみからの突然の告白。
     小学校からの腐れ縁だったから、今さらどうしてという気持ちがあった。

 

     僕は平静を装いつつも、内心とても困惑していた。

莉絵 「ずっと行きたいって思ってたんだ」

 


太輝 「将来のことを考えて?」

 


莉絵 「当たり前じゃん。それ以外で決めることある?」

 


太輝 「まぁ…」

 


莉絵 「ん?」

 


太輝 「ない、かな…」

 


莉絵 「でしょ?」

太輝 N:理由のつけられない苦しみ。胸の痛み。
     彼女の意見はもっともだし、応援すべきことなんだろうけど、なぜか僕は納得できないでいた。

 

 


 + + + +

 

 


莉絵 N:このままでもいいかなと思う時もあった。
     でもいずれこっちに戻ってくることになったとしても、せっかくなら東京で。
     ずっと憧れていた地で毎日を過ごすと考えただけで、楽しみで仕方がなかったから。

 

     彼に内緒で推薦を受けて、決まってどうにもならないタイミングでの告白。
     気にしてないような素振りをしていたけど、戸惑っているのがバレバレだった。

莉絵 「寂しくないわけないんだよなぁ…」

莉絵 N:ベッドに横になって、天井に手を伸ばす。
     左手の人差し指には、彼と出会ってすぐの頃にもらったおもちゃの指輪。
     部屋の片付けをしている時に、偶然出てきたものだ。

 


     出発は明日。3番線に来る電車に乗って、私はここを離れる。
     友達との別れは卒業式で済ませたし、改札を抜けてしまえば家族もいない。

 

     私は指輪をそっと外して、電話をかけた。

莉絵 「――もしもし、太輝?あのね…」


* * * * *


莉絵 「そういえばね」

太輝 N:彼女と再会してからだいぶ時間が経った頃、酔いがまわってる人がちらほら出始めた。
     彼女もそうだったのかはわからない。
     でもあの時と同じように、それは突然だった。

莉絵 「あの時好きだったんだよ。太輝のこと」

 


太輝 「へ、へぇ…」

 


莉絵 「もう!ちょっとは嬉しそうな顔しなよー」


太輝 「ちょ…。なんだよ、酔ってんのか?」

 


莉絵 「ぜーぜん」

 


太輝 「ほんとかよ」

 


莉絵 「えへへ」

太輝 N:ほっぺたにはほくろが2つ。
     髪は茶色に染まっていて、見ない間に随分大人っぽくなった気がする。

莉絵 「あ。笑うと目がなくなっちゃうんだ」


太輝 「知ってる、知ってる」

 


莉絵 「ちょっと見ないで。恥ずかしい」

太輝 N:照れて顔を隠そうとするとこ、変わってない。

 

     ふと彼女のグラスに目をやると、うっすら口紅がついていた。
     変わっていないと思いつつも、僕の知らない彼女がここにいる。
     それがなんだか悲しかった。

 

     そして彼女が動くたびに香る匂い。
     気になるほどじゃない微かなものなのに、僕の中では後悔が渦巻いていた。

太輝 「(呟いて)もしもあの時…」

 


莉絵 「ん?何か言った?」

太輝 N:もしもあの時、ちゃんと見送りに行っていたら。
     もしもあの時、この気持ちに気づいていたら。そして伝えていたら。
     きっと今頃は、お互いの隣を特等席だと笑って話していたかもしれない。

 

     思い出としか語られない今とは、まったく違う未来だったはずだ。

莉絵 「どうしたの?ボーっとして。酔っちゃった?」

 


太輝 「……いや、大丈夫」

 


莉絵 「そう?ならいいけど」

太輝 N:彼女の口から出るのは思い出ばかり。
     未来の話をしたとしても、そこには僕はいない。
     僕じゃない誰かが、彼女の傍にいる。

莉絵 「あ、ごめん。電話だ」

太輝 N:席を立ち、会場の隅に移動する彼女。
     遠くから見えたその顔は、記憶の中の彼女と同じ。
     笑う目尻に懐かしさを覚えつつも、その笑顔は電話の向こうの誰かに向けられている。

 

     泣きそうだった。
     見送りに行かなかったことを謝りもしないで、メールのやり取りは変わらないまま。
     『元気?』とか『桜は咲いた?』とか、ありきたりな内容を勝手に深読みなんかして。

     気づくの、遅すぎ………。

莉絵 「ごめんね。何の話だったっけ?」

 

 


 + + + +

 

 


莉絵 「――もしもし、太輝?あのね、私明日行くから…」

 


太輝 「うん」

 


莉絵 「お母さんたちが見送りに来るし」

 


太輝 「うん」

 


莉絵 「だから別に、あんたは来なくても…」

 


太輝 「それをわざわざ?」

 


莉絵 「え、うん。そっちも忙しいだろうなって」

 


太輝 「別に見送りくらい…」

 


莉絵 「いいよ。無理しないで」

 


太輝 「……またすぐに会えるから?」

 


莉絵 「そういうこと。だから、ね?」


 + + + +

 

 


太輝 N:今ならわかる。あれは強がりだったんだって。
     僕のことを好きだったからこそ、最後に二人きりになりたかったんじゃないか、って。

 

     今となっては、それも分からずじまい。僕は気づけなかったんだから。
     またすぐ会えるなんて嘘まで吐いて、離れてようやく恋だと知って、それでも会いたいと告げられ
     なくて。

 

     ようやく再会できたのに、謝りたいことがたくさんあったのに、時間はもう戻らない。

     変わらなかったのは、僕だけだった――。

≪ タイトルコール ≫


太輝 「 If... ~もしもあの日に戻れるなら~  」


 + + + +

莉絵 「それじゃ、行ってくるね」

莉絵 N:改札で両親と別れ、私は3番線のホームに。
     辺りを見渡すも、彼らしき人はどこにもいない。

莉絵 「……いない、か。そうだよね」

莉絵 N:素直に来てほしいと言えばよかった。
     せっかく電話までしたのに、彼の声を聞いたら強がってしまった。
     後悔なんてしたくなかったのに…。

太輝 N:意地を張っていたんだと思う。
     ホントは見送りに行くつもりだったのに、来なくていいと言われたから。
     なら行かない。そう決めてしまったら、行っちゃいけないような気がして…。

莉絵 N:扉が閉まるも、私の目にはその乗るはずだった電車が映っていた。
     一本、また一本と、東京行きの電車が私を置き去りにしていく。
     最終電車が来るまで待つも、ついに彼は現れなかった。

 

 


 + + + +

 

 


太輝 「何話してたっけ?」


莉絵 「えー。覚えててよ」

 


太輝 「ごめんごめん」


莉絵 「あ、そういえば」


太輝 「ん?」

 


莉絵 「私ね、あの時ホントは3番線で待ってたんだよ」

太輝 N:懐かしそうに微笑む彼女を前に、僕は――。

fin...

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