声劇×ボカロ_vol.41 『 吉原ラメント 』 ※一人二役 or 二人二役
untrue Hydrangea
【テーマ】
夢と現実と
【登場人物】
塔矢 樟葉(21) -Kuzuha Toya-
吉原での源氏名は「紫陽花」。
儚げに咲きながらも凛とした藍色の花。
自分の置かれた状況を受け入れつつも、普通の生活を夢みる。
強い覚悟をもった女性。
【キーワード】
・吉原での生活
・花に例えた心の変化
・空虚な心、繰り返される恋人ごっこ
・幼なじみへの想い
・雨(様々な比喩)
【展開】
・江戸の夜。華やかさの中に眠る一人の女。
・昔の自分と今の自分。比較を花になぞらえて。
・鳥籠の外の世界。憧れと願望と。
・偽りの感情と漏れる本音。
《注意(記号表記:説明)》
「」 → 会話(口に出して話す言葉)
M → モノローグ(心情・気持ちの語り)
N → ナレーション(登場人物による状況説明)
※ただし「」との区別をつけるため、MおよびNは、:(コロン)でセリフを表記する。
※「樟葉」と「紫陽花」でセリフが分けられている。それぞれで気持ちの違いを表す。
「樟葉」は彼女本人の気持ち。鳥籠の外を夢みる女性。
「紫陽花」は吉原での彼女の強気な心。現実を必死に生きる女性。
【本編】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
樟葉 N:江戸の町では今宵も宴が開かれる。行き交う人々が私たちを、その一晩に癒しを求めて…。
鏡を向いて、紅をひき、自ら赴く鳥籠の中。
そこに私はいない。いるのは彼女――「紫陽花」。
紫陽花「……わっちですか?わかりました、参りましょう」
紫陽花 N:わっちを買った殿方。そのお方に言われるがまま、ただそれに応じ、受け入れる。
ここではそれが、わっちが生きる証。
夢も希望も奪われ、運命に従うだけの空虚な存在。
生きるためとはいえ、わっちはそれほど安くはない。わかっているのに、どうしようもない。
それが、現実…。
でも…。
樟葉 N:あの頃の私は輝いていた。橙色の花のように、辛くても笑って生きていこうと思っていた。
それもある時から、光に満ちた心は、雨に濡れる紫陽花のように、暗い陰を落としていった。
本当なら、将来を共に誓う誰かのためだけの存在でいたかったのだけれど、
運命は私から自由を奪い、そしてその歯車を狂わせて行った。
紫陽花「…あっ、もう少しゆっくりと…っ」
紫陽花 N:そう言うと、大抵の殿方は奮起する。一晩限りの情事。偽りだらけの恋愛。
わっちを抱くことで、癒しを得、また明日を生きるための糧としている。
わかっている。ここでのわっちの価値なんてそれだけでしかない。
明日を、今日を生きるために、私は感じた「フリ」をする。
今宵もまた雨が降り、きっとそれは晴れることはない。
咲き乱れる傘の群れ。その隙間にいるわっちは、雨に濡れ、体を濡らし、
一縷(いちる)の望みを心にしまい…。
どうかわっちをこの鳥籠の外へ…。
* * * * *
樟葉 N:昔の夢を見た。あの頃の私には大好きな人がいて、その人に添い遂げることが私の…。
貴方にもらった橙色の花。私のようだと言ってくれて、好きになった綺麗な花。
でもある日、村の人に無理やり連れてこられたこの地に、その花は咲いていなかった。
咲いていたのは、雨に映える「紫陽花」と多くの娘たちがいるこの遊郭に咲く「傘」だった。
紫陽花「ようこそ、おいでくんなまし」
紫陽花 N:今宵もまた始まる恋人ごっこ。
口づけを交わし、吐息を漏らす。徐々に露(あらわ)になる肌に触れる、熱のこもった手。
感じる様(さま)を見せれば、またわっちを買いに来る。
その繰り返し…。
樟葉 N:それでも、この鳥籠から見える景色だけは、私をいつだって癒してくれる。
いつかあの人が私を連れ去ってくれる日が来るという小さな望み。
でもわかっている。今の私を見て、貴方がどんな顔をするかなんて…。
それに、結局、きっと…。
私はもう戻れない…。
そう毎日思いながら、私はまた藍色の花となる。
紫陽花 N:雨の日に輝く花。
紫陽花としてのわっちは、ここでは買われるだけの存在。
偽りを現実へと誘(いざな)う、稀有(けう)な存在。
昔の幸せだった日々なんて、望んだところで…。なんて。
樟葉 N:心を雨に溶かし、露(つゆ)となる。
紫陽花 N:吉原に降る雨が、わっちを濡らす。
樟葉 N:そんな私でもいいというならば、どうか、どうか貴方が私を買っていってくんなまし。
紫陽花 N:一夜限りの、偽りだらけのわっちを、どうか枯らしてくんなまし。
樟葉 N:今宵もまた雨が降る。
女たちの悲しみの音(ね)を、咲き乱れる傘が奏でる。
夜が明け、私はまた鳥籠に戻る。
降っていた雨は上がり、見上げると、そこには気持ちのいい青空。
それはまるで、あの日の貴方との日々を思い出させるかのような――。
???「すまない、遅くなった」
樟葉 N:座り込んでいる私に、声をかけてきた殿方。
殿方の手には、あの橙色の――。
――憶えている。ほつれた糸を手繰り寄せ、紡ぐ。
???「君を買いたいんだが」
紫陽花 N:そう願った。偽りだらけのわっちが、唯一身も心も許せるあの方になら、と。
でもそれは間違いだった。
他の殿方と同じように、わっちを一夜限りの恋人として見て欲しいんじゃない。
樟葉 N:鳥籠の外に出たいんじゃない。貴方に連れ去られたいのだと。
差し伸べてくれたその手を、もう離さない。離したくない。
紫陽花「……わっちはそれほど安くはないぞ?」
樟葉 N:貴方はクスリと笑みを零し、手にしていた橙色の花を私の髪に。
心を覆っていた雲を吹き飛ばすような陽(ひ)の光。
ずっと心に降っていた雨とともに、紫陽花の彼女も役目を終える。
今日から私は、貴方だけの一輪の花でありんす。
≪ タイトルコール ≫
紫陽花「 untrue Hydrangea 」
(アントゥルー ハイドレンジャ)
樟葉 「身も心も濡れた私を、その名で受け止めてくれた彼女」
紫陽花「器であったわっちは、其方(そなた)の仮の姿」
樟葉 「いつか私もあの花のように咲けると信じて」
紫陽花「わっちの出番はもう終(しま)いじゃ。
“水の器”なぞ、其方の手を引くそこの者がやってくれようぞ」
樟葉 「今までありがとう、紫陽花――」
fin...