声劇×ボカロ_vol.52 『 ソルティーサイダー 』 【 ソライロの四季 《 夏 》 】
ソルティーサイダー
【テーマ】
秘めた想い
【登場人物】
今井 直子(17) -Naoko Imai-
涼に片想い中の女の子。
友達止まりの関係を変えたいと思っている。
昭島 涼(17) -Ryo Akishima-
意地悪な面もあるが、基本的には優しい男子。
直子の気持ちには気づいていない。
【キーワード】
・友達
・本音
・近くて遠い存在
・もどかしい想い
【展開】
・ある日の帰り道、涼に呼ばれて振り返る直子。一緒に帰ることに。
・「友達」と思っている涼。「友達」のままでいたくない直子。
・立ち寄った駄菓子屋。いつものように、涼からサイダーを受け取る直子。
・想いを伝えずにいようと決める直子。
・大人になって思い出した記憶の一ページ。
《注意(記号表記:説明)》
「」 → 会話(口に出して話す言葉)
M → モノローグ(心情・気持ちの語り)
N → ナレーション(登場人物による状況説明)
※ただし「」との区別をつけるため、MおよびNは、:(コロン)でセリフを表記する。
また“N”の中に心情(M)を含ませることもあり。
【本編】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
直子 N:どうして今、思い出したのだろう。
それは地元にいた頃、気になる彼との関係にやきもきしていた私の記憶。
今と違って、高校生で携帯なんてほとんど持ってなかった時代。
メールのやり取りで距離を縮めるなんてできなかった時代。
きっと今度、同窓会があると知ったから…かな?
* * * * *
涼 「おーい、ナオ!」
直子 N:学校からの帰り道、自転車を押して登っていた坂の途中で、私は誰かに呼ばれた。
振り返って視界に入ったのは、彼。
涼 「ほらほら、がんばれ!もうちょっとだぞ」
直子 「…うっさい。じゃあなんで声かけたの?」
涼 「いや、姿が見えたから」
直子 N:なんでこの男は…。そう思った。
1年の時同じクラスだった涼とは、違うクラスになった今でも、こうしてよく話していた。
気が合うというか、一緒にいて楽だったこともあり、いつの間にか好きの対象になっていた彼。
でもまだ、想いは伝えられていない。
涼 「ほら、あとちょっと…。よっしゃ、頂上!」
直子 「はぁ、はぁ…。頂上って…。ただの坂道じゃん」
涼 「がんばったお前にプレゼントをあげよう」
直子 「は?」
涼 「目つぶって」
直子 「なんで?」
涼 「いいから!」
直子 N:笑顔に負けて、私は彼の言う通りに目を閉じた。
「はい」と言って渡されたものの感触は気持ち悪くて、すぐに私は目を開ける。
直子 「きゃああああ、ちょ!なに、これぇ!!」
涼 「あはははは!!」
直子 「なななな、なに!?」
涼 「(笑いを堪えようとして)くっくっく…。抜け殻、蝉の…」
直子 「ホントなんなの、あんた!」
涼 「あはははは!!予想通りすぎる」
直子 N:それは小学生がしそうないたずらで、私もまさか高校生になってされるなんて思っていなくて。
驚きすぎて涙さえ出てきた私。彼も涙目だったけど、それは私の反応を見てのもの。
彼の笑顔が可愛くて、それ以上なんだか怒るに怒れなくなって。
そして彼につられたように、私も笑みを見せて。
ホント、反則だよ…。
涼 「やっぱお前いねーとつまんねぇわ!」
直子 「あんたそれ、私をバカにしてる?」
涼 「してない、してない。……ぷっ、くっく…」
直子 「バカにしてんじゃん。笑いすぎ」
涼 「悪かったって!ほら、帰ろうぜ!」
直子 「言われなくても、帰りますー」
直子 N:理由はともかく、好きな人が私の姿を見つけて追いかけてきてくれた。
そのことが嬉しかったはずなのに、素直になれない私は、素っ気ない態度をとってみせる。
涼 「なぁ、ずっと友達でいような」
直子 N:彼を置いて先を歩いていた私の耳に、不意に入ってきた言葉。
振り返り、何か言った?といった感じで、首を傾げてみせる。
涼 「なに?どうした?」
直子 「ううん、なんでもない。さ、帰ろう」
涼 「それさっき俺が言った」
直子 「はいはい、そうだね」
涼 「なんだよ、つまんねーな」
直子 N:変わらずみせた素っ気ない態度も、内心はさっき聞こえた言葉の答え合わせ。
結局正解なんてわからなくて、きっと私の耳が壊れてるんだなって、自己完結。
…だったのに。
涼 「うおっ、なにすんだよ!」
直子 N:家に着いた私は、庭にあったホースの口をつぶして、彼に水しぶきを浴びせた。
涼 「やめっ、ちょ…!」
直子 「あはははは!!仕っ返しー!」
涼 「てめ…っ、ナオ!そいつよこせ!」
直子 「やーだよー。取れるもんなら取ってみなよー」
涼 「言ったな。覚悟しろよ」
直子 N:ホントは聞こえていた。答え合わせなんて、する必要なかった。
彼より少し先を歩いていた私。振り返りたくても振り返れない理由が、並んで歩けない理由が
私にはあった。だから私は子供のように、彼と一緒になってはしゃいだ。
涙の跡なんて、見せたくなかった…。
* * * * *
涼 「あっちーな」
直子 N:数日後、また同じように声をかけられた彼との帰り道。
しばらく歩いて、私は彼の袖を引っ張る。
いつも通りに、自然な感じで。
直子 「ねぇ、喉渇いた」
涼 「……」
直子 N:その言葉に、彼は無言で歩き出した。
私より背の高い彼の横顔を、私は静かに眺める。
涼 「待ってろ」
直子 N:着いた先は通い慣れた駄菓子屋。外のベンチに腰掛け、彼の帰りを待つ。
涼 「ほら」
直子 N:戻ってきた彼の両手には、いつもの汗をかいたサイダー。
今まで何度も手渡しているはずなのに、その仕草がぎこちなくて、途端に悲しくなった。
気持ちを悟られないように、私はいつも通り。
直子 「ん、ありがと」
涼 「おう。(飲んで)………くーっ、やっぱこれだろ!」
直子 「なんだ、あんたも飲みたかったんじゃん」
涼 「そりゃ、こんだけ暑いとな。(飲んで)………ふーっ」
直子 N:隣にいるはずなのに、濡れて曇るビン越しの彼は、ぼやけて見える。遠くなる。
ビンの外側に映る青空は、とてもはっきり見えるのに…。
直子 「(呟いて)……友達でいいよ」
涼 「なに?」
直子 「ううん、なんでもない」
涼 「…? 変なやつ」
直子 N:口から漏れた言葉。心の中にしまっておくつもりだった言葉。
強がりなんて意味がないのに、そんなことを呟いた私の口は、きっと壊れてるんだって思った。
涼 「相変わらず、飲むのおっせーな」
直子 N:そんなことを言いながら、いつも彼は私が飲み終わるのを待ってくれる。
ホントは彼のように、喉の渇きを潤したかった。
それをしないで噛みしめて飲むのは、少しでも彼を引き止めておきたくて、
彼の隣にいられるこの時間を、もっと過ごしていたくて。
でもね…。
今日はしょっぱい味がするの。
なんでかな…?
涼 「さ、帰ろうぜ」
直子 「ごめんね、帰るの遅くなるね」
涼 「いいよ、別に」
直子 「あ、送ってくれなくていいよ」
涼 「いいよ、送る」
直子 「でも…」
涼 「俺のこと気にするんなら、さっさと立て。帰るぞ」
直子 N:ぶっきらぼうだけど、優しいと感じてしまうのは、私だけなんだろうな。
途中、つむじ風が舞って、彼の肩に一枚の木葉が止まる。
気づかずに歩く彼の後姿は、たまらなく愛おしく見えて、また好きの気持ちが溢れてくる。
友達と思われていること。変わらない彼への想い。
両方がごちゃ混ぜになって、正直もうどうしたらいいかわからない。
涼 「…どうした?」
直子 N:私が立ち止まれば、一緒に立ち止まってくれる。
涼 「具合でも悪いのか?」
直子 N:様子がおかしいと見えたら、心配してくれる。
好きで好きでしょうがないのに、彼の『友達宣言』が私の心に蓋をする。
告白する覚悟だってあったのに、今じゃちゃんと顔すら見れなくなっている。
もう、やだ…。
夢なら覚めて…。
涼 「大丈夫か?」
直子 「ん?うん。大丈夫」
涼 「そっか」
直子 N:あと一歩。もう一歩。
手を伸ばせば届きそうな彼との距離は、近いようで遠い。
涼 「って!なにすんだよ!!」
直子 「べっつにー。なんでもないよーだ」
涼 「じゃあなんで急に叩いてきたんだよ!」
直子 「なんでだろうねー」
涼 「お前、意味わかんねーよ!」
直子 「あはははは!!」
涼 「おい、こら待て!ナオ!!」
直子 N:バシッと彼の背中を叩いて、私は彼から逃げるようにして家に入った。
彼と一緒に、彼への想いをそこに置き去りにして…。
頭の中も、胸の苦しみもぐちゃぐちゃになった。
友達のままでいいと、二度も自分に言い聞かせた。
そんなことを考えてしまう、私のココロは壊れてるんだと思った。
それでも想いを告げなかったのは、またいつの日か彼と再会した時、今と同じような笑顔のままで、
もう一度はしゃぎたいと、そう思ったから。
だから今は、このままで…。
≪ タイトルコール ≫
涼 「ソルティーサイダー」
直子 N:あの夏の日、私は想いを口にしない選択をした。
いつか甘くなると思っていたサイダーは、大人になって久しぶりに飲むと、ほんのり甘い。
そんな気がした。
それは私の中で、一つの決着がついたことを意味していた。
涼 「相変わらず、飲むのおっせーな」
直子 「うるさい。変わらないね、そういうとこ」
涼 「お前が俺の何を知ってるっていうんだよ」
直子 N:知ってるよ。ずっと見てきたから。ずっと好きだったから。
同窓会で再会した彼に、私はもう一度恋をする。
昔よりも成長した心を、今度は置き去りになんかしない。
この想いを、君に――。
直子 「ねぇ、涼。私ね――」
fin...