声劇×ボカロ_vol.37 『 僕のすべて君へのすべて 』
It's too late for Regrets
【テーマ】
想いの行方
【登場人物】
道下 陽麻(23) -Haruma Michishita-
幼き日に抱いた想いを持ち続ける。
時が経ち、ようやく想いを伝えようと決意する。
花宮 千絵(23) -Chie Hanamiya-
陽麻と久しぶりに再会する。
隠してきた想いをずっとそのままにしようと…。
【キーワード】
・幼なじみ
・再会
・遅すぎた真実(おもい)
・思い出と後悔の涙
【展開】
・わざと千絵と疎遠になっていた陽麻。大人になって再会することになる。
・千絵の存在の大きさを再確認する陽麻。長年の想いを伝える。
・千絵の口から出た言葉に息をのむ陽麻。遅すぎた真実(おもい)に涙を見せる二人。
・溢れる千絵とも思い出に涙が止まらない陽麻。千絵を引き止めることもできず、後悔だけが残る。
《注意(記号表記:説明)》
「」 → 会話(口に出して話す言葉)
M → モノローグ(心情・気持ちの語り)
N → ナレーション(登場人物による状況説明)
※ただし「」との区別をつけるため、MおよびNは、:(コロン)でセリフを表記する。
また“N”の中に心情(M)を含ませることもあり。
【本編】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
千絵 N:いつも隣にいてくれるから、すぐに気づいた。
そこに彼がいることは、私にとってはごく自然なことで。
笑って、怒って、泣いて…。
同じ時間をいつだって一緒に過ごしてきた私たちは、言葉にしなくてもお互いに繋がっていた。
でも、それだけ…。
年を重ねるにつれ、言葉の重みを気にする私…。
伝えること。その大切さが欠けた彼との関係は、私の一方通行なんだって…。
私は今日、久しぶりに彼と会う。
ずっと抱(いだ)いていた想いを、彼に気づかれないように――。
* * * * *
陽麻 「千絵?(笑って)はは、久しぶり」
千絵 「うん、久しぶり」
千絵 N:なるべく自然に私は返す。久しぶりだからって、よそよそしくはしたくなかったから。
でも思っていたほど、戸惑いも緊張もなくて、少しホッとした。
千絵 「最近全然会ってなかったのに、すぐにわかったよ」
陽麻 「やっぱり?」
千絵 「陽麻も?」
陽麻 「(笑って)うん。そういう物なんだろな、幼なじみって」
千絵 「かなぁ」
陽麻 N:あの頃の日々を思い出す。
同じ時間を歩んできた僕らは、お互いに好きな物も嫌いな物も何でも知ってる。
そりゃ多少変わったところもあるんだろうけど、基本は同じ。
きっと外見もそう。だからすぐにわかった。
千絵 「ん?なに?」
陽麻 「え、あ…。(笑って)いや、なんでもない」
千絵 「なにー、もー」
陽麻 N:僕は笑って誤魔化す。
数年会わなかっただけなのに、また少し綺麗になっている彼女に僕は見惚れていた。
千絵 「ねぇ、久しぶりなんだし、家の近く歩いてみよっか?」
陽麻 「そうする?」
千絵 「あ、ひょっとして陽麻、他に行きたいところあった?」
陽麻 「そういうわけじゃないんだけど…」
千絵 「じゃあ、いいじゃん。行こっ」
陽麻 N:今日僕は、ある決意を持って彼女に会いに来ていた。
だからそれを伝えるのが、思い出と同じ景色ということに、少し動揺してしまったのかもしれない。
+ + + +
千絵 「あのね、いくら幼なじみだからって、小っちゃい頃からの呼び方もどうかと思うの」
陽麻 「じゃあなんて呼ぶんだよ?」
千絵 「う~ん…。やっぱ呼び捨てかな、普通に」
陽麻 「……ち、千絵?」
千絵 「…陽…、麻?」
陽麻 「あーっ!なんかはずっ!」
千絵 「ま、まぁ。すぐに慣れるでしょ」
+ + + +
陽麻 N:そんなやり取りをしていた頃もあった。
『ハル』から『陽麻』、『ちー』から『千絵』。
幼なじみという関係から、一歩前に進んだと思っていたあの頃。
でも胸の中の想いを伝えるには、あまりにも僕らは近くにいすぎて。
何も言わずにわかってくれ、なんて虫が良すぎる話で。
それがわかっていても、この関係を壊すのが怖くて。
その結果が今――。
千絵 「陽麻、そっちじゃないよ!こっちこっち!」
陽麻 「あれ、そうだっけ?」
千絵 「(笑って)なに?実家の場所も忘れたの?」
陽麻 N:僕らの関係はあの頃のまま。
呼び方は変わっても、『ハル』と『ちー』。
出会ってもうだいぶ経って、わざと距離をとって他の人を好きになったりもしたけど、
君を超える存在は、やっぱりいなかった。
千絵 「でもホント、元気そうでよかった」
陽麻 「それはこっちの台詞。何気に危なっかしいもんな、千絵は」
千絵 「えっ!?そんな風に思ってたの?」
陽麻 N:そんなこと思ってもいなくても、つい口に出てしまう。
僕は昔のように、彼女のいろんな顔が見たいって思ってしまったんだろう。
ふと一人でいるときに思い出していたのは、いつも彼女。
疎遠になっても、声を聞きたくなる瞬間があった。
怒った顔、笑い声、しょんぼりした顔。
記憶の中の彼女はどれも魅力的で、僕の気持ちを留めるには十分だった。
あの頃、きっと僕にしか見せなかった顔もあったはず。
そう思った時、閉じ込めていた想いが一気に溢れ出た。
千絵 「懐かしいね、ここ。小さい頃はよく暗くなるまで遊んだっけ」
陽麻 「…うん」
千絵 「あそこでは雨宿りもしたよね、一緒に」
陽麻 「……うん」
千絵 「うん、ばっかじゃなくて、他になんかないの、もう」
陽麻 「いや、だってお前…。無邪気なとこ変わってないな、って」
千絵 「(焦って)うそっ?え、私そんなにはしゃいでた…?」
陽麻 「ん、だいぶ」
千絵 「しょ、しょうがないよ。陽麻とここに来るの、私だって久しぶりなんだから」
陽麻 N:思い出の公園。懐かしい風景。
たくさんの星たちが見守る中、僕は彼女に想いを伝える――。
千絵 N:彼と再会したことで気持ちが昂(たかぶ)っていたのか、自分から心の扉を開けてしまった。
一緒にいるだけで安心する。心地いい。
それはあの頃と変わらない感情だった。
でもそれはもう思い出の1ページとして閉じよう。
私と彼は、あの頃も今も、幼なじみ――。
陽麻 「……千絵」
千絵 「ん、なに?」
陽麻 「俺、千絵のことが好きだ」
千絵 「……え?」
陽麻 「…ずっと、好きだったんだ」
千絵 N:冗談かと思った。でもその目はまっすぐに私を見ている。
陽麻 「ずっと言いたかった。だいぶ遅くなったけど」
千絵 「……そ、か」
千絵 N:私の一方通行なんだって思い込んでた。
でもそんなことなくて、信じて待ってればよかったんだって。
陽麻 「…千絵?」
千絵 「(涙ぐんで)ううん、なんでもないの」
千絵 N:私から離れていった彼。そんな彼をただ信じて待つなんて、私にはできなかった。
好きだって気持ちも、ずっと一緒にいたいって気持ちも隠して、私は今日彼に会うって決めたのに。
陽麻 N:幼なじみじゃなくて、ただの友達だったら――。
そう思うことはいつだってあった。
でも幼なじみだからできたこと。見れた顔。互いを思いやる気持ち。
遅くなってしまったけど、やっぱり伝えたかった。
『好き』。
これが僕のすべてで、君へのすべて。
ねぇ、千絵。君は…?
千絵 「(涙を堪えて)ぐすっ」
陽麻 N:泣いているように見える彼女。
顔を手で覆い隠した彼女の指には、光る物があった。
千絵 「…もう遅いよ。私だってずっと好きだったのに…」
陽麻 N:指に光る物。彼女の言葉。
僕はすべてを察した。
どこかで繋がっていた赤い糸が、するりと解(ほど)ける音。
僕の恋が、終わりを告げた――。
* * * * *
千絵 「明らかに今なにか隠したでしょ?」
陽麻 「えー?いや、なんのことかなぁ」
千絵 「しらばっくれんなっ。言わないなら…、こうだ!」
陽麻 「え、ちょ…っ。やめっ、くっ。ぷっ、あはははは」
+ + + +
陽麻 「それで、さ…」
千絵 「ん?」
陽麻 「今度の休み、遊び行かね?」
千絵 「へ?……あ、お礼ってこと?」
陽麻 「(照れ隠し)ま、まー、そんな感じ」
+ + + +
陽麻 「ごめん、ちー。遅くなって」
千絵 「ホントだよ。ハルが誘ってきたんでしょ?」
陽麻 「な、なんか奢るからさ!機嫌直して」
千絵 「むー。しょうがないなぁ」
* * * * *
陽麻 N:蘇る彼女との思い出。
その思い出に呼応して溢れ出る涙で、僕は前が見えなくなっていた。
千絵 「…それじゃ、私もう帰るね」
陽麻 N:そう言って去っていく彼女を、引き止めることもできない。
手を伸ばしても、本当の意味で届かないことに気づいてしまった。
それでも差し出した手を、僕は握りしめる。
後悔してもしきれないこの気持ち。
今まで伝えなかった後悔が、消えない。
みっともなくたっていい。僕はその場に泣き崩れそうになった。
千絵 「…陽麻」
陽麻 N:何かを思い出したかのように、彼女は戻ってきた。
そして僕の手を引いて、耳元でこう言った。
千絵 「好きになってくれて、ありがとう」
≪ タイトルコール ≫
陽麻 「 It's too late for Regrets 」
(イッツ トゥー レイト フォー リグレット)
千絵 「私だって後悔してないわけじゃない。でも…」
陽麻 「あの頃の僕らは、確かに想いは繋がっていた」
千絵 「言わなきゃわからない。伝わらない」
陽麻 「ホントに大事だったら、逃げちゃいけないこと」
千絵 「言葉の重み。伝えることの大切さ」
陽麻 「消えないままの後悔から、君から、僕が学んだこと」
千絵 「あなたとの恋は思い出へ」
陽麻 「君への恋を思い出にして、僕は――」
fin...