声劇×ボカロ_edit.03 『 さよならメメントロジー 』
I never let go of the memory of you.
【テーマ】
さよなら大好きだった人
【登場人物】
山岸 沙良(23) -Sayo Yamagishi-
大学で一つ先輩の卓也と知り合い、話が合った事で仲良くなる。
一緒に遊んだりしているうちに、好きになり告白。付き合い始める。
社会人1年目で卓也とは違う企業で働いている。
大変なりに充実した日を過ごしている。
大山 卓也(24) -Takuya Oyama-
大学で一つ下の後輩の沙良と知り合い、仲良くなる。
当時好きな人がいたが、沙良に告白された事で付き合い始める。
社会人2年目で沙良とは違う企業で忙しい毎日を過ごしている。
その企業で沙良とは他に好きな人ができてしまう。
【キーワード】
・嫌な予感
・強がりと不安
・本音と嘘
・さようなら
【展開】
・卓也からの電話。電話越しの声に嫌な予感がする沙良。
・当たってしまった予感に耳をふさぎたくなる沙良。沙良を傷つけるのを躊躇い、黙りこむ卓也。
・気づいてしまった他の女の人の存在。心とは裏腹な言葉を口にする沙良。
・沙良と卓也の関係の行方は…。
《注意(記号表記:説明)》
「」 → 会話(口に出して話す言葉)
M → モノローグ(心情・気持ちの語り)
N → ナレーション(登場人物による状況説明)
※ただし「」との区別をつけるため、MおよびNは、:(コロン)でセリフを表記する。
また“N”の中に心情(M)を含ませることもあり。
【本編】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
卓也 「今日の夜って空いてる?話があるんだ」
沙良 「あー、うん。空いてるよ。私の家でいい?」
沙良 N:電話越しに感じた嫌な予感。それを振り払いたくて、わざとちょっと元気なフリ。
卓也 「あ、おう…。7時くらいでいいか?」
沙良 「うん、いいよー。そういえば私の家来るの久しぶりよね?ついでにご飯作っとくから
楽しみにしててね!」
卓也 「あ、いやそれはい(いから)」
沙良 「(被せて)じゃあ7時にね!」
卓也 N:俺の言葉なんて無視して、一方的に電話を切られた。
それはまるで何かに気づいたようで、その先の言葉を拒むかのように。
沙良 N:『どうしてそんな声を出すの?何の話をするの?』
その言葉が出そうになって、私は誤魔化しがバレないように勢いよく電話を切った。
いつもよりも低い声のトーン。電話越しに伝わる、彼のどこか距離をおくような話し方。
嫌な予感がした。彼の言葉を、考えをそれ以上聞きたくなくて。
でもこれは問題を先延ばしにしただけ…。うん、ちゃんと自分でもわかってる。
それでも電話で聞くよりはマシ。だから――。
どうか…どうかこの予感は当たりませんように…。
いるかどうかもわからない神様に、私はそう祈った。
* * * * *
沙良 N:もうすぐ約束の時間。
体が震えてるのは、きっと寒さのせいじゃない。
久しぶりに会える嬉しさと、渦巻く予感が私の身体を覆い尽くす。
卓也 「(深呼吸して)……ふぅ」
卓也 N:俺は彼女の家の前で、しばらく立ち尽くしていた。
インターホンに手を伸ばすも、なかなか押せない。
覚悟は決めてきたつもりだった。
電話をした時点で、揺るぎない覚悟でいたつもりだった。
でも彼女がそこにいる。
これを押して音が鳴れば、彼女は俺の前に現れる。
+ + + +
沙良 「卓也、いらっしゃい!」
卓也 「おう。ごめん、遅れて」
沙良 「大丈夫だよ。ちゃんと連絡くれたでしょ?さ、入って入って」
+ + + +
卓也 N:彼女が笑顔でドアを開けて、俺を出迎える。
どうしてだろう。そんなことを、俺は思い出していた。
きっとそれが、まだこうしてここに立ち尽くしている理由なのかもしれない。
卓也 「……ふぅ。よし」
卓也 N:俺は覚悟を決め直して、インターホンに手を伸ばす。
もう限界なんだ。別れよう。
距離を置きたい。
お互いの為に、別れよう。
考えた台詞は、どれもしっくり来ない。
どのみち別れ話は避けられないんだ。だったら――。
卓也 「……俺自身の今の気持ち、正直に言った方がいいよな…」
卓也 N:そう呟いて、俺はインターホンを押した。
反応がない。もう一度押そうかとした時、家の中から声がして、彼女が出てきた。
卓也 「…おっす。久しぶり」
沙良 「久しぶり。寒かったでしょ。さ、入って入って」
卓也 「…あ、おう。お邪魔します」
沙良 N:平静を装って彼を迎える。
チャイムが鳴った時、身体が大きく震えていた。
沙良 「もうすぐできるから、適当に座って待っててー」
卓也 「ちょっと座って」
沙良 「なにー?」
卓也 「いいから。こっち来て」
沙良 「でも、焦げちゃうよー?」
卓也 「火消して、こっち来て」
沙良 N:これ以上は逃げられないと、私は悟って、おとなしく彼の隣に座る。
話がある。そう言われた時から、どんな話なのか見当はついていた。
だから隣に座ったのはわざと。
沙良 「なーに?」
卓也 N:俺は隣に座ってきた彼女と向き合うように座り直す。
卓也 「あのさ…」
卓也 N:いざとなると言葉が出て来ない。
自分はそんなことない、なんて笑ってたことあったっけ。
俺は下を向いたまま、黙ってしまった。
沙良 「ねぇ。なーにー?」
沙良 N:わざと知らないフリして、甘えてみる。
私は大事なことから、真剣に向かってこようとしている彼から目を逸らす。耳を塞ぐ。
このまま言わないで、諦めて…。
わかってるの、あなたが言おうとしてること…。
聞きたくないの、聞きたくない…。
卓也 「あの…さ………別れよう。俺たち」
沙良 「え…。何の冗談?」
沙良 N:ここでもまた知らないフリ。そうしたらまだ取り戻せる、なんて思ったのかな。
なんとなくこんな日が来ると分かっていた。
最近はメールも電話もあまりお互いになく、デートの数も減っていた。
でも、わかってたけど、やっぱり――。
卓也 「冗談じゃない。ごめん」
沙良 N:私が好きなだけじゃダメなことくらいわかってる。
わかってても、誰かに聞きたくなる。彼に聞きたくなる。
どうして?ねぇ、どうして?
「ごめん」なんて言葉聞きたくないよ。
神様、いるならお願いします。どうか時間を戻してください。彼と出会った頃に…。
卓也 N:沙良が好きだった。でもそれ以上に今一緒にいたいと思う人に出会ってしまった。
ごめんな、ごめん。
神様、できることなら彼女と付き合う前に戻してください。彼女が傷つかないように…。
沙良 N:涙が出そうになって、慌てて上を向く。
涙を見せないのは、あなたへのせめてもの愛情表現。
それでも震える声は隠せない。
沙良 「理由を…聞かせてもらえる…?」
卓也 N:俺に向き直った彼女がそっと呟く。
彼女の声は震えていて、その目はうっすらと赤い。
泣くことを我慢しているのが俺にもよくわかった。
これ以上彼女を悲しませたくない。そんな勝手な想いが、視線をまた逸らす。
沙良 N:黙り続ける卓也。彼が考えていることが手に取るように分かってしまう。
ずっとあなただけを見てきたんだよ?
あなたの事を考えて。あなたとの幸せな未来を考えてきた。
それなのに…。
ねぇ、何か言ってよ。お願い…。
沙良 「私に言えないこと、なの…?」
卓也 「そうじゃ…ないけど…。俺はこれ以上沙良を悲しませたくないんだよ」
沙良 「勝手なこと、言わないで…よっ」
沙良 N:そう言いつつも、彼のその一言で分かってしまった。
他に好きな人ができたんじゃないか、って。
大学で知り合って、あなたの事を好きになって、逢いたくて、追いかけて。
何で今さら思い出すんだろう。
あなたとの思い出なんて忘れてしまえたらいいのに。
卓也 N:やってることと言ってることがムチャクチャなのはわかってる。
俺の言葉で、おそらく彼女は気づいてしまっただろう。
また昔を思い出す。
大学時代、最初は好きな人もいたし、可愛い後輩としか思っていなかった。
でも告白されて、そのうち惹かれていって。
思い出の中の彼女は、いつも笑顔で。
沙良 N:当時卓也に好きな人がいたのは知っていた。
ずっと彼のことを見てたから。
それでも、私のことを見てほしくて。どうにかして振り向かせたくて。
付き合うことになった頃は、好きだった人の代わりなのかなって思ってた。
でもそうじゃないって分かって、嬉しくて、何度も「私のこと好き?」なんて聞いたりして。
あの頃の彼は、いつだって私に笑いかけてくれた。
沙良 「たとえ他に好きな人ができたんだとしても、私はやっぱり…。卓也のこと、好きだよ」
卓也 「ありがとう。でも…ごめん」
沙良 N:やっぱり好き。その想いは変わらない。
でももう、どうしようもないんだね…。
沙良 「……そっか」
卓也 「…うん」
沙良 M:………やだ。
卓也 「だからすぐ帰るよ」
沙良 M:行かないで…。
沙良 「うん。分かった」
卓也 M:言わなきゃ。
沙良 M:言いたく、ないよ。
沙良 「じゃあ…。サヨナラ、だね」
卓也 「ごめん。ホントにごめんなさい」
沙良 N:好きなのに、どうしてダメなの?
卓也 N:俺には謝ることしかできない。
沙良 「もう謝らないで」
沙良 N:それ以上謝られたら、心が潰れてしまいそうだから。
卓也 「沙良の気持ちはすごく嬉しい。俺はちゃんと愛されてたんだなって実感できたから」
卓也 N:でももうサヨナラ。これは俺のわがまま。
幸せだった日々から、大切だった彼女から、俺は手を放す。
俺も沙良が大好きだった。本当に愛してた。
沙良 「ちゃんと言いにきてくれてありがとう。ほら、もう行って?」
沙良 N:精一杯の笑顔を向けて、私は彼を送り出す。
卓也 「……今までありがとう」
沙良 N:彼は歩いていく。振り返らずに。
私はまだしばらくは彼を忘れられないでいるだろう。
でも私だけ立ち止まるわけにはいかない。
だから今は、今だけは――。
沙良 「(泣いて)ぐすっ、うっ、うっ。大好きでした…っ」
≪ タイトルコール ≫
卓也 「I never let go of the memory of you.」
(アイ ネヴァ -レット ゴー オブ ザ メモリ- オブ ユー)
沙良 N:卓也と別れてしばらくして、ようやく心の整理もついてきた。
それでも今でも思い出す。彼の声。彼の匂い。彼の仕草。
ふと思う。
彼は無事に想いを伝えられたのかな。
卓也 「でさ、それがこーんなんでさー!すごくね?」
沙良 「……え?」
卓也 「じゃあ今度一緒に行こう!」
沙良 N:聞こえてきた声。すれ違いざまに香った匂い。
私は懐かしい気持ちとともに振り返る。
そこには、あの頃私に向けていた時と同じ笑顔の彼がいた。
そっか。うまくいったんだね。よかった…。
幸せそうな彼を見て、悔しさよりもなぜか安心した気持ちになった。
思い出の日々は、きっとこれからもずっと忘れないだろう。
あの日の私は、ちゃんと彼の目に映っていたんだから――。
沙良 「……さようなら。私の愛した人」
沙良 N:あの日から口にできなかった言葉を、私は呟いた。
fin...