クリスマス声劇
step × step
【テーマ】
一歩ずつの距離
【登場人物】
羽柴 佑一(25) -Yuichi Hashiba-
清見 理紗(21) -Risa Kiyomi-
【キーワード】
・クリスマス
・ゼロ距離
・互いのいる場所
・今までとこれからと
【展開】
・付き合って初めてのクリスマス。楽しみな理紗と、素っ気ない佑一。
・些細なすれ違いで、ケンカしてしまう二人。
・クリスマス当日、けろっとした顔で待ち合わせ場所に来る佑一。
・互いの距離、気持ちの大きさを確認しあう。そして…。
《注意(記号表記:説明)》
「」 → 会話(口に出して話す言葉)
M → モノローグ(心情・気持ちの語り)
N → ナレーション(登場人物による状況説明)
※ただし「」との区別をつけるため、MおよびNは、:(コロン)でセリフを表記する。
【本編】
佑一 「…好きだよ」
理紗 N:あなたにそう言われ付き合い始めてから、10ヶ月。もうすぐ初めてのクリスマス。
それなのに、最近のあなたは部屋にこもりっきりで、デートらしいデートなんてしばらくしてない。
理紗 「ねぇ、佑一。たまにはどっか行こうよ」
佑一 「えー?あー、うん」
理紗 「ねぇ、聞いてるの!?」
佑一 「いや、聞いてるけどさぁ。俺寒いの苦手なんだよ」
理紗 「だからって!……わかった。もう、いい」
理紗 N:最初の頃は、いつだって私のことを考えてくれて、いろんなとこに行ったりしたのに、
慣れた関係になってしまったのか、いわゆる倦怠期に入ったのか、あまり構ってくれなくなった。
あなたも変わらずに、私と同じ気持ちでいると思ってたのに、そう思ってたのは、私だけだった
のかな。
佑一 「あれ、もう帰んの?」
理紗 「うん…」
佑一 「駅まで送ってくよ?」
理紗 「……いい」
佑一 「なんでだよ。ほら、行くぞ」
理紗 N:さっきまで寒いから嫌だとか言ってたのに、帰るときは必ず見送りしてくれる。
だからなのかな。ちゃんとしたデートをしてなくても、それでもいい。信じてていいんだって
気持ちになる。
でもね、女の子はそれだけじゃ不安なんだよ。わかってる?
* * * * *
佑一 N:駅で理紗を見送って、家に帰る。携帯を取り出すが、特に何かするわけでもなく、サイトを適当に
検索したり、メールボックスを開いたり。意味のない動作を繰り返して、冷静な自分を演じる。
誰もいない部屋。さっきまで感じていた温かい何かが、部屋からは消えていた。
佑一 「……理紗…」
佑一 N:ただそこにいてくれる。それだけで十分だった。
ホントなら、もっと傍に行って、手を繋いだり、頭をなでてやったりした方がいいのかもしれない。
でも今までしてきたこと。付き合ってるなら、そうすることが当然だと思っていたこと。
デートやキス、それ以上のこと…。
回数を重ねるたびに、このままじゃいけない気がして…。
理紗を想う気持ちはあの頃と変わらない。
だからこそ、素直になれなくなった。言葉で、仕草で彼女に好きだと伝える。
それが恥ずかしくなった。
そんなことばかりしていたら、いつかは離れて行くんじゃないかと思いながらも…。
佑一 「…メール、来てない…か。今度こそヤバいかな…」
佑一 N:もうすぐクリスマス。せっかくのイベント。ちゃんと、ちゃんと素直な気持ちを…。
* * * * *
佑一 「もしもし、俺だけど…」
理紗 N:クリスマスまで一週間というこの日、彼はデートしようと言ってきた。
街はイルミネーションという服を着て、幸せを象徴するようなたくさんの光で人々を包み込む。
それを眺めているだけで、自然と心が温かくなる。でも、今の私はホントにそう思ってる…?
佑一 「理紗!」
理紗 「…あ。ま、待った?」
佑一 「まぁ、ちょっとだけ」
理紗 「え、そこは『今来たとこ』 って言ってよ」
佑一 「あ、そか。じゃあ、今来たと(こ)」
理紗 「(かぶせて)遅いから!(クスクス笑う)」
理紗 N:あれ以来、どこか気まずくて、メールも少なくなってて。
だからこんなやりとりが懐かしくなって、思わず笑ってしまった。
ホントは呼ばれる前に気づいてた。人ごみの中にいても、彼を見つけられる。それが私の特技。
彼の姿が大きくなるにつれて、お互いの心の距離も、ゼロに近づいていくようで。
そう思ったのに、あなたは…。
佑一 「さてっと、来週がメインなわけだけど、今日は今日で楽しむか」
理紗 「え、来週行く気あったんだ?」
佑一 「ん?あれ、行かない?」
理紗 「……ぅ。い、行く…」
佑一 「(笑って)だろ?だーいじょうぶだって。ちゃんと覚えてるから」
理紗 N:きっと顔、真っ赤にしてたんだろうな。
笑いながら、頭をくしゃくしゃってされて、それが心地よくて、周りの目が気になるのに
振りほどけなくて。
大きな手。優しい声。たまに見せる無邪気な笑顔。
あぁ、やっぱり…。
理紗 「…すき」
佑一 「ん、なんか言った?」
理紗 「なんでもないよっ」
佑一 「あっそ」
理紗 N:すごく寒かった。彼もずっと寒いって言っていたのに、手を繋ごうとはしてくれなかった。
何も意味はないのかもしれない。たまたまなのかもしれない。
でも私たちの周りで輝く恋人たちは、みんな手を繋いで笑いあっている。
最近の彼の態度もあって、私はずっと考えたくなかったことが頭をよぎる。
言葉にするつもりなんてなかった。なのに…。
理紗 「ねぇ…」
佑一 「ん?」
理紗 「…どうして、何もしないの…?」
佑一 「はぁ?どうした、いきなり」
理紗 「…寒いんでしょ?前は真夏にだって手を繋いできたのに、なんで今日に限って…」
佑一 「…いや、あー。まぁ、それは」
理紗 「佑一さ…」
佑一 「…うん」
理紗 「私のこと、もう飽きちゃった?」
佑一 「は、はぁ!?なんでそうなるん…」
理紗 「だってそうでしょ!最近は昔みたいにキスしてくれなくなったし、触れてもこなくなった!」
佑一 「お、おいバカ。こんなとこでそんなこと言わなくても…」
理紗 「(泣きながら)もう、もういらないんでしょ!私のことなんて、どうでもいいって
思ってるんでしょ!」
佑一 「…ちょ、落ち着けって」
理紗 「……私は、私は佑一との距離はゼロだと思ってた!会いたいときすぐに会えなくたって、
いつでも一番近くにいてくれるんだって思ってた!」
佑一 「…そっか。お前は、そういう風に思ってたんだな」
理紗 「…っ、それじゃ、やっぱり…!」
佑一 「今日はもう帰ろう。送ってく」
理紗 「いい!一人で帰る!触んないで!」
理紗 N:あの大好きな大きな手で撫でられ、抱きしめられたりしたら、私の本音が嘘になってしまいそう
だった。
いつの間にか一方通行になっていた私の恋愛。
我慢して、彼の言葉に、行動に流されて、結局は飽きられちゃって。
なにがクリスマス。なにが聖夜。
私は家に着くと、布団のなかで泣きじゃくった。
たくさんの思い出に鍵をかけるために…。
+ + + +
佑一 N:そもそも出会いなんて、あってなかったようなもの。単に俺の、一目惚れ…。
それまでにいろんなタイプの人と付き合ったけど、いつも俺が飽きられて。自然消滅なんて
よくあることで。
だからこのとき抱(いだ)いた気持ちは大事にしたいと思った。
思い切って告白して、OKもらえて大喜びしたのを覚えている。
好きだからキスしたし、大好きだから体も重ねた。
いつからだったかな。それだけじゃ、物足りないって思い始めたのは。
佑一 「あー、くそっ。電話にも出ないのかよ!」
佑一 N:一方的に言うだけ言った彼女とちゃんと話がしたかった。メールを送っても返ってこない。
あとは…。
* * * * *
理紗 N:今日はクリスマスイブ。佑一からはたくさんの着信があった。私はそれをすべて無視して、
部屋に閉じこもっていた。
私があの日、あんなことを言わなければ、きっと今頃幸せな時間を過ごしていたはず。
私が、私だけが想っていた彼との距離。あのとき何も言い返さなかったことが、彼の答え。
どうしてこうなったのかな。ただ好きなだけなのに…。
事情を知った友達が、私を元気づけようと遊びに行こうと、迎えに来てくれた。
そんな男忘れちゃえ!なんて笑って言うもんだから、私もつられて笑う。
うん、大丈夫。ちゃんと思い出にできる。大丈夫…。
理紗 「…これで、よかったんだよね」
理紗 N:それでも浮かぶのは、彼と歩いた道。彼と過ごした場所。彼の大きな手。優しい声。無邪気なえが…。
(Nの途中から泣き始める)
理紗 「(泣きながら)ぐすっ、ひっく、うぅ…」
佑一 「みーっけ」
理紗 「…へ?」
理紗 N:私のよく知るその声は、私が好きないたずらっ子のような無邪気な顔をしている。
佑一 「お前知らなかったろ?俺の特技は、人ごみの中でもお前を見つけられることなんだ」
理紗 「…え、なん…で…?」
佑一 「この先を曲がったとこ、今日の待ち合わせ場所だったろ?そこでお前の友達に会って、
すげー怒られた」
理紗 N:それはきっと嘘。だって、それならどうして、そんなに息を荒くしてるの?
聞きたいことがあるのに、驚きと嬉しさで声にならない。
ホントはずっと、会いたかった。
佑一 「お前さ、ひょっとしてアレで別れたことにするつもりだったのか?」
理紗 「……だっ…て…」
佑一 「だって、なんだよ?」
理紗 「……だっ…て…。嫌いに、なったんなら…っ、仕方ないかな…って…」
佑一 「俺がそう言ったか?」
理紗 「……言ってない」
佑一 「だったらさぁ」
理紗 「でもっ!…不安になるんだもん…。ゼロじゃないんだって知って、それで…」
佑一 「あー、アレか。うん、まぁ、そうなんだけどな、俺は」
理紗 「だったら…っ」
佑一 「だーかーら、最後までちゃんと聞けって」
理紗 「…うん」
佑一 「俺にとってお前はゼロじゃない。それはな、ゼロだとそれ以上近づけないから。だから俺は
お前との距離はゼロじゃないって言ったんだ」
理紗 「……?」
佑一 「あー、もう!だから…っ!その、なんていうか…。俺がまだ知らないお前を知ったとき、
それをまた好きになりたいって思うから、えっと。そ、そのために、ゼロに一番近い距離
っていう意味でだな」
理紗 「(納得した感じで)あー!え、じゃあ…」
佑一 「(ため息)はぁ…。俺なに言ってんだ…」
理紗 「…ねぇ」
佑一 N:なにか嫌な予感がした。素直になると決めて、ようやく理紗を見つけて声をかけたのに、
うまく言葉にできなくて。
でもそれも、たった一言で済むことを俺は知っている。
いや、でもここで?
このままじゃ悔しいから、理紗の涙を拭って、不意打ち。
佑一 「(ちゅっ)」
理紗 「(んっ、ぐっ…んんっ)」
佑一 「…っ、俺は理紗が好きだよ。あの頃も、今も」
理紗 「…もう一回」
佑一 「え?だから俺は理紗が」
理紗 「(かぶせて)私の方がもっと好きだからね」
理紗 N:ぎゅっと彼をつかんで私は言った。闇夜を照らすイルミネーションが、私たちの周りを温かくする。
繋いだ手から伝わる彼の体温が、不安を吹き飛ばす。
佑一 N:好きだから。それを言い訳にして、焦っていた。キスをして、抱きしめて、それで関係なんて
成り立つって勘違いしてた。
理紗 N:触れてほしいときもあった。もっと求めてほしいときもあった。でも今は…。
佑一 N:一歩ずつでいいんだ。ただ傍にいてくれるだけでいい。そんな人に俺は巡り会えたんだから。
理紗 N:今はこうして、並んで同じ道を歩いていくだけで十分だから。
追いかけないよ?でも、追ってこないでね?
佑一 「理紗、メリークリスマス」
《 タイトルコール 》
理紗 「 step × step 」 ※読み方・・・ステップ バイ ステップ
佑一 「あっ、お前それ俺のチョコ…!」
理紗 「はいはい、私が食べてからね」
佑一 「ふざけんなっ、おいこら、待て!」
理紗 「じゃあ、これで距離縮めようか?……ん~」
佑一 「ぶっ!!それポッキーゲーm」
理紗 「(かぶせて)なんちゃってー。おわりっ」
fin...