ハロウィン声劇
Come closer to me (直訳:もっと近くに来いよ)
【登場人物】
音山 昂希(24) -Koki Otoyama-
咲良の彼氏。はしゃぐ咲良をいつも見守っている。
自分のことには無頓着。素気ない素振りからか、ちょっと近寄りがたく見られがち。
一峰 咲良(19) -Sakura Ichimine-
イベント大好きな女の子。夢中になりすぎて、体調を崩すこともしばしば。
明るくて無邪気な性格。
【キーワード】
・ハロウィン
・孤独と温かさと
・看病
・バースデー
【展開】
・ハロウィンの準備に夢中な咲良。見守る昂希。
・咲良との出会い。昂希の過去。
・倒れる咲良。お見舞いに訪れる昂希。
・珍しく素直になる昂希。
《注意(記号表記:説明)》
「」 → 会話(口に出して話す言葉)
M → モノローグ(心情・気持ちの語り)
N → ナレーション(登場人物による状況説明)
※ただし「」との区別をつけるため、MおよびNは、:(コロン)でセリフを表記する。
【本編】
昂希 N:あいつと付き合って、もうすぐ3ヶ月。出会った夏の日から、季節は秋に移り変わっていた。
好きだとかそういうことは、あの時もそれからも、いつもあいつに先に言われ、俺はいまだに
ちゃんと気持ちを伝えていない。それでもあいつは、ちっとも不安な様子を見せずに、いつだって
俺に笑いかけてくれる。
ホントはちゃんと伝えたい。お前が思ってる以上に、俺はお前を――咲良のことを大事に想ってる、
って。
咲良 「昂ちゃん、ごめんね。サークルのみんながハロウィンパーティやろうって言うから…」
昂希 「…だから遅れたのか?」
咲良 「うん…。メールしようと思ったんだよ?でもちょうど電池が切れちゃって、友達もなかなか
放してくれないし」
昂希 「そっか」
咲良 「あ、でもね。聞いて、聞いて!なんか仮装パーティするらしくって、それが超楽しみっ」
昂希 「ふーん」
咲良 「……やっぱり、怒ってる?」
昂希 「別に」
咲良 「じゃあ、…拗ねてる?」
昂希 「あほ。それより、今日どっか行くんだろ?早く行こうぜ」
咲良 「はーい」
昂希 N:顔を覗き込むように聞いてきた咲良。
図星だった。でも、怒ってるとか拗ねてたわけじゃない。なんていうか、当たり前なこのやりとりに
すごく救われた気がしたから。
* * * * *
昂希 N:去年の春、俺は母さんを亡くした。
まだ社会人一年目で、仕事も忙しく、なかなか実家に顔を見せられないでいた。
そんなときだった。
いつだって俺の味方をしてくれた優しい母。俺を育てるために必死で働いて、それでも家事は
手を抜かなくて、仕方なくスーパーの惣菜がご飯になったときなんて、すげー真剣に「ごめんね」
って謝ってきて…。
この一年、母さんに笑われないように、ただがむしゃらに仕事をしてきた。
一人で俺を育ててくれた母さんにとって、少しでも「自慢の息子です」って天国で話してて
ほしいなって…。
咲良 「…あの、隣、いいですか?」
昂希 「……え?」
咲良 「ここ、私の特等席なんですけど…」
昂希 N:ふらっと立ち寄った港町の防波堤で、そう彼女は控えめに、そして恥ずかしそうに言った。
咲良 「あの、座っても、いいですか?」
昂希 「あ、あぁ…。いや、俺もう帰るから、別に」
咲良 「あ、帰んなくていいんで。ちょっと一緒に海、見て行きません?」
昂希 N:不思議な子だった。初対面でこれだけ気さくに話してくるなんて、ひょっとして俺に…。
…なんて考えるのが男の単純な思考。
でもこのとき俺は、ただ潮風にあたりに来ただけだったから、そこまでの思考なんて持ち合わせて
いなかった。
咲良 「はー、やっぱ風気持ちいー」
昂希 N:少しずつ冷静になっていく俺。
咲良 「私、海大好きなんですよー」
昂希 M:あ、そう…。ってか、俺もうホント帰るし。
咲良 「あっ、見てください!今、何か光りませんでしたか!?」
昂希 M:いや、どうでもいいだろ、そんなこと。
咲良 「あー、何だろ、すっごい気になるーぅ。よしっ、ここは…」
昂希 N:マイペースすぎる彼女に呆れて、立ち上がろうとしたときだった。
どぼん?
昂希 「って、何してんだよ!」
咲良 「えー、何ってさっき光ったのを探しに…。あれ、でも見つからないや。ま、いっか」
昂希 「頭おかしいだろ…」
咲良 「えー、でもすっごく気持ちいいですよ?ねね、お兄さんも入りません?」
昂希 「アホか」
咲良 「……何かつらいことがあったときは、私いつもここに来るんです。そしたら、わけわかんなく
なっちゃって、とりあえず笑えてきちゃうんです」
昂希 「…あっそ」
咲良 「…(ため息)はぁ。わかりました。じゃあ、ちょっとだけ手を貸してください。私も上がりますから」
昂希 N:無茶苦茶だった。でもこのまま放置していくわけにもいかず、俺は彼女に手を差し伸べる。
手を掴んだ瞬間、彼女は…。
咲良 「お兄さん、テレビとかあんまり見ないでしょ?」
昂希 「は?」
昂希 N:嫌な予感はあった。でもきっと、どこかで期待していた。
彼女の言うように、今だけでも俺も笑顔になれるんじゃないか…って。
この先は言わなくてもわかるだろう?
咲良 「ね、気持ちいいでしょ?」
昂希 「あー、そうだな」
咲良 「あ、やーっと笑いましたね!笑ってる顔、かわいいですよ」
昂希 N:かわいい、という発言は置いといて、俺がこのとき彼女に救われたのは確かだった。
* * * * *
咲良 「あ、そうだ!ハロウィン当日なんだけど、仮装したままでもいいなら会えるよ?」
昂希 「いや、ダメだろ。着替える時間もないんなら、無理してその日会う必要ないって」
咲良 「あー、うん…」
昂希 「とにかく楽しんでこいよ。俺のことは気にすんな。でもあんまりハメを外すと、あのとき
みたいになるからな」
咲良 「あのとき?」
昂希 「お前が俺と初めて会ったとき」
咲良 「あー、海に飛び込んで次の日風邪ひいたこと?ないない、大丈夫だよー」
昂希 N:ハメを外すというか、夢中になりすぎて体調を崩す咲良。子どもの知恵熱みたいなもの。
ったく、いくつなんだか。
* * * * *
咲良 『…(くしゃみ)くしゅん!!……う゛ー』
昂希 N:彼女の友人から連絡を受けて電話してみれば、この様だ。
当日になって倒れるとか、今時小学生でもしないっつーの。
咲良 『…やだ。ぜったいいく』
昂希 「ダ・メ・だ。おとしくしてろ」
咲良 『……わかった』
昂希 N:そのまま通話をしていたが、しばらくして寝息が聞こえてきた。
どうやら疲れて眠ってしまったようだ。
昂希 「……しょうがない。様子見がてら、お見舞いに行ってやるか」
昂希 N:通話を切って、俺は咲良の家に向かうことにした。
あいつなら、途中で抜け出すこともありうるしな。
* * * * *
咲良 N:いつも大事なところで倒れちゃう私。でもそんな風になったのは、昂ちゃんに会ってからなんだよ?
そう言ったところで、きっと昂ちゃんは信じてくれないだろうけど。
初めて会ったときだって、海に飛び込んだからじゃなくて、そのあとすっごく勇気だして、
連絡先渡して、なかなか夜眠れなくて。そしたら風邪ひいちゃったんだよ?
でもさすがにそれは言えない。だってまたバカにするでしょ?
あのね、私…。
昂ちゃんが聞き飽きたって言うぐらい、何度だって言うよ?
咲良 「……昂ちゃん」
昂希 「おう。大丈夫か」
咲良 M:あれ、夢…だよね?昂ちゃんの、声がする…。
昂希 「…まだ熱あるな。いつものじゃなくて、こいつは普通に風邪ひいたパターンか」
咲良 M:なんだか昂ちゃんがすぐ近くにいるみたい…。
昂希 「さてと、何か作っといてやるか」
咲良 M:昂ちゃん、好きだよ。
昂希 「えっと、こういうときはやっぱおかゆだよな」
咲良 「……大好き…」
昂希 「は?」
昂希 N:思わず振り返る。寝言かと思ったが、咲良は起きていた。その目は確かに俺を捉えている。
咲良 「…昂ちゃん?」
昂希 「なんだ、起きたのか」
咲良 「…どうして?」
昂希 「どうしてって。お前がこっそり抜け出したりしないようにだな」
咲良 「……そんなことしないよ?だって…」
昂希 「ん?」
咲良 「だって今日は…」
昂希 「ハロウィンパーティーだったんだろ?残念だったな」
咲良 「(遮って・被せて)昂ちゃんの誕生日でしょ…?」
昂希 「…え?……あっ…」
昂希 N:咲良にそう言われるまですっかり忘れていた。そうだ、今日は俺の、誕生日。
何かを思い出したように、もぞもぞと布団から出た彼女は、小さな箱を取り出した。
咲良 「…はい。24歳の誕生日、おめでとう」
昂希 N:突然の出来事に、何がなんだかわからない俺。そんな俺に気づいたのか、咲良はゆっくりと
話し始めた。
咲良 「本当はね、今日のパーティーを早めに上がって、かわいい衣装着て昂ちゃんの家に行くつもり
だったんだ。そっちの方がハロウィンぽくもあるしね」
昂希 「……は、はは。トリック オア トリート、ってか?」
咲良 「…うん。でも、できなかったな。ごめんね」
昂希 N:謝る必要なんてどこにもないのに。咲良はすごく申し訳なさそうにしている。
正直、自分の誕生日なんてどうでもいいと思っていた。
でも彼女は、俺のことを考えて、俺が喜びそうなことを考えて、それで…。
ちゃんと伝えるなら今しかないと思った。
今まで有耶無耶(うやむや)にしていたことすべてを、俺自身の気持ちを、素直に。
咲良 「…昂ちゃん?」
昂希 「あのな、咲良…」
咲良 「ん?」
昂希 「…俺、お前が思ってる以上に、お前のこと、好き…だぞ」
咲良 「…うん、ありがと。でもね、昂ちゃん。顔、真っ赤だよ?(くすくす笑う)」
昂希 「う、うるせえ」
咲良 「それに、私の方が昂ちゃんのこと、大好きなんだからっ」
昂希 「(照れながら)あ…、あー、そーかよ」
咲良 「あ、そうだ。せっかくだから…」
咲良 「トリック オア トリート!お菓子をくれないと、いたずらしちゃうぞ?」
《タイトルコール》
咲良 「Come closer to me」
昂希 「俺のとこに来てくれ、じゃない。いてくれ」
咲良 「おーわーりっ」
fin...