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mirage berry

 

 

 

 

【登場人物】

蓮川 友子 - Tomoko Hasukawa ー

ガサツな性格と、苗字から、後輩には“レン”先輩と呼ばれる。

 

河路 一郎 - Ichiro Kawaji ー

天然で、ほんわりした感じの甘いもの好きな草食男子。

 

後輩A

女子社員A

 

 

 

 

【本編】

 

 

一郎 「初めまして!N支店から来ました、河路一郎です。皆さん、よろしく!」

 

 

友子:最初の印象は、《爽やか系でかっこいい大人》だった。

   でも実際は、私よりも5つも年下の、私たちとは違う世界の人。

   いわゆる“エリート”だった。

 

   あ~あ、久しぶりにイケメンが来たと思ったのに…。

   よりによって、なんで高嶺の花が来るかなぁ。

 

   周りの女子社員は、猫をかぶり、少しでも彼のお近づきになろうと必死だ。

   正直、見てるこっちが気分悪くなる…。

 

   私はそんな女子社員と自分の温度差にさえ嫌気がさして、ただ一言、

 

 

友子 「…めんどくさ」

 

 

友子:そう呟いた。

 

 

 友子に気づき、近づく一郎。

 

 

一郎 「おはようございます。よかったら社内を少し案内してもらえますか?」

 

友子 「…え?…あ、あー、私ですか?」

 

一郎 「はい。僕の自己紹介を聞いて、すぐに職務についた貴女は、マジメな女性

    のようだ」

 

 

友子:マジメ?私が?……ないない(笑)

   そもそも仕事に戻ったのだって、いろいろと面倒くさいことになりそうに

   なったからで…。そう例えばこんな風に…。

 

 

女社A「あの人、まーた媚売ってる。ほんと取り入るのうまいよねー」

 

 

友子:ね…。これが面倒だから、最低限のことだけ聞いて、仕事に戻ったってのに…。

   ま、取り巻きがうるさいから、案内なんてさっさと片付けますよ。

 

   私は貴方に興味ないですから、はい。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 友子の大学時代の後輩が、友子に気づいて声をかける。

 

 

後輩A「あ、レン先輩。例のバンドのチケット、取れましたよ」

 

友子 「え!?マジ?やった、超嬉しい~♪」

 

後輩A「だから約束ですよ、その後食事に行きましょう」

 

友子 「OK!数少ないあのバンドの魅力を語れる仲間だからねー!」

 

 

友子:“レン先輩”とは私のこと。苗字が“蓮川”だから、大学時代の後輩は、

   そう呼んで、私を慕ってくる。

   会社じゃ封印してるけど、私は結構ガサツで、とてもマジメなんて言えない

   性格してるから、きっと私を知る友人たちは、私を“女”とは見てないだろう。

 

   だからこの会社でも、男性の知り合いが多かったりするわけで…。

 

 

一郎 「……蓮…川…さん…?」

 

友子 「え?………あ」

 

 

友子:後輩の前で完全に気が緩んでいた。今私は、上司を社内案内中だった。

   一番見られたくない人に、見られてしまった。

   これで何か脅されたとしても……。ま、そうなったら、諦めるか。

 

 

 あごに手を当てて、微笑む一郎。

 

 

一郎 「…ふふ、何を考えてるんですか?大丈夫ですよ、誰にも言ったりしない

    ですから」

 

友子 「あ、そうですか?じゃあ、キレイさっぱり忘れてください」

 

一郎 「わかりました。……(手を叩いて)はい!消えました!

    ささ、次の部屋はなんですか?」

 

 

友子:あまりにも呆気ない。そう思った。会社の人間にバレたのは、かなりショック

   だったが、それ以上に、彼のことが気になった。

 

 

一郎 「ありがとうございました。それでは戻るとしましょうか」

 

友子 「あの…」

 

一郎 「あ、そうだ。別に口止め料…とかではないんですが、今度僕とお食事でも

    いかがですか?」

 

 

友子:忘れたんじゃないのか。それに赴任早々口説いてくるとは…。

   まぁ、バレちゃったものは仕方ないし、少なくとも社内で気を張る必要が

   減ったってことだけ、よしとしようかな。

 

一郎 「ダメでしょうか?」

 

友子 「…1回だけですからね」

 

一郎 「はい!ありがとうございます!」

 

 

友子:最初の印象って、ホント当てにならない。仕事以外のことになると、

   彼は途端に無邪気な少年のようになってしまった。

 

   まぁ、可愛いけど…ね。弟が上司になっちゃった感じ、かな。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 居酒屋で食事中の友子と一郎。

 

 

友子 「食事っていうから、どんな高いとこに連れて行かれるのかと思ったら、

    普通の居酒屋じゃない」

 

一郎 「いいじゃないですか。仕事帰りに居酒屋。これもお食事だと思いますけど」

 

友子 「河路さんがそう思うなら、私は気が楽でいいですけど」

 

一郎 「今日はゆっくり飲みましょう。僕は会社で見せない普段の貴女を、今日は

    楽しみにしてきたんですから」

 

友子 「それ…。ホントに黙ってる気あります?」

 

一郎 「もちろんです。貴女も毎日見てるでしょう?僕の仕事っぷり」

 

 

友子:確かに仕事中の彼は、年下の上司と周りからいろいろ囁かれているなかで、

   しっかりと結果を出して、実力で信頼を勝ち取っている。

   そのマジメさゆえに、赴任当初取り巻きだった女子社員も、今では誰一人

   近づこうとしない。それほど仕事中の彼は、他とは違う何かを発していた。

 

 

一郎 「僕だって息抜きしたいときあるんですよ。だから今日は、蓮川さんが

    僕に付き合ってください」

 

友子 「…はぁ。私なんかでいいなら」

 

一郎 「じゃあ、僕と蓮川さんの素敵な出会いに、かんぱ~い♪」

 

友子 「ぶっ!!」

 

一郎 「あはははは」

 

 

友子:会社では滅多に見せない笑顔。そうか、きっと彼も…。

   今、私の前で笑っている姿こそ、“本当の彼”なんだと気づいた。

   私がそうであったように、“本当の私”を偶然見た彼だから、こうやって

   私を食事に誘ったのだろう。

 

   でも、この頃の私は、それが特別なことだなんて思ってもいなかった。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

一郎 「蓮川さん、今夜いつものとこでお食事しませんか?」

 

友子 「あー、はい。いいですよ。あ!でも大学時代の友人との先約があるので

    その後でもいいですか?」

 

一郎 「…それって、あのとき言っていたライブのことですか?」

 

友子 「え?…あー、違いますよ。友人が今度結婚することになったので、

    そのとき着ていく服を一緒に見に行くんです」

 

一郎 「…あ、そうでしたか」

 

友子 「……ひょっとして、焦りました?なーんてね」

 

一郎 「……べ、別にそんなことは…」

 

 

友子:そう言いつつも、なぜか目を逸らす彼。

   そういう態度をとられると、変に意識しちゃうじゃん。

 

   確かに今まで何度も行った彼との食事は楽しかったし、何より会社では見れない

   違う彼を見つけていくのが、すごく……すごく……。

 

   あれ?…なんだろう、何か胸にひっかかる物がある気がする…。

 

   その答えは、数時間後にわかった。

 

 

一郎 「蓮川さん、好きです」

 

友子 「はい?」

 

一郎 「いきなりで理解できないですよね。でも、僕は貴女のことを…」

 

友子 「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!」

 

一郎 「…好きになってしまったんです」

 

友子 「だからなんでそこで言うの待ってくれないんですか」

 

一郎 「待てなかったから、ですかね(笑)」

 

友子 「そんなムチャクチャな…。だって私ですよ?ガサツで口悪くて、そんな三十路

    前の…」

 

一郎 「だからなんですか?ありえない、とでも言うんですか?」

 

友子 「だって、そう…でしょ」

 

一郎 「…返事は今すぐじゃなくていいです。ただ、今日だけは、僕をただの上司

    ではなく、一人の男として考えてほしいです」

 

友子 「……わ、わかりました…」

 

 

友子:彼との食事会をしてから、初めてお酒を飲まずに店を出た。

   今までと同じように、どうでもいいような話をして笑うことなんて、

   到底私にはできなかった。

 

   だから彼の望み通り、その日は一晩中彼のことを考えていた。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

一郎 「皆さん、おはようございます!今週は大きなプロジェクトも控えています

    ので、気合いを入れて頑張りましょう!」

 

 

友子:昨日の今日だから、少しは何か変化があるんじゃないかと思ったけど、

   それはお互い猫をかぶっていた期間が長いせいか、普段の仕事の彼と

   遜色なかった。

 

   だから私は、プロジェクトの件で相談があると言い、彼を連れ出した。

 

 

一郎 「なんですか、相談というのは?」

 

友子 「えーとですねぇ」

 

一郎 「はい、なんでしょう?」

 

友子 「…少し気合いの入れすぎだと思うんです」

 

一郎 「そうでしょうか?僕は別に普段と何も…」

 

友子 「(ちゅっ)…、これで少しは気が楽になると思いますよ?」

 

一郎 「え…///」

 

友子 「昨日の返事です。プロジェクト、頑張りましょう!」

 

一郎 「は、はい!」

 

 

友子:一晩中考えたけど、浮かぶのは彼の笑顔ばかりだった。

   私だけに向けられた特別な笑顔。そして私の心に眠っていた彼への気持ち。

 

   だから私は、どうやってお姉さんらしい返事をしてやろうかと、そればかりを

   一晩中考えていたのだ。

 

   やっぱり、負けたままじゃ、イヤだもんね!

 

 

Fin...

 

 

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