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心はいつも…   ≪ 後編 ≫

 

 

 

【テーマ】

 

愛しい人を想う気持ちの強さ

 

 

【登場人物】

 

 山岡 遥(25) -Haruka Yamaoka-

仕事に追われるOL。

辛いことも祐二という彼氏がいることで乗り越えてきた。

 

 

 藤島 祐二(27) -Yuji Fujishima-

誰にでも優しく接する男性。

遥のことを大切に想うがあまり、言えないことも。

 

 

 村瀬 美希(25) -Miki Murase-

遥の元同僚。

同期で気が合った遥とは、退社後も仲良し。

 

 

 城山 悟(26) -Satoru Joyama-

祐二の幼なじみ。

祐二と遥が付き合うきっかけをつくった。

 

 

 祐二の母(53)

 

 

 

 

《注意(記号表記:説明)》

 

「」 → 会話(口に出して話す言葉)

 M  → モノローグ(心情・気持ちの語り)

 N  → ナレーション(登場人物による状況説明)

 

※ただし「」との区別をつけるため、MおよびNは、:(コロン)でセリフを表記する。

 また“N”の中に心情(M)を含ませることもあり。

 

 

 

 

【本編】

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 遥 N:祐二の通夜、葬儀が終わって二週間が経っていた。

     そんなとき、仕事に打ち込んでいた私の元に一本の電話が入った。

 

 

 

美希 「もしもし、遥?」

 

 

 遥 「美希?どうしたの?」

 

 

 

 遥 N:電話の主は、新婚ホヤホヤで元同僚の美希。

 

 

 

美希 「どうしたのじゃないわよ。あんた大丈夫なの?」

 

 

 遥 「え?」

 

 

美希 「……あんた、祐二くんが亡くなってからずっと働き詰めらしいじゃない」

 

 

 遥 「そうだけど?」

 

 

美希 「そうだけどって…。ああ、もう!あんた今日仕事が終わったら会社の前で待ってなさいよ!」

 

 

 

 遥 N:どうやら美希は、事情を知った会社の人から連絡を受け、私に電話をかけてきたらしい。

     ヘタに逃げてもいつかは捕まるのだから、私はおとなしく美希のいう通りにすることにした。

     私を気遣ってくれているのだということは、ちゃんとわかっていたから。

 

 

 

美希 「お、ちゃんと待ってたねー」

 

 

 遥 「待ってないと後が怖いですから」

 

 

美希 「ちょ、私は鬼か何かか」

 

 

 遥 「……え?」

 

 

美希 「え、じゃないわよ!」

 

 

 

 遥 N:それから私は美希と二人で食事をしに行き、久しぶりにお酒にも口をつけた。

     祐二を見送ってから、どんなに疲れていても、どうしてかお酒だけは飲むことができなかったのだ。

 

 

 

美希 「少しは紛れた?」

 

 

 遥 「うん。ありがと」

 

 

美希 「気にしない、気にしない。私とあんたの仲でしょ」

 

 

 

 遥 N:それでも私は美希の気持ちが嬉しかった。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 遥 N:次の土曜日、部屋の片付けをしていると、ずっと着ていなかったコートのポケットから

     雑貨屋の小さな袋が出てきた。

     そこは祐二とデートしていた時に見つけた雑貨屋さんで、

     その袋はかわいい腕輪があったから買ってもらった時のもの。

     そんなに高いものではないけど、付き合って初めて買ってもらった大切なもの。

     今も、会社以外では腕にはめている。

 

 

     私は片付けの手を止めて、その場に座りこんだ。

     無我夢中で仕事をしても、やっぱりまだ無意識に彼の姿をさがす自分がいる。

 

     あの頃は、会えることが当たり前で。

     彼の傍にいることが、一番の幸せで。

     大きな手も、優しい声も、温もりも、笑顔も、全部大好きだった。

 

     でも彼は、祐二はもう、どこにもいない。

 

 

     また涙が出てきそうだった。そんなときインターホンが鳴った。

 

 

 

 悟 「遥ちゃん、俺…、悟」

 

 

 遥 「…悟くん?」

 

 

 

 遥 N:出てきそうだった涙を堪え、ドアを開ける。

     悟くんはあまり見たことのない、真面目な顔で立っていた。

 

 

 

 遥 「どうしたの?」

 

 

 悟 「……あのさ、俺…」

 

 

 

 遥 N:なかなか話を切り出せないでいた彼は、しばらくして私に封筒を差し出してきた。

 

 

 

 悟 「……これ…」

 

 

 遥 「なに?封筒?」

 

 

 悟 「……俺、祐二からこれを渡すように頼まれて来たんだ」

 

 

 遥 「え?」

 

 

 悟 「……祐二のやつ、死ぬ前に俺に手紙を送ってたんだ。一緒に遥ちゃん宛の封筒が入ってた。

    手紙には俺が思うタイミングで遥ちゃんにこいつを渡してほしいって。

    ホントはすぐに来たかったんだけど、ちょうど大きな仕事が入っちゃっててさ。こんなに遅くなった。

    ごめん…」

 

 

 遥 「う、ううん。ありがとう…」

 

 

 

 遥 N:状況がよくわからず、受け取った封筒を裏返す。祐二の名前があった。

 

 

 

 悟 「じゃあ、俺帰るね」

 

 

 遥 「あ、お茶でも飲んでく?」

 

 

 悟 「大丈夫。仕事の合間に来たから、またすぐに戻んないと」

 

 

 

 遥 N:彼が帰った後、すぐには開けられなかったその封筒。

     ただまじまじと、封筒に書かれた祐二の字を私は見ていた。

 

     覚悟を決めて封を開けたのは、それからしばらく後のことだった。

 

 

 

 

 = = = = =

 

 

 

 

祐二 「 遥へ

 

 

     ずっと黙っていてごめんな。

     医者に、もう長くはないと告げられてから、今まで通りに過ごそうと決めたんだ。

     誰にも心配かけたくなかったから。

     でも遥がこれを読む頃には、俺はもう死んでいて、一人にさせてしまってるんだと思う。

     きっとあれも見たよな。あれが俺の素直な気持ち。遥と結婚して、ずっと傍にいたかった。

     ホントに大好きだったよ。

     遥の笑顔、怒った顔、寝顔も、全部好きだった。

     遥と一緒なら、どこにいたって幸せだった。

     ホントは最後に声が聞きたかったけど、今はこの手紙を書くだけで精一杯なんだ。

     あと一回目を閉じれば、もう二度と覚めないような気がするから。

 

     あのな、遥。お願いがあるんだ。

 

     きっと君は、俺のためにたくさんの涙を流してくれたんだと思う。

     でも、どうか泣かないで。笑っていて。

     遥の笑顔が見たいんだ。

     もう会うことはできないけど、ずっと見守ってるから。

     空の上から、ずっとずっと見守ってるから。

     だから、泣かないで。笑っていて。

     いつか、遥にも子どもができて、幸せそうに笑って過ごす日がくることを望んでいます。

 

     勝手だけど、それが俺の願いです。

 

 

 

     遥と過ごした3年間は、とても幸せでした。

     ありがとう。

 

 

                                              祐二 」

 

 

 

 

 = = = = =

 

 

 

 

 遥 N:私は涙が止まらなかった。

     祐二の気持ちがまっすぐに伝わってくる。

     一つ一つ、気持ちを込めて綴(つづ)った彼の言葉は、私の知ってる彼そのものだった。

 

 

 

 遥 「……ゆう…じ…っ」

 

 

 

 遥 N:祐二の笑顔が浮かぶ。眠そうな顔。真面目な顔。困った顔…。

     そして手を広げて、私を呼んでいる。

 

 

 

祐二 『遥、おいで』

 

 

 

 遥 N:優しく語りかける。その言葉に、嬉しそうに私が腕の中に飛び込んでいる。

 

     幸せを感じていたのは、私だけじゃなかった。

 

 

     きっと息を引き取ったときも、笑っていたんだと思う。

     だからこそ、もう祐二がいないという現実に、涙が止まらない。

 

 

     本当にもう、いないのだ…。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 遥 N:祐二が死んで半年が経った。私はずっと務めていた会社を辞め、今は美希の友人の元で

     ウエディング・プランナーのアシスタントをしている。

     最初は辛かった仕事も、美希をはじめとする多くの友人に助けられ、

     何より祐二の手紙に助けられていた。

     遠くに旅立っても、私のことを見ているといった。私も負けていられない。

     だから人の幸せを一番近くに感じられるこの仕事を選んだ。

 

 

 

美希 「遥!」

 

 

 遥 「美希!久しぶりだね」

 

 

美希 「聞いてるよ。がんばってるんだってね」

 

 

 

 遥 N:あれから美希は、時間があれば私に会いに来てくれた。

     私が一人じゃないと教えてくれたのは、美希の存在があったから。

 

     悟くんからも、よく連絡をもらった。

     悟くんはあの時のことを、あの手紙の内容を聞いたりはしなかった。あれは私のだから、って。

     普段ふざけている印象があるけど、やっぱり祐二の親友だったんだなと思った。

 

     辛いのはみんな一緒だから。

 

 

 

美希 「仕事どう?」

 

 

 遥 「うん。毎日大変だけど、充実してるよ」

 

 

美希 「そっか」

 

 

 遥 「うん。ありがと」

 

 

 

 遥 N:美希や悟くん、いろんな人の助けをもらって、今私は立っている。

     だからあなたにもちゃんと伝えなきゃいけない。

 

 

     私は祐二の実家を訪れた。

     ご両親は彼が亡くなった後も、自分たちを気にかける私を、申し訳なく思っているみたいだけど、

     私がそうしたいから。だから祐二のお墓参りも、よく一緒に行ったりする。

 

 

 

祐二の母「遥ちゃん、ありがとう」

 

 

 

 遥 N:祐二のお母さんはそういっていつも先に帰り、私に祐二との時間をくれる。

 

     高台にある藤島家のお墓。ふと見上げると、そこにはあの頃と変わらない、

     澄んだ青空が広がっていた。

 

 

 

 遥 「……祐二、久しぶり。……私ね、やっと前を向くことができた気がする。あなたがいなくなって、

    すべてを失った気がして、自分を傷つけようとまでした。でもあなたはそんなこと望んでは

    いなかった。もう会えなくても、あなたはずっと私のことを見ているんでしょ?だったら、

    やっぱりみっともないところは見せたくないじゃない?だから…大丈夫だよ、祐二…」

 

 

 

 遥 N:なんだか祐二が笑いかけてくれているような、そんな青空だった。

 

 

 

祐二 『遥、よくがんばったな。もう、会って声を聞けないのは寂しいけど、俺はずっと見てるから。

    君の姿を、君の欠片をずっと見守ってるから…』

 

 

 

 遥 N:私は歩きだした。止まっていた時間を戻すように。

     祐二との記憶を忘れるためじゃなく、思い出にするために。

 

     でもそれでも、私はあなたを想い続ける。きっといつまでも、想い続ける。

 

 

 

祐二 『うん。ずっと見守ってる』

 

 

 

 遥 N:それが私の。

 

 

 

祐二 『それが俺の』

 

 

 

 遥 N:愛しい人を想う。

 

 

 

祐二 『気持ちの強さ』

 

 

 

 

 遥 「…はは、なぁんてねー。さ、また明日からがんばろうっと」

 

 

 

 

 遥 N:私はこの空の下で、今日もまた生きていく。

 

 

 

 

 

Fin...

 

 

 

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