Bound for Last Terminal ~ Episord.3 一時の日常
【登場人物】
佐久間 一樹(21) -Ikki Sakuma-
幼い頃に遭った出来事に、責任を感じている。そのせいで、口数の少ない青年に育つ。
日本国 防衛相 自衛航空部隊 第六戦闘小隊 所属のパイロット。
香山 柚姫(17) -Yuki Koyama-
12年間眠り続ける少女。眠っている間も、成長はしているが、目覚める気配はない。
幼少期は明るくて活発な女の子だった。
香山 重雄(64) -Shigeo Koyama-
柚姫の祖父。柚姫の両親に代わり、眠ったままの柚姫の面倒をずっと見てきた。
一樹も恐れる頑固親父。通称、重じい。
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* * * * *
柚姫 「久しぶりだね。一樹くんと、こうやって夜のお散歩するの」
一樹 「そうだなぁ。でも昔は、すーぐ重じいが軽トラ走らせて探しにきてたじゃねぇか」
柚姫 「あはは、そうだったね」
一樹 N:柚姫は、今僕の隣を歩いている。昔と変わらない。同じ道を、同じ距離を、同じ方を向いて。
僕は成長した柚姫としたかったこと、柚姫がしたいと思ってること。
できるだけ叶えてやろうと思った。
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C.V 重じい
Bound for Last Terminal
第3話 = 一時(ひととき)の日常 =
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柚姫 「あ、さっきね。お隣のおじさんに聞いたんだけど、明日お祭りがあるんだって!
一緒に行こうよ!」
一樹 「あー、そういや今ってそんな時期だな。忙しくて忘れてたわ」
柚姫 「浴衣着て行こうよ!ねっ?」
一樹 「浴衣…ねぇ。あったかなぁ」
柚姫 「え?おじいちゃんが一樹くんのもあるって言ってたよ」
一樹 「あんのじじい…。いつの間に…」
柚姫 「ねっ、決まり!」
一樹 「はいはい。まぁ、明日は祭りに行くとして、柚姫。今日は何がしたい?」
柚姫 「え?あー、う~ん。何かしないと、ダメ?」
一樹 「あ、いや。別にそういうわけじゃないんだけど」
柚姫 「私ね。こうやって、一樹くんとお散歩したり、子どもの時みたいに一緒に寝たり。
そういうのがしたいなって」
一樹 「いや、あの…。一緒に寝るのは、ちょっと…」
柚姫 「え、なんで!?一緒に寝ちゃダメなの?どうして?」
一樹 「どうして、って…。いや、あの…。ほら、僕も…男の子だから、さ…」
柚姫 「ふぇ?………あっ。バ、バカ!そんなんじゃないよっ!」
一樹 「わかってるって。でもそれが柚姫の望みだっていうなら、僕は…、いろいろ我慢するよ?」
柚姫 「…いいよ」
一樹 「へ?」
柚姫 「別に我慢しなくていいよって言ったの!私だって成長したんだから、全部見てほしいもん」
一樹 「ばっ…。ななな、何言ってんだよ」
柚姫 「……なーんてね。嘘だよー」
一樹 「なっ…、おまっ…」
柚姫 N:顔を真っ赤にして照れる一樹くん。やっぱり一樹くんといると落ち着く。
これってやっぱり、私、彼のことが“好き”なのかな。
なんて、そんな気持ちにはずっと前に気づいてた。でも、それももう言えない。
想いを伝えることは簡単そうで難しくて。とても勇気がいることで、
それまでの関係が崩れるのが怖くて。
たくさんの感情で溢れてしまうのが“恋”だから。
だから、今の私には、それを伝えることはできない。
一樹くんへの想いを、幼い頃から積み重ねてきた彼への想いを、私は引鉄に変える。
* * * * *
一樹 N:祭りの日。少し早い時間に支度をして、僕たちは神社に出かけた。
柚姫と過ごせる最後の日。そんなことは村中の誰もが知っていたはずなのに、
誰一人悲しい顔は見せず、笑顔で溢れた祭りだった。
柚姫 「一樹くん!最後に花火があるんだって!どうせなら、特等席で見ようよ!ね?」
一樹 「特等席?」
柚姫 「あそこだよ!ほら、早く!」
一樹 N:柚姫に手を引かれ、蘇る記憶。そこには近づいてはいけない。
僕の本能が、歩みを止めた。
柚姫 「どうしたの?花火、始まっちゃうよ?」
一樹 「お前がいう特等席って、あそこだろ?柚姫が眠ったあの…」
柚姫 「うん。あの場所は、村の中でも高台にあるから、きっとキレイに見え…」
一樹 「いやだ」
柚姫 「え?」
一樹 「あの場所にお前の先祖が眠ってようが、神聖な場所だろうが関係ない。
僕にとってあそこは…」
柚姫 「一樹くん、あのね」
一樹 「それにこの間と違って、夜に行くだなんて、昔と同じじゃないか!」
柚姫 「一樹くんってば。あのね、一樹くんにとって、それに私にとってもあの場所は嫌な思い出しか
ないけど、だから、いい思い出を残したいの」
一樹 「思い出って…お前…っ」
柚姫 「お願い、一樹くん。私の、最後のわがまま…」
一樹 「……柚姫…」
柚姫 「それにね、打ち上げ花火だけじゃないんだよ?昔みたいに一緒にしよ?ほら、ね?」
一樹 N:そう言って柚姫が取り出したのは、数本の線香花火。
柚姫 「はい、持って持ってー」
一樹 「おい、まだ早いんじゃ…」
柚姫 「いいの!ここでいいよ。はい、火つけるよ」
一樹 「あ、ああ…」
柚姫 「わぁ、キレイ…」
一樹 N:花火の時間までもう少しある。そう言ったから移動することになっていたはず。
でも柚姫は神社近くの小川でいいと言った。わけがわからない。
柚姫 「はい、じゃあ今度は私の番。一樹くん、火つけて」
一樹 「なぁ、お前…」
柚姫 「早くしないと、一樹くんの花火消えちゃうからぁ」
一樹 「柚姫…」
柚姫 「あ、一樹くんの花火からもらえばいいじゃんね。よいしょっと」
一樹 「柚姫!」
一樹 N:思わず叫んでしまった。柚姫は体をびくっと震わせ、そのまま俯いた。
火がつき、パチパチと音を鳴らす花火。静寂のなかで、響き渡る。
一樹 「柚姫…」
柚姫 「……悪い?」
一樹 「え?」
柚姫 「もう他に打つ手がないから、私がやるしかないって思ったから、覚悟決めたつもりだったのに…」
一樹 「……」
柚姫 「…怖いの!だって絶対成功する保証なんてないんだよ!成功でも失敗でも、私はもう…っ。
あなたに会えない…っ」
一樹 「……ゆ…」
柚姫 「ずっと見てた!ずっと会いたかった!一緒に学校行ったり、お買い物したり、
楽しいことも辛いことも、あなたと分け合いたかった!」
一樹 「…そう、だな」
柚姫 「一樹くん…。一樹くん…」
一樹 「柚姫…」
一樹 N:子どものように泣きじゃくる柚姫。僕はそっと柚姫を抱きしめた。
彼女に見えないように、彼女に気づかれないように、僕も、泣いていた。
それでも時は止まってくれなくて、どんなに想いを分かち合っても、
もうどうにもならなくて。
別れの日。そして、僕が君を、君と“明日”を護る、運命の日。
柚姫は、巫女装束で、僕の前に現れた。
* * * * *
柚姫 N:初めて袖を通すのに、初めてな気がしない。不思議な衣。
髪を結って、生まれ育った景色を見る。
なんだか違った“色”に見えた。
重じい「柚姫…。すまんの」
柚姫 「いいんだよ、おじいちゃん。ありがとう」
重じい「お前の親父も、今日飛ぶと言っていた。瑞樹さんも前線に立つと名乗り出たそうだ」
柚姫 「相変わらずだね、二人とも。やっぱり私はあの人たちの子どもみたい」
重じい「はは、そうじゃな」
柚姫 N:私の両親は、戦争が始まってから人々を守ろうと立ち上がった民間の自衛組織の人間で、
元自衛隊の父は戦闘機にも乗れる数少ない優秀な人。母は会社経営の経験を生かして、
戦略を担う参謀として、この10年生きてきた。
眠り続ける私をただ放ったらかしにしていたわけじゃない。あの人たちが一番、私の目覚めを
望んでいた。
でもその願いが、こういった形で迎えることに、相当悩んだはず。
それでも彼らは、今の立場を優先した。それを私は誇らしく思う。
だってそれは、力を持たない人々を守ろうと、親であることよりも、
一人の人間であることを強調しているようだったから。
だから私も、それに恥じない生き方をする。
産んでくれてありがとう。
私のなかに、また一つ、特別な感情が生まれた。
一樹 「柚姫、僕も、もう一度飛ぶから」
柚姫 「うん。離れてても、私たちは一緒だよ!」
一樹 「ああ。じゃあな」
柚姫 N:一樹くんは、彼が乗っていた機体のある森へと歩いていった。
振り返ることもない。それが悲しくも、けれどたくましくも見えて。
ああ、私は素敵な人に恋をしていたんだな、って心から思った。
重じい「そろそろ行くかの。柚姫」
柚姫 「うん。みんな、行ってくるね」
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≪次回予告≫
C.V 柚姫
生き残りをかけた最後の戦いが始まる。
はばたく者と残された者。
立場は違えど、望むことは一つ…。
次回、第4話。 = それぞれの翼 =
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第3話(完)