Bound for Last Terminal ~ ユキサキノハナ ~
【テーマ】
抗えぬ運命と家族の行方
【世界観・あらすじ】
10年前、世界中で起こったサイバーテロをきっかけにして、第3次世界大戦が勃発。そしてその最中、いずこより飛来した未知の存在。
世界は混沌に陥った。いつ来るかわからない未知の存在“UnKnown”からの襲撃を迎え撃つべく、世界は大戦を一時休戦。仕方なくも
各国で情報交換をおこない、防衛体制を敷き、滅亡への道に抗っていた。
しかし予測不能な“UnKnown”の襲撃により、世界人口は激減。人々は“今”を生きることさえ困難な事態にまでなっていた。
そんな折、若くして戦闘機パイロットとして就任した青年「佐久間 一樹」。
前線投入の多い“under6”の中でも、エース級の腕をもつパイロットの多い第六部隊に配属される。
そして一樹の心に宿る少女「香山 柚姫」。
彼女は大戦が起こるさらに2年も前から、深い眠りについていた。
原因不明の病。そう診断されたが、一樹の心の中では、幼少期に彼女と遭った出来事が引鉄となったのではと、責任を感じている。
人間と“UnKnown”との熾烈な生存競争。
荒廃していく世界。荒んでいく人々の心。生きることへの執念と、命の尊さ。
様々なタイムリミットが、滅亡という終焉に向けて歩き始めていた。
戦いから数年後、一樹と柚姫は結婚し、子どもを授かっていた。
幸せに満ちた日々だったが、二人の間には再びカウントダウンが近づいていたのだった。
【登場人物】
佐久間 一樹(28) -Ikki Sakuma-
幼い頃に遭った出来事に、責任を感じて口数が少ない少年だった。
柚姫が目覚めてからは、感情を表に出すようになる。
日本国 防衛相 自衛航空部隊 第二戦闘部隊隊長(パイロット)。
佐久間 柚姫(19) -Yuki Sakuma-
12年間眠り続けていた少女。世界を守るべく、自らの命と引き換えに脅威から世界を救う。
終戦して5年後、当時の姿のまま一樹の前に現れた。
香山 重雄(71) -Shigeo Koyama-
柚姫の祖父。柚姫の両親に代わり、眠ったままの柚姫の面倒をずっと見てきた。
一樹も恐れる頑固親父。通称“重じい”。
最近体調不良。
佐久間 知夏(3) -Chinatsu Sakuma-
一樹と柚姫の間に生まれた女の子。愛称は“ちぃちゃん”。
柚姫の幼い頃のように、無邪気で好奇心旺盛。
※知夏が3歳の時、一樹は32歳、柚姫は23歳。
【キーワード】
・産声
・命の尊さ
・平和への祈り
・引き継がれしもの
ユキサキノハナ/逝き先の華/雪咲きの花
【展開】
・本編のさらに2年後。徐々に復興してきた世界と、神根村で過ごす一樹と柚姫。
・失われた時間を埋めるべく、時間を共有する二人。
・夏、新たな命が産声をあげる。
・冬、想いはここに。
《注意(記号表記:説明)》
「」 → 会話(口に出して話す言葉)
M → モノローグ(心情・気持ちの語り)
N → ナレーション(登場人物による状況説明)
※ただし「」との区別をつけるため、MおよびNは、:(コロン)でセリフを表記する。
また“N”の中に心情(M)を含ませることもあり。
【本編】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
一樹 N:あれから5年後、死んだと思っていた柚姫が思い出の地に現れた。
聞きたいことはたくさんあった。
でも彼女を目にしたその時は、そんなことどうでもよかった。
ただただ夢じゃないんだと確かめるように、僕は彼女を抱きしめていた。
そしてさらに2年の月日が過ぎた――。
柚姫 「おかえり、一樹くん!」
一樹 「おう、ただいま!」
柚姫 「あのね、今日ね、大事なお話があるの!」
一樹 N:僕は今、神根村で柚姫と一緒に暮らしている。
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C.V 一樹
Bound for Last Terminal
C.V 柚姫
After story ~ ユキサキノハナ ~
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一樹 「なんだよ、話って」
柚姫 「えっとね、あの…」
一樹 「…ん?うん、何?」
柚姫 「……えっ、と…」
一樹 「…柚姫?」
一樹 N:彼女らしくないと思った。昔から、思ったことは割とすぐに言うやつだったから。
まぁ、さすがにあの時は気持ちを必死に抑えつけてたみたいだけど。
柚姫 「……一樹くん、お父さんになるんだよ」
一樹 「へ?」
柚姫 「私はお母さんになるの」
一樹 「え、ちょ…。え?……それって」
柚姫 「(微笑んで)ふふ、うん」
一樹 N:びっくりしすぎて言葉がでてこなかった。
柚姫が僕の前に現れてからは、それまで過ごせなかった時間を埋めるかのように、
僕らはずっと一緒にいた。そんな僕らが、未来を共にと決めるのに時間はかからなかった。
柚姫 「ねぇ、お父さん?」
一樹 「(照れながら)お、おう…。なんだよ」
柚姫 「大好きだよっ」
* * * * *
柚姫 N:どうして私は戻ってきたのか。
あの日、引鉄を引いてその後、確かに意識が途切れた。でも気づいたら目の前に彼がいた。
大好きな人が力強く抱きしめてくる。子どものように泣きじゃくる。
私は生きていたんだと、今ここにいることは夢なんかじゃないんだと実感できた。
だから――。
重じい「おかえり、柚姫」
柚姫 「おじいちゃん、大丈夫!?」
重じい「こんなもん大したことない。それより検査は終わったのか?」
柚姫 「うん。特に異常なしだって」
重じい「……そうか」
柚姫 「ねぇ、おじいちゃん。私ってひょっとして…」
一樹 「柚姫、ここかぁ?」
重じい「お、一坊」
柚姫 「一樹くん!」
一樹 「な、なんだよ。そんな驚くようなことかよ」
柚姫 N:私ってひょっとして…。その先の言葉を私は飲み込んだ。
眠りから覚めた時と同じような感覚が、うっすらとだけどあったから。
それにおじいちゃんは何かを知っているような気がしたから。
重じい「どうしたんじゃ?」
一樹 「あぁ。柚姫、看護士さんが呼んでるぞ」
柚姫 「あ、はーい。じゃあまた後でね、一樹くん」
一樹 「おう、って柚姫!前!」
柚姫 「え…?………痛(いった)っ」
柚姫 N:ごちん、という音とともに頭がクラクラした。
扉がね、うん。開いてなかった。
重じい「ついでだからそれも診てもらったらどうじゃ?」
一樹 「おい、じじい。俺のセリフ取るなよ」
柚姫 N:変わらない二人の関係に、私はホッとした。
私がいなくなって、お互いに自分を責めたりしてたんじゃないかって思ってたから。
重じい「で、どうじゃった?」
一樹 「え?あー、柚姫?」
重じい「あの子は異常なしと言っておったが」
一樹 「ホントになんもないってよ」
重じい「そうか…」
一樹 N:何か知っている。そんな顔をしていた。
でも僕は何も聞かなかった。それはきっと聞いてどうかなるものじゃないと思ったから。
今は失われた時間を少しでも多く、彼女と過ごしたかった。
重じい「あの子をよろしくな」
一樹 「なんだよ、急に」
重じい「……いや。ふとそう思っただけじゃ」
一樹 N:言われなくても、と口にしかけて僕は止(や)めた。
冗談とかそういう感じではないような気がした。
もし近い未来、柚姫とずっと一緒にいることを誓い、そしてその先で生まれる命があるとしたら、
僕は迷わずに前へ進もう。どうしようもない現実を、受け入れ難い現実を、目を背けずに生きよう。
重じいの顔を見て、僕はそう思った。
* * * * *
重じい N:あの戦いから2年。世界は徐々に復興してきた。
人類一丸となって、未知の生物と戦ったという事実。
しかしそれは、世界平和への礎(いしずえ)にはならなかった。
重じい「また紛争、か。まったく人間という生き物は」
一樹 「ただいま!重じい、柚姫は!?」
重じい N:世界平和よりも、目の前の幸せ。人々はそれを噛みしめ、日々を生きている。
それはこの家でも変わらぬこと。
一樹 「なぁ、柚姫は!?」
重じい「あぁ。さっき落ち着いたところじゃ。今は少し眠っておる」
一樹 「そっか」
重じい「なんじゃ、残念そうじゃな」
一樹 「そんなことないけど。いや、うん」
重じい N:連絡を受け、仕事を早めに切り上げてきた一坊。
残念そうにしても仕方ない。今、柚姫は――。
+ + + +
一樹 「……柚姫」
柚姫 「(目を覚まして)…ん。一樹くん…?」
一樹 「あ、ごめん。起こした?」
柚姫 「…ううん。おかえりなさい」
一樹 「あぁ。ただいま」
柚姫 N:急いで帰ってきたのがわかる。
制服のままで、額には汗を光らせて、どこか落ち着きなくて。
一樹 「大丈夫か?」
柚姫 「…うん。先生がね、もう少しだろうって」
一樹 「……なぁ、やっぱりちゃんと病院で…」
柚姫 「ううん。私はここがいいの。おじいちゃんと一樹くん、それに大好きなこの村で私は…。うっ」
一樹 「(慌てて)柚姫!?どうした?」
柚姫 N:痛みが走る。これまでと比較にならないほどの激しい痛み。
もうすぐ、あとちょっとだよ。一緒にがんばろう?
一樹 N:それから柚姫は何度も声を上げ、痛みと戦った。すべては生まれてくる子どものため。
そして日付が変わって少し後、僕はその声を――新たに生まれた命の声を聞いたのだった。
* * * * *
重じい「おめでとう、一坊。柚姫」
一樹 「……あ、うん」
重じい「なんじゃ、嬉しくないのか」
一樹 「いや、そういうわけじゃないんだけど。なんか一気に気が抜けたというか」
重じい「だらしないやつじゃな。ま、わしも通った道じゃし、わからなくもないが」
一樹 「そ、そうなのか…」
重じい「ほれ、さっさと柚姫のところに行ってこい」
一樹 N:部屋に入ると、柚姫の傍には僕らの大切な――。
柚姫 「あ、一樹くん」
一樹 「…柚姫、よくがんばったな」
柚姫 「…うん。あのね、女の子だって」
一樹 「そっか。お前も、大丈夫そうだな」
一樹 N:僕らはその子に“知夏”という名前をつけた。
少し涼しくなってきた夏の夜、僕にまた一人大切な家族ができた。
柚姫 N:一樹くんがいて、知夏が生まれて。それだけで私は本当に幸せだった。
世界がどうとか、そんなのは正直ピンとこない。
今はただ、目の前のことでいっぱいで、小さな幸せがとても大切で。
ずっとずっとこの幸せが続けばいいな、ってそれだけを思っていた。
* * * * *
知夏 「じーじ。だっこ」
重じい「はいはい。ちょっとだけ待ってくれな」
柚姫 N:お仕事でなかなか帰れない一樹くんの代わりに、おじいちゃんが知夏の相手をしてくれていた。
私はというと…。
重じい「無理しなくていいんじゃぞ」
柚姫 「大丈夫だよ。今日は体調いいから、お昼ご飯は私が作るね」
重じい「……ならいいんじゃが」
柚姫 N:知夏が3歳の誕生日を迎えた年の秋。私は体調を崩した。
それまで何もなかったことの反動なのか、回復の兆しは見えない。
おじいちゃんももういい年だし、甘えていられないからと頑張ってはみるんだけど…。
知夏 「マーマ?」
重じい「柚姫!?」
柚姫 「(辛そうに)…っ。大丈、夫…だよ」
重じい「やはり横になっておれ。知夏はわしが見ておる」
柚姫 「…っ。ごめんね、おじいちゃん」
知夏 「…ママ」
柚姫 「ごめんね、ちぃちゃん。じーじといい子にしててね」
重じい N:布団に入ってすぐ、柚姫は眠りについた。
予想はしていた。だが知夏が生まれ、慌ただしくも幸せな日々に、わしも忘れていた。
さすがわしとお前の孫。我慢強いのは血筋なのかもしれんな。
あの時のお前もこんな感じじゃった。なぁ、フミ――。
+ + + +
一樹 「…あんた何か知ってるんだろ?」
重じい「あぁ。知っておる」
一樹 N:柚姫がまた倒れたと聞いて、僕は重じいを問い詰めた。
あの時病院で聞いていなかったこと。それが関係している気がした。
重じい「…まだ話したことはなかったな、フミのことは」
一樹 「フミ?」
重じい「わしの嫁だ。充が小さい頃に亡くなったがな」
一樹 「……それって、やっぱり…」
重じい「あぁ。フミはわしの元に嫁いできた身じゃったが、元々身体が弱かったわけじゃない。
前にも話したはずじゃ。わしらのかつての氏(うじ)は神山」
一樹 「重じいや柚姫のご先祖様か」
重じい「そうじゃ。血族と交わり子を成すことで、嫁いだ者でもその命を著しく削る。そういう言い伝えが
あった。わしもフミが倒れるまでは半信半疑じゃった。そうじゃな、わしらにとっては
呪いといってもいいかもしれん」
一樹 「呪い…」
重じい「フミは充が生まれてから10年生きた。嫁いだ者でもその長さじゃ。血族である柚姫は」
一樹 「もっと短い。それが今あいつが倒れている理由、だと?」
重じい「信じたくはないがな」
一樹 「そりゃ信じたくねぇよ。でもあいつは…」
重じい「そう。あの子は一度死んでおる。じゃがそれもまた呪いに翻弄された結果。いや、運命といっても
いいかもしれん。あの子は一人っ子じゃったからな。本来ならあの戦いで血は途絶えるはずじゃった」
一樹 「……まさか、血を繋ぐためだけに生かされたっていうんじゃ」
重じい「そう考えるのが妥当だろう」
一樹 「ちょっと待て!じゃああんたは、あの日から柚姫が戻ることを知ってたっていうのか?」
重じい「いつ戻るかは定かではなかったがの。予見というか、そういうものが血族の男子にはあるようじゃ」
一樹 「……なぁ、瑞樹さんはどういうことなんだよ。あの人、充さんの奥さんだろ?」
重じい「そうか、知らんのも当然じゃな。瑞樹さんは柚姫の産みの親ではない」
一樹 「なっ…!うそ、だろ…?」
重じい「本当じゃ。柚姫の本当の母親は、あの子を産んですぐに亡くなった。充は柚姫が1歳になる前、
瑞樹さんと再婚したんじゃ。結局それから二人に子どもは恵まれなかったがの。今思えば、
それでよかったのかもしれん」
一樹 N:淡々と話す重じい。
言い伝えなんて信じない。そう思いたかったが、7年前のあの日のことが僕を現実に引き戻す。
非現実なことが目の前で起こったあの日のことを。
重じい「お前も覚悟を決めておくのじゃ。これを話すかどうかは最後まで迷ったんじゃがの」
一樹 「………わかった。ありがとう、重じい」
一樹 N:柚姫の傍についててやろうと思った。でも眠っている柚姫の顔を見て、僕は――。
ひょっとしたらずっと、柚姫は苦しかったんじゃないのか。
もっと気づいてやれることがあったんじゃないのか。
何があっても傍にいる。守る。そんな言葉を並べただけで、安心しきっていたんじゃないのか。
一度この手を離れた彼女が、もう一度僕の元を離れようとしている。
知夏 「…パ、パ?」
一樹 「なんだ、知夏。起きたのか?ママともっとお昼寝してていいぞ」
知夏 「んー、やっ」
一樹 「嫌って…。ほら、おいで」
一樹 N:知夏を抱きかかえ、僕は柚姫の手を握る。
一樹 「ったく、こんなにあったかいじゃないか。早く元気になれよ、柚姫」
* * * * *
瑞樹 「ごめんなさい、柚姫。私あなたに伝えなきゃいけないことがあるの」
柚姫 「どうしたの、お母さん」
瑞樹 「……っ」
柚姫 N:母と会うのは久しぶりだった。私の体調を見た上で、何か大事なことを伝えに来たようだ。
どこか言葉にしづらい雰囲気の母。私はただそれを見守り、静かに待つ。
瑞樹 「ずっと言おう言おうと思っていたことなんだけどね」
柚姫 「うん」
瑞樹 「……私はあなたの本当の母親じゃないの」
柚姫 「うん」
瑞樹 「うん、ってあなた、知っていたの?」
柚姫 「なんとなくだけどね。お父さんからおばあちゃんは結構早くに亡くなったって聞いてたし、
なのに私だけ、この年になるまでお母さんがいるってこと、ちょっと気になってたの」
瑞樹 「……そう」
柚姫 「でもね、お母さん。たとえ私とお母さんの血が繋がってなくても、私のお母さんはお母さんだよ」
瑞樹 「……柚姫…」
柚姫 「私もね、知夏が生まれてお母さんの気持ち、わかるようになったの。だからいいの」
瑞樹 「………立派になったわね」
柚姫 「へへ。それに私もね。お母さんに話があったの」
瑞樹 「うん、なに?」
柚姫 N:私が告白をすんなり受け入れたことに安心した母は、私の言葉でその身を固まらせた。
柚姫 「……たぶんなんだけど、私、もうすぐ死んじゃうと思うんだ」
瑞樹 「え…?」
柚姫 「お母さんも、そのことを知っていてお父さんと結婚したんだよね?おじいちゃんに聞いたよ。
でもね、私にはもう時間ないみたい」
瑞樹 「そんな…こと…。だってまだ…っ」
柚姫 「ううん。自分のことだもん。自分でわかるよ。だからね、お母さん。このことは一樹くんには
内緒にしててほしいの」
瑞樹 「でも…っ」
柚姫 「お願い…」
柚姫 N:あまり我儘を言ってこなかった私のお願いに、母は観念したように頷く。
ごめんねという言葉しか出てこない。
ホントなら一番に彼に伝えなきゃいけないこと。だけど私は限られた時間の、限られた幸せを
生きていくと決めた。それには母の協力も必要だと思った。
瑞樹 「でもね、柚姫。これだけは約束してちょうだい」
柚姫 「ん?うん」
瑞樹 「絶対に無理はしないこと。いいわね」
柚姫 「うん…。ありがとう、お母さん」
* * * * *
知夏 「ママー」
一樹 「おい、知夏。そんなに急ぐと」
知夏 「……っ。(泣いて)……っく、ひっく。うわあああああん!!」
一樹 「あ、やっぱり。だから言ったろう」
一樹 N:案の定転んだ愛娘(まなむすめ)。
ママにあと一歩というところで転んだ知夏を、僕は抱きかかえる。
柚姫 「あはは、ちぃちゃん相変わらずだねぇ」
一樹 「ホント誰に似たんだろうな」
柚姫 「え、一樹くんじゃないの?」
一樹 「なんでだよ。小さい頃の柚姫そのまんまだろうが」
柚姫 「あれ?そうだっけ?」
一樹 N:ここ最近、眠っていることが多くなった柚姫。
知夏は重じいと村の皆が面倒を見てくれるようになり、僕は休暇をもらって、さっき村に
着いたところだった。
知夏 「ママー、だっこー」
柚姫 「ん、おいでー、ちぃちゃん」
一樹 N:柚姫が体調を崩してから数ヶ月が経とうとしていた。
もうすぐ冬を迎える。
風が冷たくなってくる季節。景色も色を失う季節。
知夏 「(嬉しそうに)ママー」
柚姫 「あーあ、ちぃちゃんは甘えん坊さんだなー」
一樹 N:たとえ寒くなっても、今この空間だけは温かい。それが家族というものなんだと僕は思った。
でも娘の成長に反比例して、柚姫の体調は会う度に悪くなっていった。
ゆっくりと別れの時が近づいている。
柚姫 「一樹くん、今回は少しゆっくりできるんだよね?」
一樹 「おう、久しぶりにな」
柚姫 「やった、へへ」
一樹 「なに?」
柚姫 「ううん。嬉しいなぁって」
一樹 N:心から嬉しそうに笑う柚姫を見て、僕も笑みがこぼれる。
重じいから話を聞いたことを、柚姫の未来を知っていることを、僕は悟られないようにしなければ
ならない。
いっそ話してしまおうか。そう思うことは何度もあった。
でもこいつのことだから、きっと気づいている。
あの時もそうだったのだから。
それでも自分から言ってこないのは、柚姫が“今”を選んだから。
僕はそう思うようにしていた。
柚姫 「ごめんね、せっかくのお休みなんだから、ゆっくりしたいよね」
一樹 「ばーか。そんなこと気にしなくていいから、お前がゆっくりしとけ」
柚姫 「……うん、ありがとう」
知夏 「パパー」
一樹 「ん?」
知夏 「マーマ」
柚姫 「なにー?」
知夏 「だいすきー」
一樹 N:僕と柚姫の腕を掴んで、笑顔で娘はそう言った。
なんでもない日常の一コマ。
僕はその一瞬一瞬の幸せを噛みしめていた。
* * * * *
知夏 「おー、まっしろー」
柚姫 「ちぃちゃん、走ると危ないよ」
一樹 N:朝起きると、外は真っ白な雪景色となっていた。
知夏は庭に出て走り回り、柚姫は縁側でそれを見守っていた。
そして俺はそんな二人を――。
知夏 「んー?」
一樹 「ん?どうした、知夏」
柚姫 「ちぃちゃん?」
知夏 「パパー、ママー、お花あるー」
一樹 「花?まぁ、冬に咲く花もあるしな」
一樹 N:僕は知夏が指差す場所を覗き込む。
そこには雪に埋もれた花。蕾の状態で、まだ完全には咲いていない。
柚姫 「どんな花?」
一樹 「白い……。んー、蕾だとわかんないな」
柚姫 「私にも見せ……うわっ」
一樹 N:立ち上がってすぐ、前のめりに倒れる柚姫。
まさか、と思い急いで駆け寄ると、顔中に雪をつけ鼻を真っ赤にしていた。
柚姫 「(不貞腐れて)うー…」
一樹 「(笑って)ぷっ。くっくっく、あはははは!!」
知夏 「ちぃもやるー!」
一樹 N:柚姫のマネをして、知夏も白い絨毯へ顔面ダイブ。
庭先に笑顔と笑い声が溢れる。
まったく。ホント愛らしいよ、二人とも。
柚姫 「(咳)けほけほ」
一樹 「ったく、はしゃぎすぎだな」
柚姫 「む、無理なんてしてないよ?」
一樹 「だとしても、今日はもう休め」
柚姫 「でもまだ…」
一樹 「さっきの花は鉢植えにして部屋においとくよ」
柚姫 「…っ、ありがとう!」
一樹 N:名も知らぬ白い花。柚姫はこの花が綺麗に咲くところを見れるのだろうか。
部屋に花を運び入れ、僕はそう思った。
正直なところ、それだけ柚姫の病状はよくなかった。
重じい「柚姫、一坊。ちょっといいか?」
柚姫 「どうしたの、おじいちゃん」
重じい「今から村の集会に行くんじゃが、知夏を連れて行ってもいいか?」
一樹 「なんで?」
重じい「いやな。村の連中が知夏の顔が見たいとか言いよってな」
柚姫 「ちぃちゃん人気者だね」
一樹 「娘を年寄りの道楽にしろと。まぁ、いいけど」
柚姫 「私もいいよ」
重じい「そうか。すまんな」
一樹 「おーい、知夏!じいじが遊んでくれるってさ」
一樹 N:それを聞いた娘は、目を輝かせて重じいに抱きついた。
どんだけ可愛がられてんだよ、みんなに。
呆れながらも、本当によくしてもらってるなと思った。
自分が仕事でなかなか帰れず、加えて柚姫の現状。
知夏には寂しい想いをさせていると思っていたから。だから――。
知夏 「いってきまーす」
柚姫 「はーい。いってらっしゃーい」
一樹 「いい子にしてるんだぞー」
知夏 「ん!」
一樹 N:見送る柚姫。その顔を横目で見つつ、僕はあの日を思い出していた。
柚姫が戻ったあの日――。
柚姫を守りたい。この笑顔をずっと…。
そして生まれた娘。芽生えた感情。柚姫と同様、守っていきたいと。
今の僕には、大切な家族。誰一人、欠けちゃいけない。
でも運命は、時間は待ってはくれなかった。
* * * * *
柚姫 N:随分と久しぶりな気がした。
知夏が生まれて、バタバタしながらも幸せな日々が続いて。
こうしてゆっくりと、彼と話す時間なんてなかったから。
一樹 「……なんか、一気に静かになったな」
柚姫 「ね。ホントちぃちゃんはウチじゃ元気いっぱいだもん」
一樹 「いつもああなのか?」
柚姫 「最近は特にそうかなぁ。でもあんまり我儘は言わなくなったかも」
一樹 「そうか…」
柚姫 「……気を、遣わせちゃってるのかな?」
一樹 「お前がそんなこと思ってると、余計心配かけちゃうんじゃないか?」
柚姫 「そう、だね。元々、優しい子だもんね」
一樹 「安心しろ。お前も、知夏も、俺が守ってやるから。ずっと一緒だ」
柚姫 「……ん。ずっと一緒、だよね」
柚姫 N:わかってはいた。わかってはいたけど、やっぱり寂しい。
自分の死期が近いこと、残される人、大切な家族のつらい心。
“ずっと一緒”。
その言葉の意味を噛み砕いて整理できるほど、私たちは大人じゃなかったのかもしれない。
一樹 N:つらいこと。悲しいこと。
それを無理に押し込めることが正しいわけじゃない。
むしろ心のままに、素直に気持ちを伝えることが、生きていくうえで大事なこと。
でも僕は、その道を拒んだ。
たとえ彼女の命が、そう長くはないとわかっていても、僕には柚姫がいて、知夏がいる。
そんな日常を選んだ。
柚姫 「……ねぇ、一樹くん」
一樹 「ん?どうした?」
柚姫 「あの花、いつ咲くのかなぁ?」
一樹 「きっとそのうち咲くさ。それにあいつも、お前が元気になるの、待ってるのかもしれないぞ」
柚姫 「(微笑んで)はは、うん。そうだね。(咳をする)けほけほ…」
一樹 N:そう言ったのは自分なのに、目の前の彼女の姿を見ると、弱い心が顔を出す。
ひんやりとした空気が、真っ白な冬景色が、きっとそうさせていたんだと思う。
この時すでに、僕と彼女の時間はあまり残っていなかった。
* * * * *
充 「すまんな、一樹」
一樹 「いえ…」
充 「俺たちだけで十分だと言ったんだがな。上が直々にお前を指名してきてな」
一樹 「まぁ、なんとなく理由はわかりますよ」
一樹 N:休暇中、一本の電話があった。
それはお義父さんからのもので、早急に戻ってきてほしいという通達だった。
そして僕は今、空にいる――。、
充 「村には瑞樹を向かわせたが、こっちはこっちでさっさと用事を済ませて帰るぞ」
一樹 N:報告によると、日本の領海内で未確認の飛行物体が確認されたとのこと。
その調査が、あの戦いを生き残った僕たちの元に来たのだという。
充 「……そもそも今さら何だってんだよな。仮にそれが“あいつら”だとしても」
一樹 「でも未確認ってことは、地球上のどんな物でもないってことですよね?」
充 「上はそう言ってるが、単なる見間違いの線もあるだろ」
一樹 「調べるに越したことはない、ですか」
充 「そういうことだ」
一樹 N:柚姫の容態は、日を追うごとに悪化していった。
寝たきりな状態が続くようになり、起きていてもぼーっとしている時間が長い。
名前を呼べば反応するが、家事をしたりすることはなくなっていた。
充 「……特に異常はないな」
一樹 「そうですね。なーんて言ってると、だいたい…」
充 「(ため息)はぁ。来るんだよなぁ、これが。そして当たりを引いたみたいだ」
一樹 N:雲の隙間から現れたのは、見覚えのあるフォルム。
忌まわしき記憶が蘇る。同時に浮かんだのは、柚姫。
重じいの言ったことが本当なら、柚姫の時間はもう――。
充 「行くぞ、一樹!!」
一樹 「はい!」
一樹 N:速やかに任務を遂行し、彼女の元へ。
ここで自分にできることは、ただそれだけだった。
* * * * *
瑞樹 「柚姫…」
知夏 「ママ…」
柚姫 「(息を荒くして)はぁ、はぁ、はぁ。ふふ、大丈夫だよ、ちぃちゃん」
重じい「……」
重じい N:先ほど速報で、またやつらが現れたことを知った。
多大な犠牲のもとにつかんだ平和が、今また崩されようとしている。
そしてこの子は、世界に不要と判断されてしまったんじゃろうか。
一度は世界を救った姫も、血を残してしまえば、もう用済みということなのじゃろうか。
いや、そんなことあっていいはずがない。
フミを亡くし、こうして孫までも危険な状態だというのに、わしには何もできないのか。
瑞樹 「がんばって。きっともうすぐ一樹くんも帰ってくるから」
柚姫 「……うん。わかって、る」
瑞樹 「お父さんだって、ね?」
柚姫 「……大丈夫だよ、お母さん。(身体を起こし)よい、しょ。ちぃちゃん、おいで」
瑞樹 「柚姫!?」
柚姫 「大丈夫だって。もぉ、お母さん心配しすぎ」
重じい N:瑞樹さんが心配するのもしょうがない。それだけ今の柚姫は、痩せ細っていた。
柚姫は知夏を抱きかかえ、優しく頭をなでる。
知夏 「…ママ?」
柚姫 「…ふふ、おっきくなったねぇ。生まれた時は、あんなに小さかったのに」
知夏 「ん!ちぃちゃん、おっきいよ!」
柚姫 「ねー。でももっとおっきくならなきゃ」
知夏 「ん!パパもママもちぃちゃんとおっきくなる?」
柚姫 「んー?うん、なるよー」
知夏 「ほんとー?」
重じい N:柚姫は、そっと自分の胸に手を当てた。
柚姫 「ここがね、おっきくおっきくなるの」
知夏 「ここ?」
柚姫 「うん。いつかちぃちゃんにも、わかる時が来るよ」
知夏 「ふーん」
重じい N:知夏は柚姫のマネをして、何度も何度も自分の胸に手を当てる。
そんな二人のやり取りが、微笑ましくも、儚く見えてしまった。
知夏 「ママ―。パパ遅いねー」
柚姫 「そうだねー。でもきっとすぐ帰ってくるよ」
重じい N:呼吸をするのも苦しくなってきているはずなのに、柚姫は娘の前では平然としていた。
あの日の――フミの時と同じ。
フミも充の前では必死に『母』であり続けた。
たとえそれが、命の灯を削る行為であったとしても。
確かフミはあの後――。
柚姫 「…おじいちゃん」
重じい「ん、なんじゃ?」
柚姫 「……ありがとう」
重じい「…ああ。さて、知夏。パパを迎えに行くぞ」
知夏 「おー」
瑞樹 「お義父さん?」
重じい「あいつらのことだ。任務なんてすぐに片づけてくる」
瑞樹 「そう、ですね」
柚姫 N:そう言って、おじいちゃんは知夏を連れて出ていった。
迎えに行くなんてのは嘘。
私も、お母さんもそれがわかったから、引き止めたりはしなかった。
瑞樹 「……柚姫」
柚姫 「お母さんも、ありがとう」
瑞樹 「…ねぇ、今からでも病院に」
柚姫 「うーん。行っても無駄だよ。自分のことだもん。自分が一番わかるの」
瑞樹 「……そう」
柚姫 「でもやっぱり、最期に一樹くんの顔、見たかったなぁ…」
瑞樹 「なら頑張りなさい。あなたにはちゃんと生きる理由があるんだから」
柚姫 「…うん」
一樹 N:僕が村に戻ったのは、その翌日。
あの花を見つけた日と同じ、雪が村一面を覆う日だった。
* * * * *
一樹 「(息を荒くして)はぁ、はぁ、はぁ。……っ、柚姫!!!」
瑞樹 「おかえりなさい、一樹くん。あなた」
充 「…っ、柚姫は?」
瑞樹 「(涙を堪えて)同じなのにね、あの時と…」
一樹 N:お義母さんの震えた声とセリフで、僕はすべてを察した。
『あの時と同じ』
昔、突然眠ってしまった彼女。
あの頃と同じ彼女が、そこにはいた。
ただ一つだけ違うのは、彼女の時間は完全に止まってしまったということ。
充 「くっ…」
一樹 「……まに、あわなか…っ」
知夏 「パパー?」
一樹 「知夏…。くっ、そお…」
重じい「一坊…」
一樹 「(涙を堪えて)…っく。どんな、顔して…ました?」
瑞樹 「笑ってたわ…」
一樹 「そう、ですか…」
重じい「本当についさっきだったんじゃ。息を引き取ったのは」
一樹 N:真っ白な景色に、ひんやりした空気。
そして傍らで眠る彼女。
揺すっても、声をかけても、起きることはない。
どれだけ待ったとしても、もう二度と目覚めない。
あの声で名前を呼ばれることも、笑顔を見ることも、もうできない。
僕は泣き崩れた。
一樹 「……うわあああああああ!!!!」
一樹 N:子供のように、周りの目なんか気にしないで、ただただ泣きじゃくった。
泣いてももう彼女は戻らないのに。それでも涙を堪えることなんてできなかった。
瑞樹 「……っ。あら、この花…」
一樹 「…柚姫。まだ一緒にしてないことあるだろ?過ごせなかった時間をこれから埋めていくんだって
約束したじゃないか。なぁ、柚姫…」
一樹 N:僕は彼女の胸に顔を埋(うず)める。
話しかけても無駄だとわかっていても、そうせずにはいられなかった。
柚姫 「……一樹、くん」
一樹 「…!?…ゆ、柚姫?」
柚姫 「…へへ。ありがとう、神様」
一樹 「柚姫!柚姫!!」
柚姫 「…最期…に、お顔見れ…て、よかっ…」
一樹 N:一瞬目を覚ました柚姫は、そう呟いて、ゆっくりと目を閉じた。
その顔は、お義母さんの言っていたように、笑っていた。
伝えたいことがたくさんあった。
戻ってきてくれて、ありがとう。
好きになってくれて、ありがとう。
知夏を産んでくれて、ありがとう。
幸せな時間を、ありがとう。
込み上げてくるのは、感謝の言葉ばかり。
ずっとずっと一緒だと思っていた。
柚姫の家族みたいな、理想の家族をつくりたいって思ってた。
でも、でもさ。
僕一人じゃできないんだよ。
僕の家族は、柚姫。お前と知夏。
誰一人欠けちゃいけないのに、なのに…。
瑞樹 「一樹くん…」
一樹 「…っ、どうして先に行っちゃうんだよ…。柚姫…」
瑞樹 「一樹くん、見て」
一樹 「あの花が咲くまで頑張るって言ってただろ!なのに、さぁ…っ」
瑞樹 「一樹くん!」
一樹 「…!?」
瑞樹 「見て、これ…」
一樹 N:お義母さんの手には、いつの日か知夏が見つけた白い花。
あの時はまだ蕾だったそれは、誇らしげに花を咲かせている。
瑞樹 「これ『アザレア』ね」
一樹 「…アザ、レア?」
瑞樹 「そう。確か花言葉は…。『あなたに愛されて幸せ』」
一樹 「…っ!……そ、んなの…っ、直接言えば、いい…のに…っ。バカ柚姫っ」
一樹 N:バカじゃないもん!
そう聞こえた気がした。
まったく、本当にお前は、最期まで僕を気にしてるんだから。
バカだよ、バカ。
でも、うん。
僕も、柚姫がいてくれたおかげで、幸せだったよ。
ちゃんと、向こうで待ってろよ?
だから今は――。
ばいばい。
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C.V 柚姫
Bound for Last Terminal
C.V 一樹
After story ~ ユキサキノハナ ~
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柚姫 「あなたに愛されて、幸せでした」
fin...