top of page

Blue Connect

 声劇台本 

[ 注意事項 ]――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

|この台本は「ボイスドラマ仕様」となっているため、《①シーン指定 ②ト書き》が含まれますことを御了承ください。  |

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

□  イストーク廃坑(夜)


カイエン 「ふざけんなよ。お前がしてることは裏切りも同然だ!理由を話せないってんなら、力ずくでも聞いて

      やる!『 水の恩恵(ウォータグレイス)  逆巻く剣(レイジングスパーダ) 』!!」

 

 


□  街道(昼)


   すたすたとカイエンの前を歩くナギ。

 

   カイエンが呼びかけるも、ナギは振り返ろうとしない。

 


カイエン 「おい!おい、こら!!聞いてんのか!?返事しろよ!!」

ナギ   「つーん」

カイエン 「つーん、じゃねえよ!いい加減にしろよ、ナギ!!」

ナギ   「あーっ!やっと名前呼んだー。『おい』とか『こら』じゃ、誰に言ってるのかわかりませーん」

カイエン 「こんの、クソガキ…」

 

ナギ   「あっ、今ガキって言ったでしょ!助けてもらった恩人にそんなこと言って」

 

カイエン 「お前はそればっかだな!はいはい、あの時は助かりましたよ。……話戻していいか?」

 

ナギ   「えー」

 

カイエン 「こいつマジで今度…」

 


   二人の後ろで地図を見ていたローア。

   何かに気づき、声をかける。


ローア  「あっ!あーっ。なんだ、この道で合ってたのか。あのおじさん、説明がわかりずらいよ。……あれ?
      どうしました?」

カイエン 「……なんでもねぇよ」

 

ローア  「そうですか?とにかくこのまま歩いて行ったら着くみたいです」

 

ナギ   「このままって、どのくらい?」

 

ローア  「そうですね…。夜までには着くかと」

 

ナギ   「えーっ、それまだ結構歩くじゃん。私お腹すいたー」

 

カイエン 「さっき食っただろうが!」

 

ナギ   「育ち盛りなんですー」

カイエン 「そういうのは食い意地張ってるって言うんだよ!我慢しろ!」

 

ナギ   「えー」

 


   二人のやり取りを笑って見ているローア。

 


ローア  「ほんと、どこにいても二人は変わりませんね。見てて飽きないですよ。きっとこういうのを夫婦って…。
      むぐぐ」

カイエン 「おい、それ以上は言うな。考えたくもねぇ」

 

ローア  「ぷはっ。あはは、ごめんなさーい」


カイエンN:船が難破して、目が覚めたら俺は知らない村にいた。俺を助けてくれたという少女ナギは、故郷へ
      戻る俺についていくと言い出し、そこからいくつか町を転々としてきた。その道中で知り合った、

      妙に落ち着きのある少年ローアの存在は、俺にとって救いとなっていた。


カイエン 「どうせなら、もっと綺麗なお姉ちゃんにでも助けられたかったぜ」


□  オヴェスト領 門前通り(夕方)


店主1  「さぁさぁ、この地の特産品だよ。見て行かないかい?」

 

店主2  「ウチの品も見てってちょうだい!安くしとくよ!」

 

店主3  「おっと、お客さん。お目が高いねぇ。そいつはさっき仕入れたばかりの」

 


   活気で賑わう町。

 

   店主たちの威勢のある呼び込みが飛び交う。

 


ローア  「ここがオヴェスト領…」

 

カイエン 「意外と早かったな」

 

ローア  「ナギちゃんがあっちこっち行った時は、どうなるかと思いましたけどね」

 

ナギ   「ごっはん~」

 

カイエン 「……子供は元気でいいな」

 

ローア  「疲れたんですか?」

 

カイエン 「あいつの相手にな」

 

ローア  「それはそれは。ご苦労様です」

 

カイエン 「お前、楽しんでるだろ?」

 

ローア  「そんなことないですよ。ただ、今さらだなーって」

 

 


カイエンN:実際ローアの言う通りだった。子供といえど、自分で決めたことならと、同行を許可した。しかし
      気分屋で自由奔放なナギに振り回されてばかりの日々は、あの時の自分の決断を恨むには十分だった。

      かと言って、見捨てることができないのは、俺がかつて国を守るために戦った兵士だったからなのかも

      しれない。


ローア  「でもこういうのも、きっと旅には必要なんですよ」

 

カイエン 「物は言いようだな」

 


   先を行くナギが、二人に呼びかける。

 


ナギ   「ね~ぇ、二人とも~!早く行こう!」

 

ローア  「とりあえず先に宿ですね」

 

カイエン 「ああ。悪いけど、頼むわ。あのバカは俺が相手しとく」

 

ローア  「はは、お願いします」


□  オヴェスト領 リサッカ食堂(夜)

 


セイル  「失礼するよ」

リサッカ 「おや、セイル様。今夜はウチでいいのかい?」

 

セイル  「お願いしてもいいかな?しばらく食べてなかったからね、リサッカの料理も」

 

リサッカ 「ああ、任しときな。ほらほら、どいたどいた!領主様のお通りだよ!」

 

セイル  「やめてくれ、リサッカ。皆と同じでいい。適当に空いている席に座らせてもらうとするよ」

 

リサッカ 「そうかい?あんたのそういうとこ、あたしは好きだよ」

 

客1   「俺もさ、セイル様」

 

客2   「俺だってそうだ。あんたのお蔭で、この街もだいぶ住みやすくなったしな」

 

客1   「そうだぜ。あんたを悪く言うやつがいたら、俺たちがとっちめてやるよ」

 

客2   「ははははは!!ちげぇねぇ!」

リサッカ 「酔っ払いが絡むんじゃないよ。すまないね、セイル様」

 

セイル  「いや、皆が元気そうで何よりだよ」

 


   入口の扉が開き、ローアが顔を覗かせる。

 


ローア  「すみませーん。席空いてますか?三人なんですけど」

 

リサッカ 「はいはい、いらっしゃい。ちょっと待っておくれよ。……あー、すまないね。ついさっき満席になっ
      たところみたいだ」

ローア  「そうですか…」

セイル  「リサッカ。私は相席でも構わないが。彼らは三人だと言うし」

リサッカ 「そうかい?なら今日はサービスさせてもらうよ。あんたたち!相席でもいいなら中に入りな!その顔
      見るに、どこも満席だったんだろう?」

ローア  「本当ですか!?ありがとうございます!ナギちゃん、入れるって!」

ナギ   「ご~は~ん~」

 

カイエン 「ったく、しっかり歩きやがれ。俺はお前の保護者じゃねぇんだぞ」

 

リサッカ 「おやおや。こいつは相当腹を空かしてるみたいだね。席はそこだ。セイル様に感謝するんだよ」

 

カイエン 「セイル……様?」

セイル  「君たち、こっちだ」

 


   セイルが手を上げ、三人は席に座る。

 


ローア  「すみません、ありがとうございます」

 

セイル  「構わないよ。見慣れない顔だが、旅の人かな?」

 

カイエン 「ええ、まぁ。それより…」

 

セイル  「ん?ああ。私はセイル。一応、ここオヴェスト領の領主をやっている」

 

ローア  「領主様!?カイエンさん、やっぱり他を探しましょう。さすがに領主様と相席は…」

カイエン 「つっても、どこも満席だったしなぁ」

 

ナギ   「え、ご飯は!?」

カイエン 「お前は黙ってろ」

 

セイル  「だから構わないと」

 

カイエン 「と、言ってらっしゃる」

ローア  「……はぁ。お言葉に甘えさせていただきます」

 

 


カイエンN:話を聞くと、領主は毎晩いろんな店を渡り歩いているそうだ。昼間は館にこもっている分、夜は領民の
      生活に直に触れたいかららしい。俺が今まで見て来た偉ぶった連中とは大違いだった。


セイル  「君たちはどこへ?」

 

カイエン 「俺の故郷です。こいつらは俺に勝手についてきてるだけで」

 

セイル  「なるほど。それでその場所へはまだ遠いのかい?」

カイエン 「ニードって村なんですが、妙なことに誰に聞いても、知らない、聞いたことないってばかりで、方角
      さえわからなくて」

セイル  「ニード?私も聞いたことがないな。いや」

セイルM (……彼はもしや)

カイエン 「何かご存知ですか?」

 

セイル  「あ、いや。昔文献でそんな名前の都市を見たってだけだ。文献と言っても、この世界の言葉を学ぶ
      ための物語だったがね」

 

カイエン 「そうですか…」

 

セイル  「まぁ、ゆっくりしていくといい。何かあれば、私も協力しよう」

 

カイエン 「ありがとうございます」

 

ナギ   「おばちゃん、おかわり!!」

カイエン 「まだ食うのかよ!」

 

ナギ   「たくさん食べないといい女になれないし」

 

カイエン 「食えばいいってもんじゃねーよ!」

 

ナギ   「あ、それ食べないの?だったらちょうだい」

 

カイエン 「食うわ!!お前と違って大人の話してたんだよ!」

ナギ   「そうやってムキになってると、子供みた~い」

 

カイエン 「よーし、お前表出ろや。大人のなんたるかってもんを教えてやるよ」

 

ナギ   「サンゴ、ああいう大人にはなりたくないね」

 

サンゴ  「にゃあ」

 

カイエン 「ぐっ、くっ…、てめぇ…」

 

セイル  「おや?どこに隠れていたのかな。この可愛い子猫は」

 

カイエン 「ずっとそのバカの肩にいましたよ」

 

ナギ   「誰がバカだって?」

 

カイエン 「お前だよ、お・ま・え」

 

ローア  「すみません、騒がしくて」

 

セイル  「いやいや、子供は元気な方がいい。私に構わず食事を楽しんでくれ」

 


   一段落したリサッカが4人の元へやってくる。


リサッカ 「そういやセイル様。最近、北の街道が物騒だそうじゃないか。なんでもノルド領との国境近くにある
      森に魔物が出るとか」

セイル  「その話か。私の方でも兵を向かわせているのだが、バハルの森は深い。兵が戻り次第、皆にも伝える。
      もう少し待っていてくれるとありがたい」

 

リサッカ 「セイル様が事の調査にあたってるのは知ってるよ。この時期、ノルドからは新鮮な魚が届くんでね。
      ないと困るってほどでもないが、楽しみにしてる連中もいたりするのさ」

 

ローア  「なんか大変な時に来ちゃいましたかね?」

 

カイエン 「そうか?俺たちには関係ないだろ。長居するわけでもないしな」

 


   席を立つセイル。

 


セイル  「さて、それじゃ私はそろそろお暇しよう。おいしかったよ、リサッカ。ごちそうさま」

 

リサッカ 「はいよ!またいらしてくださいな!」

 

セイル  「君たちも、道中気をつけて」

 

カイエン 「はい」

 

ローア  「ありがとうございます」

 

セイル  「おっと、忘れていた。リサッカ、明日は確か君も検診ではなかったか?」

リサッカ 「ええ、よくご存知で」

 

セイル  「店があるとはいえ、遅れないでくれよ」

 

リサッカ 「大丈夫ですよ。明日は私だけじゃなく、旦那も息子も受けるってことで、店は休みにしましたから」

 

セイル  「そうか、助かるよ。それじゃ」

 

 

   扉を開けて食堂を出ていくセイル。

 

   気になる単語を耳にして、リサッカに聞くカイエン。

 


カイエン 「検診って?」

リサッカ 「ん?あー、この町の人間は半年に一度、無料で医者の検査を受けられるのさ。何よりもあたしら領民を
      大事にしてくれる領主様だからね。その噂を聞きつけて、最近じゃ他の町からも人がやってくるほどさ」

 

カイエン 「へぇ」

 

リサッカ 「でもその割に、人がどっと増えたって印象はないね。活気のある町だし、出入りも多いといえば、そう
      なんだけど」

カイエン 「あの領主様はいつからここに?」

 

リサッカ 「さぁねえ。あたしらも後から越してきたから、よくは知らないけど、少なくとも15年以上前ってとこ
      だろうね」

カイエン 「検診ってのは、あんたらが来てから始まったのか?」

 

リサッカ 「いいや。私らもその検診や町の治安がいいってことで、他所から移ってきたんだ」

 

 


カイエンN:話を聞いて妙だと思った。セイルの人柄がいいのは、自分でも確認できた。領主としても、民衆の目線
      で考えてくれる人物なのだろう。それで噂を聞きつけて人が集まるのも納得できる。しかし15年も同じ

      ように統治していれば、ここはもっと大きな街になっているはずだ。


ローア  「どうかしました?」

 

カイエン 「ローア、しばらくここに滞在する。宿の店主にそう伝えてこい」

 

ローア  「あ、はい。わかりました」

 


   先に食堂から出て行くローア。

 

   ナギに背を向けたまま話しかけるカイエン。

 


カイエン 「ナギ、聞こえたな?」

 

ナギ   「うん。ねぇ、聞いてもいい?」

 

カイエン 「なんだ?」

ナギ   「それはあなたにとって必要なこと?」

 

カイエン 「わからん。だが何かがひっかかる。セイルは何かを隠しているような気がする。それも普段のあいつ
      からは考えられないようなことをな」

ナギ   「その何かがわかれば、帰れる?」

 

カイエン 「さぁな。でも気になっちまった以上、調べてみたくなった。何もなければそれでいい」

 

ナギ   「そう…」

 

 


カイエンN:俺にとっての優先事項は故郷に戻ること。だが目覚めてからずっとある違和感が、どうしても拭えない。
      似たような景色のはずなのに、この世界はどこか違って見える。俺を見つけたという村で、はぐれ者扱い
      されていたナギも、きっとそう思っていたのだろう。だから俺についてきた……のだと思う。


□  オヴェスト領 北の街道(朝)

 


ローアN :朝市で賑わう通りを抜け、門を抜け、僕たちはノルド領へ続くという街道に来ていた。準備万端といった
      感じの二人に比べ、僕はというと…。


ローア  「で、昨日の話からするに、一番怪しいのがここと」

 

カイエン 「他にこれといった情報もないしな」

 

ローア  「でもいいんですか?街道と言っても、すぐ近くには森が広がっていますし、もし入ることになったら、
      今夜は野宿ですよ」

 

カイエン 「何の心配してるんだ。こっちはそのつもりだぞ」

 

ローア  「僕が嫌なんですけど。平野ならともかく、森での野宿は危険ですし」

 

ナギ   「……ねぇ、ローア。荷物は?」

 

カイエン 「そういやそうだな。お前荷物どうした?」

 

ローア  「というわけで、僕はここまでです。あ、お別れって意味じゃなくて、僕は僕で、街で情報を集めて
      おこうかと。それじゃ、二人ともお気をつけて!」

 

カイエン 「あ、おい!待て、ローア!!……ったく、行っちまいやがった」

ナギ   「あれは最初から行く気なかったね」

 

カイエン 「猫はもう間に合ってるっつーの」

 

ナギ   「猫?」

 

サンゴ  「にゃあ?」

 

カイエン 「そうだよ!お前らのことだよ!気分屋なお前らのことを………ん、猫?」

 

ナギ   「どうしたの?」

 

カイエン 「ちょっと待てよ。あいつあの時なんて言った?」

セイル  「おや?どこに隠れていたのかな。この可愛い子猫は」
(回想)

カイエン 「そうだ、猫だ!どうしてセイルは“猫”を知ってる?」

 

ナギ   「?」

 

カイエン 「昨日俺とお前が言い合ってた時、サンゴを見たセイルが、見ただけで猫とわかったんだ。おかしい
      だろう?サンゴを隠してるのは、物珍しい目で見られるからって、お前言ってたじゃねーか」

ナギ   「あっ」

カイエン 「やっぱり何かありそうだな」

ナギ   「セイルは物知り、とか?」

 

カイエン 「今まで誰に聞いても『知らない』『見たことない』の一点張りだったんだぞ?あいつだけが知ってる
      ことの方がおかしい」

ナギ   「じゃあ、聞きに行ってみる?」

 

カイエン 「いや、まずはこの先へ行ってみよう。ナギは俺の後について、妙なところがないか注意深く見ておけ。
      サンゴは俺とナギの間だ。ナギに何かあったら、お前がナギを守るんだ。わかったな?」

 

ナギ   「うん」

 

サンゴ  「にゃあ!」

 

カイエン 「あいつが他の連中と違うなら、この違和感にも理由がつけられるはずだ」

 

ナギ   「サンゴ、よろしくね」

 

サンゴ  「にゃ」

 

 


□  バハルの森(昼)

 


   逃げ惑う兵士。

 


兵士1  「う、うわああああああ!!!げぼっ」

部隊長  「いったいなんだこれは!?こんなやつらがいるなんて報告は…っ」

 

兵士2  「た、隊長!囲まれました!!」

部隊長  「周りに構うな!!自分のことだけ考えて、なんとしても逃げ伸びろ!!」

 

兵士3  「ぎゃあああああああ!!!」

部隊長  「くっそ。こいつらが街に下りでもしたら…。ひっ」

兵士2  「隊長!!うっ、がああああ!!!」

 


   静まり返った森の奥から、現れる一匹の狼。

 


ルー   「ふんっ、終わったか。まったく、やつも面倒なことをさせる」

 

 


□  オヴェスト領 北の街道(昼)

 


カイエン 「ナギ、なんかあったか?」

 

ナギ   「ううん、特に何も」

 

カイエン 「サンゴも……おとなしいな」

 

ナギ   「うん。感知能力は高いからね。何かあったら、すぐにわかるはずなんだけど」

 

サンゴ  「にゃ?」

 

カイエン 「やっぱり森に入ってみるしかないのかね」

ナギ   「私はいいけど」

 

カイエン 「その前にどこか休めるところを探そう。見晴らしがいいところだ。こんな森に入ってしまったら、
      ゆっくり休むこともままならないだろうしな」


□  ラルジュ高地 オヴェスト側入口(昼)

 


   山道へ入る前に立ち止まるカイエン。辺りを見渡す。

 


カイエン 「おっと、ここから先は山に入るみたいだな。この山に沿って森も続いてる。で、反対側は開けてるし、
      ここならいいだろう」

 

ナギ   「ご飯食べていい?」

 

カイエン 「ああ。しかしお前、今日はなんでそんなキャラ違うんだよ」

 

ナギ   「……なんか、そういうんじゃないかなって」

 

カイエン 「確かに、いつもみたいに『ぎゃーぎゃー』言われてもな」

 

ナギ   「それになんか、落ち着かない」

 

カイエン 「落ち着かない?」

 

ナギ   「うん。よくわかんないけど、ずっと気持ち悪い感じがしてて」

 

カイエン 「体調が悪い、とかじゃないのか?」

 

ナギ   「違う。体は元気。走ったりするのも平気。そうじゃなくて、なんか…。なんか嫌だ」

 

 


カイエンN:サンゴには変わった様子は見られない。ナギのこれは、きっと一種の防衛本能みたいなものだろう。
      体がこの先へ行くことを拒んでいるのかもしれない。引き返す道だってある。今ならまだ…。


カイエン 「……戻るか?」

 

ナギ   「ううん、行く」

 

カイエン 「そうか。だったらもっと甘えろ。甘えられる時に。俺は大人で、お前は子供なんだからな」

 

ナギ   「あ、また子供って言った!」

 

カイエン 「言ったが、どうしたぁ?」

 

ナギ   「子供じゃないから!!」

 

カイエン 「じゃなくて、そう思ってなくてもできることに限りがあるだろ。そのできないことを、もっと頼れって
      言ってんだよ」

ナギ   「……考えとく」

 

カイエン 「お前めんどくせーな、ホントに」

 


   カイエンから視線をそらすナギ。

 

   そらした先に映った謎の集団。


 

ナギ   「……ねぇ、あれ何?」

 

カイエン 「なにが?」

 


   ナギの指す方へ目を向けるカイエン。

 


ナギ   「あれ。……動いてる。人?」

 

カイエン 「確かに人の集団に見えるな。遠すぎてはっきりとはわからないが、あれだけ長い列を作るのは人くらい
      だろう」

ナギ   「どこ行くんだろう?」

 

カイエン 「あっちは森の方角だな。そういや昨日食堂で聞いた検診ってのも今日だったが、まさか森の中でする
      はずがないし、となると他に考えられるのは、セイルんとこの兵士か?」

 

ナギ   「……関係してる?」

 

カイエン 「今見ただけじゃ、何もわかんねぇよ。ただ、何かあることだけは確かみたいだな。さて、それじゃ
      俺たちもそろそろ行くか」

 

ナギ   「うん」

 

カイエン 「あぁ、待て。パンくらいならこうしてちぎって袋に入れといって、っと。別に誰かが見てるわけじゃ
      ねーし、歩きながら食ったっていいだろ。こいつ腰にぶら下げとけ。サンゴもいるんだ。やばそうな

      ら、すぐに対処できる」

ナギ   「うん、わかった。ありがとう」

 

 


□  イストーク廃坑(夕方)

 


ルー   「おい。いつまでこんなやり方を続けるつもりだ」

 

セイル  「いつまでも何も、やり方を変えるつもりはない。これが最大限の譲歩だ」

 

ルー   「譲歩だと?貴様ら六将はもう戻れないんだ。ならば王の策に乗るしかないだろう」

 

セイル  「それでもだ。どれだけ否定されようと、私は私のやり方をさせてもらう」

 

ルー   「ふんっ。わかっているだろうが、くれぐれも気をつけてくれよ。貴様が死ねば、俺も死ぬ。それが王に
      囚われた者への呪縛だ」

セイル  「わかっているさ。私も似たようなものだからな」

 

ルー   「それと妙な連中が嗅ぎ回っているぞ。本性がバレないうちに、さっさと処理することだな」

 

セイル  「簡単に言ってくれる」

 

ルー   「素体でなければ、俺がすでに殺っていたところだ」

 

セイル  「そうだな。警戒はしておこう」

 

ルー   「……俺は少し休む。用があればまた呼べ」

セイル  「ああ。頼りにしているよ」


□  バハルの森(夕方)

 


   森を突き進むカイエンとナギ。

 


カイエン 「どんだけ深いんだよ、この森は」

 

ナギ   「カイエン、暗くなってきた」

 

カイエン 「こりゃ野宿確定だな。そろそろどこか探さねーと」

 

ナギ   「ねぇ、あの人たちって、この森のどこかにいるのかな?」

 

カイエン 「あの人たち?……あぁ、森に向かってった集団か」

 

ナギ   「うん。カイエン、あの人たちが向かった場所を目指してるんでしょ?」

 

カイエン 「なんでそう思う?」

ナギ   「あの人たちがあのまま真っ直ぐ進んだとして、そのどこかでぶつかるように、ずっと同じ方角に進んで
      るから」

 

カイエン 「……なんだよ。お前結構頭いいじゃねぇか」

 

ナギ   「合ってた?」

 

カイエン 「ああ。なんか気になってな。これといった手がかりもないし、それに」

 

サンゴ  「ウーーー!!!」

カイエン 「サンゴ!?ナギ、気をつけろ!何かいる!」

ナギ   「う、うん!」

 

カイエン 「どこだ?どこから来る!?」

 

サンゴ  「フシャーーー!!!」

 

カイエン 「そっちか!!………って、ん?」

 

ナギ   「……何も、来ない?」

 

カイエン 「なんだよ、サンゴ。おどかすなよ…」

 

サンゴ  「フー、フー…」

 

カイエン 「……まだ少し警戒してるな。これは何かがいた、ってことか。襲ってこなかったのは、なんでだ?」
 

ナギ   「サンゴ、もう大丈夫だよ。いなくなったから」

 

カイエン 「いなくなったって…。お前もわかるのか?」

 

ナギ   「えっと、あー。うん、少しだけ。でも大丈夫。本当にもういない」

 

 


カイエンN:ナギはまだ俺に隠していることがありそうだ。なぜそれを隠すのかはわからないが、わざわざ問い詰め
      る必要もない。その時がくれば自分から言うだろう。

 

 


ナギ   「カイエン、あれ…」

 

カイエン 「どうした?」

 

ナギ   「あそこに光が見える」

 

カイエン 「光?小屋でもあるのか?」

 

ナギ   「そこまではわかんない。でも何度か点滅してる」

 

カイエン 「よし、とにかく行ってみよう。人がいれば、宿の代わりになるようなとこを提供してもらえるかも
      しれないし、いなくてもこの先暗くなるなら、少しでも明るいとこにいた方がいい」

 

ナギ   「うん。サンゴは肩に乗せててもいい?」

 

カイエン 「ああ。落ち着きはしたが、怯えてるみたいだしな」

 

 


カイエンN:そう、怯えていた。サンゴは俺がナギを守れと言ったからか、その時は必死に威嚇していたのに、
      落ち着きを取り戻してからは、体を強張らせていた。それだけあの場にいた得体の知れないものに、

      力の差でも感じたのだろうか。

 

 


□  イストーク廃坑(夜)

 


カイエン 「あんた、なんでこんなとこにいるんだ?」

 

セイル  「ああ、君たちか」

 

カイエン 「今日は検診とかいうのがあるんだろう?」

 

セイル  「それはもう済んだよ」

 

カイエン 「じゃあ、なんでこんなとこに…。それにここは、廃坑?」

 

セイル  「昔は鉱石なんかも採れたんだ、この地は。その名残さ。今は違う目的で使ってるが」

 

カイエン 「違う目的…?」

 

ナギ   「…っ、カイエン!!」

カイエン 「どうした!?」

ナギ   「あ、あれ…」

 

 


カイエンN:俺がセイルと話してる間、ナギは坑道を覗いていた。横穴ではなく、下に掘られた穴の方を。俺がいた
      位置からは見えなかったが、ナギは声をあげるほどの何かを目にしてしまったらしい。

 

 


セイル  「今日はのんびりしすぎたようだ。こんなこと、旅をしてる君たちが知ることもなかったのだが」

 

カイエン 「いったいなんの話を………なっ!?あれは、人の手…!?」

 

セイル  「思いのほか効果が出ていない者たちがいてね。さっきようやくおとなしくなったところだよ」

 

カイエン 「おとなしくなったって…。じゃあ、ここにいるのは全部…!」

 

セイル  「察しの通り、オヴェストの民だ。君たちも昨日聞いたろう?今日何が行われるかを」

 

カイエン 「検診か…!お前!!ここで何をやってる!?」

セイル  「何って、仕事だよ。私のね」

 

カイエン 「仕事だと?お前はオヴェストの領主だ!領主がこんなことしてると知れたら、どうなるかくらいわか
      るはずだ!!」

セイル  「大丈夫だ。誰も知らない。彼らが知るのは、あの街と私の評判だけだ。それ以外は知る由もない。
      万が一知ったとしても、彼がすぐに消してくれる」

カイエン 「彼…?」

 

セイル  「ルー」

 

サンゴ  「フシャーー!!!」

ナギ   「この感じ、さっきの…」

 

 


カイエンN:セイルの呼びかけとともに現れたのは、一匹の狼だった。薄い緑色の体毛と、鋭い目つき。爪と牙は、
      人ひとりありそうなサイズだった。


ルー   「だから言ったろう。早めに処理をしておけと」

 

カイエン 「こ、こいつ話せるのか…!?」

 

セイル  「だがあちらを優先すべきだったからね。あのまま中途半端にしても、彼らが苦しむだけだったし。
      でもまさか君たちが、こんなところにまで来るなんて、思ってもみなかったよ」

 

ルー   「やはり俺が行くべきだったな」

 

セイル  「済んだことだ。それに」

 

カイエン 「……もう一度聞く。お前、ここで何をやってる?」

セイル  「だから仕事だと」

 

ナギ   「ねぇ、カイエン。検診って、あのおばちゃんは…」

 

カイエン 「そうだ!!リサッカって人はどうした!?」

 

セイル  「リサッカ?あぁ、彼女の作る料理は絶品だったよ。もう食べられないと思うと、本当に残念でならない」

カイエン 「なっ…!?まさか殺したのか!?」

 

セイル  「だとしたら、どうする?」

 

カイエン 「なぜ殺した!?他の連中だってそうだ!あの人たちに死ななきゃならない理由でもあったのか!!」

セイル  「君に話す必要はない」

 

カイエン 「ふざけんなよ。お前がしてることは裏切りも同然だ!理由を話せないってんなら、力ずくでも聞いて
      やる!『 水の恩恵(ウォータグレイス)  逆巻く剣(レイジングスパーダ) 』!!」

セイル  「なるほど、やはり君は…。一つ教えてやろう。君のその力のことを」

 

カイエン 「……?」

 

セイル  「君が今使ったその力だが、それはこの世界の人間たちは持ちえないものだ」

 

カイエン 「……何を言ってる?」

 

セイル  「その力には意味がある。……私が教えられるのはここまでだ。さて、では始めるとしよう。

      『 風の恩恵(ヴァングレイス)  暴風の槍(ミストラルスピール) 』」

 

 


カイエンN:体のどこにも武器は見当たらなかったのに、セイルが唱えると、何もないところから一本の槍が現れ
      た。元々持っていた剣に、切れ味が増す水流をつけた自分とは、まったく違うのがわかる。

 

 


セイル  「ルーは手を出さなくていい」

 

ルー   「ふんっ。そういうわけにもいかん。万が一取り逃がしでもしたら、この先面倒だろう?」

 

セイル  「と、いうわけらしい。悪いが、こちらは全力でいかせてもらおう」

 

カイエン 「2対1ってわけか。フェアじゃねぇな、領主さんよ」

 

セイル  「殺し合いにフェアなんて言葉が?」

 

カイエン 「……ごもっともだ」

 


カイエンM(くっそ、マジでやべぇ。おそらくやつは風の使い手だ。あのルーってやつも、同じだろう。風相手
      じゃ、水は相性がよくない。だがそれは魔法の打ち合いになったらの話で…)

 


セイル  「来ないならこちらから行くぞ」

 

カイエン 「くっ…!!」

セイル  「受け止めるのは結構だが、忘れていないか?」

 

カイエン 「はっ…!」

 

ルー   「ちっ」

 

カイエン 「あぶねぇ…。そうだ、ナギは!?………いた!ナギ、お前は逃げろ!!」

ナギ   「で、でも…」

カイエン 「おらぁ!ぐ、くうっ…。いいから、行け!!」

セイル  「全力で、と言ったはずだが。『 風の突撃(ヴァン・シャルジュ)  気流の乱針(トゥルブレンツ・ナー
      デル) 』」

 

 


ナギN  :躊躇してしまった。逃げる隙は何度かあったのに。私がもっと彼を信じて、彼にすべてを話してい
      たら、もっと状況は違ったかもしれないのに。後悔する暇さえ与えてくれない、そんな攻撃。目に

      見えるほどの凝縮された風の塊が、細い針状になって。

 

 


カイエン 「逃げろ!ナギ!!」

 

ナギ   「………進化(ジンファ)」

 

 


カイエンN:ナギがそう唱えると、向かっていた風の針はすべて消え、そこにはルーと変わらない大きさの、真紅の
      毛並の猫がいた。

 

 


セイル  「な…」

 

ルー   「…んだと?」

 

カイエン 「お、お前…っ。サンゴ…か?」

サンゴ  「そうか。この姿を見せるのは初めてだったな」

 

カイエン 「お前も口を…!」

サンゴ  「ナギが秘密にしていたのは、このことだ。俺というより、ナギ本人のな」

 

セイル  「そうか、君もだったか…」

 

カイエン 「ナギ、お前いったい…」

 

ナギ   「詳しい話は後で。まずはこの状況をなんとかしないと!」

カイエン 「あ、あぁ。そうだな!」

 

ナギ   「私とサンゴがルーを抑える。カイエンは」

 

カイエン 「了解!こいつ一人なら、まだ可能性は…。ぐあっ!!」

 

セイル  「可能性は?なんだ?」

カイエン 「くっそが。やっぱ強ぇ」

 

ルー   「ふんっ。俺を抑えるだと?舐めるな、くそ猫風情が!!」

サンゴ  「そのくそ猫に今からやられるんだ。来世までしっかり刻みつけてやるよ」

 

ルー   「上等だ!できるもんならやってみろ!!」


□  バハルの森 東(夜)

 


ナギN  :サンゴとルーがお互いに飛びかかったのを見て、私はその場を離れた。向こうと違って、私はサンゴ
      からあまり離れることができず、そのため必然的にセイルの相手をするのがカイエンだったというだけ。


サンゴ  「ナギ、唱えろ!!」

ナギ   「わかってる! 彼の地に眠りし御霊よ。憤怒の如きその力、いま猛き蒼となりて目覚めよ!

      『 蒼の解放(アスール・リベラシオン) 』!!」

ルー   「ぐおっ…!?なんだ、力が増したか?……だが、その程度!!」

サンゴ  「どんどん行け!!気にしてたら押し込まれる!!」

ナギ   「でも…っ」

 

サンゴ  「やれ、ナギ!!」

ナギ   「サンゴ…。わかった。死んだら絶交だから!」

 

サンゴ  「こんなところで死ねるかよ!」

ルー   「遺言はそれでいいんだな?」

 

サンゴ  「ふっ、お前のか?」

 

ルー   「口の減らないくそ猫が。ひと想いに噛み殺してやる!」

 

ナギ   「焼き尽くせ、業火!すべてを飲み込む、怒涛の熱風!彼の身に降りて、力を授けん!

      『 大炎上(フォティア・ファクテ) 』!!」

 

ルー   「ぐぬぅ…。まだ増すか!」

サンゴ  「さっきの勢いはどうしたぁ!?」

ルー   「何か勘違いしてるようだが、俺は本来、力自慢じゃあない」

 

サンゴ  「!?」

 

ルー   「貴様が炎なら、俺は風だ!風はパワーよりスピードなん」

 

サンゴ  「逃がさねぇよ!上がってんのはパワーだけじゃねぇんだ!!」

ルー   「そうか。そうだったな。ならばこれはどうだ?貴様なんぞにはできまい!!

      『 風牙流星(ヴァン・コルミーリョ・メテオーロ) 』!!」

サンゴ  「ナギ、今だ!!!」

 


ナギM  (お願い、死なないで…)

 


ナギ   「………『 灰猫ノ相(はいびょうのそう) 』」

ルー   「……なん、だと…?」

 

 


ナギN  :風の力をもつルー。いかにサンゴの体格がルーと同等になったとしても、元々の力に差があることは
      わかっていた。煽って煽って煽り続けて、その先で魔法を使ってきた時にしか勝つ可能性が見えなか

      った。風の力さえも借り、無理やりにでも瞬間的に火力を上げて…。

 

 


サンゴ  「その身を捧げ、灰塵(かいじん)と化す…」

 

ルー   「き…さま、初め、から…相討ちを…狙っ、て…」

 


   倒れたサンゴに駆け寄るナギ。

 


ナギ   「サンゴ!!」

ルー   「だが、残念だった…な。貴様は…死ぬが、俺は…あいつ、がいる限り…」

 

サンゴ  「バーカ。それは、こっちの…台詞、だ…。お前は……何も、わかっちゃ…いない…」

 

ナギ   「サンゴ、もう喋らないで!」

 

サンゴ  「……俺と、おま…えの違い…は、すぐに…わかる、さ…」

 

ナギ   「くっ…。サンゴ、サンゴ!!」

ルー   「最後まで、口の…減らない、くそ…猫、が……」


□  イストーク廃坑(夜)

 


カイエン 「はぁ、はぁ、はぁ…」

 

セイル  「どうした?もう息があがってるじゃないか」

 

カイエン 「うるせぇ!!まだこれからだ!!」

セイル  「そうか。なら少し威力を上げよう」

 

カイエン 「な…!?」

 

セイル  「弾(はじ)くは圧(あつ)。生(う)むは爪(つめ)。その刃(やいば)をもって我に従え」

 

 


カイエンN「唱えながら一気に距離を詰めてきたセイルは、強烈な突きを連続で繰り出してきた。その動きをしっ
      かり目で追えた俺は、すべてを受け流し。

 

 


カイエン 「ぐあっ…!!」

セイル  「『 風の刻印(ヴァン・シュナイデン) 』」

 

カイエン 「あ、当たってないのに、なぜ…!?」

 

セイル  「見えていないか。それが君の限界だ」

 

カイエン 「なにっ!?」

セイル  「理解できないなら、その身で感じたらいい」

 

カイエン 「があっ…!ぐふっ!!…ごほっ!!」

 

セイル  「急所を狙っているはずだが。ギリギリのところで躱すか。ならばまだ」

 

カイエン 「……はぁ、はぁ、はぁ。…っぐ、『 波の囁き(ヴェレ・フリュステルン) 』」

セイル  「回復か」

 

カイエン 「はぁ、はぁ…。…っ、あまり…得意ではないけど、な」

 

セイル  「……これ以上戦っても無駄だ。わかっているのだろう?力の差もそうだが、そもそもの相性が悪いと」

 

 


カイエンN:そう言ってセイルは武器を消してみせた。俺だって元軍人だ。そうでなくとも、この行為がどういう
      意味かくらいわかる。

 

 


カイエン 「舐めんじゃねぇ!!」

セイル  「だから無駄だと言っている」

 

カイエン 「ぐあっ…!」

セイル  「私はもう、こうして君に手をかざすだけで致命傷を与えることができる。それとも膝をつかないと
      わからないか?」

カイエン 「ぐっ、くっ…。そう簡単にやられると…っ!」

セイル  「『 風の一角獣(ヴァン・リコルヌ) 』」

 

カイエン 「がはぁ…っ!!!」


カイエンN:先ほどまでの、触れたものすべてを切り刻もうとする攻撃と違い、まるで大きな獣に突進されたよ
      うな衝撃と痛みに襲われ、俺は膝から崩れ落ちた。

 

 


セイル  「じきに奴が戻ってくる。君の処理は奴に任せるとしよう」

 

カイエン 「……ま、待て!お前、いったい…」

セイル  「君ならもしや、と思ったが…」

ナギ   「……深淵に眠りし礎よ。その膨大なる力を束ね…」

 

カイエン 「ナギ!?」

セイル  「バカな!?なぜ彼女がここにいる!!」

 

ナギ   「…いま天に代わり断罪せよ!!『 落炎の滅葬(フラムボルト・ヴァニッシュメント) 』!!」

セイル  「ちっ、いつの間にこんなものを…!」

カイエン 「こいつは…」

 


ナギM  (お願い、気づいて…)

 


   体を起こすカイエン。

 


カイエン 「…ったく、これじゃただの隕石じゃねぇか」

 

セイル  「こんなもの当たらなければ、どうということは…」

 


   再度剣を構え、深呼吸するカイエン。

 


カイエン 「はーっ、………ふぅ。……止め処ない水流。その力強き恵みに大気の魂(たま)をのせ、天とともに
      降り注げ!『 災厄の大瀑布(デザストル・カタラクト) 』!!」

セイル  「今度は何だ!?……水か!!」

 

 


カイエンN:先に発動された炎の魔法を打ち消すかのように、大量の水が滝のように降り注いだ。高温の塊を急
      速に冷却したことで、辺り一帯は霧に包まれる。それも互いの正確な位置がわからないほど広範囲に。


セイル  「まさか、最初から狙いは……。がはっ…!!」

カイエン 「やっと捉えたぜ。逆王手だ!」

 

セイル  「ふっ、ふふふふ…。驕り、か…。ぐふっ」

 

 


カイエンN:あっけない幕切れだった。セイルが油断していたかというと、そうでもなかったような気がして、
      俺は疑問を感じずにはいられなかった。

 

 


ナギ   「カイエン!」

 

カイエン 「悪い、助かった」

 

ナギ   「よかった、気づいてくれて」

カイエン 「まったくだ。とんでもねぇ賭けしやがって。注意をひくためとはいえ、あんな上位魔法くらったら
      ひとたまりも」

ナギ   「生きてるんだから文句言わないで!」

 

カイエン 「こいつ…っ。いや、それより」

 

ナギ   「?」

 

カイエン 「おい、理由を言え」

 

セイル  「……そう、だったな…っ。私がしていたのは」

 

カイエン 「そうじゃない。なぜ手を抜いた?」

 

ナギ   「え?」

 

セイル  「ふふ…。やはり、気づいていた…か」

 

カイエン 「力の差は歴然だった。正直、今も勝てたなんて思えないくらいだ」

 

セイル  「…彼女が、君に…賭けたよう…に、私も…君に…賭けた、のだ」

 

カイエン 「どういうことだ?」

 

セイル  「私が死ぬこと…で、ある変化が、起き…る。君たち…なら、気づけ…るだろう…」

 

カイエン 「何が起きるんだ?」

 

セイル  「ふっ…。口で…言ったところ…で、信じやしない…だろう、からな…」

 

カイエン 「……ひょっとしてお前、最初から死ぬつもりで…。だからわざと俺たちに見つかるように…」

 

セイル  「そう…だとしても…、私が…やったこと…は、事実だ…」

 

カイエン 「そう、だな…」

 

セイル  「……感謝、する…。これで、私…は…………」

 

 


カイエンN:セイルが自分を慕う人々を手にかけていたことは事実だ。もちろん許されることではないが、結局
      その理由を聞くことはできなかった。セイルの言う“ある変化”がいったい何を指すのか、そして自分を

      殺してくれる者を待っていたという真意は…。

 

 


サンゴ  「にゃうっ」

 

カイエン 「おう、サンゴも無事だったか。って、あれ?」

 

ナギ   「あはは。えーっと、この子はね…。え、何あれ…?」

 

カイエン 「どうした?」

 

ナギ   「カイエン!空を見て!!」

カイエン 「空…?……なっ!?空が、割れてる…?」

ナギ   「見て!割れたところから、また別の光が…!」

 

カイエン 「なん…だよ、これ…」

 

 


カイエンN:セイルが息を引き取ってまもなく、一部の空に穴が空いているのを確認した。そんなこと見たことも
      聞いたこともない。だが目の前に映るそれは、確かに空そのものだった。これが変化だと、俺もナギも

      すぐに気づいた。

 

 


ナギ   「……もしかして、この空は……偽物…?」

 

カイエン 「ここは作られた世界、とでも言いたいのか?」

ナギ   「だってそう考えれば、あの穴からの光にも説明が…!!」

 

カイエン 「じゃあ、なぜ俺たちはここにいる?」

 

ナギ   「それは…っ」

 

カイエン 「考えても仕方ない。今は情報が少なすぎる。一度街に戻るぞ。ローアも何か掴んでるかもしれない
      しな」

ナギ   「うん…」

 

 


カイエンN:ナギの気持ちはわかる。動揺を隠せないのは俺も同じだった。それだけに気になったのは、セイルが
      死を望んでいた理由だった。


カイエン 「……ったく、あの野郎。なんてもん残しやがる」

 

 


□  首都 デルニエール(夜)

 


アルド  「セイルが逝ったか…」

 

フィレナ 「はい。オヴェストの天蓋が外れていますので、間違いないかと」

 

アルド  「魔力は高かったが、最後まで計画に異を唱えていたのは奴だったな。戻れないと知ってなお、民の
      ためを思っていたことは称賛に値する。が…」

フィレナ 「はい。我々とて、もう後戻りはできませぬ」

 

アルド  「ルッジートを呼べ。確か奴の影がオヴェストにいるはずだ」

 

フィレナ 「はっ」

 

 

 


□  オヴェスト領 近郊(夜)

 


ローア  「そう。じゃあ、やっぱり領主様は死んだんだね」

 

ルッジート「ああ。それでお前に白羽の矢が立った」

 

ローア  「つまり?」

 

ルッジート「奴の穴はお前が埋めろとのお達しだ。だがこのまま彼らとともに旅を続けろとも言っていたな」

 

ローア  「天蓋を塞ぐのに、力だけ寄越せってこと?」

 

ルッジート「だろうな。一ヶ所に留まることが嫌いなお前にとっては、悪くない条件だと思うが?」

 

ローア  「そうだね。わかった。六将に名を連ねさせてもらうよ。改めてよろしくね、兄さん」


□  首都 デルニエール(夜)

 


アルド  「そうか。了承したか」

 

ルッジート「はい。あいつは風来坊ですが、必ずや計画に必要となるでしょう」

 

アルド  「わかっている。伊達に何十年もお前の影を任せてはいないのだからな。もう少しだ。もう少しで我らも
      地上へ戻れる。この忌々しき“海の庭”からな!!」

 

 

 


( 終 )

bottom of page