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_/_/_/ Aシリーズ(もう一つの物語) _/_/_/


_vol.18

 

紅一葉

 


舞いし心は、共にありけり

 


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【テーマ】

 

仲間との約束

 


【登場人物】

 

 端爪 宗佑(18) -Sosuke Hanatsume-
商人の息子。
徴兵を免除されていたにも関わらず、親への反発から志願。
普段から気は強いが、臆病な面も。

 


※花詰草/「合意」「一致」《 臆病な心 》


 影原 楓(18) -Kaede Kagehara-
良家である神楽の家に仕える使用人の息子。
徴兵により、主人の元を離れる。
遠慮がちな面もあるが、芯は強い。

 


※楓/《 大切な思い出 》「美しい変化」「遠慮」

 


 掛井 十次(16) -Toji Kakei-
追加招集された兵の一人。
持ち前の明るさで場を和ますが、行き過ぎて変人扱いされることも。

 


※鶏頭/「おしゃれ」「気取り」《 風変わり 》

 

 

 

 

【キーワード】

 

・徴兵
・不安な日々
・邂逅
・約束


【展開】

 

・徴兵された先で出会う宗佑と楓。年齢が同じことから親しくなる。
・戦場での生活。帰れるかわからない不安な日々に苛まれる。
・派兵先で十次と知り合う。明るい性格の十次に、安らぐ宗佑と楓。
・約束を交わす三人。

 

 

 

 

 

 

《注意》

 

・既存のボカロ台本の登場人物による“もう一つの物語”。
・本編(ボカロ台本)に沿ったシーンも含む。
・設定などはすべてオリジナル。

 

・記号表記は本編と同様。「」、M、N ⇒ 作中の“M”の表記は少ない。

 

 

 

 

 

 

 

【本編】

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 


宗佑 N:このまま約束された未来が嫌だった。
     何より、親の敷いたレールを進むことが、それが決まっていることが嫌だった。
     だから周りが悲しみに暮れる中、俺は自分から志願した。


     突然の徴兵。
     免除されたはずの自分が、今この場所にいることに納得していないのは、きっと身内だけ。

 

 

 

 

 楓 「あなた、どこか周りと違いますね」

 

 

 

 

宗佑 N:最初に兵隊服に袖を通した日、俺は突然そう声をかけられた。

 

宗佑 「…違う?なにが?」

 


 楓 「なにが……。なんでしょう、ヤル気に満ちている…といいますか」

 


宗佑 「そりゃ志願してきたからな」

 


 楓 「やはりそうでしたか」

 


宗佑 「あんたは?」

 


 楓 「僕は他の方と同じです。御国の命(めい)で」

 


宗佑 「そうか……。なぁ、あんた俺と同じくらいの年だったりするんじゃないか?」

 


 楓 「18…ですが」

 


宗佑 「やっぱりな。だったらそんな話し方やめろよ」

 


 楓 「あ、コレはですね…」

 

 

 

 

宗佑 N:話を聞くと、こいつはずっと“ある人”に仕えてきたらしい。
     その人と一緒に過ごす時間が多かったから、話し方も敬語が当たり前になったんだと。

 

     実際いるんだな、そういうの。

 

 楓 「そういえば自己紹介、まだでしたね。僕は“影原 楓”。楓でいいですよ」

 


宗佑 「俺は宗佑。“端爪 宗佑”だ」

 


 楓 「端爪?って、あの…?」

 


宗佑 「あの、ってなんだよ?」

 


 楓 「いや、あの…。もしかして親御さんは商売かなにかをされてませんか?」

 


宗佑 「ああ、まぁ…」

 


 楓 「……そうでしたか。旦那様の…」

 


宗佑 「なんだよ?言えよ」

 


 楓 「……あなたは旦那様の取引相手の御子息、だったということです」

 

 

 

 

宗佑 N:あぁ、こいつもか。そう思った。

 

     実家は結構有名な商店を営んでいる。そうして集まるのは、たいてい金目当てのバカどもか、
     妬んで距離を置くやつら。きっとこいつは、後者。

 

 楓 「でも、それだけです」

 


宗佑 「は?」

 


 楓 「僕の旦那様とあなたの御父上は関係あるかもしれません。ですが、僕とあなたは今日が初めてです。
    そこに身分などは関係ありません。これから共に生活することもあるでしょうし、そんなもの
    必要ないんですよ」

 

宗佑 N:さも当たり前のように言われた。
     そんなことを言ってきたのは楓が初めてで、不意をつかれた俺は言葉に詰まってしまう。

 

 

 

 

宗佑 「…っ、それは」

 


 楓 「さぁ、早く着替えないと、上官にどやされますよ」

 

 

 

 

宗佑 N:楓は言わせてくれなかった。

 


     なんだよ、一人で考えてたのがバカみたいじゃねーか。
     まさかこんなところで、気を許せるようなやつに会えるなんて…な。

 

 

 

 


* * * * *

 

 

 

 


 楓 N:配属された先は前線。赴いてすぐに出陣命令。
     慣れない手つきで銃を扱い、刀を抜き、戦地を駆けて、また自陣に戻る。
     日を追うにつれて、一人、また一人と、見知った顔はいなくなっていた。

 

宗佑 「楓、お前大丈夫か?」

 


 楓 「…っ、なにが、です?」

 


宗佑 「いや、いくら戻ったばかりとはいえ、息荒くねぇか?」

 


 楓 「……っ、大丈夫…ですよ」

 


宗佑 「…ならいいんだけどよ」

 

 

 

 

 楓 N:来る日も来る日も戦。
     いつかあの人の元へと帰れると思っていたが、その可能性は限りなく低い。
     今日まで命があっただけでも、奇跡といっていい。

 

 

 

 

宗佑 「そういや、聞いたか?明日、追加招集された連中が合流するんだと」

 


 楓 「追加…。それはこちらが劣勢ということでしょうね」

 


宗佑 「どうなんだろうな。お偉いさんは俺たちを鼓舞してくるが、それが戦況の優劣を判断するに値するか
    どうかは、また別の話だしな」

 


 楓 「戦略的徴兵もありうると?」

 


宗佑 「ゼロじゃないだろ。この惨状でその可能性は低いけどよ」

 

 楓 N:日はすっかり落ちたにも関わらず、周囲はまだバタバタしていた。
     怪我人が廊下に並び、治療を待っている。
     負傷者の数に対して、医療従事者が圧倒的に不足していた。

 

     そんな状態であれ、命令が下れば戦場に足を運ぶ。
     拒否をすれば、その場で……なんてことは、来て早々に理解した。
     人の命とはこんなにあっけないものなのかと、刻みつけられた。


     それは戦場も然り――。

 

 

 

 

宗佑 「俺さ、正直少し後悔してるわ。志願したこと」

 


 楓 「……はい」

 


宗佑 「戦場じゃ、怖い、逃げたいって気持ちしかないけど、俺は楓に会えたことはよかったって思ってる」

 


 楓 「それは僕も同じです」

 


宗佑 「運よく同じ隊に配属されて、なんとかここまで一緒に生きてこられたしな」

 


 楓 「そうですね」

 


宗佑 「……帰ろうぜ、楓。ちゃんと、な」

 

 

 

 

 楓 N:宗佑は初めて会った時よりも、よく笑うようになった。
     何かがおかしくて笑ってるんじゃない。
     そうしないと、ここでは前に進めないと知っているから。
     少しでも気持ちを沈めてしまえば、一気に飲み込まれるとわかっているから。

 

 

 

 

宗佑 N:俺も楓もなんとなくわかっていた。きっともう帰れないんじゃないかって。
     だから俺はなるべく笑うようにしていた。
     ずっと眉間に皺を寄せて暮らしてきた俺からしたら、だいぶ進歩したと思う。
     少なくとも、楓を始め、周りのやつらを気にするくらいにはなったんだから。

 

 

 

 


 + + + +

 


十次 「こんちゃっす!今日付でこちらに配属されました“掛井 十次”っす!」

 


宗佑 「あ?」

 


十次 「よろしくおねしゃす!」

 


宗佑 「……お前、礼儀とか知らねぇだろ」

 


十次 「いえ、ちゃんと基本訓練は受けてきましたが」

 


宗佑 「そいつは今!今、訓練を思い出しただろ!!」

 


 楓 「まぁまぁ、宗佑。いいじゃないですか、今日くらい」

 


宗佑 「ったく。……宗佑だ」

 


 楓 「楓です。よろしくお願いします」

 


十次 「よろしくお願いします!先輩方!」

 

 

 

 

宗佑 N:新たに徴兵されて来たという十次は、俺たちよりも二つ年下の、まだあどけなさが残る少年。
     悪気はないのであろう、その親しみやすい性格の彼は、すぐに隊に溶け込んでいった。

 

 

 

 

十次 「それじゃ、今の前線は宗佑さんが任されてるんですか?」

 


宗佑 「そのうちの一つを、ってだけだ。この隊な」

 


十次 「それでも十分すごいですよ!俺とあんまり年も変わらないのに!」

 


宗佑 「そりゃ、お前とは出来が違うからな」

 


十次 「うっわ、ひっど。言い方、最悪ですね!」

 


宗佑 「んだと、てめえ」

 


十次 「(笑って)はは、冗談ですよ、冗談」

 


 楓 「その辺にしてくださいね、十次。あまりからかうと、拳骨降ってきますよ」

 


十次 「大丈夫ですよー。宗佑さんはこんくらいじゃ……ってぇ!!!」

 


宗佑 「おい、こら。いつまでダベってんだ。時間だ、行くぞ」

 


 楓 「僕はちゃんと忠告しましたからね」

 


十次 「いや、でもだって…っ。ちょ、待ってくださいよー」

 

 楓 N:今から戦場に向かうというのに、その場は笑いに包まれた。

 

     これまでは空気が重かった。
     それがたった一人お調子者が入っただけで、こんなにも変わるとは…。

 

宗佑 「そうだ、楓。これ…、いつものだ」

 


 楓 「あ、はい。ありがとうございます」

 


十次 「なんですか、それ。……文(ふみ)?もしかして…!」

 


 楓 「あ…、いや。そういうんじゃないんですけど」

 


宗佑 「はいはい、お前は向こう行こうなー」

 


十次 「ちょ、いたたたたっ!!なにするんですか、宗佑さん!」

 


宗佑 「………ゆっくりでいいぞ」

 

 楓 N:僕は苦笑いして答える。


     届いた文は“あの方”からのもの。
     こちらに来てから、身を案じているであろう彼女に、僕は何度か文を送っていた。
     文の内容は些細なものだったが、それだけで記憶の中の景色が蘇る。
     今まで共有してきたものを伝えたいという気持ちが、そこにはあった。

 

     そして意識していなかった。戦場での景色なんて。

 


     季節は山が彩る、あの紅の日。
     “あの方”の元を離れて、もうすぐ一年が経とうとしていた――。

 

 

 

 


* * * * *

 


宗佑 N:俺は調子に乗っていた。それ以外、心当たりがなかった。

 

     他とは違い志願兵であったからか、納得できないことに咬みついてきたからか。
     理由は定かではないが、俺はいつの間にか隊を任されるまでになっていた。

 

     他の連中を見下していたつもりはない。むしろ同じ釜の飯を食べる仲間として、家族同然のように
     思ってきた……はずだった。

 

 楓 「宗佑!深追いは危険です!」

 


宗佑 「構うな、行くぞ!」

 


十次 「宗佑さん、ここはいったん退きましょう!怪我人が多すぎます!」


宗佑 「……いや、各自、隊列を維持しつつ」

 


十次 「宗佑さん!!」

 


 楓 「……十次、ここはいいので、みんなを連れて退いてください」

 


十次 「は、はい!」

 


宗佑 「あぁん?てめぇ、俺に逆ら」

 


 楓 「宗佑!!」

 

 

 

 

宗佑 N:原因は勝ちが続いていたこと。
     このまま攻め続けて、早くみんなを帰してやりたいと思っていた。できると思った。

 

     でもそれは、明らかな驕(おご)りだった。

 

 

 

 

十次 「…っ、敵襲!!」

 

 

 

 

宗佑 N:遠くから声が聞こえた。それは隊員を誘導するため、先頭に向かった十次のもの。
     目をやると、隊列が崩れていくのがはっきりとわかった。

 

     それが意味するもの。さっきまで一緒にいたはずの連中が――。

 

 

 

 

 楓 「宗佑!」

 


宗佑 「行くぞ、楓!……耐えろよ、十次…」

 

 

 

 

宗佑 N:結果は言うまでもなかった。
     俺たちは撤退途中を襲われ、怪我を負っていた者は皆死んだ。
     残った者も重傷を負い、動ける者はわずかだった。

 

     十次も…。

 

 

 

 

十次 「…なんて顔、してんですか。…宗佑、さん」

 


宗佑 「すまん…。本当に…。俺のせいだ…」

 


十次 「なに言ってんですか。宗佑さんがいたから、俺たちは今まで…」

 


 楓 「十次…」

 


十次 「楓さん。頼みますよ、ホント。この人、すぐ暴走するから…」

 


 楓 「……そうですね」

 


十次 「あ、それから。次、命令が下ったら、俺も行きますから」

 


宗佑 「……ダメだ」

 


十次 「行きますから」

 


宗佑 「……ダメだ」

 


十次 「行きますよ」

 


宗佑 「ダメだ!!」


 楓 「宗佑…」

 

 

 

 

宗佑 N:俺は自分のことがわかっていなかった。
     自分がどういうやつで、どういう立場で、何を背負っているのか。
     わかっているようで、わかっていなかった。

 

     それがたくさんの仲間を死なせた。責任は俺にある。

 

     だからもう、仲間を戦場に行かせたりはしない。俺も行かない。行きたくない。
     動かない仲間を見るのは、もう――。

 

 

 

 

 楓 「……帰る、んでしたよね。ちゃんと」

 


宗佑 「は?」

 


 楓 「そう言ったのはあなたでしょう?」

 


宗佑 「そ、それは…」

 


 楓 「僕も十次も、他のみんなも、あなたがいたからここまで生きてこられたんです。あとちょっとの
    ところまで来ているんです。それなのに諦めるんですか?」

 


宗佑 「だがもう…!俺はお前らを…」

 


 楓 「あなたが何て言おうが、上は命令してくるでしょう。それがわかっていたから、今まで仲間を
    失わないようにしてきたのではないですか?」

 


宗佑 「そう、だが…」

 


 楓 「じゃあ、なぜ今になって臆病風に吹かれてるんです?こんなことじゃ、先に逝った彼らに
    顔向けできませんよ」

 


宗佑 「お前にあいつらの何が…!」

 


 楓 「ええ、わかりません。それはもちろんあなたにも。死にたい人なんて、ここには誰一人いませんよ。
    みんな口では御国のためなんて言ってますが、心では家族の元に帰るために必死なんですから」

 


宗佑 「そんなことは、わかってる…」

 


 楓 「いいえ、わかってません。どうしたら僕たちは帰れるんです?それとももう帰れないんですか?
    このままここで死ねと?……違うでしょう?」

 


宗佑 「……っ」

 


 楓 「あなたがすべきことはそんなに多くない。そしてそれは、あなたが今までずっとしてきたことです」

 


十次 「…宗佑さん。俺、大丈夫ですよ」

 


宗佑 「十次…。楓…」

 

 

 

 

宗佑 N:選択肢なんて最初からなかった。

 

     親への反発から志願してきた俺は、ここで最高の仲間と出会い、そして明日を生きるために戦った。
     多くの仲間を失い、帰れる可能性が限りなく低いなか、諦めることだけはしなかった。

 

     それが答えだった。

 

 

 

 

 楓 「もう大丈夫そうですね」

 


宗佑 「楓、十次。…悪かった」

 


十次 「まだ言ってんですか?……じゃあ、そうですね。今ここで、もう一度誓いません?『俺たちは必ず、
    家族の元へ帰る』って」

 


宗佑 「ああ、もちろんだ」

 


 楓 「それでしたら……。ゲン担ぎ、というわけではありませんが、二人にはこれを」

 


宗佑 「なんだこれ…?」

 


十次 「ただの、布…ですね」

 


 楓 「僕がいつも腕に巻いている、この白い布。これは僕の大切な方からいただいた物なんです。さすがに
    これをあげることはできませんが、先ほどの誓いの証としてどうかな、と」

 


宗佑 「……いいんじゃねえか」

 


十次 「そうですね。俺も賛成です」

 

 

 

 

宗佑 N:俺と十次は、楓と同じ左腕にそれを巻く。そして改めて三人で誓いを立てた。

 


* * * * *

 

 

 

 


 楓 N:夢をみた――。

 


     そこには幼い頃の彼女がいて、僕の手を離さないように、しっかりと握っている。
     山は真っ赤な衣を纏い、彼女の周りには紅葉が舞い散る。
     木陰を見つけて座り込んだ彼女は、僕を手招きして、髪を結ってくれという。
     その景色は歳を重ねても変わらず、僕のなかで芽生えた想いは、舞い散る紅葉が誤魔化す。

 

     いつか伝えればいいと思っていた。許されない想いとわかりつつも、どこかで彼女と繋がっている
     自信があった。

 


     ずっと傍にいたから。傍にいてくれたから。

 

     色褪せることなく、強く残る大切な思い出は、僕の未来への糧そのものだった。

 

 

 

 


 + + + +

 

 

 

 


宗佑 N:初めて来るところだった。
     景色は普段目にしているところと変わらないはずなのに、話を聞いていた分、どこか懐かしく
     感じられた。
     山は真っ赤に染まり、夕陽に照らされて神々しくさえもある。

 


     俺は先を急いだ。あいつを待っている人の元へ。

 

 

 

 


* * * * *

 


十次 「敵襲!…ごほっ、ごほっ」

 


 楓 「十次はそこで待機です!無理したら後ろから斬りますから!」

 


十次 「……っ。はは、ひっで」

 


宗佑 「楓の言うことは聞いとけよ。そいつ俺よりおっかないから」


十次 「はは、知ってます」

 


 楓 「宗佑!」

 


宗佑 「ああ!全員隊列は崩すな!乗り切るぞ!……抜刀!!」

 

 

 

 

宗佑 N:迷いはなかった。何が何でも生き残る。
     俺たちはそうして日々戦っていた。

 

     この日の戦況は俺たちに優位に傾いていた。
     噂では、近々、戦が終わるという話もあり、誰もが夢が現実になると感じていた。
     もう少しだ、と。

 

 

 

 

     それが一瞬の隙を生んでしまった。

 

 

 

 

 楓 「…っ!宗佑!!」

 

 

 

 

宗佑 N:ダーン、と銃声が響いた。
     銃声と同時に、俺は誰かに突き飛ばされる。その“誰か”はすぐにわかった。

 

     一発、たった一発。その一発が、楓の腹を撃ち抜いていた。

 

 

 

 

十次 「楓さん!くっそ、この野郎…っ」

 

 

 

 

宗佑 N:十次が隊の横から臭う硝煙の元へと走り寄り、斬りかかっていった。

 

 

宗佑 「楓!お前、なんで…っ!」

 


 楓 「……もう、少し…なんです…。もう、すぐ…、帰れ…」

 


宗佑 「わかったから、もう喋るな!」

 


 楓 「……かな、らず…帰る、んです…」

 


宗佑 「喋るな!じっとしてろ!」

 


十次 「楓さん!」

 

 

 

 

宗佑 N:敵を倒してきた十次が戻ってきて、楓に駆け寄る。
     重傷を負ったあの日から、十次は包帯や薬を携帯していた。

 

 

 

 

十次 「楓さん、大丈夫ですよ。今、助けますから」

 

 

 

 

宗佑 N:そう言いつつも、十次の顔は焦っていた。
     出血が止まらない。意識が朦朧としている。

 

     俺でもわかる。もう、助からないと。
     それでも諦めるわけにはいかなかった。俺たちはそう誓ったのだから。

 

十次 「楓さん、聞こえますか!楓さん!!」

 


宗佑 「楓、帰るぞ!俺たちは帰るんだ!」

 


十次 「楓さん!!」

 


 楓 「……帰、る?……そう、です…。もうすぐ……帰り、ます…よ」

 

 

 

 

宗佑 N:虚ろな目。掠れていく声。
     何度も何度も目にしてきた光景のはずなのに、これだけは慣れることはできない。
     慣れちゃいけない。

 

     共に生きた仲間の最期から、目を逸らすわけにはいかない。

 

 

 

 

 楓 「……朱音、さま…」

 

 

 

 

宗佑 N:楓はゆっくりと目を閉じた。
     その瞼の裏に、思い出の景色を映して――。

 

 

 

 


* * * * *

 

 

 

 


宗佑 N:楓が死んだ後、ずっと無理して戦っていた十次も逝ってしまった。
     そしてそれからすぐに戦は終わり、三人のうち俺だけが生き残ってしまった。

 

     俺たちは誓った。必ず家族の元へ帰ると。

 

 

 

 

     それはたとえどんな形であっても、だ。

 

 

 

 

宗佑 「この辺りか…」

 

 

 

 

宗佑 N:話には聞いていた。彼女のことを。
     だから遠くから彼女に気づいた時、俺はまた少し臆病になってしまった。
     自分だけが生き残り、あいつはもういないのだから。

 


     あと一歩が出ない。そんな時、忙しく彼女の家を出入りしている男が目に入った。
     使用人らしき風貌のその男が近くを通ると、俺は引き止めた。
     事情を説明し、持っていた箱を手渡す。

 

 

 

 

???「ただいま戻りました!」                      (※楓役が高めの声で)

 

 

 

 

宗佑 N:少し離れたところから、俺は様子を窺う。
     あいつとその使用人の声が似ていたのだろう。彼女はバタバタと走ってきた。
     衣服が乱れていたから、どれだけ急いで来たのかがわかる。

 

     俺が渡した箱は“くたびれた白い布”で結ばれ、“真っ赤な紅葉”が添えられてあった。
     それはあいつと彼女とを繋ぐ、思い出の――。

 

 

 

 


 + + + +

 

 

 

 


 楓 「朱音様、お元気にしているでしょうか…」

 


十次 「はい!私は元気ですっ」

 


 楓 「なっ…。十次、いつの間に…!」

 


十次 「さっきですよ。楓さん、朱音様ってあの文の人ですか?」

 


 楓 「そ、そうです…ね。(ため息)はぁ~」

 


十次 「なんでため息つくんですか!」

 


宗佑 「ばーか、お前がそうさせたんだよ」

 


十次 「宗佑さん!え、それってどういう…」

 


宗佑 「いいから。ほっといてやれ。そしてお前は向こう行け」

 


 楓 「(照れて)……っ」

 


十次 「ちょ、え!?なんで俺だけ…っ!」

 


宗佑 「あー、うっさいうっさい。………それで。なんで紅葉なんだ?」

 


 楓 「あなたも一緒じゃないですか…」

 


宗佑 「まぁ、そう言うな。で?どうなんだ?ん?」

 


 楓 「(ため息)はぁ~。……思い出のものなんですよ、これは」

 


宗佑 「お前の顔をにやけさせるくらいにか?」

 


 楓 「あーっ、もう!だから言いたくなかったんですよ、あなたには!!」

 


宗佑 「あはははは!!!いいじゃねえか、俺たち家族だろ?」

 


 楓 「それは異論ないですけど、笑いすぎです!……まったく、もう」

 

 

 

 


 + + + +

 


宗佑 N:そんなやり取りがあってから、俺にとっても紅葉は特別なものになった。

 

     あいつが好きだと言っていた紅葉が広がるこの山を、一度近くで見てみたくなった俺は、
     帰る前に足を向けることにした。

 


     山の中腹だっただろうか。そこには髪の長い、凛とした女性がいて、空を見上げていた。

 


     俺は彼女にこれから話しかけてみようと思う。
     大切な仲間との日々を、親友との日々を、そしてあいつの生きた証を――。

 

 

 

 

 

 

 

≪ タイトルコール ≫

 


宗佑 「舞いし心は」

 


 楓 「共にありけり」

 

 

fin...

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