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声劇×ボカロ_vol.18  『 紅一葉 』

 

 

Scarlet day,late flowering Love   (直訳:深紅の日、遅咲きの恋)

 

 

【テーマ】

 

伝えたい想い

 

 

【登場人物】

 

 神楽 朱音(16) -Akane Kagura-

とある地方の良家の娘。

楓が一緒にいることが当たり前と思っていた。

 

 

 影原 楓(18) -Kaede Kagehara-

神楽の家に仕える使用人の息子。

幼少時から朱音の遊び相手として、一緒に育つ。

 

 

 

【キーワード】

 

・紅葉比喩 / 夕陽、戦火、情熱

・幸せな時間

・忘れられない思い出

・心は傍に

 

 

【展開】

 

・幼なじみの朱音と楓。ずっと一緒だと思っていた二人を襲う非情な出来事。

・離れて気づく想い。 ※ 朱音サイド(ナレ)

・離れて気づく想い。 ※ 楓サイド(ナレ)

・共通の思い出で重なる想い。その心の行く先は…。

 

 

 

 

《注意(記号表記:説明)》

 

「」 → 会話(口に出して話す言葉)

 M  → モノローグ(心情・気持ちの語り)

 N  → ナレーション(登場人物による状況説明)

 

※ただし「」との区別をつけるため、MおよびNは、:(コロン)でセリフを表記する。

 

 

 

 

【本編】

 

 

 楓 N:あれは、いつの頃だったろう。彼女と紅葉狩りに出かけたあの日、無邪気に走り回る彼女が

     たまらなく愛おしく思えた。

 

 

 

朱音 「楓!早く、早く!すっごく綺麗だよ!」

 

 

 楓 「ちょ、お待ちください!」

 

 

朱音 「もー、楓はホントに鈍間(のろま)なんだからぁ」

 

 

 楓 「朱音様!前!!」

 

 

朱音 「へ…?え、あ…っ」

 

 

 

朱音 N:刹那、宙に浮く私。でもそれはほんの一瞬の出来事で、すぐに何かに包まれた。

     温かく、よく知る匂い。耳のすぐ近くで、ドクドクと鼓動が脈をうっている。

 

 

 

朱音 「…あ、ありがと」

 

 

 楓 「まったく、ひやひやさせないでくださいよ!寿命縮みましたっ!」

 

 

朱音 「へへ、ごめんなさい」

 

 

 

朱音 N:もう大丈夫なのに、彼は私を解放してくれない。

     そんなに歳は離れていないのに、とても大きなものに包まれている気がして、それがとても

     心地よく感じた。

 

 

 

朱音 「……楓?」

 

 

 楓 「(我に返り)はっ。すみません、苦しかったですよね」

 

 

朱音 「え、ううん。大丈夫だけど…」

 

 

 

朱音 N:急に放すから、びっくりした。でも、どうしてだろう。顔を赤くした彼と、腕に残る彼の熱が、

     私を初めての感覚に導く。

 

     この頃の私は、これが自分に芽生えた“恋心”なのだと、知る由(よし)もなかった。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 楓 「朱音様、今日も行かれるのですか?」

 

 

朱音 「ええ。私にとって、あの場所はとても落ち着く場所だもの」

 

 

 楓 「では、私も参りましょう」

 

 

朱音 「あら、貴方は何も言わずとも、そうしたでしょう?」

 

 

 

 楓 N:見透かされている。幼少の頃からずっとお傍にいたが、最近は世話役というよりも、本来あるべき

     主従関係になっていた。

 

 

 

 楓 「朱音様。そちらは…」

 

 

朱音 「わかっています。危険なのでしょう?もうあの頃とは違いますよ。私も、そして貴方も」

 

 

 楓 「…そう、ですね」

 

 

 

 楓 N:凛とした振る舞い。揺るがない意志。幼少から彼女が自分の立場を理解し、身につけてきたもの。

     しかしそれも、この場所では暫しの休みに入る。

 

     つまり、気が緩み、無邪気になるということ。そう、彼女が彼女自身でいれる場所。

 

 

 

朱音 「今年も綺麗に色づいたわね」

 

 

 楓 「きっと朱音様が毎年、足しげく通われているせいでしょう」

 

 

朱音 「あら?この山が私を迎え入れているとでも?」

 

 

 楓 「少なくとも私たちよりは長生きしている木々です。自分の娘が来た、なんて考えてるかも

    しれませんよ」

 

 

朱音 「そうだったらいいわね。ただいま、みんな」

 

 

 

 楓 N:そう言う彼女の顔はとても笑っていて、日常の緊張なんてどこへやら、といった感じで…。

 

     そんな彼女に、今日は伝えなければいけないことがあった。

 

 

 

 楓 「朱音様、お話が」

 

 

朱音 「楓!今日はもう少し奥に行ってみましょう!」

 

 

 楓 「それはダメです。山の天気は変わりやすいですし、日も傾いてきてます」

 

 

朱音 「ほら、あっちには鹿がいるわ!」

 

 

 楓 「朱音様…」

 

 

朱音 「ね、行きましょう!」

 

 

 楓 「朱音様!」

 

 

 

 楓 N:珍しく駄々をこねる彼女に、思わず大声を出してしまう。

     彼女はすでに旦那様から聞かされているのかもしれない。そう頭を過(よ)ぎった。

 

 

 

朱音 「………行くのですね」

 

 

 楓 「やはりご存知でしたか」

 

 

朱音 「お父様から今朝…」

 

 

 楓 「仕方のないことです。戦は好きではありませんが、皆、国のためと必死に…」

 

 

朱音 「そう、ですか…」

 

 

 楓 N:自分のわがままでどうにかできることじゃない。

     それを悟ってか、それ以上彼女は何も言ってこなかった。

 

     凛とした彼女はそこにはいない。

     ただ僕の身を案じてなのか、久しく見ない、一人の少女の顔をしている。

 

 

 

朱音 「……髪を」

 

 

 楓 「え?」

 

 

朱音 「髪を結って。昔のように」

 

 

 楓 「あ、はい…」

 

 

 

 楓 N:“昔のように”。

     幼少の頃は、髪を結ってもらうことが好きだった彼女。

     歳を重ねるにつれ、触れることすらおこがましいと言われんばかりに、美しく成長した彼女。

     そして僕も、従者でありながら、他の人たち同様、あまり触れまいと己に言い聞かせてきた。

 

 

 

 楓 「髪、綺麗になりましたね」

 

 

朱音 「そう?貴方にそう言ってもらえると、すごく嬉しいっ」

 

 

 

 楓 N:そう言うと彼女は黙り込んでしまった。

     こちらに背中を向けているから、表情は見えない。

 

     何を考えているのだろう、今どんな気持ちでいるのだろう。

 

     髪に触れ、どう結おうか迷いながら、僕はそんなことを考えていた。

 

 

     突然風が吹き、紅葉が舞い散る。

     彼女の髪に一瞬視界を奪われるも、肩越しに見えたそれは、ひらひらと落ちていき、

     どこか儚く見えた。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

朱音 N:彼が私の傍からいなくなって、ひと月。私の胸にはぽっかりと穴が開いたようだった。

 

     私はその穴を埋めるため、今まで以上に頑張った。

     それでも埋まらない心を癒すため、今日も私はあの場所へ。

 

     彼との思い出の場所――。

 

 

 

朱音 「みんな、こんにちわ」

 

 

 

朱音 N:返事はなくとも、木々のざわめきが応えてくれているようだった。

     でも今は、まだ彼がいた頃と違い、葉をつけた木も少なくなり、閑散としている。

 

     それと相まって思い出す、私が幸せだった時間。

     そこにはいつも彼がいた。

     背中越しに伝わる彼の体温。彼の声。彼の言葉。

     私は彼さえいれば、きっと何もいらなかった。

 

 

 

朱音 「…今さら気づくなんて、ね」

 

 

 

朱音 N:彼に特別な感情を抱いていることは気づいていた。

     それでも伝えられなかったのは、私と彼の関係。

     従者に想いを寄せるなど、あってはならないことだと…。

 

     それでも、こんな気持ちになるのなら…っ!

 

     失くしてから初めて気づく。こんなにも愛おしく想っていたのだと。

     彼が傍にいてくれることが、当たり前だと思っていた。

     でも今は…っ。

 

 

 

 楓 「朱音様」

 

 

朱音 「え…?」

 

 

 楓 「朱音様は朱音様のままでいてください」

 

 

 

朱音 N:振り返るも、そこには誰もいない。もちろん彼も…。

     彼を想い、身の上を案じ、それゆえに聞こえた幻聴なのだろう。

     でもたとえ幻聴だったとしても、久しぶりに聞いた彼の声に、私はどこか安心していた。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 楓 N:正直、甘くみていた。すぐに帰りますと口にしたのは、本当にそのつもりだったから。

     しかしそれも、召集された地と状況が、すべてを裏切った。

 

     戦の火は止(や)むことなく、仲間が次々と命を散らしてゆく。

     その度に思う。あぁ、もう自分はあの方の元には戻れないのだと。

 

 

 

 楓 「朱音様…」

 

 

 

 楓 N:いつか伝えればいいと思っていた。許されない想いとわかりつつも、どこかで彼女と繋がっている

     自信があった。

     でもそれも今となっては…。

 

 

 

朱音 「楓!……楓?」

 

 

 

 楓 N:きょとんとした顔で、僕を覗き込んでくる彼女。

     どうやら僕は眠ってしまっていたようだ。

 

     むくりと体を起こすと、少し怒ったような顔を彼女は僕に向ける。

     そうか、夢だったのか。と僕は胸をなでおろす。

     僕が起きたのを確認すると、彼女は少し離れたところから手を振っていた。

     そんな無邪気とも言える彼女に、自然と笑みがこぼれる。

 

     そこはいつものあの場所で、思い出の中の景色と同じ、真っ赤な衣を纏った山。

     そしてすぐ近くには彼女。

 

     あぁ、そうだ。これが僕がずっと欲しかった時間。

     彼女がいれば、何もいらない。

 

 

 

朱音 「楓?ねぇ、楓ってば!」

 

 

 

 楓 N:何度も呼ばれ、それに応えているはずなのに、彼女はなおも呼び続ける。

     彼女を捕まえようと手を伸ばすも、それは空を切って…。

 

 

 

 楓 「(目を覚まして)はっ!……ゆ、め…?」

 

 

 

 楓 N:最近、彼女のことばかり考えていたせいなのだろう。それと――。

     僕がそんな状態にあったのには理由があった。

 

     戦に身を投じて、もうずいぶんと経っていた。

     季節は山が彩る、あの紅の日。

     僕の身を案じているであろう彼女に、一通の“文(ふみ)”を送った。

     他愛もない言葉を並べただけの文だったが、先日その返事が届いたのだ。

 

 

 

朱音 「貴方の帰りを心からお待ちしております」

 

 

 

 楓 N:文の最後はそう締めくくられていた。

     出立(しゅったつ)前、彼女が一緒に連れていってほしいと願い、腕に巻きつけた白い布。

     僕はそれを握りしめる。

 

     何度も何度も君からの返事をなぞり、想い、悔やむ。

 

     今となっては、それも叶わないかもしれないと。

 

     ならば、いっそ…。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

朱音 N:何度か文は届いていた。でもある時期を境に、急に届かなくなった。

     それが意味するもの。わかってはいたけど、信じたくなかった。

 

 

 

朱音 「…楓、無事でいて…」

 

 

 

朱音 N:私が私でいれる場所。そこで私は祈りを捧げる。

     風の強い日も、雨の降る日も、山に向かって祈り続けた。

 

     そして――。

 

 

 

???「ただいま戻りました!」        ※楓役の人が言う。楓より少し声高めで

 

 

朱音 「楓!?」

 

 

 

朱音 N:みっともないと思われたっていい。私はバタバタと声のする方へ急ぐ。

 

 

 

???「……あ、お嬢さん…」

 

 

朱音 「あ、あの…。(無理して笑顔を作り)お帰りなさい」

 

 

 

朱音 N:若い使用人が一人、出先から帰ってきた。

     普段の私からすると、ありえない慌てようだったから、だいぶ驚いた顔をしていた。

     でもその彼は、何かを悟ったかのように、手に持っていた小さな箱を私に差し出す。

 

     真っ赤な紅葉と、くたびれた白い布で結ばれた木箱。

     私はそれに見覚えがあった。

 

     『 心はいつも近くにあります 』

 

     そう願い、あの人に渡した――。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 楓 「お嬢様、早く早く!こっちに来てみてください!」

 

 

朱音 「(息を切らして)…もぉ、楓、なんなのよ、急に…っ」

 

 

 楓 「ほら、見てください!」

 

 

 

朱音 N:山の中腹(ちゅうふく)にある開(ひら)けた場所。私は息を切らせながらも、彼の言うその場所を

     見渡す。そこは紅葉が私たちを取り囲み、さらには西に傾いた夕陽が空を彩る、茜色の世界。

 

 

 

朱音 「……きれい…」

 

 

 楓 「この間、偶然この場所を見つけて、早くお嬢様に見せたかったんです」

 

 

 

朱音 N:そう言う彼の顔はとても笑っていて、でもどこか“らしくない”感じで、なんだかおかしくて。

 

 

 

 + + + +

 

 

 

朱音 N:あの頃、私は、私たちは無邪気に笑っていた。

     お互い成長して、周りの目を気にするようになって、本当の気持ちを胸にしまって。

 

     今だからこそ思う。ちゃんと伝えておけばよかった、って。

     どうしてもっと素直になれなかったんだろう、って。

 

 

     彼が私の元を去って、2回目の秋。

     すっかり小さくなって帰ってきた彼を、私は思い出のこの地に眠らせることにした。

     たくさんの思い出が詰まったこの場所なら、きっと彼も――。

 

 

 

朱音 「(涙ぐんで)お疲れ様。ゆっくり休んでね。………(笑って)愛してます…っ」

 

 

 

朱音 N:私の肩に落ちてきた一枚の紅葉。

     ふと空を見上げると、茜色の夕陽に混じって、彼が優しく笑いかけてくれているような気がした。

≪ タイトルコール ≫    ※英語・日本語から1つを選ぶ

【英語 ver.】

朱音 「 Scarlet day,late flowering Love 」

   ( スカーレット デイ , レイト フラワーリング ラヴ )

【日本語 ver.】

朱音 「 紅き葉の舞いし頃 」

 + + + +

 

 

 楓 「僕の思い出と」

朱音 「私の思い出」

 

 

 楓 「明日を共に過ごせぬとも」

 

 

朱音 「私の中で貴方は生き続ける」

 

 

 

 

fin...

 

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