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声劇×ボカロ_vol.53  『 四季折の羽 』

 


Abiding love

 

【テーマ】

 

変わらぬ愛情

 


【登場人物】

 

 依吹 鈴(19) -Suzu Ibuki-
大雪の日に雪之丞の家に避難してきた娘。
雪之丞を慕い、一緒に住むようになる。


 三上 雪之丞(24) -Yukinojo Mikami-
優しく真っ直ぐな心を持った青年。
何も持たない自分の傍にいてくれる鈴に感謝している。


【キーワード】

 

・雪の日の出会い
・幸せな日々
・突然の出来事
・永遠の誓い

 


【展開】

 

・ある雪の日、戸をたたく音が聞こえ、そこにいたのは綺麗な娘。
・好きな人が傍にいるだけで感じる、幸せの日々。
・病に倒れる雪之丞。薬を買うために、身を削る鈴。
・どんな姿であっても、それでも変わらぬ愛を誓う雪之丞。

 

 


《注意(記号表記:説明)》

「」 → 会話(口に出して話す言葉)
 M  → モノローグ(心情・気持ちの語り)
 N  → ナレーション(登場人物による状況説明)

※ただし「」との区別をつけるため、MおよびNは、:(コロン)でセリフを表記する。
 また“N”の中に心情(M)を含ませることもあり。


【本編】

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 鈴 N:あの日から一年が経った。

     大雪の日、遭難しそうだった私は、暗闇に映る一筋の光に足を向けた。
     そこにはみすぼらしいあばら家が一軒、ひっそりと建っていた。

 

 

雪之丞「はい。どちら様でしょう?」

 

 

 鈴 N:戸をたたくと、一人の青年が出てきた。
     彼の顔を見て、ほっとしたことを、今も覚えている。

 

 


 + + + +


雪之丞「…どうかした?」

 


 鈴 「いえ、なんでもございません」

 


雪之丞「そう。……外は雪が降ってきたみたいだね」

 


 鈴 「はい…」

 


雪之丞「そういえば…。出会った日も、雪だった」

 

 

 鈴 N:あなたは微笑み、呟いた。
     囲炉裏の傍で、寒さを凌ぐように私たちは身を寄せ合う。

 

     暖かな火とあなたの心地よい腕の中。
     私は火照った顔を、そっと大きな袖の影に隠した。

 

 


 + + + +

 

 


雪之丞 N:そこに君は立っていた。
      初めて見た時から、うまく言葉にできない感情が込み上げていた。

 

      その笑顔に、その声に、その仕草に。

 

      君のすべてに惹かれている自分がいて、同時に、こんな自分にどうして…。
      そう思っていた。

 


      でもそんなことを思う必要はなかった。
      僕が君を想うように、君も僕のことを想ってくれていたのだから。

 

 


* * * * *

 

 


 鈴 「もう春ですねー」

 


雪之丞「ふふ、そうだね」

 


 鈴 「うーん、気持ちいい!」

 

 

 鈴 N:雪も溶けきった、のどかな日差しの中。
     私は外に飛び出し、縁側に座るあなたは藁を編んでいる。

 

     春の訪れを伝えるかのように、小鳥たちがさえずり、伸ばした私の手に止まる。
     さえずりに合わせて歌っていると、微笑むあなたが視界に入った。

 

 

雪之丞「綺麗な声だね」

 鈴 N:その言葉に嬉しさが込み上げ、ふいと顔を逸らしてしまった。
     笑っていたりするのではないかと、おそるおそる振り返ると、変わらぬ笑みを見せるあなた。
     それに安心して、私も笑みがこぼれる。

 

 

 鈴 「少し休憩しませんか?」

 


雪之丞「あぁ、そうだね。ちょうど一息ついたところだ」

 

 

 鈴 N:私は縁側に腰掛け、横になったあなたの頭を膝の上にのせる。
     出会ったあの日からは考えれらない、幸せな時間。
     でも幸せを感じると同時に過(よ)ぎる、不安。

 

 

雪之丞「……どうかしたかい?」

 


 鈴 「いつか綺麗な声が出なくなっても、それでも……私を愛してくれますか?」

 

 

 鈴 N:不安な気持ちがそのまま声に出た。
     困らせる気なんて全然なくて、ただこの人の傍にずっといたいと思って漏れた言葉。

雪之丞「当たり前だよ」

 

 

 鈴 N:不安をかき消すあなたの一言に、私は涙がこぼれる。その優しい笑みに、涙は止まらない。
     そんな私を安心させようと、そっと大きな手が頬を撫でた。

 

 


* * * * *

 

 


 鈴 「あなた、今日は畑に行くんでしたよね?」

 


雪之丞「そうだよ。準備はできたかい?」

 

 

 鈴 N:貧しくても、幸せな時間は変わらない。
     それでも生活していくには必要なことだと、私たちは農作業に勤(いそ)しむ。
     他にも藁を編んで草履を作ったり、やることはたくさん。
     大変だと思う時があっても、あなたと一緒なら苦にはならなかった。

 

 

雪之丞「(咳き込み)ごほっごほっ」

 


 鈴 「ふぅ。今日は暑いですね」

 


雪之丞「(被せて)……ぅ」

 


 鈴 「あなた!!」

 


雪之丞「げほっごほっ…。だい…じょうぶ、だ…」

 

 

 鈴 N:とてもそんな風には見えなかった。
     いつだってあなたの言葉を信じてきた。信じられた。
     でも今こうして目の前で、血を吐いて倒れている。

 

     私は肩を担ぎ、なんとかして家まで連れ帰った。

 

     青葉が照る夏の午後、大事な人は病に倒れてしまった。

 

 


 + + + +

 

 


雪之丞 N:とある雪の日、一羽の鶴を見つけた。
      どうやら怪我をしているようで、簡単ではあったが、着ていた服を破って傷口に巻いてあげた。
      そのままにしておくわけにもいかず、しばらく様子を窺っていると、その鶴は羽ばたいていった。

 

      その姿があまりにも綺麗で、僕は見惚れてしまっていた。


 + + + +

 

 


 鈴 「どうして、こんなことに…っ」

 

 

 鈴 N:青ざめたあなたを見て、私は胸が苦しくなった。
     貧しい夫婦暮らしでは、薬は買えない。
     ……でも方法がないわけじゃない。

 


     私は明くる日も明くる日も、ただひたすらに機を織る。
     この素材であれば、薬を買うだけのお金にはなるはず…。
     時折、あの人の様子を窺いに行く程度で、それ以外はただひたすらに…。

 

     儚い紅葉の葉のように、あなたの命を、散らせたりなんかしない…!
     その想いだけが、私を突き動かしていた。

 

 

雪之丞「ん…」

 


 鈴 「ゆっくりで大丈夫ですよ」

 


雪之丞「すまない…」

 

 

 鈴 N:季節は流れ、夏の終わりを告げる鈴虫が、リンと鳴いていた。
     ひと夏の間に、すっかり痩せ細ってしまったあなた。
     反物を売って、そのお金で手に入れたわずかな薬を、私はあなたに飲ませる。

 

 

雪之丞「ありがとう」

 


 鈴 「必ずよくなりますから」

 


雪之丞「うん…」

 

 

 鈴 N:湯呑を持った震えるあなたの手を支えようと、私は手を伸ばす。
     するとその手を覆うように、あなたは空いた手で私の手を握った。

 

 

雪之丞「綺麗な指だね」

 

 

 鈴 N:私は言葉を失っていた。

 

     傷だらけの手を握るその手は、あまりにも冷たくて。
     倒れる前の暖かさと比べてしまって。
     あの日々を思い出してしまって…。

 


     傷だらけの指を綺麗と言ってくれるあなたは、きっと私に苦労をかけていると思っているのかも
     しれない。

 

 

 鈴 「……あなた…」

 


雪之丞「なんだい?」

 

 

 鈴 N:私はそっとあなたの後ろから抱きついた。
     あなたは何も言わず、私に身を委ね、傷だらけの指は、また大きな手で包まれる。
     あなたへの愛しさ、失いたくない気持ち。それがまたこぼれる。

 

 

 鈴 「いつか綺麗な指がなくなっても、それでも私を、愛して…くれますか?」

 


雪之丞「ごほっごほっ…。当たり前だよ…」

 

 

 鈴 N:咳き込みながら答えてくれたあなた。
     涙を見せたくない私は、あなたの背中に顔を埋めて泣いていた。
     痛むはずの指は、その大きな手で優しく、温かく包まれ、ひとときの安らぎと新たな決意を生んだ。

 

     もう迷わない。この人を、失いたくない。たとえ――。

 

 


* * * * *

 

 


 鈴 N:季節は秋。そしてまた冬がやってくる。
     私は昼も夜も機を織り続けていた。
     早く、早く薬を買わなければ…。
     もう少し、あと少し、紅葉が儚く散る前に…。

 

     この指が止まるまで――。

 

 

雪之丞 N:秋の実りが、冬の訪れを予感させる。
      無情に散りゆく実や落ち葉が、命の灯火を揺らす。

 

 

 鈴 N:真実を伝えることが怖くて――。
     あなたと共に過ごした日々が幸せで――。
     あなたの優しい笑顔を、もう一度見たくて――。

 

 

雪之丞 N:すまない。心配をかけて。
      僕は幸せだ。大切な人が傍にいる。
      気づいていた。君が何をしているか。

 

 

 鈴 N:もう残り少ない。なくなったら、私はどうなってしまうのだろう。
     そんな不安も、あなたを失うことに比べたらどうってことない。

 

     この羽が尽きるまで、私は――。

 

 

雪之丞 N:君はずっと一人でがんばってきた。
      時にその姿を障子の向こうに映しているとも知らずに。

 

 


 + + + +

 

 


雪之丞「鈴。僕の傍に一生いてくれませんか?」

 


 鈴 「え…?あ…。よ、よろしいのです…か?」

 


雪之丞「はい。君を愛しています」

 


 鈴 「…っ、はい!」

 

 


 + + + +

 

 


雪之丞「ほら、見せて」

 


 鈴 「だ、大丈夫ですよ、このくらい」

 


雪之丞「足を挫いてるね。負ぶって帰ろう」

 


 鈴 「え、ちょっと!(照れて)……うぅ」

 

 


 + + + +

 

 


 鈴 「あなた、ご飯にしましょう」

 


雪之丞「ああ、もうそんな時間かい?」

 


 鈴 「ふふ、夢中になりすぎですよ」

 

 


 + + + +

 

 

 


 鈴 N:頭に浮かぶのは幸せな日々。
     機を織りながら、あなたとの思い出が走馬灯のように流れる。

 

     だから、そんな私がもし、もし…。

 

 

雪之丞 N:君はずっと不安だったろう。
      安心していい。たとえ君が何であれ、僕は――。

 

 

 鈴 「いつか私がヒトじゃなくなっても、あなたは、私を愛してくれますか…?」

 

 鈴 N:ずっと怖くて聞けなかった。
     本当の私を知って、拒絶されることが怖かった。
     この羽を、この最後の羽を折ることで、すべてが夢だったんじゃないかと、
     すべてが終わりになってしまうんじゃないかと思い、涙が溢れて止まらない。

 

 

 鈴 「…っく、ひっく…。………よし…っ」

 

 

 鈴 N:必死に涙を堪(こら)えて、私は覚悟を決める。
     そしてそっと最後の羽を折ろうとした時、ふわりとした温もりを背中に感じた。
     同時に大好きな人の匂いが、鼻をくすぐる。
     羽を持った手には、見慣れた大きな手が重なっていた。

 

 

雪之丞「当たり前だよ」

 

 鈴 N:耳元で聞こえてきた声に、私はもう涙を止められなかった。

 

     ずっとずっと不安だった。
     ずっとずっとどこかで疑ってしまっていた。

 

     だって私は――。

 

 

雪之丞 N:僕は笑い、翼を失くした君を抱きしめる。
      そんな不安を抱かせていたこと、そしてそんなことを考える必要なんてないこと。

      今度こそ、君に届くようにと…。

 

 

雪之丞「綺麗に羽ばたいたあの日の鶴を、ずっと今でも覚えているよ。そして…」

 


 鈴 「…っ、あな…た…っ」

 

 

雪之丞 N:君への想いを、すべてこの言葉に。

 

 

 鈴 「…っ、っく…」

 


雪之丞「そして、変わらず君を、愛しているよ」

 

 

 

≪ タイトルコール ≫    ※英語・日本語から1つを選ぶ


【英語 ver.】

 鈴 「 Abiding Love 」
   (アバイディング ラブ)

【日本語 ver.】

 鈴 「変わらぬ愛を、あなたに」

 

雪之丞 N:一人じゃない。初めてそう思えたのは、君がいたから。
      僕は君が思っている以上に、君を――。

 

 

fin...

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